遺伝性肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)の疾患原因遺伝子としてBMPR2が報告されたのは2000年9月のことである1, 2).その後,ACVRL1, ENG, SMAD9など,BMPR2が属するTGFβスーパーファミリー内で次々と疾患原因遺伝子が同定され,さらには次世代シークエンサーの普及により,原因遺伝子および原因遺伝子候補は数十個にまで増加している3).このように,この20年余りでPAHの遺伝学的研究については大変な進歩が得られているが,ではその結果は臨床現場に還元されているかというと,残念ながら十分ではないのではと,個人的には感じている.今回は,肺高血圧症(pulmonary hypertension: PH)における遺伝学的背景の最近の話題について,筆者の考えを織り交ぜつつ,なるべく臨床家の方々に役立つようにという観点から紹介する.
TBX4は染色体17q23.2に位置するDNA結合型転写因子である4).TBX4はTBX5と協働し,気管支の形成に関与しているfibroblast growth factor 10(FGF10)の発現およびシグナル活性化をもたらす.さらにこの二つの転写因子は,FGF10と同様に肺の形態形成に関わるcanonical wingless-2(WNT2)の発現に寄与している.このため,TBX4の減少は,FGF10とWNT2両方の発現を阻害し,肺葉形成不全と肺葉分離不全を来し,最終的に肺低形成をもたらす5, 6).本邦からもTBX4変異タンパクはFGF10を活性化できなくなること,さらにTBX4ノックダウンが肺血管内皮の形成不全に関与する可能性があるとの報告がなされている7).
さらに近年,TBX4はリン酸化SMAD1, SMAD5の制御にも関わっていることが示されており,PAHの主要な原因遺伝子を多数含むBMPシグナル伝達経路とクロストークする可能性が示唆されている8).
もともと,TBX4は膝蓋骨の無形成/低形成,寛骨の骨化異常等を特徴とする常染色体顕性遺伝形式をとる小膝蓋骨症候群(small patella syndrome)の原因遺伝子として知られていた9).その後,2013年にTBX4がPAHの原因遺伝子として報告された10).この時点でTBX4病的バリアントは,成人期発症PAHよりも小児期発症PAHで検出されやすいことが示されていた.米国のグループからは,小児期発症IPAH/HPAH患者130人中10人(8%)でTBX4病的バリアントを検出したことが報告された11).2023年2月までに,新生児遷延性肺高血圧症を含む各種PAHにおいて約100症例のTBX4病的バリアントが報告されており12),これはBMPR2病的バリアント例に次ぐ症例数となる.
TBX4病的バリアントを有するPAH患者の臨床像についての検討としては,2022年の英国からの報告が現時点では最大規模であろう13).この研究ではTBX4病的バリアント群98例,BMPR2病的バリアント群162例,病的バリアントを持たない非病的バリアント群741例の3群比較を行った結果,TBX4病的バリアント群はより低年齢でPAHと診断されること,さらに初診時の呼吸機能検査での1秒率,努力性肺活量が不良であることが明らかにされている.また,スペインから2020年に報告された多施設共同研究も非常に興味深い14).対象20例全例において肺拡散能低下が認められ,高解像度CTを撮影された15例中9例(60%)で気管支異常を,13例(87%)に肺実質病変を認められた.死亡/肺移植をエンドポイントとした5年生存率は83%であった.ほかにも,TBX4病的バリアントを有するPAH患者が,非特異的間質性肺炎と診断されたとの報告がある15).
また,新生児遷延性肺高血圧症(persistent pulmonary hypertension of the newborn; PPHN)としてフォローされていた症例において,TBX4病的バリアントが同定されたとの報告が最近散見されている16, 17).さらに,TBX4病的バリアントが同定された小児19症例の臨床像を調査したところ,9症例がPPHN, 8症例が呼吸窮迫症候群(PPHNとの重複例あり)と臨床診断されていたとの報告がある18).これらの報告は,TBX4病的バリアントについては,小児循環器領域のみならず,新生児領域においても留意する必要があることを示している.
このように,TBX4病的バリアントを有するPAH患者では,幅広い臨床像が観察される.肺動脈病変だけではなく,肺低形成や肺実質病変,肺間質病変によるPHの要素も大きいため,筆者個人としてはgroup 1: PAHに分類されるTBX4病的バリアントを有する肺高血圧症には,group 3.5: Developmental lung disordersに分類すべきものが少なからず含まれている可能性があると考えている.また,前述の英国からの報告では,T-BOXドメインや,核局在セグメントNLS1およびNLS2内に病原性バリアントを有する個体では,肺低形成や間質性肺疾患の頻度が高いことが確認されている13).この報告を踏まえると,TBX4病的バリアントの位置によって,肺小動脈以外の肺病変の有無,重症度が変化し,ひいては肺血管拡張剤の効果にも影響が出てくる可能性がある.この群における薬剤治療効果と,長期予後に関するさらなる検討が待たれる.
