チアノーゼ性心疾患術後の女性の妊娠Pregnancy in Women after Surgery for Cyanotic Heart Disease
国立循環器病研究センター 産婦人科Department of Obstetrics and Gynecology, National Cerebral and Cardiovascular Center ◇ Osaka, Japan
長期予後の向上を背景に,先天性心疾患を持つ女性の多くが生殖年齢に達し,妊娠を希望するようになった.そのなかには,チアノーゼ性心疾患に対する修復術後や姑息術後の女性も含まれる.周産期の母体循環動態の変化は大きく,心不全や不整脈などの心血管合併症リスクが増大するが,チアノーゼ性心疾患術後の女性では,その傾向が顕著である.チアノーゼ性心疾患術後の女性においては,原疾患や手術術式,遺残病変や併存症の有無など,その病態が多岐にわたる.妊娠分娩時の母児リスクを軽減するためには,個々の病態に応じたテーラーメードな周産期医療が必要である.さらに,女性を取り巻くライフスタイルの変化から,妊婦の高齢化が進み,産科合併症のリスクにもより多くの配慮が必要である.ハイリスク例においては,プレコンセプションカウンセリングの実施と,専門的チーム医療による周産期管理が必須である.
Due to improved long-term prognosis for patients with congenital heart disease (CHD), more women with CHD, including those who have undergone surgical repair or palliation for cyanotic heart disease, reach reproductive age and wish to become pregnant. Such women have a high risk of perinatal cardiovascular events, including heart failure and arrhythmia, because of the substantial changes in maternal hemodynamics. This trend is particularly pronounced in women with cyanotic heart disease, even after surgery, and there is a wide range of pathological factors that must be considered, including the underlying disease, surgical technique, presence or absence of residual lesions, and comorbidities. Therefore, to reduce the risk to mother and child, perinatal medical care tailored to each woman’s condition and severity is necessary. Furthermore, changes in women’s lifestyles have led to advanced maternal age, so the risk of obstetric complications requires greater consideration. Preconception counseling and perinatal management by a specialized medical care team are essential in high-risk cases.
Key words: cyanotic heart disease; pregnancy; Fontan circulation; heart failure; arrhythmia
© 2024 特定非営利活動法人日本小児循環器学会© 2024 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
妊娠分娩期に母体循環動態は大きく変動する.そのため,先天性心疾患をもつ女性では,心不全や不整脈などの心血管合併症の発生リスクが高まる.同時に,早産などの産科合併症や低出生体重などの児の合併症リスクも,既往のない女性に比して高い.なかでも,先天性心疾患合併妊娠において,「チアノーゼ性心疾患」は修復の有無にかかわらず,母体心血管合併症のリスク因子の一つである1).チアノーゼ性心疾患をもつ患者の長期予後は,修復術や姑息術により大いに改善した.妊娠を希望する同疾患術後の女性も増加している.チアノーゼ性心疾患術後の女性への,プレコンセプションケアやポストコンセプション,すなわち実際に妊娠分娩するにあたっての留意点を総説する.
循環血漿量や心拍数の増加,凝固能亢進や血管脆弱化など,妊娠分娩期の母体循環動態や心血管系の変化は大きい.変化にあわせて心血管合併症も発症頻度が上がるため,これらの変化と変化する時期を知り,周産期診療を行うことが,心血管合併症の予防や早期診断に役立つ2).
循環血漿量は妊娠初期から中期にかけて大幅に増加し,妊娠30週前後には非妊娠時の約1.5倍になる.この容量負荷の増大に対して,狭窄性疾患や肺高血圧症,心機能低下症例では心不全の出現や低心拍出量に注意する.分娩時には,陣痛すなわち子宮収縮ごとに静脈還流量が300~500 mL,心拍出量が15~25%増加する.分娩直後には速やかに子宮が収縮し,妊娠後半の増大子宮による下大静脈の圧迫が解除され,さらに急激な静脈還流量の増加が起こる.分娩後もしばらくは容量負荷の状態が続き,4~6週間をかけて非妊娠時と同等の状態に回復する.このような循環血漿量の変化を背景に,妊産婦の心不全は,妊娠20~30週と分娩~産後1か月に好発する3).特に,妊娠20~30週は器質的心疾患をもつ妊婦で,分娩~産後1か月は周産期心筋症や心筋梗塞など後天性心疾患を発症した産婦での心不全診断が多い3).このような特徴を踏まえ,チアノーゼ性心疾患術後の女性では,特に妊娠中期以降,心不全合併症に留意する.
