Online ISSN: 2187-2988 Print ISSN: 0911-1794
特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(2): 91-99 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.91

ReviewReview

こどもの脳死下臓器提供の現状と小児科医の役割Current Status of Organ Transplantation from Brain-dead Pediatric Donors in Japan and the Pediatrician’s Role

富山大学小児科Department of Pediatrics, University of Toyama ◇ Toyama, Japan

発行日:2017年3月1日Published: March 1, 2017
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2010年7月,わが国の臓器の移植に関する法律が改正された.それにより,本人の同意なしに家族からの同意が得られれば,15歳未満の小児からの脳死下臓器提供も可能となった.それから6年が経ったが,15歳未満の小児における脳死下臓器提供は,12例にとどまっている.6歳未満からの脳死下臓器提供はそのうち6例である.なぜ,わが国では子どもの脳死下臓器提供が増えないのであろうか.オプション提示,虐待評価,施設体制整備,終末期医療の未熟さ,主治医への極端な負担の多さなどが問題として挙げられる.そして,これらの問題を解決するためには,なによりも小児科医の変化が求められている.すべての小児科医が関心を持って,議論に参加しなくてはいけない.

In July 2010, the Japanese Organ Transplantation Act was revised. The revised act allowed organs from brain-dead donors younger than age 15 to be donated with the family’s consent. Since then, 6 years have passed and only 12 organ donations have been performed using organs from brain-dead donors younger than age 15. Six of the cases involved donors younger than age 6. Why has the rate of organ donation from brain-dead children not increased in Japan? Possible reasons include: presentation of the option of organ donation, exclusion of child abuse, establishment of facilities and an organizational system, premature pediatric terminal care, and burden on attending doctors. The most important step in overcoming these problems is, therefore, for Japanese pediatricians to change their approach. All pediatricians must take an active interest and participate in discussions on pediatric organ donation.

Key words: pediatric organ donation; brain death; child abuse; grief care; pediatrician

はじめに

子どもの死はこの世で最も理不尽な出来事の一つである.脳死下臓器提供のことを論じる場合,子どもの死がその大前提になることから,まずはそのことを確認しておかなくてはいけない.われわれ医師が目指すべき方向は,子どもの生命危機に立ち向かい,全力を尽くして救命することである.そこに異論はないであろう.しかし,現状の医学では救いがたい病状があることもまた事実であり,家族にその理不尽な結果を説明する瞬間が少なからずある.その中で脳死下臓器提供,臓器移植という医療が存在している.これまで多くの先人たちによって,この医療に対する議論が重ねられ,それでもなお賛否両論が存在することを承知しているつもりである.それを踏まえたうえで,今回ここではわが国の現状とその課題を率直に述べさせてもらう.すべての読者にとって満足いくようなものは書けないであろうし,曖昧な表現は議論の進展を生まないと考えている.本稿を読み終えた後,それぞれの小児医療関係者,特に小児科医が今,何をしなくてはいけないかを考えるきっかけになれば幸いである.

この大きな問題における総説を書く機会が与えられている立場ではあるが,私は今もなお脳死の患児と向き合う時,その家族と話をする時,医療を進めていく時,何一つ自信を持って行っているわけではない.いつも最善の医療を模索し,周囲のスタッフに助言,援助をもらい,家族と会話をし,共感することで医療を進めている.悩みがないことなどなく,それがこの医療だろうと考えている.

