特異な左室内隔壁を伴う左室二腔症2歳児に対する手術経験
1 埼玉県立小児医療センター心臓血管外科
2 埼玉県立小児医療センター循環器科
胎児期,および出生直後の心エコーではともに構造異常を認めなかった左心室腔内に,生後1歳2ヶ月時に隔壁構造を指摘された.隔壁により二腔化された左室内心尖腔(副腔)に血栓を生じるとともに急速な副腔の収縮機能低下をきたした2歳男児に対して緊急手術にて血栓除去および隔壁部分切除術を行った.僧帽弁乳頭筋が付着している隔壁部分は温存した.術直後から副腔機能は改善し,血栓再発や僧帽弁逆流は見られていない.異常隔壁の発生・発達に極めて特異な経過をとった,左室二腔症の手術例を報告する.
Key words: double-chambered left ventricle; partition; mitral valve; papillary muscle; thrombus
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左室二腔症はその成因や形態的特徴から左室副腔(accessory chamber),左室憩室(diverticulum),左室緻密化障害(non-compaction),左室瘤(aneurysm)などとともに左室が二腔化された病態の総称である.先天的な成因によるものとして,遺伝的変化や胎生期変化による左室憩室や緻密化障害が挙げられ1, 2),また後天的成因として虚血や変性による左室瘤が挙げられる1).近年,胎児心エコーの普及とともに先天性心疾患の出生前診断技術が向上し,胎児期治療を含めた生後早期治療介入が可能となり周産期医療は飛躍的進歩を遂げた.こうした背景から心臓病の発現時期や形態の系時的変化を出生前に特定し観察できるようになったが,これまで左室二腔症に関する胎生期も含めた発症時期や形態変化についての報告はない.
今回我々は胎生期や生直後には異常を認めず,乳児期以降に発達したと考えられる隔壁構造によって左室二腔化を来した症例を経験した.左室隔壁の発生時期や機序が明らかではなく,成因の特定が困難な左室二腔症の2歳児に対して隔壁部分切除術を施行し,臨床症状と心機能の改善が得られた症例を経験したので報告する.
2歳男児 11 kg
右不全片麻痺,痙攣発作
特記すべきことなし
妊娠経過中,胎児心エコーにて不整脈(心室性期外収縮)を指摘されていたが形態異常はなく在胎38周2日3,018 g正常分娩にて出生した.出生時心エコーでも卵円孔開存以外に構造異常は見られず,8ヶ月時のホルター心電図にて4,700回/日の心室性期外収縮を認めたが単発であり無投薬で経過観察されていた.1歳2ヶ月心エコーにて左室心尖部に異常筋束を認めアスピリン内服を開始した.1歳6ヶ月時の心臓カテーテル検査で筋性隔壁によって二腔化された左室心尖腔と流出路腔との間には圧較差は見られず,両腔の拡張末期容積は正常比率で,心尖腔49%,流出路腔49%,左室拡張終期圧9 mmHg,左室拡張末期容積正常比98%であった.1歳9ヶ月時心筋シンチグラフィーにて心尖部血流低下を認めたため,カロベジロール内服を開始し経過観察していたところ,1歳11ヶ月時に突然痙攣と右不全片麻痺を発症し緊急入院となった.
体重10.6 kg,身長85.0 cm,心拍数94/分,血圧112/62 mmHg,呼吸数36/分,経皮的酸素飽和度99%,体温36.7°Cであった.啼泣するも,右上下肢の動きに乏しく,右口角流涎とともに左上下肢に間代性痙攣が見られた.
頭部MRIにて左中大脳動脈領域の血流途絶と同領域の脳梗塞を認めた.心エコーでは左室隔壁で隔てられた左室心尖部の動きは良好であり血栓を認めなかった(Fig. 1A*).脳梗塞に対する治療経過中,入院10日目の心エコーで左室心尖腔に11×10 mm大の血栓形成,心尖腔の機能低下と主腔との交通狭小化が見られた(Fig. 1B*).これらの血栓飛散による臓器梗塞,および機能低下による血行破綻を回避する目的で緊急手術を行った.