妊娠中は交感神経活性が亢進し,心拍数は非妊娠時の約1.2倍に増加する.悪阻を伴う妊娠初期から不整脈合併症は散見されるが,特に妊娠中期以降,その頻度が増加する4).一方,産後は妊娠中の交感神経活性がとれ,副交感神経の活性が優位となり,徐脈傾向や,徐脈性不整脈の増悪をしばしば認める5).チアノーゼ性心疾患術後の妊産婦においては,頻脈性・徐脈性不整脈の両方の出現・増悪に注意する.妊娠分娩期の不整脈合併症の発生率は,時代とともに増加傾向にある4).これはチアノーゼ性心疾患を含む開心術後の女性の妊娠が増えたことや,妊婦の高年齢化などが一因と考えられる.
妊娠中は凝固因子が増産され,活性が亢進する.妊娠初期は悪阻による脱水,妊娠後期は増大子宮による下大静脈圧迫という要素が加わり,非妊娠時よりも血栓塞栓症を発症しやすい.チアノーゼ性心疾患術後の女性で血栓リスクが高い場合は,周産期にも綿密な抗凝固療法が必要である.しかしながら,妊娠中の抗凝固薬の使用は,母児リスクを伴う.ワルファリンは催奇形性と胎盤移行性を持つため胎児リスクが大きく,代替にヘパリンを使用すると,母体血栓や出血合併症のリスクが増加する.直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)の妊娠中使用における安全性は,まだ確立されていない2, 6).
妊娠時には,エストロゲンなどの影響で大動脈壁の中膜が変性するうえ,循環血漿量や心拍数の増加に伴い血管にかかる物理的ストレスが増大する.これらの変化を背景に,一部の先天性心疾患をもつ女性において,妊娠分娩期に大動脈が有意に拡張する7).チアノーゼ性心疾患術後の女性で大動脈最大径が50 mmを超える場合には,妊娠前に血管置換術の適応について検討する.50 mm未満の症例においても慎重な周産期の経過観察が必要である.
生殖年齢にある女性とそのパートナーが自分たちの生活や健康に向き合う「プレコンセプションケア」の重要性が提唱されている.先天性心疾患をもつ女性において,個々の成熟度にもよるが,妊娠についての情報提供を十代から開始することが好ましい8).また,具体的に妊娠を考える際には,循環器精査とプレコンセプションカウンセリングの実施が推奨される.本人とパートナー・家族が,妊娠分娩とそのリスクについて正しい知識を得ることは,不要な妊娠中絶の回避や,より良い周産期管理につながる.Fig. 1に,心精査とプレコンセプションカウンセリングで伝えるべき事項を示す.チアノーゼ性心疾患術後の女性においては,幼少期に手術を受けたのちの経過が良好で,自身の疾患やこれまでに受けた手術やインターベンションの詳細,現在の病状や将来展望についての知識が不十分な場合がある.必要時にはカウンセリングの中で,これら病歴や長期予後についての情報提供も行う.日本,ドイツ,ハンガリーの3か国における先天性心疾患を持つ女性を対象にした妊娠についての調査では,妊娠リスクについての事前の情報提供がほとんどなかった事例が33%であった.国別検討においては,ドイツ34%,ハンガリー27%に比較して,日本が40%と,事前の情報提供がほとんどなかった割合が最多であった9).プレコンセプションケア・カウンセリングの普及が,喫緊の課題である.
BNP, brain natriuretic peptide; CT, computed tomography; NT-pro-BNP, N-terminal pro brain natriuretic peptide; MRI, magnetic resonance imaging
Modified WHO分類は,循環器疾患合併妊娠のリスクを層別化したものであり,各診療ガイドラインなどにも掲載されている(Table 1)2, 6, 10).チアノーゼ心疾患術後においては,合併症のないファロー四徴症がclass II,状態の良いFontan術後やほかの複雑先天性心疾患がclass IIIに分類される.欧州心臓病学会ガイドラインには,母体心血管合併症の発生率が,class I: 2.5~5%,class II: 5.7~10.5%,class II–III: 10~19%,class III: 19~27%,class IV: 40~100%と記載されている6).同ガイドラインにおいてclass III以上の女性においては,プレコンセプションカウンセリングと周産期管理は,循環器疾患合併妊娠の専門診療施設で実施することが推奨されている6).
