私は,2007年1月より5年間Yale University School of MedicineでDirector of Pediatric Cardiovascular Surgeryとして勤務し,2012年からは,Ohio State University, Nationwide Children’s Hospital(NCH)で,小児心臓外科医(外科教授),再生医療研究責任者として働いています.Academic Surgeonまた研究者として本稿では,米国に来て18年経過した今,日米でなぜ医療体制,研究体制がこうも異なるかについて,考察してみたいと思います.
まず私の勤務する病院の背景を簡単に述べます.オハイオ州のコロンバス市は人口約100万人で全米で17位の中堅の都市です.NCHは総ベッド数701床の子ども病院(そのうちNICUベッド数:336床)で,15,868名の方が働いています.医師数は550人,Medical Staffは1,640人です.2024年の1年間で約170万人の患者さんが全米50州,海外45カ国から来院しました.病院には研究所も併設されており,Principle Investigaorが264名,研究者1,815人です.全米子ども病院の中ではトップテンの研究費をNIHその他から集めています(約250億円).昨年は50,880人の寄付者が病院へ258億円の寄付をしてくれています.国の医学研究への投資額が,米国では1兆円位であるのに対し,日本では約1千億円で10倍の違いがあります.私達のラボにも有給の3名の日本人医師の研究者(ポスドク)に来ていただいています.
NCHでの2024年の外科手術総数は38,419例で,我々心臓胸部外科では毎年,心臓移植,肺移植を含めて500例以上の手術を4名の外科医で担当しています.心臓外科医をサポートする循環器小児科医は59名(内CTICU 8名,Intervention Cardiologist 3名),Cardiac Anesthesia 4名,Nurse Practitioner 33名,Perfusionist 6名,と多数です.その他の職種として循環器放射線科医,Interventional Radiologist, Respiratory Therapist, Physical Therapist, Social Worker, QI team, STS database input専属ナース等,日本ではあまり多くない職種の方が積極的に我々の患者のサポートをしてくれています.さらに,驚くべきことは,これらの数字が毎年右肩あがりに増えていることです.昨年,2028年に新病院を増設することが決まり,すでに工事が始まっています.病院上層部のリーダーシップには驚嘆するばかりです.(https://www.nationwidechildrens.org/about-us/how-we-lead/facilities-expansions/new-nationwide-childrens-tower)
『なぜこうも日本の子ども病院の医療現場と違うのか?』
それは,米国では医療が完全に企業なみのビジネスになっているからだと思います.少し,お金の話をさせていただきます.2020年の統計によると,アメリカの医療費支出は約4兆1,240億ドル(597兆円)で,前年と比べて9.7%増加しました.1人あたりの医療費は1万2,530ドル,GDPに占める国民医療費の割合は19.7%と,他の先進国と比較して非常に高い割合でした.ある程度の金持ち国民は高い医療保険料(月平均27万円)を払うことへの理解,財力があり(所得の水準である一人当たりGDPは米国人1,200万円,夫婦で働いているので一家庭で2,400万:日本人490万円)高い保険料を払い,低所得者はお金持ちのドネーションのお金で高度医療を受けています.また,大企業と同じように,最高の人材を集めて競争させ,医療,研究の質をあげようと常に努力しています.職員たちも,患者によい治療をすればするほど,病院が潤い自分たちのサラリーが増えるので,とても前向きに頑張っています(Nurse Practitionerは年収1,500万円以上,循環器小児科医4,000万以上,外科医は1億円以上).ちなみにVSD閉鎖術は当日入院でオペの手技料が480万円,ICU滞在費300万円/日,病棟滞在費150万円/日,ほとんどの症例は術後3日目で退院しますが,病院には1,000万円近い収入が保険会社からあります.心臓移植は一例すると病院に保険会社から約3億円の収入があり,病院上層部は心臓移植の数をもっと増やすよう言ってきます.一人当たりの患者に関わる医療者の数が多い(おそらく3倍以上)ので,医療費もこのくらいかかるのだと思います.つまり,医療者は皆,病院ビジネスで高い報酬をもらっているのです.医療の質は,人手をかけているぶんだけ優れていてヒューマンエラーも起こりにくく,質も向上します.たとえば,昨年,我々の心臓手術の患者は90%患者がオペ室で退室前に抜管しています.新生児の大動脈弓再建,大動脈縮窄症,乳児VSD,ファロー四徴症,心内膜床欠損,グレン,フォンタン等は全てオペ室抜管です.動脈スイッチ手術も無輸血で行い,オペ室抜管することもあります.ICUでの再送管はほぼ見たことがありません.手術室を出る前に経食道エコーで完璧なオペになっているか確認し,そうであれば翌日までにはミルリノンは中止し,ドレーンも抜去し,ほぼ24時間後に病棟に向かいます.日本の施設から見れば驚くべきことがNCHでは日常化しているのですが,これもマンパワーで安全を担保しているから為せることだと思います.心臓外科チームとICUチームのコミュニケーションも良好で,重症例があれば,必ず術前,術後オンラインで全員参加のミーティングが開かれます.
もう一点,私が推測する日米の大きな違いは公正性,透明性だと思います.家族は患者がICUにいても,ずっと同じ部屋にいます.また,どの科にもQuality Improvementの専属部門があり,医療職ではない人達が働いています.月に2回は全体ミーティングを行い,医療の内容をチェックしています.その部門にはお互いの評価システムもあり,公正に運用されています(医療職員の給料,満足度のチェック,ボーナスの算定等もなされます).病院主催の楽しいイベントも数多く開催されており,常に職員の仕事へのモチベーションを高める努力がなされています.
以上,これまであまり口外しなかった衝撃的なことも,あえてこの稿では,公表しました.日本の医療者にまず現実を知っていただきたかったからです.日本の国民皆保険の厚生労働省主導の医療制度の中で,誰が一番既得権益を持っているかというと『国民』です.日本のように安い医療費で,今の高度の医療が受けられている国はありません.そのぶん,医療者が不遇に扱われていると思います.上記のような人手をかける医療は,『国民』が反対する思うので,政治家も動かず,システムを変えることはすぐには無理と思いますが,まずは医療者の地位を上げ,それを国民が納得する社会になる必要があると思います.『国民』は,日本の医療制度崩壊が起こって初めて良い医療にはコストがかかることに気づくのでしょう.米国もトランプ政権になって少し変化が起こるかもしれませんが,私はこの米国の医療制度は当分続くと思います.医療者達,病院関係者その家族達が皆ハッピーだからです.
この稿に対してて反論,ご意見があると思いますが,上記のことは全て事実です.