SOX17は染色体8q11.23に位置し,SRY関連HMG boxファミリーに属する内皮転写因子であり,内胚葉形成と血管の形態形成に特に重要であることが知られている19).さらにSOX17は,TGF-βシグナリング,BMPシグナリング,Notchシグナリング,VEGFシグナリングなど,PAHに関連することが知られている複数のシグナル伝達経路に関与することが判明している.ゼブラフィッシュの内胚葉では,BMPシグナルはSox17の発現を抑制するのに対し,TGF-βシグナルはSox17を活性化すること,また,NotchシグナリングはSox17のシグナル伝達に拮抗する作用を持ち,血管新生を抑制することが知られている20).ヒトにおいては肺動脈内皮細胞においてSOX17サイレンシングを行うと,そのアポトーシス,増殖能,そしてバリア機能の障害をもたらすこと,さらにはPAHモデル動物においてSox17ノックアウトがPAH悪化をもたらすことが報告されている21).SOX17は肺動脈だけではなく,心臓大血管の発生にも関与している.Sox17ノックアウトマウスでは,心ループ形成の異常,背側大動脈の形成異常が見られたとの報告がある22).さらに,マウス大動脈基部内皮細胞でSox17を欠失させたところ大動脈基部の発達が不十分となり,大動脈弁無冠尖が形成されずに先天性大動脈二尖弁が生じたこと,さらに左冠状動脈起始部の後方への移動が生じたとの報告がなされている23).
筆者がこの遺伝子に注目しているのは,先天性心疾患に伴うPAH(congenital heart disease-pulmonary arterial hypertension: CHD-PAH)患者において,このSOX17病的バリアントが見つかったとする報告が相次いでいるためである.特発性PAH患者において,PAHのリスク遺伝子として同定されたのが最初の報告であるが24),その後,CHD-PAH患者群において実施された全エクソーム解析により,その3.2%で希少なSOX17病的バリアントを検出したとの報告がなされた25).また,フランスからはSOX17病的バリアントを有していた20例中7例(35%)が,先天性心疾患を有していたと報告された26).この2報において報告された合併先天性心疾患は,心房中隔欠損症,心室中隔欠損症,卵円孔開存症,動脈管開存症など,そのほとんどが単純型先天性心疾患であった.
現在,本邦で「先天性心疾患を伴う肺高血圧症例の多施設症例登録研究(Japanese Association of CHD-PH Registry: JACPHR)が進行しているが,このJACPHRの対象者の一部にSOX17病的バリアントが隠れている可能性があるのではないか,そしてそれが心内修復術後も遷延するPAHの原因になっているのではないかと,個人的には想像しているところである.SOX17病的バリアントの有無が,先天性心疾患の治療方針や周術期管理にも影響する可能性がある.今後のより詳細な機能解析が望まれる.
純粋なPAH患者においてGDF2病的バリアントが最初に同定されたのは2016年であり27),TBX4, SOX17と同様に2018年世界肺高血圧シンポジウムで発表されたPAH原因遺伝子17種類のひとつとして挙げられている3).GDF2は染色体10q11.22に位置し,BMPR2のリガンドであるBMP9をコードする遺伝子である.現在までのところ,PAH患者で検出されたGDF2病的バリアントはすべてホモ接合体バリアントもしくは複合ヘテロ接合体バリアントである28).これまでに50症例以上のGDF2病的バリアントを有するPAH患者の症例報告がなされており,これはBMPR2, TBX4に次いで多い報告数となる12).
GDF2病的バリアントを同定されたPAH患者において,血漿BMP9量だけではなくBMP10量も低下していること,さらには,GDF2病的バリアントを持たないPAH患者においても同様の結果が得られたことが報告されている29).これは,GDF2病的バリアントの有無にかかわらず,BMP9・BMP10を増強させることが治療につながる可能性を示唆している.
PAH患者においてGDF2病的バリアントが同定されるよりも以前から,BMP9はPAHの治療ターゲット候補として注目されていた.BMPR2病的バリアントノックインマウス,モノクロタリンPAH誘導ラット,Sugen低酸素ラットのいずれのPAHモデル動物においても,BMP9の腹腔内投与によってPAHが改善し,さらにはPAH発症予防効果ももたらされたとする報告がある30).これらの研究成果を元に,英国のバイオ製薬企業Centessa PharmaceuticalsがこのBMP9組換えタンパクを用いたPAH治療薬開発を進めている.2023年にも治験開始を申請予定とのことで,朗報が待たれる.