リスク分類 | 妊娠リスク | 好ましい診療体制 | 該当疾患 |
---|---|---|---|
I | 母体死亡率の増加無し | 地域病院 | ・軽症肺動脈狭窄/動脈管開存/僧帽弁逸脱 |
母体合併症率の増加無しもしくは軽度増加 | ・良好な単純病変修復術後(心房中隔欠損,心室中隔欠損,動脈管開存,肺静脈還流異常など) | ||
II | 母体死亡率の軽度増加と母体合併症率の中等度増加 | 地域病院 | ・経過良好で合併症のない |
未修復心房中隔欠損/心室中隔欠損 | |||
Fallot四徴修復術後 | |||
II~III | 母体死亡率と母体合併症率の中等度増加 | 高次病院 | ・軽度左室機能低下(左室駆出率>45%) |
・大動脈二尖弁(大動脈拡張<45 mm) | |||
・大動脈縮窄症術後 | |||
III | 母体死亡率の有意な増加と母体合併症率の重度増加.専門家の妊娠前カウンセリングが必要.妊娠の際には専門チームの診療が必要 | 循環器疾患合併妊娠のエキスパート病院 | ・体心室右室 |
・良好な状態で合併症のないFontan術後 | |||
・未修復チアノーゼ疾患 | |||
・その他の複雑型先天性心疾患 | |||
・大動脈二尖弁(大動脈拡張45~50 mm) | |||
IV | 母体死亡率の極度の増加と母体合併症率の重度増加.妊娠は禁忌.妊娠の際は中絶を考慮.妊娠継続の際は,IIIに準ずる | 循環器疾患合併妊娠のエキスパート病院 | ・肺動脈性高血圧症 |
・重症心機能低下(左室駆出率<35~40%1),<30%2),NYHA III–IV度) | |||
・大動脈二尖弁(大動脈拡張>50 mm) | |||
・重症未治療大動脈縮窄 | |||
・機械弁置換後1) |
先天性心疾患を合併した1,302妊娠の検討から作成されたZAHARA scoreでは,(1)不整脈の既往1.5点,(2)妊娠前の循環器薬内服1.5点,(3)妊娠前NYHA≧II度0.5点,(4)体心室の閉塞病変(PG>50 mmHgまたはAVA<1.0 cm2)2.5点,(5)中等度から重度の体心室・肺心室の房室弁逆流 各0.75点,(6)機械弁置換後4.25点,(7)チアノーゼ性心疾患1点をリスク因子として挙げ,あてはまる因子の点数の合算により,妊娠中の母体心血管イベントの発症率が,0.5点以下=3%,0.5~1.5点=8%,1.5~2.5点=18%,2.5~3.5点=43%,3.5点以上=70%と予測している1).ほかに,不整脈や後天性心疾患を含む心血管疾患をもつ母体の心血管合併症リスクを予測するCARPREG II score4)や,運動耐容能検査が妊娠リスク評価に有効との報告11)もある.
チアノーゼ性心疾患術後の女性においては,流早産や在胎週数過小児や胎児新生児死亡のリスクが高い12).特にFontan術後の女性では早産率が高く,未熟児のリスクについても事前に説明する.児の合併症の危険因子として,妊娠高血圧症候群や多胎妊娠,喫煙などの産科的ハイリスク因子に加え,複雑性先天性心疾患,妊娠中の心拍出量増加を認めない症例や薬物治療を継続している症例などが挙げられる13, 14).そのほか,母体が先天性心疾患を有する場合の親子繰り返し頻度が3~5%程度であること15),現在の使用薬剤の児への影響の有無について説明する.児に影響のある薬剤を内服している場合に,休薬または別の薬剤に代替可能か,内服継続すべきかについて検討し,カウンセリングを行う.主な循環作動薬の妊娠中内服については,添付文書や各ガイドライン2, 6)を参照し,必要時には薬剤師と連携して説明・調整を行う.
