Online ISSN: 2187-2988 Print ISSN: 0911-1794
特定非営利活動法人日本小児循環器学会
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 39(4): 192-199 (2023)
doi:10.9794/jspccs.39.192

Review

RASopathy心筋症病態理解の新たな展開

1東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 循環制御内科学

2東京大学 大学院医学系研究科 循環器内科学

3東京大学 大学院医学系研究科 先端臨床医学開発講座

4大阪公立大学 大学院医学研究科 ウイルス・寄生虫学

発行日:2023年12月31日
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RAS/MAPK経路を構成する因子の過剰活性化は,RASopathyなる先天性疾患を引き起こし,心奇形,特異顔貌,骨格異常,知的障害といった多系統の組織に機能・形態異常を引き起こす.肥大型心筋症類似心肥大はRASopathyの特徴的な心臓表現型であり,その発症は心不全死および突然死リスクと強く相関する.RASopathy関連心筋症は小児循環器病学の重点疾患群であるが,その病態の全容は未だ明らかになっていない.特異的治療の臨床開発も滞っており,臨床医学と基礎研究の協奏による心臓ケアの質向上が,求められている.本総説では,RASopathy関連心筋症について基礎~早期臨床開発の現存するエビデンスを紹介しながら,今後,我々が埋めるべきナレッジ・ギャップを俯瞰する.さらに,RAS/MAPK経路異常を共通の分子病態にもつ「癌」と「RASopathy」の対比という視点から,RASopathy関連心筋症のcellular pathologyを再評価し,疾患特異的治療開発のヒントを探る.

Key words: RASopathy; hypertrophic cardiomyopathy; RAS/mitogen-activated protein kinase signaling; Noonan syndrome

はじめに

1962年,米国の女性小児循環器医Jacqueline Noonanにより最初に報告されたNoonan症候群(NS)であるが,その後の詳細な臨床遺伝学的解析によって,類似属性を持つ遺伝子異常が原因となり臨床的特徴のオーバーラップする疾患群を発症することが明らかにされ,今日ではそれら類縁疾患をまとめて“RASopathy”と総称する.RASopathyの原因遺伝子のいずれもが,RAS/mitogen-activated protein kinase(MAPK)なる細胞シグナル伝達経路の調節に関わっており,変異がもたらすRAS/MAPK経路の過剰活性化が病態を引き起こしている1)

.RAS/MAPK経路とは,その名が示すとおり,細胞増殖の重要シグナル伝達経路として見つかり,今では,細胞分化・生存・死の多面的生物学的プロセスに関わることで知られる.RAS/MAPKの共通経路の障害が,最終的には発生期におけるMAPK活性化の時空間的な発現調節異常へと繋がり,心血管系をはじめ多系統の組織・細胞に一定の共通性を持ちつつも,多様性に富んだ先天異常を来すのである.

RASopathyは心肥大を伴う小児期心筋症の原因のおよそ1/8,幼児期心筋症の原因の最大1/3を占め,小児循環器病学の重点疾患群である2, 3)

.RASopathy関連心筋症(RAS-CMP)は早期に発症し,より重篤な表現型,すなわち流出路狭窄を来すほどの高度両心室肥大を伴いやすいなど,非症候群性(non-syndromic)かつ孤立性(多系統の異常を伴わない;Isolated)の肥大型心筋症(primary HCM)とは異なる特徴を有し,これまで乳児期の心不全死リスクや心臓移植の実施率が高いことが知られてきた.さらに,primary HCMと同等の高い突然死リスクがあるにもかかわらず,多くのケースで適切な予防医療が実施されていない事実が最新の研究で明らかになった4).RASopathyに対する心臓ケアの質向上は,差し迫ったニーズであり,それに応えるための臨床医学と基礎研究の協奏が今まで以上に求められている.

