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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 41(1): 58-62 (2025)
doi:10.9794/jspccs.41.58

症例報告Case Report

小児用体外設置式補助人工心臓システム装着患者の機動衛生ユニットを利用した航空搬送を行った小児例A Pediatric Case Involving Air Transport of a Patient with an Extracorporeal Ventricular Assist Device Using Mobile Medical Units

1国立成育医療研究センター循環器科Division of Cardiology, National Center for Child Health and Development ◇ Tokyo, Japan

2国立成育医療研究センター心臓血管外科Division of Cardiovascular Surgery, National Center for Child Health and Development ◇ Tokyo, Japan

3国立成育医療研究センター救急診療部Division of Pediatric Emergency and Transport Service, National Center for Child Health and Development ◇ Tokyo, Japan

受付日:2024年10月7日Received: October 7, 2024
受理日:2024年11月29日Accepted: November 29, 2024
発行日:2025年2月28日Published: February 28, 2025
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機動衛生ユニットは重篤な傷病者の搬送を行うための患者搬送用コンテナであり,航空自衛隊航空機動衛生隊によって運用されている.通常の航空搬送と違い,起動に際しては都道府県知事による災害派遣要請を必要とする.EXCOR® Pediatricは小児重症心不全患者に用いられる体外設置式補助人工心臓であり,このような重症患者の搬送は短時間で実施されることが好ましく,航空搬送は有用な手段である.しかし,現時点で本邦にはEXCOR装着患者の国内施設間搬送に利用可能な医療用ジェットはなく,今回用いた機動衛生ユニットのみが唯一の手段となっているが,搬送の計画から実施まで時間を要するなどの課題もある.

A mobile medical unit is a container used to transport critically injured and ill patients. It is operated by the Aero Medical Evacuation Squadron of the Japan Air Self-Defense Force. Unlike normal air transport, its activation requires a request for disaster relief by the prefectural governor. The EXCOR® Pediatric is an extracorporeal ventricular assist device for use in pediatric patients with severe heart failure, and air transport is a useful tool in such patients, as they require quick transport. However, at present, medical jets for the domestic inter-facility transport of patients with EXCOR® are lacking in Japan, and the mobile medical unit used in the present study is the only means available. There are also other issues related to patient transport, such as the time required from planning to the implementation of transport.

Key words: ventricular assist device; pediatric severe heart failure; air transport; pediatric heart transplantation

はじめに

航空搬送は重症患者の長距離搬送において移動時間の短縮に有益な方法である.航空搬送には,ドクターヘリを含めたヘリコプターによる搬送,民間機や医療用ジェット機などの固定翼機による搬送がある.また,航空自衛隊航空機動衛生隊(以下,航空機動衛生隊)は,機動衛生ユニット1)(通称,『空飛ぶICU』,Fig. 1A, B)をC-130H輸送機で搬送している.体外式膜型人工肺(extracorporeal membrane oxygenation: ECMO)を装着した患者などの搬送実績が豊富である2)ため,重症患者搬送において考慮される搬送手段である.EXCOR® Pediatric(以下,EXCOR,Berlin Heart社,ドイツ,Fig. 23)は,小児重症心不全患者に用いられる唯一の体外設置式補助人工心臓であり,本邦では認定を受けた施設でのみ実施可能な治療である4).今回,EXCOR装着患者に対する更なる治療のため,機動衛生ユニットを利用した国内での施設間搬送を実施した.これまでにEXCOR装着患者の国内での航空搬送の報告はなく,現状の課題も含めて報告する.

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Fig. 1 A: 機動衛生ユニットB: Ikus(左奥)設置後の機動衛生ユニット内部

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Fig. 2 EXCOR® Pediatricの概要

文献2)より転載.

なお,本症例報告については患者本人および代諾者に対して説明し,同意を得た.

症例

搬送時の年齢が11歳の女児で,ラミンA/C遺伝子異常を伴う拡張型心筋症により発症した重症心不全に対して心臓移植待機中であった.9歳時に初回の心不全を発症した後,薬物治療や僧帽弁形成術が実施されたが改善なく発症1年後に当院へ転院となった.転院後はミルリノン持続点滴下に薬物治療の調整を続けたものの,食思不振などINTERMACS profile 2の状態が持続したため,転院2カ月半で左室補助としてEXCORを装着した.EXCOR装着時の右室面積変化率は30%であり,軽度の三尖弁逆流は伴うものの肺高血圧の所見はなく心不全症状は改善した.EXCOR装着下にエナラプリルマレイン酸塩,ビソプロロールフマル酸などの抗心不全薬物治療の調整を行ったが,装着14カ月後に心室頻拍が出現してからは経口摂取不良や易疲労性などの心不全症状が増悪した.右室機能も経時的に悪化したためミルリノンを開始したが改善なく,心室期外収縮が頻発するようになり,装着19カ月後には洞調律から心室細動が出現した.電気的除細動を試みたが短期間で心室細動は反復し,EXCORでの左室補助により利尿など最低限の循環は維持されたが,日常生活動作の低下や低栄養に起因したるいそうが進行した.救命および心臓移植到達のために右室補助の追加を両心室補助治療の経験あるA病院にて実施するため転院搬送の方針とした.