有意な遺残病変のない術後女性では,合併症無く妊娠分娩を終えることが多い.周産期の心血管合併症の危険因子として,心室中隔欠損遺残,中等度から重度の肺動脈弁狭窄や逆流,大動脈弁逆流,肺高血圧,大動脈拡大,心機能低下,頻拍性不整脈の既往や心拡大などが報告されている2, 16, 17).肺動脈弁狭窄や逆流に対する肺動脈弁置換術を適切な時期に施行する重要性が指摘されており18),介入適応がある症例では,妊娠前に施行することが好ましいと考えられる.
SenningやMustard術後例においては,不整脈合併症や早産,低出生体重児のリスクが大きい.また,妊娠を契機として心不全症状の悪化や体心室右室の拡大進行と機能低下,三尖弁逆流の増加を認める症例がある19).Jatene術後症例の周産期予後は比較的よいが,高度弁逆流や大動脈拡張例,冠動脈病変がある症例では注意が必要である20).
Fontan術後の女性の妊娠リスクは,「良好な状態で,合併症のないFontan術後」が前述のmodified WHO分類class III,「(有意な)合併症をもつFontan術後」がclass IVに分類される6).class IVに適合する具体的な状態として,①酸素飽和度<85%,②心室機能低下,③中等度~重度の房室弁逆流,④難治性不整脈,⑤蛋白漏出性胃腸症が挙げられている6).
Fontan術後の女性133人255妊娠のシステマティックレビューでは,流死産率が高く(流産:45%,人工妊娠中絶:7%,死産:1%,子宮外妊娠:1%),生児を得たのは115妊娠(45%)と半数以下であった.母体心血管合併症は,上室性不整脈を8.4%,心不全を3.9%に認め,母体死亡症例はなかった.産科合併症では産後出血を14%に認め,抗凝固療法との関連が疑われた.児の予後は,早産が59%,在胎不当体重過小が20%,新生児死亡が5%であった.また,先天性心疾患を持つ児は5%であった21).Fontan術後の妊娠における胎盤を検討した研究では,胎盤重量が低く,慢性絨毛膜下血腫や組織学的低酸素性変化の頻度が高いという特徴を認めており22),母体の低心拍出量や低酸素状態が,妊娠予後の悪化につながる可能性が示唆される.
Fontan術後の女性の妊娠中の抗凝固療法や抗血小板療法については統一した見解がなく,症例の積み重ねが必要である.前出のシステマティックレビューでは,妊娠前の不整脈や血栓塞栓症の既往を持つ症例や妊娠中に新規に不整脈が出現した症例では,抗凝固療法を推奨するとしている21).
プレコンセプションカウンセリングでは,以上のリスクについて,これまでの妊娠予後についての既報と自施設での経験なども踏まえて,説明する.妊娠・育児が長期予後に影響する可能性については,未だわかっていないことが多いが,育児のサポート体制の重要性についても言及し,パートナーや家族の十分な理解を得ることも大切である.また,妊娠を望まない場合には,適切な避妊法についての情報提供を行う.
ダイナミックに変化する母体循環動態にあわせ,経時的な循環器検査が必要である.
心エコー検査は,非侵襲的で情報量が多く,妊娠の進行に伴い繰り返し評価できる,妊娠中に最も適した循環器検査である.低~中等度リスクの循環器疾患合併妊娠においては,妊娠前もしくは妊娠初期と,妊娠による循環血漿量の増加がほぼピークに達する20週後半~30週頃に心エコー検査を行い,あとはリスクや自他覚症状に応じて検査を追加する.増大子宮による腹部静脈の圧迫は,静脈還流量にも影響する.妊娠後期の妊婦では体位による心拍出量の変動が大きく,左側臥位では仰臥位の約10~20%多い23).そのため,後期妊婦においては,体位で心エコー検査値が異なる可能性を念頭に置く.検査時は,仰臥位低血圧症候群のリスクがあるため,長時間の仰臥位を回避する.
ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide: BNP)やヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント(N-terminal pro-brain natriuretic peptide: NT pro-BNP)は,心不全の診断や重症度評価,予後予測目的に広く測定・利用されている.循環血漿量の増加を反映し,正常妊娠でもBNPは平均で2倍程度増加するが,心疾患合併妊娠では有意に高値である.心疾患合併妊婦におけるBNP>100 pg/mLや,先天性心疾患合併妊娠において妊娠20週時に測定したNT pro-BNP>128 pg/mLであれば,母体の心血管合併症のリスクが高いと報告されている24, 25).
