体重増加不良の精査に行った心臓超音波検査が診断につながった右冠動脈肺動脈起始
1 霧島市立医師会医療センター 小児科
2 鹿児島市立病院 小児科
3 鹿児島市立病院 心臓血管外科
右冠動脈肺動脈起始(ARCAPA)は稀な先天性心疾患である.体重増加不良の経過観察中に原因検索の一環として行った心臓超音波検査で診断した1歳2カ月の女児を経験した.心臓超音波検査で左冠動脈主幹部はやや太く,右冠動脈の起始部が不明であり,カラードプラで心室中隔に複数の血流シグナルを認めた.冠動脈CTで右冠動脈が主肺動脈から起始しておりARCAPAと診断を確定した.心臓カテーテル検査による左冠動脈造影では左冠動脈から側副血行路を介し右冠動脈に造影剤が流れ込み主肺動脈が造影された.心臓超音波検査での心室中隔の複数の血流シグナルは左冠動脈から右冠動脈への側副血行路であった.ARCAPAは心筋梗塞や突然死を来すことがあり,本例も右冠動脈の大動脈への再移植が行われた.特長的な所見を示す本症の診断には心臓超音波検査が有用であった.
Key words: pediatric; anomalous coronary artery; echocardiogram; anomalous origin of the right coronary artery from the pulmonary artery
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右冠動脈の起始が右バルサルバ洞ではなく肺動脈からとなる右冠動脈肺動脈起始(anomalous right coronary artery from the pulmonary artery: ARCAPA)は稀な先天性心疾患であり,2020年のARCAPAを対象としたシステマティックレビューでは,223例の症例が報告されている1).ARCAPAは左冠動脈肺動脈起始(ALCAPA)と比較して症状は軽く無症状であることもあるが,なかには心不全や突然死を起こす症例もあり注意を要する1).今回,体重増加不良の原因検索のために行った心臓の精査によりARCAPAと診断した女児を経験した.
1歳2カ月 女児
体重増加不良
38週5日,出生時体重2,528 g,身長45 cm,帝王切開で出生し,特に問題なく退院した.新生児マススクリーニング検査は正常だった.
出生後は特に問題なく,1カ月健診の1日平均体重増加(42 g/日)や診察所見も異常はなかった.生後3~4カ月健診で体重増加不良を指摘され,生後5カ月に当科を紹介受診した.
身長60.4 cm(−1.8 SD),体重5,326 g(−2.0 SD),顔貌に明らかな異常はなく,心音は整で心雑音は聴取しなかった.肺音は正常肺胞音,腹部は平坦,軟で肝臓・脾臓は触知しなかった.
全身状態は良好で,成長曲線に沿って体重は増加しており,血液検査で甲状腺機能,副腎機能,ソマトメジンCなどの内分泌的な異常もなかったため,哺乳量不足と考え経過観察の方針とした.しかし,離乳食開始後も身長体重がいずれも−2SD以下であった(Fig. 1)ため,1歳2カ月時に原因検索の一環として心臓の精査を行った.
The patient’s weight increases from −2SD and −3SD, and length increases around −2SD. The arrow shows the time at first visit of the patient.
胸部レントゲンはCTR 48%,骨・肺野に異常はなかった.
心電図では,V1からV5までのT波が陰性だった.左室肥大や右室肥大はなかった(Fig. 2).
心臓超音波検査(Fig. 3)では,左室拡張末期径26.7 mm(100% of normal),駆出率80%と中隔の奇異性運動もなく壁運動は良好で心筋の異常もなかった.四腔断面でのバランスは良かった.三尖弁輪収縮期移動距離は15.6 mmと右室の壁運動も良好だった.三尖弁逆流はわずかにあり,1.9 m/sと右室圧は正常だった.左冠動脈は正常起始で左冠動脈主幹部は2.3 mm(+2.4 SD)とやや太く順行性の血流だった.右冠動脈は大動脈の前方を左方に向かい,大動脈との接続は確認できなかった.また,右冠動脈の血流は探触子から遠ざかり肺動脈方向へ向かうシグナルを示していた.カラードプラで傍胸骨四腔断面において心尖部付近に複数の細かなモザイクシグナルを認めた.これらの心臓超音波所見より,右冠動脈肺動脈起始症を強く疑った.