わが国の臓器提供と海外渡航移植

2010年7月17日に臓器移植法改正案が施行され,わが国においても本人同意がなくとも,家族同意にて臓器提供が可能となり,15歳未満の子どもからの臓器提供が行えるようになった.2011年4月13日に10~15歳の子どもより第一例の臓器提供があり,その後2016年8月末現在までの6年間で15歳未満は12例,うち6歳未満は6例の臓器提供が行われてきた(Table 1, 2).読者の皆様はこの数字を多いととらえるか,少ないととらえるか.ここにもう一つ考えなくてはいけない数字がある.子どもの海外渡航心移植数である(Fig. 1).2010年の法改正以降も年間4~5例は主に北米に渡航し,心移植を受けている.同時期の6年間で渡航総数は30例近くになっている.わが国の臓器提供数の2倍以上である.この差が示すわが国の矛盾について,今一度考えるべき時期と思われる.それぞれの一例一例において,様々な背景があり,わが国の現状において,家族や主治医が海外渡航を選択することは否定されるべきことではない.実際,われわれの施設にもこの期間に海外渡航を行い,米国にて心移植を受けた患児がいる.莫大な募金が短期間で集まり,無事に帰国し,元気な姿をわれわれに見せてくれている.しかし,その裏で家族はどれだけの苦労を背負い,患児が生命をかけて移動をしなくてはいけなかったのか,その部分はあまり知られていない.詳細を知らされていない一般市民からの心ない家族への中傷は後を絶たない.また,移植以外に手段がない心不全の患児を長距離搬送するため,渡航直後に全身状態が悪化した患児も存在する.渡航先で,全身状態悪化により脳死と判定され,海外にて臓器提供を行ってきた症例もある.わが国はいつまでこのような体制を続けるのか,すべての医療関係者が真剣に考える必要があり,そのうえで初めて一般社会への問いかけができると考える.

Table 1 Pediatric organ donation in Japan (2011~2014)
Date4/11/20116/15/20128/10/201312/7/20137/25/201411/24/2014
Donor age (year)10–14<610–1410–1410–14<6
Major cause leading to BDHead traumaHypoxic encephalopathyHypoxic encephalopathyHypoxic encephalopathyCerebrovascular disorderSevere brain damage
Recipient
Heart10–19/M<10/F10–19/M10–19/F10–19/M<10/M
Lung50–59/F30–39/F<10/M
Liver20–29/M<10/F30–39/F60–6910–19/F
Pancreas+kidney30–39/F40–49/F40–49/M
Kidney60–69/M60–69/F50–59/M40–49/M2 adults
Table 2 Pediatric organ donation in Japan (2015~2016)
Date1/14/201510/13/201511/30/201512/18/20152/25/20164/23/2016
Donor age (years)<6<610–146–10<6<6
Major cause leading to BDCerebrovascular disorderAcute encephalopathyHypoxic encephalopathyHypoxic encephalopathyInfluenza encephalopathyHead trauma
Recipient
Heart<10/M10–19/M<10/F
Lung<10/F10–19/F10–19/M<10/M<10/F
Liver50–59/F<10/F10–19/F<10/F<10/F40–49/M
Pancreas+kidney40–49/F60–69/M
Kidney40–49/F30–39/F60–69/F50–59/F40–49/M40–49/F
50–59/M50–59/M
Pancreas30–39/M
BD: brain death
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Fig. 1 Number of Japanese children who traveled abroad for heart transplantation

The Japanese Organ Transplantation Act was revised on July 17, 2010.

法改正後の小児脳死下臓器提供事例

ここからはわが国の脳死下臓器提供における課題,問題点を考えていきたい.

脳死下臓器提供の適応病態

こどもの脳死下臓器提供はどのような症例が適応になるのかという点について,平成22年度臓器提供施設マニュアルに以下のような記載がある1)

「入院に至った原疾患が虐待によるものではないととりあえず判断されるのは,①第三者によって目撃されている家庭外での事故で,受傷機転に不審な点がない,②乗り物乗車中の交通事故,③誤嚥による窒息事故で第三者による目撃がある,④原疾患が先天奇形あるいは明らかな疾患で不審なところがない場合である.」