遺伝学的解析手法の発展に伴う新規原因遺伝子の同定など,近年もなお現在進行形に広がり続けるRASopathyの多様な疾患概念を,限られた文面で広く網羅することは到底できないので,本稿ではRASopathyを取り巻くエビデンス,プラクティスの現代的ギャップに焦点を当て,病態解明のための次なる疑問のヒントとするための概説を展開する.疾患別の各論に触れたい場合には,ほかの優れた総説を参照されたい.

RASopathyの原因遺伝子群とgenotype-phenotype連関

RASopathyの発症は,RAS/MAPK構成因子の生殖細胞系列変異によりトリガーされる.HRAS, KRAS, NRASなどRAS分子そのものの変異や,RASの細胞内存在量制御因子であるLZTR15)

,RASの活性型/非活性型サイクリング因子として機能するNF1,そして下流エフェクター分子群(B/C-RAF, MEK1/2, SHOC2, SPRED1)の異常が,RASopathy発症の遺伝学的要因に挙げられる.RASopathyの臨床病型にはヌーナン症候群(NS),多発性黒子を伴うNoonan症候群(NSML),Cardio-facio-cutaneous症候群(CFCS),Costello症候群(CS)などが定義され,各病型が,心奇形,特異顔貌,骨格異常,知的障害といった一定の共通性を持ちつつも多様性に富む臓器機能・形態異常を呈する.この共通性・多様性の一端について,各RASopathyの病型におけるRAS-CMP表出頻度あるいは重症度に論点を絞り,記述を展開する.RAS-CMP発症率には原因遺伝子変異と相関性(genotype-phenotype correlation)が見られる6).NSML(BRAF, RAF1, PTPN11変異が原因),CS(HRAS変異が原因)ではRAS-CMPが高頻度に見られる一方(60~80%),遺伝学的背景がよりヘテロなNSでは,総じて見ればRAS-CMP発症頻度は比較的低い(約20%).ところがRAF1RIT1変異を持つNS患者では,RAS-CMPの合併は高頻度(各80%,50%)に見られる.対して,PTPN11変異を有するNS患者におけるRAS-CMP合併率は低い(約10%).RAS-CMP表出頻度あるいは重症度を議論する際には,このように臨床病型に加えて責任遺伝子ごとに疾患を分類することが好ましい(Table 17–10)

Table 1 RASopathy原因遺伝子変異ごとの心肥大発症頻度
症候群原因遺伝子肥大型心筋症類似心肥大の発症頻度
Noonan症候群PTPN1115–20%7, 8)
SOS1約15%7)
RIT1約50%7)
RAF1約80%7)
LZTR1約50%7)
多発性黒子を伴う
Noonan症候群
PTPN11約60%9, 10)
BRAFN.A.
RAF1N.A.
Costello症候群HRAS約80%7)
Cardio-facio-cutaneous
症候群
BRAF60–100%7, 10)
MAP2K1N.A.
MAP2K2N.A.

RASopathy心臓表現型の多様性の分子背景

さて,各病型が背景に持つ変異遺伝子は,共通項をシェアしながらも,塩基レベルで見ればより細かな異質性をもつと言ってよい.RASopathy心臓表現型とその重症度にバリエーションが生じるメカニズムを,PTPN11遺伝子を例にさらに深く考えてみる.PTPN11遺伝子がコードするSHP2の正体は,N末端側の2個のSrc Homology 2(SH2)ドメインと,触媒作用をもつC末端側のprotein-tyrosine phosphatase(PTP)ドメインによって構成される,非受容体型チロシン脱リン酸化酵素である.定常状態では,N末端のSH2ドメインが酵素活性中心を覆ってしまうことで不活性型の構造を維持し,パートナー分子(基質)との相互作用を妨げている.細胞膜上の受容体を介してmitogenicな刺激が細胞へ伝わると,受容体やその足場タンパクにSH2ドメインが結合し,酵素活性中心が開放される(活性化型SHP2構造)(Fig. 1

