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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 41(1): 63-64 (2025)
doi:10.9794/jspccs.41.63

Editorial CommentEditorial Comment

補助人工心臓装着下における小児患者の航空搬送Air Transport of Pediatric Patients with Ventricular Assist Devices

北海道立子ども総合医療・療育センター小児循環器内科/小児集中治療科Department of Pediatric Cardiology/Pediatric Intensive Care Medicine, Hokkaido Medical Center for Child Health and Rehabilitation ◇ Hokkaido, Japan

発行日:2025年2月28日Published: February 28, 2025
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浦田論文1)は,Berlin Heart社製EXCOR® Pediatricを装着した小児重症心不全患者に対し,航空自衛隊の機動衛生ユニット(Mobile Medical Unit: MMU)を活用し,施設間搬送を安全に実施したわが国初の報告である.対象症例は心室細動下にあり,極めて不安定な循環動態を呈していたが,周到な準備と多職種連携による適切な対応により,有害事象なく長距離搬送が達成された点は高く評価される.

EXCOR® Pediatricの駆動装置(Ikus)は重量約100 kgと大型であり,民間航空機への搭載が現実的に困難であるため,国内における航空搬送の実績はきわめて限られていた.今回,MMUという特殊なリソースを用いて実現された本搬送事例は,補助循環装着患者に対する国内搬送の実施可能性と,その制度的・運用的課題を明確に示した意義深い報告である.米国では,固定翼機を用いたEXCOR®患者の航空搬送が既に報告されており2),本邦においても同様の搬送体制の整備が急務とされる.

固定翼機の有用性に関しては,北海道における新生児搬送体制の整備が先駆的である.2010年度より新生児医療専用機として運用が開始され,2011年度からは北海道地域再生医療計画の一環として,3年間の継続運航が実施された3).本取組みでは,広範な搬送範囲に対応し得る固定翼機の運動性能と,電源・医療ガス供給,スペース,安全性といった医療環境面の優位性が実証された4).EXCOR®装着患児の搬送においても,固定翼機の導入が有効な選択肢となることは明白である.

一方,本報告においては,搬送要請から実施決定に至るまでに4日間を要しており,現行の制度設計上の課題も浮き彫りとなった.MMUの運用が自治体を介した災害派遣要請に依存している現状では,搬送の緊急性に即応できない可能性がある.これに対し,2024年より本格運用が開始された日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク(Japan Critical Care Network: JCCN)は,医療主導による判断と実行が可能であり,小児重症患者への適用拡大が強く期待される5).さらに,2024年10月にはEXCOR®の後継機であるEXCOR® Activeが本邦において薬事承認を取得した.同機は小型・軽量化(約15 kg)されており,従来のIkusに比して航空搬送における物理的制約を著しく緩和することが可能となる6).一方で,機器導入に伴う医療スタッフの教育,搬送時の運用プロトコールの標準化,ならびに保険制度との整合性といった周辺環境の整備は今後の重要課題である.

本症例報告は,搬送の「可否」ではなく,「いかに安全に実施するか」という視点を読者に提供している.とりわけ,小児補助循環装着患者に対する航空搬送の適応評価に関しては,現時点で明確な基準やプロトコールが存在せず,判断が施設裁量や担当医の経験に依存している状況にある.実際,米国心臓協会のPALS(Pediatric Advanced Life Support)ガイドラインにおいても,小児の重症患者搬送は施設間のリソース差や熟練度のばらつきを背景に,個別的判断を余儀なくされる領域であるとされており7),本邦においても同様の課題が存在する.また,搬送中におけるモニタリング体制の詳細についても,今後の症例蓄積とともに標準化が求められる.EXCOR®搬送では,駆動圧,リザーバー圧,脈圧,酸素飽和度(SpO2),脳循環動態,さらに抗凝固療法下における凝固線溶動態の管理など,多岐にわたるパラメータの連続的評価が求められるが8),国内ではその報告が乏しい.特に,ヘパリン投与下における活性化凝固時間(ACT)や血小板機能,Dダイマーに加え,最近では血液粘弾性検査(例:TEG®,ROTEM®)が有効であるとの報告も散見されることから9, 10),包括的な凝固評価体制についても,搬送環境下での安全確保の観点から検討されるべきである.今後は,安全性とアウトカムの担保に資する包括的なモニタリングデータの構築が重要となる.

加えて,本症例のようにMMUを使用した搬送では,原則として家族の同乗が認められないことが多く11),保護者の不安軽減や搬送意思決定支援体制の整備も含めた全人的支援が不可欠である.また,補助循環の種類により搬送上の管理戦略は異なる.たとえば,ECMO管理中の搬送と比してVAD搬送は血液回路が閉鎖系である点や拍動流の安定性などにおいて優位性を有するが2),重量や可搬性の観点では独自の課題が残される.

今後,わが国の航空搬送体制を持続可能かつ質の高いものとするためには,症例ごとの搬送アウトカムを登録・集積し,データドリブンな制度設計と運用改善を進めることが不可欠である.浦田論文は,その第一歩として極めて意義深く,学術的・社会的価値の高い症例報告として位置づけられる.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.浦田 晋,ほか:小児用体外設置式補助人工心臓システム装着患者の機動衛生ユニットを利用した航空搬送を行った小児例.日小児循環器会誌2025; 41: 58–62

引用文献References

1) 浦田 晋,山口 章,大西志麻,ほか:小児用体外設置式補助人工心臓システム装着患者の機動衛生ユニットを利用した航空搬送を行った小児例.日小児循環器会誌2025; 41: 58–62

2) Woolley JR, Dady S, Spinnato J, et al: First Berlin Heart EXCOR Pediatric VAD interhospital transports of nonambulatory patients with the Ikus stationary driver. ASAIO J 2013; 59: 537–541

3) 上村修二,奈良 理:保健福祉活動 北海道患者搬送固定翼機(メディカルウィング)運行事業:メディカルディレクターの関わりを中心に.北海道の公衆衛生,公衆衛生/情報・出版専門部会編,2020, pp46–50

4) 小笠原裕樹,中村秀勝,大場淳一,ほか:固定翼機による新生児後方搬送の意義と臨床工学技士の役割.日航空医療会誌2022; 23: 3–12

5) 日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク(JCCN)ホームページ:https://n-fukushima.jimdofree.com/(2024年9月15日閲覧)

6) 株式会社カルディオEXCOR® Active製品ページ:https://cardio.co.jp/products/excor-active(2025年4月10日閲覧)

7) Aehlert BJ(編):PALSスタディガイド 小児二次救命処置の基礎と実践 改訂版.東京,エルゼビア・ジャパン,2013

8) Fan Y: Clinical analysis and preoperative predictors of survival in children after ventricular assist device implantation. Doctoral Dissertation, Charité – Universitätsmedizin Berlin, 2011

9) Kreuziger LB, Kim M, Wieselthaler G: Mechanical circulatory support: Balancing bleeding and clotting.hematology. Hematology (Am Soc Hematol Educ Program) 2015; 2015: 61–67

10) 小笠原裕樹,酒井 渉,茶木友浩,ほか:小児ECMO中のヘパリンコントロールに対しTEG® 6sが有用であった1症例.日小児循環器会誌2023; 39: 39–45

11) 福嶌教偉:固定翼機による患者搬送の現状と課題.Organ Biol 2025; 32: 25–40

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