この記載は小児医療現場に大きな影響を及ぼした.虐待の否定の難しさを如実に表しており,公の場で起こった事故という点が強調されていたからである.実際に2011年の提供第一例目は交通事故の頭部外傷であった.結果としてこの典型例以外の症例に対しては,適応にすることが社会的問題を生じさせる危険性を現場に感じさせ,医療者,病院は萎縮せざるを得ない状況となった.限りなく虐待は否定的でありながら,「第3者の目撃がない」という一点で,虐待は否定できないとされ,たとえ警察が事件性はないと見解を示したとしても脳死とされうる状態と判断しないとする施設があった.逆に,第3者の目撃があったとしても,安全のネグレクトという考え方を用いれば,交通外傷に遭うということが子どもの安全を守らない虐待の範疇に含める考え方もできるため,厳密なことを言いだせば,その線引きは極めて困難である.つまり,虐待に対しては性悪説で臨むべき医療であり,あらゆる人,事を疑わなくてはいけない.一方,臓器提供はそれが究極の善意から生じているという性善説で望まないと成り立たない部分がある医療である.いずれも子どもたちを守るための医療でありながら,相反する医療のスタンスを持たなくてはならず,医療現場で性悪説なのか性善説なのかで揺れ動き,踏み切れない状況にあったと言える.しかし,このような状況の中で,6年間積み重ねられてきた提供事例(Table 1, 2)を解析すると,15歳未満の臓器提供事例中,典型例とされた明らかな外傷によるものが2例しかない.その他は,溺水などに起因する低酸素性脳症(または低酸素脳症),脳血管障害が多数を占めている.急性脳症などの感染症も含まれており,様々な事例において,脳死下臓器提供の適応になりうることが証明されてきた.現場の医療関係者,病院の覚悟と家族の思いが一つ一つ問題を解決してきたとも言える.臓器提供の適応については,種々マニュアルを参考にすることは重要であるが,一方で100%の判断を求められては成り立たない医療であるという限界を認識し,どこかで「人を信じること」が求められている.残念ながら,この部分についてはマニュアルには表現できないであろう.現場が責任感を持って患児やその家族と向き合い,理不尽なこどもの死という状況下でどこまで冷静にかつ慎重に家族の思いに沿えるか,もしくは家族の問題を指摘できるか,厳しい判断が求められている.

6歳未満のドナー

ドナーが6歳未満の場合,脳死を確定することに様々な議論があり,6歳以上の基準とは異なって,2回の法的脳死判定における間隔を6時間ではなく,4倍の24時間以上あけて行わなければならないなど,いくつか厳しい条件がある2).また幼い子どもを喪失するという家族の心情,小さなドナー管理の難しさなどから法改正後もなかなか提供事例は現れなかった.しかし,法改正後2年が経とうとしていた2012年6月に,6歳未満における国内第一例目の臓器提供が行われた.一般市民にも医療者にも大きな影響を与える出来事ではあったが,その後は再び2年以上の間,6歳未満の子どもからの提供事例が現れることはなかった.その結果,国内での臓器提供,臓器移植に対する失望感が広がり,移植適応の重篤な疾患を持った子どもたちが,北米へ向けて海外渡航し,移植を受けている.しかし,ここ数年は6歳未満の提供事例件数が増えており,2014年7月から2016年7月にかけての2年間で5例の提供事例があった.そして,それらの提供臓器は,10人の子どもと10人の成人の新たな臓器として移植されてきた.心臓などを代表として適合臓器のサイズの問題があり,小さなレシピエントは小さなドナーからしかもらえない.6歳未満ドナーからの臓器提供の重要性は,脳死判定の厳しさのみではなく,レシピエント側にとっても大きなものとなっている.

臓器提供数について,わが国は移植先進国の米国と比較しても1例あたりの臓器提供数が多いことで知られている3).わが国におけるこれまでの15歳未満の提供12例において,両肺を2,両腎を2と数えると,それぞれのドナーにおいて1~7臓器の提供があり,平均すると1例あたり5.33臓器の提供となっている.2006年の米国における1ドナーあたりの平均移植臓器数が3.05であることから,わが国の小児提供例の移植臓器数の多さが理解できる.これらはわが国の移植医を中心としたメディカルコンサルタント制度により,臓器提供施設へドナー管理に関する助言が入っていることが大きく寄与していると思われる.その臓器の行き先であるレシピエントについて,各臓器別に比較してみると,心臓は体格が優先されることから全例で10代以下の小児へ移植されている.肺や肝臓も小児から小児への提供例が多い.しかし,腎臓は,小児提供例からの小児移植例が1例もない.その背景としては,登録患者の待機期間の長さや提供地域優先のレシピエント選択方法に起因していると思われる.この点については,一般市民感覚と制度に若干の心情的な差異,ズレが生じているように感じる.ドナー家族は子どもへ移植されてほしいという思いを少なからず持っており,臓器提供という医療の根本でもある「患者・家族の善意によるもの」ということを配慮する必要がある.ドナー家族よりも年長者のレシピエントに提供されるということの問題も考える必要がある.家族はその子の死を経験した後に,もう一度わが子の臓器の死を直接的ではないにしても経験することになる可能性が高くなる.この議論は成人で病悩期間が長い待機患者を否定するものではない.ドナー家族が納得する臓器提供システムを成立させることが,一般における臓器提供医療に対する正しい認識,理解のうえで普及が進むと思われ,ドナー家族の心情に立脚した修正は必要ではないかと感じる.一般市民において提供意思への否定的要因にもなりうる可能性を懸念している.現在も腎臓提供例のage matching,つまり小児から小児への移植が必要か否か,担当部局における検討が進んでいると聞く.提供側の心情を重んじた制度の修正が求められる.