).PTPN11は,心肥大を起こしにくいNSと,高度心肥大が高率に合併するNSMLと,RAS-CMPのスペクトラムから見れば両極に位置する対照的病型に,共通に見いだされる変異遺伝子である.同一遺伝子の産物がトリガーする心臓異常の表出が,なぜこうも振れ幅が大きいのか.このギャップを埋めるキーワードに,SHP2の脱リン酸化酵素活性や基質選択性がある.変異に固有の酵素活性変化や基質選択の偏向性が,細胞内シグナル伝達の歪みへと波及しているという魅力的な仮説である.NSで見られるPTPN11変異は,N末端SH2ドメインとPTPドメインの結合性を変えることで,定常状態のSHP2立体構造変化を促し,酵素活性中心の恒常的露出を惹起する機能獲得型(gain-of-function, GOF)変異と考えられている.一方,NSMLで見られるPTPN11変異は,PTPドメインの活性中心に集簇し,酵素活性の低下をもたらす機能喪失型(loss-of-function, LOF)変異であると言われる11).酵素活性の変化は,SHP2基質のリン酸化/脱リン酸化状態のバランスへ影響し,下流シグナルのオン・オフ切り替えに異常をもたらす.ここに変異SHP2による基質選択の偏向性も加わることで,Ras/MAPK経路,PI3K/AKT経路など,下流シグナルへの異常の波及は,濃淡をもった歪みとなる.RAS-CMPの表出を,下流シグナルの歪みの濃淡の総体と考えれば,RASopathyの病態理解には,個々の変異がもたらす下流シグナル異常の詳細な理解とさらなる細分類化が必要であり,SHP2パートナー分子,脱リン酸化基質の探索がいまも積極的に行われている12)

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Fig. 1 SHP2活性制御の分子機構

SHP2蛋白の構造と活性制御について図示する.非活性型SHP2ではN末端のSH2ドメインがPTPドメインの酵素活性中心を覆うことで基質との相互作用を妨げている.細胞膜上の受容体を介した刺激が細胞へ伝わると,受容体やその足場タンパクなどのリガンドにSH2ドメインが結合し,酵素活性中心が開放されて活性化型SHP2の構造に変化する.

RASopathyにおける心肥大メカニズムの「これまで」と「これから」

前述までのとおり,NSや,広くはRASopathyに合併するRAS-CMPは,サルコメア関連遺伝子変異に起因するprimary HCMと比較して,心臓アウトカムが不良であることが最新の研究からも示唆されている.両疾患群のあいだに存在する,どのような背景分子病態の差異が,こうした臨床経過や予後の違いを生み出しているのだろうか? Primary HCMの心臓病理像を構成するのは,錯綜配列をなす肥大(hypertrophy)した心筋細胞である.サルコメア関連遺伝子変異が心筋細胞肥大を引き起こすメカニズムとしては,アンジオテンシン受容体・カテコラミン受容体の下流に存在するRAS/MAPK経路の活性化の寄与が長く議論されてきた.RASopathyは,その疾患定義からしてRAS/MAPK経路の過剰活性化を伴う訳であるから,当然,心筋細胞肥大を生じてなんら不思議はなく,実際に過去のRAS-CMP患者の心臓病理所見としても,個々の心筋細胞レベルで肥大(病理切片上の細胞断面積の増大)が起きていることが報告されている13, 14)

.こうして,RAS-CMPとprimary HCMとのあいだには分子病態のオーバーラップが想定されており,心筋細胞肥大がそれらの表現型の共通項として存在するという考え方がこれまでの通説であった.

