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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 41(2): 82-83 (2025)
doi:10.9794/jspccs.41.82

Editorial CommentEditorial Comment

肝静脈ドプラ波形を用いた静脈導管ステント再狭窄評価の有用性と展望Utility and Future Perspectives of Hepatic Venous Doppler Waveform Analysis in Evaluating In-Stent Stenosis after Ductus Venosus Stenting

大阪大学大学院医学系研究科 小児科学Department of Pediatrics, Graduate School of Medicine, The University of Osaka ◇ Osaka, Japan

発行日:2025年5月31日Published: May 31, 2025
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本症例報告1)は,下大静脈還流型の総肺静脈還流異常症(TAPVC)に対して新生児期早期に静脈管ステントを留置し,肝静脈ドプラ波形の変化を鋭敏に捉えることで再狭窄の兆候を検出し,タイムリーな再介入につなげた点において,臨床的意義が高く,独創性に富んだものである.特に,これまで注目されてこなかった肝静脈ドプラ波形の変化を,静脈導管ステントの開存評価に応用したという点は,非常に興味深い.

TAPVCのうち下大静脈還流型は,肺静脈血が横隔膜を通過し,肝臓の類洞を経由して下大静脈へ流入するため,胎児期から狭窄が生じ,出生直後から肺静脈うっ滞が顕在化することが少なくなく,緊急の治療介入を要することもある.しかしながら,医学の発展が叫ばれて久しい令和においても,新生児期早期の開心術には高い周術期リスクが伴い,とりわけ低出生体重児や循環動態が不安定な児においては,術後の重篤な合併症や死亡例をいまだに経験している2)

こうした背景から,ステントを用いた姑息的治療が様々な場面で応用され3),TAPVCにおいては一時的に肺静脈のうっ滞を軽減し,体重増加や全身状態の改善を待ってから計画的に修復術を行う“橋渡し治療”の有用性の報告が増加している.これらはCase reportsにとどまってはいるが,初回の侵襲を抑えることでより良いタイミングで外科的介入に臨むことができ,従来の治療に比して生命予後や術後合併症を改善させる印象があり,選択肢の一つとして取り入れられている.

一方で,ステント留置後の再狭窄は非常に高頻度で見られ,再介入をしばしば要する.急速な再狭窄の進行は緊急事態であり,治療後は安定した管理のためにも継続的かつ正確なモニタリングが必要不可欠となる.太田らの症例では,特に臨床的なチアノーゼの進行を認める前に心エコーにより肝静脈のドプラ波形が変化しており,この検査がステントの開存性を反映する間接的指標となり得る可能性を示した意義は大きい.この研究では,ステント再狭窄に伴って肝静脈の波形に明らかな変化が出現しており,再介入後には速やかに波形が改善した.これらの変化は,時間的・病態的な因果関係を支持するものであり,肝静脈波形がステント開存性のモニターとして機能し得ることを裏付けるものである.

また,肝静脈や門脈波形の評価はTAPVCのみならず,Fontan術後症例や門脈体短絡の評価などにも応用されており4),肺循環や右心系の負荷を鋭敏に反映する点で汎用性が高い.今後,肝静脈波形におけるS波,D波,逆流波の定量的解析(例えばS/D比,最大速度,逆流面積比など)を指標化し,疾患ごとの診断的有用性を検証していくことで,より信頼性の高い評価法として確立していく可能性がある.

しかしながら,肝静脈ドプラ波形を再狭窄のマーカーとする本手法には,いくつかの技術的・解釈上の課題が残されている.まず,波形の取得は施行者の技量に依存しやすく,プローブ角度や測定部位によって波形が大きく異なる可能性がある.また,呼吸相や全身状態(鎮静の有無,循環動態)による影響も小さくない.加えて,右心不全や体液過剰など,ステント狭窄以外の要因によっても肝静脈波形が変化し得るため,診断の特異性には限界がある.さらに,肝静脈波形のどの変化を「再狭窄の所見」と判断するかについては,現時点で客観的な定量基準やカットオフ値が存在しない.したがって同じ患者でにおける連続的な速度波形の変化と全身状態を加味したうえで評価せざるをえず,臨床的意思決定の汎用性,一貫性を損なうおそれがある.今後,本手法を臨床的に定着させるためには,十分な症例数に基づく系統的検証とともに,感度・特異度・再現性を踏まえた標準化された評価法の確立が不可欠である.

本症例報告は,肝静脈ドプラ波形をカテーテル治療後評価の一手段として活用するという新たな視点を提示し,非侵襲的・高感度なモニタリング方法としての可能性を拓いたという点で,価値のある報告である.今後,この評価法の応用とともに当該治療後の管理がさらに安定し,下心臓型TAPVC患者のより良い予後につながっていくことを期待したい.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.太田光紀,ほか:総肺静脈還流異常症(下心臓)に対する静脈管ステント留置後の新たな再狭窄評価法.日小児循環器会誌2025; 41: 77–81

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