小児脳死下臓器提供プロセスの課題

オプション提示

オプションという言語がわれわれ日本人に与えるイメージにおいて,付加的な意味合いが強く,臓器提供を特殊なものとして位置づけてしまっているように感じる.臓器提供はあくまで終末期医療の選択肢の一つという考えが,もう少し浸透しなくてはいけない.そうすれば,臓器提供というオプション提示が,医療者にとって後ろめたいことではないという認識が広がり,家族ともその思いを共有できるはずである.患児の病状や環境において臓器提供が可能と思われる場合には,オプション提示をすることが医療者の責務に近い性質のものと考える.推奨するのではなく,提示するのである.機会の存在を伝えるのであって,強要するのではない.医療者は提供臓器を待っている待機患者の存在も知っているはずである.レシピエント,そしてその家族らは決してそのことを口にはしないが,多くの苦労と悩みを抱えている.脳死のわが子を抱える家族の苦悩と,いつ死が訪れるかわからない切迫した臓器不全のわが子を抱える家族の苦悩と,それぞれに立場は異なっても,ともにわれわれの想像をはるかに超えたところで悩み,苦しんでいる.どちらかの立場に直接関与がなくとも,そのことは医療者として理解しておかなくてはいけない.その結果として,われわれがとるべき行動を考え,目の前の患児・家族に示すことが終末期医療における選択肢提示である.その考えのもとであれば,小児科医が臓器提供という選択肢提示を必要以上に重く受け止める必要はない.必要性を理解して示すオプション提示であれば,家族から「裏切りもの」扱いなど受けるわけもない.これを一度経験したことがあるかないかで,見える景色が変わってくる.われわれ小児科医は子どもを思い,家族を思って結論を出してきた職種であることの誇りを忘れず,家族と自信を持って対峙すべきである.

オプション提示を全例で行うべきだという意見もある.そのことがよいことだとは思わない.残念ながらこれは,そうでもしないと小児終末期医療におけるオプション提示が進まないという考えに基づいての議論であり,それではガイドライン一辺倒の医療と何ら変わりない.ほとんどの施設がそうしているように,医療者は終末期こそ多くの議論と苦悩を持って最期を看取る努力をすべきである.ただ,その部分における他職種や他施設を巻き込んだ議論,振り返りが不足している可能性は否定できない.我流のみでは進歩,発展は望めない.小児の終末期医療は,まだまだ未開の状況であり,他施設,他診療科や遺族をも含めた多くの意見に耳を傾け,終末期医療のあるべき姿について議論を深め,発展させていかなくてはいけない.

Do Not Attempt Resuscitation(DNAR)オーダー,死亡後の病理解剖提示などと同様,われわれ小児科医はオプション提示に関しても突っ込んだ議論を行い,その必要性について理解を共有しなくてはいけない.このような子どもの命に関わる課題はまだまだ議論が必要であるにもかかわらず,小児科学会,各分科会における学術集会において,近年はほとんど関連演題が見当たらない学会もある.もう,問題とさえも認識していない状況なのかもしれない.臓器提供や命の議論を火中の栗扱いすることはもうやめるべきであり,一歩前に出て,ぜひとも学会主導で継続的かつ活発な議論の仕掛けを行ってほしいと感じている.すべての小児科医がそれぞれ心の中に自分たちが出会ってきた小さな命の話を持っており,専門分化が進んでいる小児医療においても共通の課題として問題意識を共有できるはずである.