PAHで圧倒的に多数検出される疾患原因遺伝子BMPR2であっても,その浸透率(ある特定の遺伝子型をもつ個体が,実際にその表現型を発現する確率)は10~20%と非常に低い31).この事実からは実際にPAHを発症するには,疾患原因遺伝子の病的バリアントのみならず,エピジェネティクスなどの何らかの修飾因子が必要であることが示唆される.
PAH発症に関しても,エピジェネティクス研究が多数行われている.このなかで筆者が関心を持っている報告を紹介する.PAH患者においても,PAH動物モデルにおいても,ミトコンドリア内の抗酸化酵素であるSuperoxide Dismutase 2(SOD2)の発現と活性が低下することが2000年代には知られていた32).この,SOD2遺伝子を過剰にメチル化させると,ヒトおよびPAH動物モデルの肺動脈平滑筋細胞において,その増殖性を亢進させ,アポトーシスを回避させることが明らかになっている33).もともとSOD活性は細胞増殖と逆相関し,特に細胞分化に関係していること,そのエピジェネティクスによる調節ががん細胞の増殖能に関わることが報告されている34, 35).がんとPAHの病態の類似点はこれまでにも指摘されており36),PAHにおける新たな治療法を考えるうえで重要なポイントとなる可能性がある.
また,DNA脱メチル化に関わる酵素であるテトメチルシトシンジオキシゲナーゼ-2をコードするTET2遺伝子について,PAH患者1,832名中9名で希少な病的と思われるバリアントが検出され,さらにPAH患者の約9割において血中テトメチルシトシンジオキシゲナーゼ-2発現量が低下していたとの報告が2020年になされた37).また,TET2病的バリアントを有するPAH患者の70%で抗インターロイキン-1β(IL-1β)の発現が,同バリアントを持たないPAH患者と比較して増加していた.さらにこの研究グループが作製したTet2ノックアウトマウスが月齢7~10にPAHを自然発症していたこと,抗IL-1β抗体投与によってこの疾患モデルマウスのPAHが改善したことがあわせて報告された.2023年5月現在,本邦で使用されている抗IL-1β抗体としては,家族性地中海熱や全身性若年性特発性関節炎,高IgD症候群などに用いられるカナキヌバブが挙げられる.今後,このカナキヌバブ等の抗IL-1β抗体が,新規PAH治療薬候補となることが期待される.
肺動脈性肺高血圧症の患者と,その家族における遺伝学的検査
PAH患者における遺伝学的検査の意義についてはまだ議論が続いており,本邦ではPAHの遺伝学的検査は2023年5月現在保険適用外のままである.しかし,以前筆者らが報告したようにBMPR2病的バリアント,ACVRL1病的バリアントを持つ小児期発症PAHでは予後不良な傾向があること38),成人PAH症例1,164例についての英国での検討でも,BMPR2病的バリアントを持つ群はその他の群よりも予後不良であったことが示されていることから39),その臨床像を見極めるために遺伝学的検査は有用であると筆者は考えている.
さらにはPAHとの鑑別が困難で,肺血管拡張剤により肺うっ血が悪化しやすく,かつ肺移植以外に有効な治療法が存在しないPAH with overt features of venous/capillaries(PVOD/PCH)involvementの場合,その約25%でEIF2AK4病的バリアントが検出される40).重症PAHの鑑別診断と適切な治療を早期に行うために,このEIF2AK4病的バリアントの有無を検索することは重要である.
2023年に,International Consortium for Genetic Studies in PAHは特発性PAH,家族性PAH, PAH with overt features of venous/capillaries(PVOD/PCH)involvement,食欲抑制剤誘発性PAH,およびCHD-PAHの,少なくとも発端者(遺伝性疾患を有していることを,その家系内で最初に注目された患者)については,遺伝カウンセリングおよび遺伝学的検査を行うべきであるとした12)(Fig. 1).また,その際にはACVRL1, ATP13A3, BMPR2, CAV1, EIF2AK4, ENG, GDF2, KCNK3, KDR, SMAD9, SOX17, TBX4の12遺伝子を含むPAH遺伝子パネルシーケンスを行うべきとされている.
