死の貝と小児循環器学The Future of Pediatric Cardiology as Seen from Schistosomiasis japonicum
近畿大学医学部 小児科学教室Department of Pediatrics, Kindai University Faculty of Medicine ◇ Osaka, Japan
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山梨県は日本屈指の果樹王国です.山梨県で美味しいブドウやモモが育つのは美しい山々に囲まれ,豊かな水,そして昼夜の寒暖差が大きな甲府盆地があるからです.ところが日本住血吸虫症が山梨県を果樹王国に変えたと聞き,その真相を知りたくなりました.
山梨県の甲府盆地は日本屈指の保養地でもあるが,古来より農民を中心に「水腫脹満」という原因不明の風土病に蝕まれていた.水腫は腹水がたまることで,日本住血吸虫症による肝硬変の末期の病状である.同じ疾患は山梨県以外でも報告されており,広島は「片山病」,福岡は「マンプルリン」と呼ばれ,古くから奇病として語り継がれている.
日本住血吸虫は,消化器官に寄生して産卵する従来の寄生虫とは全く異なる寄生様式を持っている.感染経路はヒトなど最終宿主便中の虫卵から孵化した幼生(ミラシジウム)がミヤイリガイなどの「中間宿主」の体内でセルカリアへ成長しヒトなどの皮膚を通して感染する.ヒトの体内に侵入したセルカリアは門脈に寄生し,宿主の赤血球を栄養源とし雌は門脈の中で産卵する.門脈に産まれた卵は腸管近くの腸間膜血管に運ばれタンパク質分解酵素を放出し腸壁を溶解し,卵ごと腸内に落ちるといった生活環をとる.
明治になって近代医学が芽生えたころ顕微鏡を使って患者の便中に寄生虫の卵が見つかっており,この疾患が寄生虫によるものであると推察された.病因解明の端緒は明治30年ひとりの末期状態の女性患者が献体を申し出たことで肝臓に卵が見つかったことに始まる.当時,山梨県では解剖事例は皆無であったので解剖が行われた盛岩寺には『杉山なか紀徳碑』が建立されている.感染経路の解明には病気のある地区に残っている「きれいだからといってホタルを捕ると,腹が太鼓のように膨れて死んでしまう」などの川遊びをする子供への戒め,迷信が重要なポイントとなりウシを使った比較試験や研究者が自らの体を使った検証を行い経皮感染が証明された.しかし,孵化したばかりの幼生は感染能力が無いことがわかり中間宿主の存在が疑われた.宮入が溝渠(用水路)で小さな巻貝を見つけ,このミヤイリガイが中間宿主であると解明された.その後「地方病の撲滅はすなわちミヤイリガイの撲滅である」と,ミヤイリガイの撲滅が始まった.石灰や殺貝剤を使用した殺貝方法やミヤイリガイが水田や水路周辺などの流れの緩やかな場所に生息する特性から,用水路をコンクリート化し直線化する対策が行われました.しかし,甲府盆地は広大で,盆地であるが故に川の上流で再び流れの緩やかになるため以上の対策だけでは不十分であった.水田を捨てて果樹栽培への農地転換が図られた.甲府盆地の気象条件が果樹栽培に適していたことも転換推進への大きな後押しとなった.昭和53年に終息宣言が出されるまで何と115年に及ぶ日本住血吸虫症との闘いでした.明治になって近代医学が産声をあげたことで古来からの地方病を官民一体となって撲滅した誇らしい偉業だ.
しかし,この偉業にも副作用があった.病原である日本住血吸虫を根絶すために直接の病因ではないミヤイリガイを撲滅した.ミヤイリガイはゲンジボタルが生息するような自然豊かな土地に生息する.殺貝剤の広範な使用,用水路のコンクリート化によってゲンジボタルの生息域までも無くしてしまった.
それだけではない.医学部寄生虫学講座の現状は危機的な状況です.寄生虫症の減少と医学部教育の統合化が進み寄生虫学講座は減少し,寄生虫学講義・実習の減少といった医学部における寄生虫学教育の終息が始まっています.先ごろのコロナ禍のように輸入感染症,寄生虫症は増加傾向にあり寄生虫学教育を終息させることは社会問題です.
視点を小児循環器学に向けると,私は1992年に大阪母子医療センターに勤務することになりました.先天性心疾患が妊娠中に診断できることの驚きと将来の可能性を感じました.時を同じくして心臓血管外科部長であった岸本英文先生が世界で初めて右室から肺動脈に導管をつなぐという新しいNorwood手術を左心低形成症候群に成功させました.当時の左心低形成症候群はほぼ助からない重症疾患でした.私はショックで緊急入院となった左心低形成新生児の主治医になり三日三晩付き添いました.その子はショックから立ち直りましたが,両親は手術を拒否しました.私も若かったのでしょう,諦めず説得を続けました.生後数週間が経過した頃,両親の気持ちに変化が芽生え手術を希望されました.岸本先生の手術は斬新なアイデアが礎になっていますが,決して手を抜かない丁寧なものでした.この子は岸本先生の勇気によって救命することができました.私は左心低形成の治療に大きなインパクトを残した歴史的な瞬間に立ち会うことができました.胎児診断によって早期に見つけ心臓病を持つ新生児が救急車に乗ることなく心臓外科手術ができる新しい時代が到来したと確信いたしました.それからはどうしたら重症心疾患を胎児で見つけることができるのかを多くの仲間と研究してきました.
しかし,33年後の現在,先天性心疾患の患者は減少しています.止まらない少子化だけではなく出生前診断の進歩によって重症疾患の中絶が増えているのです.日本住血吸虫ではなくミヤイリガイを撲滅した結果,医学部での寄生虫学講座が減少しました.小児循環器学も寄生虫学教育と同様の経過をとってもおかしくないと心配しています.小児医療は大人に比べて非常に手間のかかる医療です.こどもが入院すると親が付き添います.看護師と付き添いの親によるこども一人に二人の看護体制になっているのが実状です.しかし,親の付き添いは全くのボランティアで無償,それだけでなく付き添った親は仕事を休むのでそれによる経済損失もあります.病気の絶対数が減少したからという理由で医療規模を縮小するといった医療経済学には似合わないのも小児医療です.昨今,小児医療の集約化が話題になっていますが,大学における小児科学教育を集約化,統合化することは小児科医を減少させるだけではなく研究といった重要な根幹をなくすことになり,難病の克服ができなくなります.小児の難病が地方病,奇病と呼ばれるようにならないように,小児科学ではミヤイリガイではなく日本住血吸虫を撲滅する方向に舵を切らなければならないのではないでしょうか.
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