虐待評価

臓器提供施設の施設要件1)として,①虐待防止委員会等の虐待を受けた児童への対応のために必要な院内体制が整備されていること,②児童虐待の対応に関するマニュアル等が整備されていること,が挙げられている.この点は一朝一夕に確立できるものではなく,小児の臓器提供施設として該当する施設は,それが機能しているか否かを確認しておく必要がある.虐待事例も年々増加傾向にあり(Fig. 2),その点からも施設内整備は小児診療における重要な課題と言える.子どもからの臓器提供を行う場合,虐待はないという評価が極めて難しく,責任論を重視してしまうと各関係機関が後ろ向きになる危険性があり,臓器提供という医療自体が成り立たなくなってしまう.虐待については,厳しい態度で評価に臨む必要がある一方で,不要な責任回避論になってはならない.虐待をした家族からの申し出による臓器提供は許されるべきことではなく,子どもの人権を守るためにわれわれは厳しい視線を送るべきである.それは日常診療の中で養われる.虐待ではないと総合的に判断できる症例は確かに存在し,必要以上の萎縮がその先の医療を閉ざしてしまうことも認識する必要がある.医療者である以上,ドナー,レシピエント双方の存在を理解し,中立的な立場で医療を遂行する責務があると言える.子どもと家族の看取りの幅,選択肢をわれわれが勝手に狭めてはいけない.

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Fig. 2 Child abuse: Notification to child consultation center in Japan

明確に言えることは,虐待診療において,病院内の医学的判断だけで全てを判断する必要はなく,児童相談所,自治体保健担当,警察などと密な連携を行うことで,より精度の高い総合的な判断が可能となり,それが虐待診療のあるべき姿と言える.改正法の附則第5項においては,「虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器が提供されることのないよう,移植医療に従事する者がその業務にかかる児童について虐待があるかどうかを確認し,その疑いがある場合に適切に対応する」ことが記載されている.ここで言う移植医療に従事する者というのは,おそらく現状では主治医を指すものであろう.これが主治医たちを萎縮させる一つの原因になっていると思われ,虐待否定のすべての責任を負わされているかのような表現としてとらえられてしまっている.しかし,日常の虐待診療と同様に院内だけにいる医療者がすべての判断などできるわけもなく,子どもを守るためには多職種,院外機関との連携が必須である.

この点については,2012年11月30日付厚生労働省雇用均等・児童家庭局による通知にて「児童相談所と医療機関の連携強化」の助言,同年12月6日厚生労働省より臓器提供施設と児童相談所の連携を促進する旨の通知がなされ,各地域で医療機関と児童相談所との関係が大きく前進した.

最近の小児提供事例の報道では,「児童相談所への通告既往はないことが確認された」という一点のみで虐待が否定されたかのように報じられている.虐待の否定はもちろんこの一点で行われるべきものではなく,各施設のマニュアルを参考にしながら総合的判断を行っていく.虐待対応も臓器提供も本来は子どものための医療であるわけだが,様々な規定が存在するために,判断の責任は全て主治医が背負うことになっており,現場の大きな負担となっている.

施設体制整備

小児臓器提供事例は突然目の前に現れる.法改正後,医療者側からオプション提示をしていなくとも,家族からの提供申し出事例は少なくない.日本臓器移植ネットワークから発表された「改正臓器移植法施行から5年 資料集」4)において,情報提供のあった18歳未満の97例において,家族からの提供申し出は64例(66%)であり,半数を超えている.オプション提示に躊躇している小児医療の現状を反映して提示例が少ないのか,それとも一般市民が高い意識を持っていることの表れなのか,いずれにしても現状における児童の臓器提供は家族からの申し出事例のほうが多い.また,脳死に至った経緯が内因性疾患の場合に限ると75%が申し出事例となっている.97例の情報提供のうち,実際に臓器提供に至ったのは14例(脳死下9例,心停止下5例)であり,14.4%という数字であった.それ以外の症例はなぜ臓器提供に至らなかったのか.最も問題となる理由が「施設の体制整備がまだできていない」であった.17例(17.5%)において,家族の思いに応えることが出来なかったわけである.「虐待の否定ができず」10例(10.3%),「家族が望まず,返答なし」25例(25.8%),知的障害者6例(6.2%)などが挙げられている.いずれも臓器提供プロセスの問題を表している.重篤小児を日常的に管理している施設においては,担当する患児が脳死とされうる状態に陥り,家族から臓器提供の申し出が出るような事態がいつ起こってもおかしくない.そのような時に,施設の臓器提供体制整備ができていなかったという理由により,家族の申し出を断らなくてはならない状況はあってはならない.それが患者家族,主治医のそれぞれにとってどれだけ辛いことかを想像し,そのようなことが起きないようにあらかじめ準備,確認を行っておく必要がある.自施設において体制整備ができているかどうかについて,そもそも小児の臓器提供施設なのかどうか,虐待対応委員会や院内マニュアルが整備されているのか,臨床倫理委員会や脳死判定医の確保はできているのか,院内臓器提供マニュアルの整備はされているのかなど,確認しておくべきことは多い.不安があれば,各都道府県コーディネーターに問い合わせて施設体制整備について相談することが最もよい方法と思われる.

