運動負荷心エコー図により心室中部閉塞を診断することができた無症候性小児肥大型心筋症の1例
1 慶應義塾大学医学部 小児科学教室
2 東京歯科大学市川総合病院 小児科
3 慶應義塾大学医学部 予防医療センター
肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy: HCM) において,心室中隔壁中部の肥大による心室中部閉塞(mid ventricular obstruction: MVO)が心臓突然死のリスクとして指摘されている.小児ではMVOの報告は稀であり,その臨床像は不明で,管理方法も定まっていない.また,MVOに対する運動負荷心エコー図の報告は少なく,その意義は明らかでない.今回,運動負荷心エコー図によりMVOと診断した無症候性の小児HCM症例を経験した.症例は15歳男児.安静時心エコー図で心室中隔中部に進行性の心筋肥大があり,運動負荷心エコー図で同部位に高度の圧較差を認めたため,β遮断薬を導入し,運動を制限した.運動負荷心エコー図は,小児の無症候性HCMの管理において,有意なMVOを早期に検出するために有用である.
Key words: hypertrophic cardiomyopathy; midventricular obstruction; exercise stress echocardiogram; exercise restrictions
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肥大型心筋症(hypertrophic cardiomyopathy: HCM)において,心室中隔壁中部の肥大による心室中部閉塞(mid ventricular obstruction: MVO)が,心臓突然死のリスク因子として指摘されている1).MVOに対する運動負荷心エコー図の報告は少なく,その意義は明らかでない.今回,無症状の小児HCM患者において,運動負荷心エコー検査中にMVOが顕在化したため,β遮断薬を導入し,運動制限を強化した一例を経験した.
15歳 男児
心室中隔肥厚の進行
心房中隔欠損(生後半年頃に自然閉鎖)
小学3年生の学校心臓検診で異常Q波を指摘され,前医に受診した.12誘導心電図でII, III誘導の深いQ波,経胸壁心エコー図で心室中隔壁厚10 mm(Z=+2.8)の肥大を認め,肥大型心筋症と診断された.学校生活管理区分「E禁(持久走禁止)」で管理され,胸痛,動悸,失神などの症状なく経過したが,心室中隔の肥大が経時的に進行し,今後の管理方針決定のために当院に紹介受診した.
身長159.7 cm(−1.19SD),体重54.3 kg(−0.18SD)
心音整,I音正常,II音正常,III音聴取せず,2/6の中調性収縮期雑音を胸骨左縁中部に聴取,肝腫大なし,下腿浮腫なし,末梢冷感なし,NYHA I度
在胎36週5日 帝王切開で出生(骨盤位),身長49.7 cm,体重2,990 g,頭位32.0 cm
なし
肥大型心筋症や突然死の家族歴なし
BNP 31.3 pg/mL,トロポニンI測定感度未満
洞調律,QRS電気軸+90度,II, III, aVF誘導に0.5 mV以上の深いQ波を認める.
心室中隔壁中部に最大23.5 mm(Z=+5.16)の肥大を認め,同部位で左室中部内腔に軽度のモザイク血流を生じている(最大流速1.5 m/秒,最大圧較差9 mmHg, Fig. 1A).心尖部瘤を示唆する心尖部の心筋菲薄化や収縮低下なし.僧帽弁前尖の収縮期前方運動なし.形態的な左室流出路狭窄(Left ventricular outflow tract obstruction: LVOTO)なし.左室駆出率83%,有意な弁膜症なし.
管理方針決定のため,臥位エルゴメーターを用いて運動負荷心エコー検査を実施した.負荷は25 Wattより開始し,2分おきに25 Wattずつ増加させた.75 Watt時点で疲労が強かったため,以降は75 Watt負荷とした.検査中は心電図,経皮酸素飽和度モニター,血圧計を装着し1分間ごとに測定した.心エコー図では,3 chamber viewにおける左室中部および流出路の連続波ドプラ波形を1分毎に記録した.負荷中,最高心拍数は170 bpm(最大心拍数の83%)に達し,本人の疲労のため計7分間で負荷を終了し,その後5分間の経過を記録した.検査中,胸痛や心電図異常はなかった.左室流出路では血流加速を認めなかったが,左室中部の血流は経時的に加速し,負荷終了2分後に最大流速4.2 m/秒,最大圧較差69 mmHgに達した(Fig. 1B).運動負荷心エコー検査中の心拍数,および左室中部における最大圧較差の推移をFig. 2に示す.