ところが一方で,近年,従来の通念と矛盾する病理観察像が報告されるようになった.当研究グループからは,PTPN11のLOF変異(G464A)によって発症し,胎児期からの著明な心筋壁肥厚,循環不全を来したNSML患者の心臓病理像を自験例として報告している.症例の肥厚心筋壁を構成していたのは,個々に肥大した心筋細胞ではなく,核内にKi67(細胞増殖マーカー)の濃染を伴う,むしろ細胞断面積としては縮小した異型の心筋細胞であった15)

.ご存知のとおり,終末分化細胞である心筋細胞は,その増殖・分裂能と引き換えに,固有の心筋たる形質を獲得しており,この過増殖状態(hyperplasia)を想起させる病理像も,当初,我々には極めて逆説的に感じられた.しかし,この症例報告に次ぐように動物/細胞RASopathyモデルにおいても,同様の「心筋細胞過増殖」を彷彿させる証拠が報告され,RASopathyの心肥大メカニズムに新たなパラダイムがもたらされつつある.TakaharaらはRit1変異(A57G)マウスを解析し,同変異を持つ患者同様に,心臓壁肥厚を認めること,病理像でKi67陽性心筋細胞の割合の増加を認めることを報告した16).MeierらはNS患児の心臓病理解析の結果から,患児では多核心筋細胞の割合が多く,心筋細胞数も多いことを見出している.さらにPTPN11(N308S)変異を持つ患者から樹立したiPS心筋細胞を解析したところ,病理結果と一致して,多核細胞,Ki67陽性細胞の増加を認め,この変異においても心筋の細胞周期亢進,増殖が起きていることが示唆された17).Drenckhahnらは,RAF1PTPN11に変異を持つNS患者の心臓病理解析から,肥厚した心筋壁において細胞断面積の拡大を伴わない,細胞数増多を認めることを報告している18).ここ数年で,「心筋細胞hyperplasia」とでも呼ぶべき病像が,複数のRASopathy関連変異で確認されており,少なくとも患者の一群において過剰に活性化したRAS/MAPK経路が細胞を過増殖へと誘っている可能性が考えられる.成体の成熟心筋細胞では細胞分裂はほぼ起きないはずであり,primary HCMや二次性心筋症において同様の観察結果が報告されていないことからも,心筋細胞hyperplasiaはRAS/MAPK経路の過剰活性化を背景とするRAS-CMPに特有の現象のようである.したがって,RAS-CMPを構成する病的心筋細胞の特性を理解することは,RASopathyに固有の心筋症病態メカニズムの解明,病状の進行を食い止める治療開発へと繋がる可能性がある.RAS/MAPK経路活性化の状態下に,心筋細胞をhypertrophicな反応からhyperplasticな反応へ転換させる制御スイッチは何か? KRAS-nullマウスは心筋壁の菲薄化を認めて胎性致死となること,KRAS変異(V14I)マウスはhyperplasiaを伴う心肥大を呈することが報告されており,細胞肥大に主として関わるHRASに対し,心筋細胞増殖にはKRASの寄与が示唆されるが,この議論が全てのKRAS変異に例外なく当てはまるか否か,は検証の余地がある19, 20).また前述のとおり,PTPN11, RAF1変異でも心臓のhyperplasiaを起こす例が報告されていることから,心筋増殖能を司る特異的なエフェクター分子が存在するのか,特異な変異様式の場合のみに増殖能亢進を生じるのかなど,変異とhyperplasiaをつなぐ分子メカニズムの理解が待たれる.

前述のDreckhahnらは,NS患者の心臓組織に対し1細胞RNAseq解析を実施し,NSの心臓において細胞幼若性のマーカーであるMYH6/MYH7発現比の上昇,成熟心筋細胞に特徴的な脂肪酸代謝に関連する遺伝子群の発現低下を報告しており,RAS-CMPの重要な特徴の一つに「心筋細胞の幼若化」を挙げている18)

.幼若な心筋細胞では収縮力,エネルギー産生効率が低下し,負荷時の代償破綻を来しやすい恐れがある.また,細胞の増殖,ターンオーバーの亢進が背景に存在するとするならば,複製ストレスを介したDNA損傷の蓄積,再生能力の枯渇や機能的な劣化,すなわち心筋老化が早期に誘導される懸念もある.NSにおけるRAS/MAPK経路の活性亢進が,細胞老化の観点で心筋に与える影響の理解は,炎症や線維化の誘導など,細胞老化の下流の組織変化を考えても極めて興味深い.RAS-CMPに訪れる不良アウトカムを説明すべく,心筋細胞老化に着眼した病態研究が進められている21).近年,急速に着目されつつあるこれらの視点も踏まえ,RASopathy心筋細胞に固有の病的特性について,RAS-CMPの疾患モデルの背景分子病態を再評価する時が来ている.