分娩時は母体血行動態が急激に変化するため,特別な注意が必要である.経腟分娩は,帝王切開よりも出血や感染,静脈血栓症・肺塞栓症のリスクが低く,先天性心血管疾患合併妊娠においても経腟分娩が第一選択である.例外的に,母体疾患の適応で帝王切開術となる疾患・病態について,本邦のガイドラインでは,①心機能低下,②血圧変動がきっかけで循環動態が破綻しやすい場合(Marfan症候群,有意な大動脈縮窄,大動脈弁狭窄,高度肺動脈狭窄,Fontan術後),③肺高血圧,④コントロールが困難な不整脈,⑤機械弁(抗凝固薬のコントロール不良),⑥チアノーゼを呈する場合,を挙げている2).一方,ヨーロッパ心臓病学会のガイドラインでは,母体疾患の適応で帝王切開術となる疾患・病態について,①経口抗凝固薬内服中,②高度大動脈病変,③重症急性心不全の三病態のみを挙げている6).Fontan術後の女性を含め,十分なエビデンスが確立されていない領域であり,施設ごと,症例ごとに最も適切と考えられる分娩方法を選択するべきと考える.
経腟分娩時には,適切なモニタリングと全身管理,適用症例においては硬膜外麻酔による鎮痛が必要である.硬膜外麻酔には,鎮痛効果に加え,血管抵抗を下げ,末梢血管床を増やすことで分娩直後の急激な前負荷増大を緩和する作用がある.本邦のガイドラインでは,経膣分娩時硬膜外麻酔の良い適応として,①頻脈性不整脈,②虚血性心疾患,③大動脈病変(Marfan症候群など),④僧帽弁狭窄症,⑤肺動脈性肺高血圧,⑥Fontan循環などを挙げている2).
帝王切開時の麻酔法については,局所麻酔が全身麻酔よりも出血量が少ないなどのメリットが多い.先天性心疾患を持つ女性の帝王切開時麻酔法の検討では,術中から産後の心血管合併症は,疾患重症度の高い症例で起きやすく,麻酔方法との関連は認めなかった26).分娩方法と同様,麻酔方法についても施設ごとに最も安全に行えると考えられる方法を選択するべきであろう.
産後早期は,循環動態の変動が特に大きいことに加え,分娩時出血後のさらなる凝固能亢進と貧血の進行,エストロゲンやオキシトシンなど妊娠や授乳に関連したホルモンの大幅な増減が起きる.母体心血管合併症の好発期である.
一般的に,母乳授乳により母体の将来的な疾患リスク,すなわち乳がん27)や子宮体がん28),糖尿病や高血圧リスクが軽減される29).一方,心疾患合併母体においては,授乳行為も含めた育児負担による心不全の増悪が懸念されてきた.しかしながら,先天性心疾患をもつ産婦のコホート研究では,産後亜急性期から半年後にかけての心血管合併症に関連する因子は疾患重症度と内服治療であり,母乳授乳は関連していなかった30).しかしながら,周産期心筋症や周産期関連の大動脈解離症例などでは,母乳分泌に関連するプロラクチンやオキシトシンが心血管障害をきたす可能性が指摘されており31, 32),重症心疾患をもつ女性における母乳授乳の安全性についてはいまだ明らかでない.重症例では無理のない範囲で母乳授乳を行うよう指導し,心機能低下や心不全兆候が出現すれば,中止を考慮する.
大きな循環変動を伴う妊娠出産は,母体にとっての心血管負荷試験の側面を持つ.結果,周産期に心血管合併症を発症した女性は,産後数年間に心血管合併症を発症しやすいことが複数報告されている33–35).産後は育児で多忙となり,自身の通院が滞りがちになる.産科からかかりつけ主科への確実な引き継ぎと,通院自己中断をなくす取り組みが必要である.
繰り返しになるが,妊娠・育児が長期予後に影響する可能性については,未だわかっていないことが多い.長期予後を踏まえた妊娠リスクの情報提供と,周産期管理ができるよう,今後のエビデンス構築が望まれる.
本稿について,申告すべき利益相反(COI)はない.
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