A: The origin of the right coronary artery was not detected in the right sinus of valsalva, but extended further to the left, and blood flow was retrograde. B: Color doppler shows multiple blood flow signals in the ventricular septum.
冠動脈CT(Fig. 4)で右冠動脈が主肺動脈から起始しておりARCAPAの診断を確定した.
心臓カテーテル検査(Fig. 5)による左冠動脈造影では左前下行枝の遠位部から心尖部をまわり側副血行路を介し右冠動脈鋭角枝に造影剤が流れ込み逆行性に主肺動脈が造影された.
Contrast medium flow retrogradely from the left coronary artery into the right marginal artery via collateral vessels and the main pulmonary artery are identified.
圧データは,RVp 18/1(EDP)mmHg, LVp 79/6(EDP)mmHg, mPA 16/4/10(S/D/M)mmHgであり,左室壁運動は全周性に良好であった.
1歳11カ月時に右冠動脈の大動脈への再移植手術が行われた.術後は合併症なく経過良好だった.術後の冠動脈CTや心臓カテーテル検査でも右冠動脈の移植部分に狭窄や屈曲はなかった.術後の身長・体重は成長曲線に沿って増加したが,大幅なキャッチアップは認めなかった(Fig. 1).心電図は術前にはV1からV5までT波が陰性化していたが,術後のV4,V5のT波は陽性化した(Fig. 6).
先天性冠動脈異常には,①冠動脈起始部位と走行形態の異常,②冠動脈開口部の狭窄・閉鎖,③冠動脈血管自体の異常,および④冠動脈終末端の異常の4種類が存在する2).冠動脈の起始異常としては左冠動脈肺動脈起始(ALCAPA)がBWG症候群としてよく知られているが,ARCAPAの報告は少ない.ALCAPAの頻度が高い理由としては,左冠動脈が肺動脈に近いことが考えられている3).冠動脈起始部の形成は,大動脈から内皮が出芽して血管新生を起こす,あるいは大動脈周囲に形成された血管叢が大動脈壁内に入り込んで開口するなどの機序が考えられている4, 5)
.後者においては,胎生25日前後に血管様構造物が心外膜下のスペースに認められるようになるが,この時点ではまだ血管は完全に連続性を形成しておらず血管内に血流も認めない.この断続的な毛細血管叢が収束と連結を繰り返し,また血管平滑筋の内膜周囲への配列を得ることで心筋壁内と心外膜面に太い冠動脈原基が形成される6).このように末梢側から形成された複数の冠動脈原基が,最終的にどのように上行大動脈へ接合するかについてはまだ明らかになっていない.
ARCAPAの診断は心臓カテーテル検査や冠動脈CTで行われるが,心臓超音波検査でも診断は可能である7).ARCPAの超音波検査所見は右冠動脈の起始部が右バルサルバには確認されず,左冠動脈が全心臓の血流を供給することを反映して太くなり,心室中隔に側副路の血流である複数の血流シグナルを認める2).本例の心臓超音波所見も同様であり,冠動脈CTを行うことでARCAPAの診断を確定することができた.
ARCAPAを含む先天性冠動脈異常は,小児の心臓突然死の原因として肥大型心筋症に次いで2番目に多い原因であるが2),学校心臓検診で行われる安静時心電図ではスクリーニングは困難であるため,心臓超音波検査を行う機会があれば,冠動脈の起始部の確認を行うことは重要と考えられる.
本例は体重増加不良の精査の一環として心臓超音波検査を試行しARCAPAを診断したが,体重増加不良が契機となった症例の報告はみられなかった.また,心臓カテーテル検査の左冠動脈造影で左前下行枝の遠位部から心尖部をまわり右冠動脈鋭角枝に入る側副血行路を認め前壁中隔の虚血が示唆され,心電図のV1からV5の陰性T波も認めることから前壁中隔の心筋障害が考えられるが,心臓超音波検査では心収縮能の異常はなく,術後の体重増加も著明に改善していないため,本例の体重増加不良をARCAPAと関連づけることはできなかった.