転院時の身体所見は,身長127 cm(−2.7 SD),体重15.8 kg(−5.5 SD),New York Heart Association(NYHA)による心不全重症度分類はIV度であり,意識は清明であるものの日常の多くをベッド上で臥床している状況であった.経鼻胃管による経腸栄養を実施していたが,注入による腹痛を頻繁に訴えるため,高カロリー輸液を併用していた.転院直前の血液検査では,総ビリルビン1.02 mg/dL,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ49 mg/dL,アラニンアミノトランスフェラーゼ59 mg/dL,ガンマ-グルタミン酸トランスフェラーゼ141 U/Lといずれも軽度上昇していたが,腹部エコーでは肝胆道系の異常は認めなかった.また,尿素窒素9.8 mg/dL,血清クレアチニン0.22 mg/dLと腎機能障害は認めなかった.胸部単純X線では,心胸郭比は68%で左肺野優位に透過性が低下しており,肺うっ血が示唆され(Fig. 3),12誘導心電図は心室細動であり(Fig. 4),心エコー図では有意な拍動はなく大動脈弁も閉鎖していた.搬送2カ月前に側頭部痛を訴えたがその他の神経症状に乏しく,アセトアミノフェンによる鎮痛で症状が緩和され,経時的に軽快したため画像評価はせずに経過観察としていた.転院搬送決定時に頭部CTを撮影し,右後頭葉出血を認めた(Fig. 5)が画像上は陳旧性であり,2カ月前の症状と一致したものと考えられた.活動性出血はなく,神経学的異常所見は認めなかったため転院搬送およびその手段への影響はないものと判断した.

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Fig. 3 胸部単純X線写真

心胸郭比68%,左肺野優位の肺うっ血所見.

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Fig. 4 転院時心電図(心室細動)

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Fig. 5 右後頭葉出血

搬送手段は当院とA病院の施設間距離が約510 kmであり,陸上搬送での想定移動時間が約6時間半であることから,患者の全身状態を考慮して可能な限り短時間での移動が望ましく航空搬送を第一に検討した.しかし,EXCORの駆動装置であるIkusは総重量100.6 kgの機器であり,ヘリコプターおよび国内で使用可能な医療用ジェット機では搭載不可能であったため,自治体を通じて航空機動衛生隊が運用する機動衛生ユニットを要請した.搬送要請にあたり患者状態の共有に加えて,搬送機材(Table 1)は必要電力等も含めた詳細を記載して事前に提出した.

Table 1 搬送に要した電力機器一覧
機材必要電流(A)バッテリー 駆動時間寸法 幅cm×奥行きcm×高さcm重量kg台数
生体モニター0.7–1.3324.9×11.1×9.71.41
シリンジポンプ0.5332.5×12.5×12.02.12
輸液ポンプ0.2425.3×10.2×12.02.01
Ikus5.750.546×73×120100.61

要請から3日後の搬送予定となったが,荒天のため1日延期となり4日後の搬送となった.搬送には循環器医,心臓外科医,救急医,看護師および臨床工学士に加えて患児の母親の計6名が同行した.病院と空港の移動には当院およびA病院が所有する高規格救急車で搬送し,救急車へはIkusを接続した状態で患者の搬入出を行った.機動衛生ユニット(Fig. 1A)への搬入出は搬入口が狭いためIkusを接続した状態では困難であることが,航空機動衛生隊医官との事前打ち合わせにて想定されたため,手動ポンプで搬入出を行う予定とした.特に本症例は心室細動であり,ポンプ停止が致命的になることから,患者に対する手動ポンプへの切替えを事前にシミュレーションした.搬送には予備のIkusを持参し,それを機動衛生ユニット内に設置(Fig. 1B)して患者移動の前に起動させて動作に異常がないことを確認した.当日は,機動衛生ユニット搬入直前まではIkusでポンプを作動させ,搬入口を通過する時のみ手動ポンプに切替えて搬入し,すでに起動させていた予備のIkusに接続して患者の搬入を完了した.A病院とは事前に搬送計画を共有し,A病院所有のIkusを持参のうえで着陸空港にて接触する予定となっていた.着陸後は手動ポンプに切り替えて機動衛生ユニットから搬出し,A病院所有のIkusに接続のうえで高規格救急車に搬入した.

当院からA病院への搬送には計4時間30分を要した.搬送時間の内訳は,飛行時間が75分(28%),機動衛生ユニットへの搬入出が75分(28%),救急車での移動時間が計55分(20%)であり,その他は待機時間等であった.移動中に患者の状態変化やEXCORその他の機材の稼働に異常はなく搬送を完了した.