胸骨正中切開,上行大動脈送血,上下静脈脱血にて人工心肺を確立,大動脈遮断,血液心筋保護液にて心停止とし,左室心尖部を左前下行枝に平行に20 mm切開して左室副腔に到達した.多数の白色線維性索状物に覆われた副腔の奥に暗赤色の血栓塊を認め(Fig. 2A),これを摘出した(Fig. 2B).主腔と連絡するslit状の交通口が心室中隔に隣接してみられた.僧帽弁乳頭筋が付着する隔壁部分を温存しながら,主腔–副腔交通口を可及的に拡大した(Fig. 2C, D).
A: Left ventriculotomy at the apex. B: Extracted thrombus. C: Resection of the partition wall. D: Partition wall (courtesy of Dr. Koji Nomura).
第1病日に抜管した.左室副腔機能は速やかに改善し,神経学的所見の悪化もなく,第27病日に軽快退院した.術後9ヶ月時の心エコー上,左室副腔機能は良好に維持され血栓や僧帽弁逆流を認めていない(Fig. 3*).自発運動に左右差を認めず歩行可能となっている.
A: Preoperative echo showed a narrow communication between the two chambers of the left ventricle. B: Echocardiography 1 week after surgery. C: Echocardiography 9 months after surgery showed a wide communication similar to that seen at immediately after surgery.
隔壁内部は正常心筋組織が主体で,表層は膠原線維に覆われ,一部に弾性線維を認めた.炎症所見は見られず,「正常心内中隔組織」に矛盾しない所見であった(Fig. 4).
The partition wall consisted of the myocardium covered with collagen fiber, which was consistent with the normal cardiac septum (Elastica van Gieson stain, original magnification, ×40).
左室二腔症の成因として心筋症からの二次的変化による瘤化3, 4)や,心内膜線維弾性化による収縮能低下,拡張から二腔化を呈する例5),さらには左室心筋の先天的な構築異常から発生する憩室化などが報告されている.これらは先天的素因であるがゆえに胎生期6),あるいは生後すぐに7)異常を指摘される例もあるが,成人期になって発見された報告もあり8)
その発症時期は様々である.また,症状や重症度においても心筋梗塞,致死的不整脈,心室破裂など成人期に発症する左室瘤,左室憩室は劇症型であるのに対して9),小児期に発症する二腔症では心雑音や体重増加不良などの緩慢な症状で発症する例が散見され3, 7),その臨床像も多岐にわたる.本症例では乳児期を過ぎて初めて左室内隔壁を指摘され,その後急速に血栓形成,機能低下に至ったという点で過去に例を見ない経過を辿った.胎生期や生直後に形態的異常を認めなかったという点で先天的構築異常に起因する憩室や瘤化は考えにくい.本症例の隔壁組織所見を見ると,膠原線維に覆われた正常心筋組織により構築されていたことから心筋症や緻密化障害などによる形態変化ではないことを示唆している.
術前シンチグフィーにて左室心筋の血流低下を指摘されていたが,後天性虚血変化では通常outpouching形態を呈することが多く,形態的に合致しない.隔壁には僧帽弁乳頭筋が連続しており,その組織像が乳頭筋の発生由来である左室心筋組織10)と相違ないことから,一連の隔壁形成過程が何らかの乳頭筋,左室心筋の構造変化に関与しているものと考えられる.左室副腔壁組織が肥厚した心筋と膠原線維から成るという組織学的に近似した報告例がある11)
ものの二腔化成因については言及されておらず,隔壁の形成過程を正確に把握することは極めて困難である.