PAHの原因遺伝子は常染色体顕性遺伝形式をとることが多い.前述したように,原因遺伝子として最多である,BMPR2遺伝子病的バリアントであっても,その浸透率は10~20%と低い.このため,PAH患者の家系内における遺伝学的検査は,無症状の家族に多大な心理的影響を与える可能性があることを留意する必要がある.一方で,18歳以上の無症候BMPR2病的バリアントキャリアを追跡したDELPHI-2試験では,この群における肺高血圧の発症率が1年間あたり2.3%(男性0.99%,女性3.5%)であること,追跡終了時の時点で肺高血圧を発症した対象者は全員,早期に経口肺血管拡張剤の投与を開始された状態で病状が安定していることが示された41).この結果から,BMPR2遺伝子病的バリアントを有するPAH患者の家系内スクリーニングは有用であると考えられる.前述のInternational Consortium for Genetic Studies in PAHは遺伝的リスクのある無症候性キャリアについて,病歴や身体所見の確認,心電図,呼吸機能検査,NT-proBNP/BNP,そして心臓超音波検査等を,理想的には毎年実施すべきであるとしている12).2022年に発表された欧州心臓病学会・欧州呼吸器学会(ESC/ERS)肺高血圧症ガイドラインにおいても,遺伝的リスクのある無症候性キャリアおよび遺伝性PAH患者の第1度近親者については毎年心臓超音波検査等のスクリーニングを受けることが,class Iで推奨されている42).
2023年5月現在,本邦では少数の施設で研究としての遺伝学的検査のほか,公益財団法人かずさDNA研究所においてコマーシャルベースでの検査依頼が可能となっている.ただし,BMPR2, ACVRL1, ENG, TBX4については単一塩基の変化のみではなく,MLPA法等で大規模欠失・重複を検索するのが望ましいが,現在,コマーシャルベースでこれらの検索を行うことはできないことには注意が必要である.
いずれの検査機関を利用する場合でも,遺伝カウンセリング体制を十分に整備したうえで遺伝学的検査を実施すべきである.本邦では2023年5月現在,PAHについては遺伝カウンセリング加算の適用外であり,遺伝カウンセリングは自費診療で行うこととなる.また,遺伝カウンセリングの施設基準は「遺伝カウンセリングを要する診療に係る経験を3年以上有する常勤の医師が1名以上配置されていること」と,若干曖昧に規定されている.しかしながら,前述のように浸透率等の繊細な問題もあるため,可能な限り臨床遺伝専門医,認定遺伝カウンセラーによる丁寧な説明が行われることが望ましい.
筆者は大学院生としてPAHの遺伝学的研究に携わった際に,これは体系的に勉強しなければ表面をなぞるだけで何もわからずに終わってしまうのではないかと危機感を抱き,東京女子医科大学ゲノム診療科で臨床遺伝専門医研修を受講した.その間に臨床遺伝学はもちろんのこと,よりよい医師–患者関係の構築に必要な医師としての基本姿勢(身につけているつもりだったが,全く不十分であった),コミュニケーション技術をも学ぶことができ,自身の医師人生に不可欠な時間であったと今も感謝している.小児循環器学の道を選んでいる読者の方々にも,“sub-sub-specialty”としての臨床遺伝学を,ぜひお勧めしたい.
最後に:遺伝学的背景に基づいた新規治療法開発への期待
周知のように,現在臨床の場で使用されているPAH治療薬はプロスタサイクリン経路,一酸化窒素経路,エンドセリン経路の3系統に限られている.しかし,現在同定されているPAHの原因遺伝子はBMPR2, ACVRL1, ENG, GDF2, SMAD9など,TGFβスーパーファミリー内に存在するものが大多数であり,上記の3系統との直接の関連がないことが個人的には不思議に,そして残念に感じていた.
しかし,複数のPAHモデル動物に対してTGF-βII受容体細胞外ドメイン(Transforming growth factor-βII: TGFBRII-Fc)を投与したところ,右室圧低下と生存率改善が得られたとの報告が2016年になされ43),TGFβスーパーファミリー内での治療薬開発の機運が高まった.さらに2023年,同じくTGFβスーパーファミリーに属するActivin Receptor Type-IIAとIgG1 Fc領域の遺伝子組換えタンパクであるソタテルセプト(Activin Receptor Type-IIA-Fc: ACTR-IIA Fc)の第III相試験において,ソタテルセプト投与群はプラセボ投与群と比較して,6分間歩行距離を有意に改善させたとの報告がなされた44).このソタテルセプトは,TGFβスーパーファミリー内のactivin等がactivin receptor等に結合するのを阻害することで,肺動脈平滑筋細胞の増殖を抑制すると考えられる.
ソタテルセプトは肺動脈のみならず,全身のほぼ全ての臓器でこの経路のリガンドの一部をブロックする薬剤となるため,全身性の副作用は懸念されるところである.この2023年の報告では,鼻出血,めまい,毛細血管拡張,ヘモグロビン値上昇,血小板減少,血圧上昇がソタテルセプトの副作用として認められており,他の肺血管拡張剤と同様,使用時には慎重な観察が必要と考えられる.
個人的には,前述のTGFβスーパーファミリー内の病的バリアントが見つかっている症例において,このソタテルセプトはより有効なのではないかと推察している.新たなアプローチで,重症PAH症例の病態を改善させられる薬剤に成長することを期待したい.