RASopathy関連心肥大は結局,どの細胞の何の異常?

1980年代以降,疾患モデルマウスの解析が盛んに行われ,心臓病態におけるRAS/MAPK経路の機能的役割の理解は飛躍的に進んだ.さらに細胞種特異的な遺伝子改変は,肥大型心筋症類似心肥大や構造奇形を含むRASopathy関連心病変について,それらの発現を先導する責任細胞集団,集団間クロストークを同定し,重要シグナル伝達経路の特定に大いに寄与してきた.Kontaridisらは,心筋細胞特異的PTPN11欠損マウスが心筋形態異常を伴う拡張型心筋症様の表現型を示すことを報告した22)

.その後,Schrammらが心筋細胞特異的に変異PTPN11を発現するマウスを樹立し,このマウスが心肥大を発症することを報告した23).これらの知見は,心筋細胞におけるSHP2下流の内因性シグナルがRASopathyの心病変発症に深く関連することを示唆しており,心筋細胞のRAS-MAPK異常がRAS-CMPの主病態であるという考えを支持する.対してLauriolらは内皮細胞特異的PTPN11変異のノックインマウスで心肥大が誘導されることを見いだし24)Tie2陽性内皮細胞異常が責任因子となって心臓全体の肥大化を先導すると主張する.Arakiらは,各種体細胞特異的PTPN11変異マウスを用いた検討により,NSに合併する中隔形成異常がTie2陽性内皮細胞におけるERK活性化,上皮間葉転換の異常亢進によって発症することを突き止めた25).中隔形成異常は,Nkx2.5陽性心筋前駆細胞特異的ノックインマウスのおよそ2/3にも認められた24).また内皮由来細胞系譜に変異SHP2を発現するマウスは,右室流出路~肺動脈弁の内皮由来細胞にERK活性化,上皮間葉転換の異常亢進を生じ,NS特有の右心系異常を来すことが報告された26).一連の研究結果は,RAS-CMPが心筋細胞内で起こるシグナル異常のみに起因するものではないことを証明しており,発生期の多種細胞間の活発なクロストーク(内皮細胞-心筋前駆細胞など)が,心筋発生あるいは心臓形態形成の上流で作用していることを示唆している.

1994年の神経線維症1型モデルマウスの報告を皮切りに,以降,drosophila,mouse,zebrafishを用いた多様な疾患モデルが公開され,RAS-CMPの病態形成にはRAS/MAPK経路のほか,PI3K/AKT/mTOR等の細胞内シグナル伝達系が統合的に作用していることが,徐々に明らかにされてきた.RASリン酸化に直接的に関わるRAF1変異マウスに合併する心肥大は,下流ERKの活性化によって誘導されている27)

.一方で,PTPN11のLOF変異を有するノックインマウスの心肥大では,むしろ下流ERKは抑制され,AKT/mTOR経路の亢進が病態形成の責任シグナルと考えられている23).また,HRAS変異を有するCSゼブラフィッシュモデルの心臓では,ERK,AKTともに活性化の傾向は見られず,代わりに細胞老化の促進を示唆する所見が認められる28).このように,RASopathy関連心臓病態の「完成形」へと至るパスウェイには,RAS/MAPKシグナル以外にも複数経路の関与が想定され,RASopathyの原因変異ごとに各経路のオン・オフは異なっている.下流シグナルの使い分けの系統的理解は,各RASopathy疾患動物モデルの薬剤応答性を吟味する上で重要である.例えば,mTOR/AKT経路に偏った活性化を生じるPTPN11のLOF変異(多発黒子を伴うNSMLの責任変異)では,主としてRAS/MAPK経路が活性化されるGOF変異(NSの責任変異)とは異なり,RAS/MAPK経路の下流エフェクター分子MEKを標的するよりも,mTOR/AKT経路の阻害が奏功する可能性がある.