本疾患に対する外科治療は様々な術式が報告されているが,副腔を犠牲にする7, 12)か,温存する13)かに大別される.前者としてDor手術や副腔閉鎖術が相当し,左室副腔を犠牲にしても主腔のみで十分な心拍出量を維持できること,僧帽弁機能に影響のないことなどが適応基準となり,概ね左室外に向かって拡張する憩室や瘤に対して有効な術式である.一方,副腔を温存する術式には隔壁切除術があるが,その切除範囲は僧帽弁下組織の形態による.本症例はカテーテル検査にて左室全体の容積が98%Nと大きくなく,その中で副腔が左室全体の半分を占めることから,主腔のみでは十分な心拍出量を維持できない可能性が極めて高く,Dor手術や副腔閉鎖術を適応から除外した.本例のようにoutpouchingでない副腔形態に対する隔壁の完全切除は,Doganら13)により報告されている.ただし,13歳の年長児例であり,僧帽弁置換術の併施が可能であった.本症例においても,隔壁と2つの僧帽弁乳頭筋が連続していることから完全切除の際には人工弁置換が必須となる.しかし幼児期僧帽弁置換後には血栓,出血,機能不全などのリスク14)があり,今回は僧帽弁機能を温存することを前提に隔壁の部分切除にとどめた.将来的に隔壁造成による再手術介入が必要なった場合でも,成長に伴って至適サイズの人工弁置換が可能になろう.術後短期的には血栓再発を認めず副腔機能の改善が得られているが,引き続き主腔–副腔交通の再狭窄や血栓再燃,副腔機能には細心の注意を要する.
左室二腔症の2歳児に対して左室内隔壁部分切除術を施行した.発生成因は不明であるが,非常に稀な発症経過を辿った.術後はワーファリンによる抗凝固管理を継続して術後1年の現在まで,特に合併症なく経過している.隔壁の再形成,血栓再燃,副腔機能低下など,今後も厳重な経過観察が必要である.
1) Malakan RE, Awad S, Hijazi ZM: Congenital left ventricular outpouchings: A systematic review of 839 cases and introduction of a novel classification after two centuries. Congenit Heart Dis 2014; 9: 498–511
2) Novo G, Dendramis G, Marrone G, et al: Left ventricular noncompaction presenting like a double-chambered left ventricle. J Cardiovasc Med (Hagerstown) 2015; 16: 522–524
3) Paronetto F, Strauss L: Aneurysm of the left ventricle due to congenital muscle defect in an infant. Am J Cardiol 1963; 12: 721–729
4) Alday LE, Moreyra E, Quiroga C, et al: Cardiomyopathy complicated by left ventricular aneurysms in children. Br Heart J 1976; 38: 162–166
5) Gerlis LM, Partridge JB, Fiddler GI, et al: Two chambered left ventricle. Three new varieties. Br Heart J 1981; 46: 278–284
6) Bernasconi A, Delezoide AL, Menez F, et al: Prenatal rupture of a left ventricular diverticulum: A case report and review of the literature. Prenat Diagn 2004; 24: 504–507
7) Kay PH, Rigby M, Mulholland HC: Congenital double chambered left ventricle treated by exclusion of accessory chamber. Br Heart J 1983; 49: 195–198
8) Studer M, Zuber M, Jamshidi P, et al: Thromboembolic acute myocardial infarction in a congenital double chambered left ventricle. Indian Heart J 2011; 63: 289–290
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11) Ihoriya F, Imataki K, Tani H, et al: A case of two-chambered left ventricle with echoes of an abnormal floating mass. J Cardiogr 1984; 14: 615–622
12) Rastan AJ, Walther T, Daehnert I, et al: Left ventricular diverticulum repair in a newborn. Thorac Cardiovasc Surg 2007; 55: 61–64
13) Dogan OF, Alehan D, Duman U: Successful surgical management of a double-chambered left ventricle in a 13-year-old girl: A report of a rare case. Heart Surg Forum 2004; 7: E198–E200
14) Brown JW, Fiore AC, Ruzmetov M, et al: Evolution of mitral valve replacement in children: A 40-year experience. Ann Thorac Surg 2012; 93: 626–633
**電子版にて動画を配信している.
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