無症状ではあるものの,経時的に心筋肥大の進行を認めること,運動負荷中に左室中部に高度の血流加速を生じたことから,学校生活管理区分を「D禁」とし,β遮断薬(ビソプロロール)を導入した.薬剤導入後,動悸の訴えがあったためHolter心電図を行ったが,単発性少数の心室期外収縮を認めるのみで,病的な不整脈やST-T波形の異常は見られなかった.現在ビソプロロール導入後から1年が経過し,患者は無症状で過ごしている.
MVOは,心エコー図における心室中隔中部の肥厚および同部位の圧較差30 mmHg以上で診断される1).これまでに詳細な疫学調査はなくHCMにおける有病率は1.0~12.9%と報告によりばらつきがある2, 3)
.成人において,MVOはLVOTOと比較して,心臓突然死の発生率を有意に上昇させることが明らかになっている4).また,成人のMVO患者は心尖部瘤を26.5~28.3%で合併する1, 4)
.心尖部瘤合併例では疾患関連死亡率が6.4%/yearで,心尖部瘤非合併例に比して約3倍であることが知られている5).しかし,小児ではMVOの報告は稀であり,その臨床像は不明で,管理方法も定まっていない.
運動負荷心エコー図はHCMにおいてはLVOTOの診断に頻用され,成人では安静時には認められない潜在的なMVOが検出された例が報告されている6).一方,小児では,MVOの診断における運動負荷心エコー図の意義はいまだ不明である.今回,無症状で安静時に左室内圧較差を認めない小児において,運動負荷心エコー検査中にMVOが出現し,増悪することが確認された.興味深いことに,本症例ではMVOの圧較差が負荷終了後の回復期にさらに上昇していた.同様の現象はLVOTO患者に対する運動負荷心エコー図でも報告されており,閉塞を有するHCM患者の運動負荷時の特徴と考えられる7).小児の日常生活では運動の機会が多いため,運動中にMVOが増悪し,無症状であっても潜在的に心負荷になっている可能性がある.したがって,小児HCM患者で,特に心室中部に進行性の肥厚が見られる場合,積極的に運動負荷心エコー検査を実施し,MVOの出現がないか定期的に確認する必要があると考えられる.
HCM患者の日常生活では,心臓突然死のリスクを避けるため,強い運動を避け,軽度~中等度の運動にとどめるように指導する1, 8)
.強い運動への参加については,総合的な心機能評価および主治医と患者との十分な話し合いで検討されるべきである9)
.身体的制限を有する慢性心疾患では心理的Quality of life(QOL)が低下する10)ことや,慢性疾患を抱える小児の運動制限が成人期の心理的QOLを低下させること11)
が明らかとなっている.小児においては,運動制限は体育の授業や遊びの機会を減らし,児の健全な発育を損ねる恐れもあるため,一律に制限するのではなく,特にリスクの高い症例を見極めてリスクベフィットを検討する必要がある.本症例では,HCMにおける心臓突然死リスクである家族歴や失神,収縮低下などを伴っておらず,Norrishらの報告12)を参考に算出した5年間での心臓突然死リスクは2.7%と推測された.注意すべき点として,病状が進行性であり運動時に有意なMVOが出現することから,強い運動により心イベントを発生するリスクが高く,運動制限が必要と考えた.ただし運動時のMVOが患児に及ぼす長期的な影響については不明であり,さらなる検討が必要である.