ここまで見てきたように,心筋細胞以外の細胞種がRAS-CMPの病態形成に影響を及ぼしていることが示唆されており,さらにRAS/MAPK経路以外のシグナル異常がその発症に関与する例も報告されている.「何細胞のいかなる異常か?」,という問いに対する明確な結論は未だ出ていないが,RAS-CMPの病因をめぐるナレッジ・ギャップが埋まりつつあるなか,変異が誘導する下流シグナル異常を指標に病態を細分類化することの重要性を,ここでいまいちど強調したい.

「癌研究」と「心筋症研究」が交差するRASopathy

発癌を駆動するシグナル伝達経路の制御異常は,器官形成期や臓器の恒常性維持期においても常に重要な役割を果たしている.本稿の導入で述べたとおり,細胞増殖の重要シグナル伝達経路として見つかったRAS/MAPK経路は,分化,成熟,老化,死など,細胞の生物学的プロセスに多面的に関わっている.RAS/MAPK経路を構成し制御する各因子は,体細胞変異により発癌を駆動し,KRAS変異,次いでNRAS, HRASの順に,ヒトの様々な癌との関連が報告されているほか,BRAF変異は悪性黒色腫などで高頻度に見つかる.一方で,RAS/MAPK経路各因子の生殖細胞系列変異は,全身諸臓器の異常を伴うRASopathyを発症させる.RASopathyの各病型に共通する身体異常の一つにも,心奇形,特異顔貌,骨格異常,知的障害などと並び,発がんリスクの上昇が挙げられる.かくして,癌と心臓のバイオロジーが交差するRASopathyは,心筋細胞と癌細胞のcellular pathologyの共通項を探求するための,ユニークかつ至適な疾患モデルの一つと捉えることができる.ここで興味深い点としては,同一遺伝子内とはいえど塩基のレベルまで細かく見れば,各疾患関連変異は(i)発癌に寄与する変異と(ii)RASopathyを発症させる変異とに大別される傾向が挙げられる.皮膚科医Happleの仮説によれば,タンパク質機能に影響の大きい変異,いわゆる‘strong allele’は,胎生期に生じた場合に個体生存に決定的に不利なため生殖細胞系列変異として観察されない.RAS/MAPK経路に生じる発癌関連変異とRASopathy原因変異とのあいだにも同様の関係性,すなわちアレルの病原性に応じた検出変異パターンの棲み分けが存在する可能性があり,興味深い29)

さて,癌の分子病態に擬えて,RASopathyの心筋細胞異常を眺めてみてはどうだろう(Fig. 2

)? Weinbergらは総説「Hallmarks of Cancer」の中で癌を癌たらしめる6つの特徴について述べている29).正常体細胞はこれらの各特徴を順次獲得することで,多段階的に発癌へと向かっていく.それら特徴のうちでも,内因性増殖シグナルの増強や増殖抑制因子への不応性獲得は,癌細胞が環境非依存的に自律的な異常増殖活性を発揮するための,古典的かつ主要なhallmarkである.近年,RAS-CMPの一部病型においても,心筋細胞にhyperplasia様の性質変化が生じ,細胞周期の過剰亢進や過増殖といった組織構築異常が報告されるようになったのは,先述のとおりである.癌と心臓,ある意味で対極的な2つの組織において,類似のRAS/MAPK経路異常を分子論的な共通端緒とする,過増殖なる細胞表現型異常のオーバーラップが示唆されている.加えて癌細胞においては,この異常増殖活性をさらに積極的に固定化させようと,体細胞突然変異の蓄積を促進する「不安定性」がゲノムを取り巻いている.対して,心筋細胞のゲノムが直面させられる脆弱性の素因とはいかなるものか? 人体諸臓器の中でも特に好気的細胞呼吸が盛んな心筋細胞は,その代償として多量の活性酸素種に曝されており,核・ミトコンドリアDNAへの酸化損傷に極めて感受性である.ゲノム不安定性が癌形質獲得の素地を作り出すことと同様に,心筋ゲノムの酸化損傷への恒常的曝露は,有害変異の蓄積を介して心筋細胞とその微小環境の老化形質獲得に中心的に寄与していることが,近年の心臓病研究の発展により明らかになりつつある30)