考察

航空機動衛生隊による重症患者の搬送は,民間・自治体・警察・消防・海上保安庁などの既存の搬送手段では搬送が不可能である「やむを得ない」場合に限り,都道府県知事等の災害派遣要請に基づき出動が決定される.今回経験したEXCOR装着中の患者搬送では,EXCORの駆動装置であるIkusが幅46 cm×奥行73 cm×高さ120 cmで重量100.6 kgの機材であり,国内で使用可能な民間での医療用ジェット機(Fig. 6)は機材の安全な固定手段がないため,運行会社および機体メーカーより搭載不可能と通知された.そのうえ,搬入口が狭く,Ikusを機内に搬入できない可能性があり,これを検証する時間的余裕がなかった.一方で,機動衛生ユニットはIkusを安全に固定して搬送することが可能であった.また,今回の搬送では機械不具合や緊急的な外科処置の可能性も考慮して,臨床工学士や心臓外科医を含めた多職種で搬送チームを構成した.このように多人数かつ処置を想定する場合,機動衛生ユニットによる搬送は有用であった.

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Fig. 6 セスナ560サイテーションV(中日本航空株式会社ホームページより転載)

また,重症患者に対する長距離搬送において航空搬送は時間短縮効果があり,EXCOR装着患者の航空搬送も安全に実施可能である5).成田らは小児重症心不全患者の搬送方法の選定について150 km圏内は救急車,200 km圏内はドクターヘリもしくは防災ヘリ,200 km以上では航空機動衛生隊による搬送を考慮したとしている6)

一方で,今回の搬送では依頼から決定までに4日間を要した.自衛隊への搬送依頼は前述のように医療機関から直接には要請できないため,ドクターヘリや防災ヘリと比較してより多くの時間を要する.現時点ではIkusの構造上の問題から,EXCOR患者に対する国内の航空搬送は,機動衛生ユニットを用いることが唯一の方法である.近年,小児重症患者の広域搬送に対してジェット機を活用するための日本重症患者ジェット機搬送ネットワーク(Japan Critical Care Network: JCCN)が設立され7),2024年4月に1例目の搬送が実施された.JCCNでは医療機関からメディカルディレクターへ連絡することで,より短時間で搬送の可否を判断することができる.このようなシステムが今後長期的に維持され,EXCOR患者をはじめとする重症患者の航空搬送を迅速に実施可能となるシステムも構築され,機内での医療行為を可能にする機材も整備されることが期待される.しかし,一般的な医療用ジェットでは医療行為が限定され,緊急時の外科処置を想定する場合は使用が困難であり,このような場面では機動衛生ユニットの活用が今後も必要となる.このように,それぞれの利点および欠点を考慮して航空搬送手段を選択する必要がある.また,Ikusの次世代機であるEXCOR® Active駆動装置は幅33 cm×奥行22 cm×高さ40 cmで重量15 kgと付属品も含めてIkusより小型かつ軽量化されている.Activeは2024年10月に本邦でも承認され,今後はIkusが生産中止となり,EXCOR® Active駆動装置のみが販売されるため,搬送時のIkusの重さや大きさの問題は解決が見込まれる.

結語

EXCOR装着患者を機動衛生ユニットによる航空搬送で有害事象なく実施した.その運用には課題も多く,今後は日本重症患者ジェット機搬送ネットワークをはじめとした重症心不全患者の航空搬送システムの整備が期待される.

謝辞Acknowledgments

航空自衛隊航空機動衛生隊の皆さまに感謝いたします.

利益相反

本稿について,申告すべき利益相反はない.

著者の貢献度

浦田晋は,本症例報告を構想し,データ収集および原稿作成を行った.山口章は,本症例報告のデータ収集に携わり,原稿の批判的推敲を行った.大西志麻は,本症例報告のデータ収集に携わり,原稿の批判的推敲を行った.植松悟子は,本症例報告について批判的推敲に関与し,原稿作成の指導を行った.金基成は,本症例報告について批判的推敲に関与し,原稿作成の指導を行った.小野博は,本症例報告の構想,批判的推敲,原稿作成指導を行い,発表を承認した.

引用文献References

1) 蔵本浩一郎,西 修二,金丸善樹,ほか:機動衛生ユニット内部の環境計測について.医実報告2007; 47: 213–225

2) 航空機動衛生隊ホームページ.https://www.mod.go.jp/asdf/ames/second/itiran/index.html(2024年9月15日閲覧)

3) 平田康隆:小児重症心不全に対する補助循環・補助人工心臓治療・先天性心疾患も含めて.日小児循環器会誌2023; 39: 161–168

4) 一般社団法人 補助人工心臓治療関連学会協議会ホームページ.https://j-vad.jp/registry-licensed-facilities-pediatric/(2024年8月21日閲覧)

5) Woolley JR, Dady S, Spinnato J, et al: First Berlin heart EXCOR pediatric VAD interhospital transports of nonambulatory patients with the Ikus stationary driver. ASAIO J 2013; 59: 537–541

6) 成田 淳,小垣滋豊,石井 良,ほか:日本における小児重症心不全患者の病院間搬送—単施設経験の検討—.日小児循環器会誌2020; 36: 57–64

7) 特定非営利活動法人 日本重症患者ジェット機搬送ネットワークホームページ.https://n-fukushima.jimdofree.com/(2024年9月15日閲覧)

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