Guentherらは,診断の中央値は14歳であり,発症時の年齢には出生後早期と40歳から60歳付近のピークがあるとしている1).生後まもなくは生理的肺高血圧のため右冠動脈には肺動脈からの血流があるが,肺動脈圧が低下すると肺動脈から右冠動脈の血流は低下する.そのため,左冠動脈から側副血行路を介する右冠動脈領域の血流が維持されることが必要である1).新生児期に左冠動脈と右冠動脈の側副血行路が十分発達していない場合は,右冠動脈領域の虚血に関連した症状を来す.本例は左冠動脈から右冠動脈への側副血行路が発達していたために,生後1カ月健診時の1日平均体重増加は42 g/日と良く,心不全症状もなく経過したものと思われた.その後,体重増加不良がみられたため心不全症状の可能性があると判断し治療に踏み切ったが,術後にも改善に乏しいことからARCAPAが原因であったと判断するのは困難であり,他の原因も考慮しながら経過観察する予定である.
ALCAPAは乳児期に突然死のリスクが高く,重度の心筋虚血を契機に発見されることが多く,虚血に特徴的な心電図変化を伴うことが多い8).一方,ARCAPAは乳児期早期を乗り越えれば,一般に無症状で経過し,幼少期は心電図変化を伴わないことが多いため,幼少期に診断されることは少なく,成人になってから偶発的にもしくは胸痛で発見されることが多い9).本例では,心電図でのV1からV5までの陰性T波を認め,前壁中隔の虚血が示唆されることや本例の家族が,突然死のリスクあることを重く考え外科手術を選択した.
Guentherらは本症では外科的手術が72.2%に行われ,大動脈への再移植が62.3%と最も多かったことを報告している1).左右シャントの増加や冠予備能の低下から突然死の原因になる恐れがあるため,虚血の有無にかかわらず手術適応としている報告もある7, 9)
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体重増加不良を契機にARCAPAと診断した女児を経験した.体重増加不良の原因として心疾患の除外は必須であり,心臓超音波検査も必要である.本症の診断には心臓超音波検査は有用であり,冠動脈の起始部が不明瞭で一側冠動脈が太く,心室中隔の多数の血流シグナルがある場合は冠動脈奇形も念頭に入れた精査が必要と考えられる.
本稿について,開示すべき利益相反(COI)はない.
江口太助は筆頭著者として論文の構想ならびに患者情報の収集を行い,論文を執筆した.吉川英樹,塩川直宏,櫨木大祐,緒方裕樹,松葉智之は患者情報の確認を行った.野村裕一は論文執筆の指導および批判的校閲に関与した.著者全員が出版原稿の最終承認を行った.
1) Guenther TM, Sherazee EA, Wisneski AD, et al: Anomalous origin of the right coronary artery from the pulmonary artery: A systematic review. Ann Thorac Surg 2020; 110: 1063–1071
2) 新居正基:先天性冠動脈疾患.日小児循環器会誌2016; 32: 95–113
3) Wu LP, Zhang YQ, Chen LJ, et al: Diagnosis of anomalous origin of the right coronary artery from the pulmonary artery by echocardiography. J Med Ultrason 2019; 46: 335–341
4) 山岸敬幸,白石 公:新 先天性心疾患を理解するための臨床心臓発生学.東京,メジカルヴュー社,2021
5) Valkey JM: Apoptosis during coronary artery orifice development in the click embryo. Anat Rec 2001; 262: 310–317
6) Red-Horse K, Ueno H, Weissman IL, et al: Red-Horse: Coronary arteries from by developmental reprogramming of venous cells. Nature 2010; 464: 549–553
7) Courand PY, Bozio A, Ninet J, et al: Focus on echocardiographic and Doppler analysis of coronary artery abnormal origin from the pulmonary trunk with mild myocardial dysfunction. Echocardiography 2013; 30: 829–836
8) Williams IA, Gersony WM, Hellenbrand WE: Anomalous right coronary artery arising from the pulmonary artery: A report of 7 cases and a review of the literature. Am Heart J 2006; 151: 1004.e9–1004.e17
9) Rajbanshi BG, Burkhart HM, Schaff HV, et al: Surgical strategies for anomalous origin of coronary artery from pulmonary artery in adults. J Thorac Cardiovasc Surg 2014; 148: 220–224
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