小児の脳死判定

テクニカルな問題が存在するが,大半は日常的に評価すべき項目であり,法的脳死判定マニュアルを参考にすれば解決可能と思われる.重篤な中枢神経系障害が予測される場合,日々それらの確認を行っていけば脳死判定に対する壁や違和感は薄れていくのではないだろうか.ただし,平坦脳波評価と無呼吸テストは現場負担が大きい.集中治療室や病棟で日常的に脳波を測定できる体制が必要となるが,施設によっては困難かもしれない.しかし重篤小児を診療する施設では,様々な場面において脳波測定が必要である.脳死判定に限らず,より高度な医療を提供するための体制整備が望まれる.様々なアーチファクトに対処することも重要である.われわれの施設では,電極抵抗を減らすためにアルコールや専用のペーストなどを使用し,頭皮の皮質角質を落とすことを重点的に行っている.さらに頭部にシールドカーバーを敷く,電極をアルミホイルで包むなどにより,アーチファクト対策を行っている.しかし,毎回アーチファクトの入り方が異なり,マニュアルにも記載されているように部屋の蛍光灯を消したり,輸液ポンプをバッテリー駆動にしたりなど種々対策を講じている.これらは,日々の診療の中で経験することで問題解決が進めていけると思われる.

無呼吸テストについては,あらかじめ施設内でシミュレーションを行っておくことが,問題解決のために重要である.施設の体制や設備により問題点が異なってくる.血液ガス分析の機械の特性を知り,キャリブレーション時間やリンス時間などを理解しておくことは重要である.法的脳死判定の中で患児に負荷をかける可能性のある検査であり,万全を期し,危険性を感じた場合には即刻中止する心構えが必要な検査である.判定マニュアル上,6歳未満の酸素化はTピース法によるものが記載されているが,われわれの経験では気管吸引チューブによる酸素化でも特に問題なく,施行できた.また,血液ガス分析を3~5分間隔で評価すべく記載されているが,5分間隔はテストを安全に行うという面から長いと感じている.成人同様2分間隔で行えば詳細な評価が可能となり,早い段階で無呼吸テストを終了できると考えている.今後,事例の積み重ねと共にこれらのマニュアル規定の再評価を行い,いかに安全に負荷なく判定が遂行できるか,議論が進むものと思われる.

グリーフケア

グリーフケアは,近親者の喪失に対する精神的な回復を支援することであり,遺族の悲嘆回復において,重要な位置づけを持つものである5, 6).しかし,現在のわが国において臓器提供例の場合を除き,子どもの死によって遺された家族を支援するグリーフケアのシステムは確立していない.それらは各施設で独自に行っており,多職種の関わりにより力を入れているところもあるが,大半が主治医任せであり,十分なフォローができていないのが実状である.平成27年人口動態統計の年間推計によると,わが国における総死亡者数はおよそ129万人で,そのうち15歳未満の死亡者数は3,614人(Fig. 3)であり,子どもの死亡数は成人の0.3%という極めて低い数字である.そのまれな事象に対して,グリーフケアとしてそもそも何をしたらよいのか,何を話したらよいのかといった基本的な部分さえも共有できていない.一方で,子どもの喪失では精神的悲嘆反応が最も強く認められ,より細かいグリーフケアが求められる7).終末期の看取りについて議論を展開する時,必ず遺族のグリーフケアを考えなくてはいけない.臓器提供というものは,そもそも終末期医療においてこそ出てくる話であり,グリーフケアとは切っても切れないものである.一方,臓器提供例においては,現在の制度下で行われるグリーフケア,家族支援は比較的充実しており,コーディネーターや臓器移植ネットワークなどが家族支援を行っている.サンクスレターなどもあり,家族は提供した後も肯定感を感じる機会がある.本来,臓器提供をする,しないにかかわらずグリーケアの充実は必要なことであるが,ここにもまた力を入れるべき小児医療の問題点が存在するわけである.われわれは多職種の関わりといったことまではできていないが,坂下らが提唱するグリーフカードを用いたグリーフケアを行っている8).グリーフカードを一つの手段として主治医の病院連絡先を記載し,患児の死亡退院後も家族との関係を繋ぎ,病状経過など医学的問題について,いつでも説明が可能であることを示し,家族の思いを傾聴する体制を作った.これらに対して多くの家族から反応をもらっている.そして,死亡退院後の会話において,前向きな発言も聞かれるようになっている.家族の共通した思いとして,誤解にもとづく自責の念(もっと早く病院に連れて行けば助かったかもしれない),治療経過の理解不足からくる後悔(別の治療方法を選択していたら助かったかもしれない),病態の説明不足からくる子育てへの不安(兄弟や次子も同じ病気になるかもしれない,恐怖で次子を考えられない)など,悲嘆回復における障壁が認められている.これらは医学的説明が不足していることから派生していると考えられ,医師の説明責任が存在すると言える.そして,グリーフカードというツールを利用することで,前述した自責の念の緩和に一定の効果が認められている.より多くの議論を重ね,わが国独自のグリーフケアシステムが確立していくことが望まれる.そうすることで臓器提供を含めた終末期医療の理解が進むものと考えられる.

