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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 40(2): 69-70 (2024)
doi:10.9794/jspccs.40.69

巻頭言Preface

次世代育成にまつわるエトセトラMentoring and Coaching the Next Generation

東京大学 小児科Department of Pediatrics, The University of Tokyo ◇ Tokyo, Japan

発行日:2024年5月31日Published: May 31, 2024
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「先生,急変です.」と呼ばれPICUに駆けつける.即座にマスク換気・心臓マッサージが開始され,挿管がされると患者さんのバイタルがみるみる回復する.蘇生をしながら周りに指示を出す上級医の慌てない様子,きびきび動く看護師の姿,蘇生が成功したら何事もなかったかのように日常業務に戻るチーム,学生の頃にみた「ER救急救命室」というドラマの1シーンのような世界がそこにはあった.思い返すとそんな世界に憧れて,そしていつか自分もそんな上級医のようになりたいと思って小児循環器という分野を選んだ気がする.いつの間にか自分もそんな上級医と同じ立場になって,やっぱり相も変わらず患者の急変対応をしている.指示を出しながら内心では冷や冷やしていても,表面には出ていないはずだ.20年前と同じような風景がそこにある.それは次世代への継承がうまくいっているということだろうか? 次は自分たち自身が次世代を育てる番だ.

急変対応が終わってほっとしたとき,周りを見渡すと,そこには循環器チームのメンバーしかいない.研修医や学生はとっくに帰宅している.憧れの舞台に上がってみたものの観客はそこにいない.働き方改革の影響で,業務はなるべく平日日勤帯に終わらせるようにしなくてはいけない.でも,なぜかは今もわからないが,患者の急変は日中以外に起こることが多い.人事担当からは,循環器チームで働く研修医の時間外勤務が多すぎる,診療に手をかけすぎている,と文句を言われる.手をかけた診療で患者の急変をある程度予防しているつもりだが,そのことを証明することはできそうにない.20年前と比べ診療内容に変化(進歩)はあったが,その診療をとりまく環境や価値観はそれより大きく変わってしまった.おりしもテレビでは,時代による価値観の変遷をテーマにしたドラマが注目を集めている.昔に適切だったことも,時代が変わると不適切になってしまうようだ.

専門性が高いのは他の領域と同じだが,小児循環器では判断により迅速性が求められ,かつその判断の結果が患者の生命に直結することもある.患者が急変する可能性が他の領域と比べて高いが,それに対する人員配置は難しい.これまでは小児循環器領域を開拓してきた先人達の昼夜を問わない献身的な働きによって成り立ってきたが,今ではその開拓者たちを知る人も少なくなってきている.今の時代に,命を救うやりがいのために昼夜を問わず働くことを求めれば,「不適切にもほどがある」と言われてしまいそうだ.また,近年では医療安全の意識の高まりから,リスクの高い治療ほど診療に関連する手続きが煩雑化している.少子化の影響も甚大で,日本における小児関連市場の縮小により医薬品・医療機器の開発はますます困難になり,世界の標準治療や成人領域とのギャップが拡大している.少子化やNIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)の影響で先天性心疾患の患者の絶対数は減少しているが,それ以上のスピードで小児心臓外科医を目指す医師の数も減少している.小児循環器(内)科医も対岸の火事ではない.

次世代育成が重要なのは言うまでもないが,とても長い道のりに見える.教える相手がいればまだよいほうだ.人手も道具も不足している舞台を見てもなお,その舞台に上がってきてくれる人はそう多くはないだろうから,まずはマンパワーの確保と必要な管理・治療を保険適応として認めてもらうことが必要だ.舞台に上がってきた人には,どうやって教えるかも考えないといけない.教育プログラムで到達目標が明確でないと修練の意欲が湧かない.働き方を含め多様なあり方を認め,様々な修練医の言い分に耳を傾けないといけない.仕事の厳しさや責任感については教える必要はあるが決して𠮟責してはいけない.ハラスメント研修ではそのように教わるが,実行するのはそんなに簡単ではない.なぜなら自分はそのようには育てられていないからだ.そもそも教えることで育成を達成するという考え自体が古く,最近ではコーチングとかメンタリングと呼ばれている.自分がこれを完全に理解しているとは言えないが,本当に大事なことは今も昔も変わらないと信じて向き合っていくしかない.

情報化社会の中で急速に拡大する多様な価値観をお互いに尊重しながら,小児循環器診療の社会環境整備や次世代育成などの課題を解決していくのに重要なことは何か? 一つは多少の価値観の違いには目をつぶってお互い許容しながら進めていくことだろう.もう一つはデータや数値といったわかりやすい形にして社会に発信しながら進めていくことではないだろうか? 後者は,個々の患者の治療方針について異なる意見があった時と同じ解決方法だ.つまり,価値観(意見)でなくデータ(エビデンス)で解決するということ.科学的な価値のある論文も重要だが,データ収集やアンケート調査を通じて社会のニーズや要望を発信していくことも重要な学術的活動の一つである.この小児循環器学会雑誌が,日本の小児循環器領域における科学的・社会的に重要な関心事を発信する場になり,これからも小児循環器診療の安定的な継続・発展に寄与することを期待している.

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