LVOTOを伴う成人HCM患者では,症状を有する場合,β遮断薬が用いられる13).無症候性で安静時に閉塞のない成人HCM患者でも,運動負荷時に圧較差30 mmHgを超えるLVOTOが認められる場合,β遮断薬がその圧較差を軽減すると報告されている14).MVOに対するβ遮断薬の有効性はまだ確立していないものの,本症例でも運動負荷時に圧較差が30 mmHgを超えたことと,前述のように成人ではMVOや心尖部瘤の合併が重篤な臨床転機につながりうることから,上記報告を参考にしてβ遮断薬を導入した.β遮断薬内服により,心肥大の抑制や,心尖部の圧負荷軽減により心尖部瘤の形成を防ぐことで,心イベントの発生を減らすことを期待している.今後はMVOの増悪に十分留意してフォローアップし,心尖部瘤を合併した場合には,血栓症予防のための抗凝固療法や13),心臓突然死予防のための植え込み型除細動器を検討する.
心室中部肥厚を伴う無症候性のHCM小児において,運動負荷心エコー図は潜在性のMVOの診断に有用である.
すべての著者において日本小児循環器学会が定める利益相反に関する開示事項はない.
小野奈津子は筆頭著者として論文を執筆した.住友直文は症例の診断,治療に関与し,論文内容に関する直接的な指導を行った.古道一樹,福島裕之,山岸敬幸は症例の診断,治療に関与し,論文校正に貢献し,出版原稿の最終承認を行った.
症例報告に際し,保護者及び本人からインフォームド・コンセントを得た.また,本研究は当施設の倫理委員会で承認されており(承認番号:20170284),研究参加者に対してオプトアウトを提示している.
1) Minami Y, Kajimoto K, Terahima Y, et al: Clinical implications of midventricular obstruction in patients with hypertrophic cardiomyopathy. J Am Coll Cardiol 2011; 57: 2346–2355
2) Duncan K, Shah A, Chaudhry F, et al: Hypertrophic cardiomyopathy with massive midventricular hypertrophy, midventricular obstruction and an akinetic apical chamber. Anadolu Kardiyol Derg 2006; 6: 279–282
3) Fighali S, Krajcer Z, Edelman S, et al: Progression of hypertrophic cardiomyopathy into a hypokinetic left ventricle: higher incidence in patients with midventricular obstruction. J Am Coll Cardiol 1987; 9: 288–294
4) Efthimiadis GK, Pagourelias ED, Parcharidou D, et al: Clinical characteristics and natural history of hypertrophic cardiomyopathy with midventricular obstruction. Circ J 2013; 77: 2366–2374
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8) Maron BJ, Udelson JE, Bonow RO, et al: Eligibility and disqualification recommendations for competitive athletes with cardiovascular abnormalities: Task force 3: Hypertrophic cardiomyopathy, arrhythmogenic right ventricular cardiomyopathy and other cardiomyopathies, and myocarditis: A scientific statement from the American Heart Association and American College of Cardiology. J Am Coll Cardiol 2015; 66: 2362–2371
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10) Teixeira FM, Coelho RM, Proença C, et al: Quality of life experienced by adolescents and young adults with congenital heart disease. Pediatr Cardiol 2011; 32: 1132–1138
11) 若木 均,森 一越,幡谷浩史,ほか:生活の制限と将来のQOLに関する検討—小児腎疾患キャリーオーバー症例におけるアンケート調査から—.日本小児腎臓病学会雑誌2015; 1: 124–131
12) Norrish G, Ding T, Field E, et al: Development of a novel risk prediction model for sudden cardiac death in childhood hypertrophic cardiomyopathy (HCM Risk-Kids). JAMA Cardiol 2019; 4: 918–927
13) Ammirati E, Contri R, Coppini R, et al: Pharmacological treatment of hypertrophic cardiomyopathy: Current practice and novel perspectives. Eur J Heart Fail 2016; 18: 1106–1118
14) Nistri S, Olivotto I, Maron SM, et al: β Blockers for prevention of exerciseinduced left ventricular outflow tract obstruction in patients with hypertrophic cardiomyopathy. Am J Cardiol 2012; 110: 715–719
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