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Fig. 3 Child deaths per year in Japan

主治医の負担

わが国の臓器提供システムは,これまで示してきた問題点が明らかにしているように,主治医の負担が極めて大きい.主治医は様々な責任を負う必要があり,病院もまた同様である.しかし,それに見合ったインセンティブはほぼ存在していない.この点は多くの関係者で問題視されているが,なかなか改善が進まない.そのうえ,臓器提供が終わった後にも,厚生労働省による事後検証という制度が存在し,その臓器提供のプロセスについて,救命治療の内容から脳死判定に至るまで,全国から選定された医師や技官たちが直接来院し,画像やカルテなどの検証を行う.そして,その後の厚生労働省において開催される「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議」で審査を受けるわけである.死亡確認した子どもの審査を受けることは,主治医にとってどれほどの精神的負担を強いることか,容易に想像できるであろう.批判されるような医療を展開している負い目などなくとも,そこに対して批判的に医療を評価されることの苦しみ,さらに検証準備に必要な膨大な文書作成の肉体的負担など多くの問題が存在している.これまで,200例の検証結果のまとめ9)が厚生労働省より公表されているが,当然のことながら問題とされた症例は1例も存在していない.臓器提供に対して十分な国民の理解が得られていないということで,継続されているシステムであるが,このような方法で現場の主治医に負担をかけることは決してよい方法とは思えない.事後検証をするというのであれば,臓器提供事例に絞らず,すべての小児死亡例,つまりチャイルドデスレビュー10, 11)を制度化することに尽力すべきではないだろうか.そうすることでわが国の小児脳死診療や終末期医療の実態も明らかになると思われ,より発展的と思われる.

臓器提供という医療を安易に行えるようにすることが決してよいわけではないが,一方で,このような困難が多い状況では,日々の診療で多忙な医師において,二度と関わりたくないという思いを持たれても仕方ない状況にもある.実際に,成人を含めたわが国における臓器提供数は,臓器移植法改正後も決して伸びているわけではなく,主治医たちの様々な思いを見聞きしている.国民への普及啓発だけの問題ではなく,制度自体の問題が大きいことにも危機感を持たなくてはいけない.

ただし,小児臓器提供だけは,少し異なるかもしれないとも感じている.小児科医は,日々の診療において極めて家族側に寄った医療を展開する性質を持っているからである.小児科医にとっての問題点は主治医の負担というよりは,事態の認識不足にあるように思えてならない.裏を返せば,この危機的事態を認識した小児科医たちはきっと現行のシステムでも臓器提供を成し遂げると感じている.制度の変更を待っていても時間がかかり,そのような時間がない終末期に置かれた家族やレシピエントも全国に多く存在している.この,双方を思いやる小児科医たちの奮闘こそが,今求められているのではないだろうか.

