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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 40(3): 139-140 (2024)
doi:10.9794/jspccs.40.139

巻頭言Preface

あらためて“働き方改革”を考えるWhat Is the True Style of “Work-Life Balance”?

山梨県立中央病院 小児科Department of Pediatrics, Yamanashi Prefectural Central Hospital ◇ Yamanashi, Japan

発行日:2024年8月1日Published: August 1, 2024
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2024年4月から,医師の働き方に対する新制度が始まった.自施設の水準指定の把握,宿日直許可の検討,大学病院等では兼業時間の調整など,制度開始前の大変な手続きを前に(何を今更)と思わなくもなかった.長年(そういうものだ)と不明瞭な労働環境を受け入れて働いてきた身には,新制度が始まって本当に診療が滞りなく回るのだろうか,という疑念もあった.新制度が始まるからといって小児科医が増員されることもなく,日中の業務や運営会議,夜間休日の診療は減るわけでもない.更に研修医や専攻医,時には学生の教育もある.研究や学会活動の多くは,自己研鑽となるであろう.

釈然としないまま始まった新制度だが,半年を過ぎて労働時間が把握され管理されることは医師にとっても大切なことであると考えるようになった.もちろん患者さんに不利益がないようにすることは絶対条件であるが,それは医師個人にのみ課される問題ではなく病院やひいては社会全体でも請け負うべき重要な課題である.今まで医療者の倫理的・道義的配慮により問題視されずにきた課題,あるいは医療者の個人的な責任として追求された問題の背景には,過重労働や人員不足のみならず未熟な医療チーム力や組織内での相互不信などが少なからずあったと言える.今回の新制度発足を機に,医師も雇用者や社会制度により守られるべき労働者であり社会全体で医療のあり方を考えていかなければならないことを,医療界はあらためて発信する必要があるのではないか.また私たち医療者は,組織の未熟性やコミュニケーション不足などを率直に反省し改善に取り組むべきではないか.このような思いが湧き上がってきた.

ワークライフバランスという言葉を聞くようになって久しいが,私自身この意味を誤解していた.仕事に偏らず個人の生活を優先させるということ,と捉えていた.少なくとも,小児循環器に携わる医師には無縁な言葉であると思っていた.働き方改革を考えるにあたり,あらためてこの意味を確認してみた.2007年に内閣府が制定した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」によると,「誰もがやりがいや充実感を感じながら働き,仕事上の責任を果たす一方で,子育て・介護の時間や,家庭,地域,自己啓発等にかかる個人の時間を持てる健康で豊かな生活ができるよう,今こそ,社会全体で仕事と生活の双方の調和の実現を希求していかなければならない.」と提唱されている.昭和生まれ世代の医者からすると「理想論でしょ,無理,無理.」とつい否定してしまいそうになるが,それではこの先,自分たちのそして患者さんたちの首を絞めてしまいかねない.日本社会と同様に,更なる人手不足や高齢化の波が今後の医療界にも加速度的に到達するであろう.厚労省や内閣府主導で導入された働き方改革であるが,ワークライフバランスを理想論ではなくどのように実現させていくのか,真剣に向き合う時であると思う.

医師は,タスクシフトや平均化が難しい職種であると考えられている.特に日本では,医師自身がそれを受け入れない土壌を形成してきたようにも思う.しかし今後は,同等の技量を持った複数の医師が相互に協力し合うチームによる診療や,医師から他職種へのタスクシフトを積極的に取り入れ,それと同時にチーム全体の医療力を底上げすることを怠らずに,仕事上の責任を果たしつつ個人の時間を作る努力をする必要があろう.一方で,厚労省や学会は社会に働きかける組織として,医師や医療者の研修機会の均等化や教育体制の整備,種々のガイドラインの作成などによる医療の質の担保,労働環境の地域格差やジェンダー格差の是正などの多くの課題に積極的に取り組む責務があると思う.また雇用者である大学や病院,クリニックなどには,多様化している個々のライフイベントに対し柔軟な雇用形態の提供を望みたい.

卓越した臨床力や研究成果を追求して不断の努力を惜しまないこと,その志はもちろん尊重されるべきであり,そのような医師が多くいることは社会にとって明るい希望である.これが真のワークライフバランスと矛盾しない体制整備が,今回の働き方改革を機に進むことを期待したい.まさに始まったばかりの改革で,今は多くの混乱と困難があるが,一歩ずつ前進するしかない状況である.遅まきながら私自身も,仕事の充実と生活の調和の実現を目指して,まだまだ模索を続けていきたい.

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