小児科医への期待

これまで示してきたように制度上の課題はまだまだ多い.しかし,小児医療における問題は,臓器提供,移植医療,重篤小児診療を特殊扱いしているところにもあるように感じている.小児医療においても専門分化が進み,いつの間にか重篤小児診療や終末期医療が小児科医のごく一部の人間たちが扱う専門分野として,認識されるようになってきている.重篤小児の集約化は極めて重要な課題であり,専門化していくことのよい点もあるが,その一方でやはり忘れてはならないのは,これらの医療の中心には子どもの命,という小児科医共通の命題が存在していることである.つまり脳死下臓器提供が国内で普及せず,一方で海外渡航移植数がその数をはるかに凌いでいることは,小児科医全体の問題であると認識し,その根本には小児終末期医療における全小児科医の議論参加が必要であることを強調したい.この医療の方向性は5類型病院や3次医療機関のみで決めるものではない.2次医療機関やかかりつけ医がそれぞれの意見を持ち,それが相互に尊重され,グリーフケアにも協力できるような社会が成り立てば,理不尽な境遇に立たされた家族の支援もまた充実していくと思われる.子どもの死がまれな事象といえども,年間に4,000前後の事例があり,その家族,親族,友人は何倍もの数がおり,決してすべての小児科医にとって他人事ではない.われわれ子どもの脳死に携わる者たちが,より多くの情報を発信し,共にこの問題を考えていく機会を持っていきたいと考えている.

さいごに

だれも今のわが国の体制がこのままでよいとは思っていないはずである.諸外国から非難されるような医療を展開している意識はない.しかし,わが国においては個人個人の努力が結果的に,国内よりも国外で心臓移植を受ける子供が多いという矛盾した状況を生み出しているのは事実であり,その原因は多岐にわたっている.簡単に解決できるものではないが,解決をしなくてはならない.この問題に関係のない小児医療関係者はいないのである.これまで様々な議論を提供してくれた先人の思いに応えるべく,子どもの命に関わるこの問題を大いに語り,共通の認識を確立する必要がある.そこに至るためには,わが国の臓器提供体制を整備するだけでは何も解決しない.本当に必要なものは,終末期医療を含めた子どもの命に対する議論と発展である.そこがわれわれの間で明確になった時,わが国の本当の姿が見えてくるはずである.国民性を考えた時,この国の出す答えが今の状況だとは到底思えない.事実,このような状況にもかかわらず,家族からの臓器提供申し出事例は予想されている以上に多い.小児科医が動かなければ,現状を変えることはできないと感じている.他人事とはせず,あらゆる小児科医がこの問題を考え,意見をぶつけるようになってほしい.そして,わが国の小児科医を知っているからこそ言えることだが,それを成し遂げられる力を持っていると感じている.本稿が現場における活発な議論の一助になればと願っている.

利益相反

本論文について,開示すべき利益相反(COI)はない.

引用文献References

1) 平成22年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業「臓器提供施設における院内体制整備に関する研究」臓器提供施設のマニュアル化に関する研究班研究代表者 有賀 徹

2) 平成22年度厚生労働科学研究費補助金厚生労働科学特別研究事業「臓器提供施設における院内体制整備に関する研究」脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班研究代表者 有賀 徹

3) 芦刈淳太郎:我が国における臓器提供の現状.日本内科学会雑誌2013; 102: 545–551

4) 日本臓器移植ネットワーク 改正臓器移植法施行から5年.http://www.jotnw.or.jp/file_lib/pc/press_pdf/20150714.pdf

5) Lindemann E: Symptomatology and management of acute grief. Am J Psychiatry 1944; 101: 141–148

6) 坂下裕子:インフルエンザ脳症におけるグリーフケアの重要性.日児誌2006; 110: 1644–1647

7) Paykel ES, Prusoff BA, Uhlenhuth EH: Scaling of life events. Arch Gen Psychiatry 1971; 25: 340–347

8) 坂下裕子:遺族をみまもる「グリーフカード」.緩和ケア2010; 20: 355–358

9) 脳死下での臓器提供事例に係る検証会議検証のまとめ平成27年5月25日.http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/zouki_ishoku/dl/200_matome.pdf

10) Fraser J, Sidebotham P, Frederick J, et al: Learning from child death review in the USA, England, Australia, and New Zealand. Lancet 2014; 384: 894–903

11) 溝口史剛,滝沢琢己,森 臨太郎,ほか:パイロット4地域における,2011年の小児死亡登録検証報告—検証から見えてきた,本邦における小児死亡の死因究明における課題—.日児誌2016; 120: 662–672

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