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Fig. 2 RAS/MAPK経路異常を原因とする疾患群の細胞病理学的な共通項

その異常増殖活性に共役するように,癌細胞ではまた,エネルギー代謝の傾向性がリプログラミングされていると言われる.正常細胞においては,グルコース燃料に由来する細胞質ピルビン酸は,好気的環境下に積極的にミトコンドリアへ送られ,酸素との反応を経て二酸化炭素に変換される.嫌気的条件下では解糖が優先され,消費酸素を節約するためにミトコンドリアへ送られるピルビン酸が制限される.このリプログラミングのスイッチとして中心的役割を担う一つの因子がRAS/MAPK経路である.酸素存在下でも,積極的に解糖系を利用する癌細胞のエネルギー代謝様式は「好気的解糖(aerobic glycolysis)」とも呼ばれている.細胞エネルギー代謝を好気的解糖へと偏らせるために必要なタンパク質の部品(代謝酵素等)を蓄えさせるべく,RAS/MAPK経路が暗躍するのである.解糖系の亢進は,新しい細胞の構築に不可欠なヌクレオチドやアミノ酸生合成経路へと解糖の代謝中間体を転用・供給する役割を担う,癌細胞の合目的的な生存戦略の一環であると考えられている31)

.RASopathyの疾患エネルギー代謝は,Costello症候群(CS)において最も詳しく分析,記述されてきた.CSは,HRASの片アレル変異(80%がG12S変異)が引き起こすRASopathyで,重度の心肥大を合併しやすいことで知られる.CS患者は安静時基礎代謝が亢進しており,低血糖傾向,血中コレステロール増加など,エネルギー代謝に偏りを呈することで知られている.HRAS(G12S)変異CSモデルマウスにおいても,低血糖やミトコンドリアにおける脂肪酸酸化障害など,ヒト患者の代謝表現型が一部再現される32).これらは,RAS/MAPK経路の代謝リプログラミングのスイッチが作動している証拠に他ならず,グルコース取り込みや解糖系の亢進,ペントースリン酸経路への過供給を介したヌクレオチド合成促進など,癌細胞でみられる傾向性をなぞるような疾患代謝に依存しているようである.CS患者の心筋細胞にみられる細胞増殖に有利なエネルギー代謝様式への偏りと,RAS-CMPに観察される心筋細胞のhyperplasia様変化は,偶然の共存には思えず,両現象のあいだに因果関係を想起せずにいられない.ほかのRASopathyでも,このような疾患特異的なエネルギー代謝変容が観察されているのだろうか.PTPN11変異によるNSでは,ミトコンドリア呼吸鎖の酵素活性低下,ATP含量低下,活性酸素の増加が報告されている33)BRAF変異やNF1欠損を伴うRASopathyにおいても,ミトコンドリア呼吸鎖の酵素活性低下に代表されるエネルギー産生の障害が示されている34, 35).RAS/MAPK経路制御異常が駆動する疾患エネルギー代謝と,心臓病態発現の因果関係がRASopathy全体を通底する概念か否か,今後の全容解明が待たれる.

細胞や個体は,癌化,感染などの生物学的ストレスに曝されつつも,代償を実現し生き永らえる堅牢なメカニズムを備えている.RASopathyの心筋細胞もまた,RAS/MAPK経路制御異常とその波及的影響下で多様な細胞ストレスに拮抗しているのであろうが,我々はまだその代償メカニズムの一部しか知り得ていない.癌とのアナロジーから本症の病態維持機構を考察するアプローチは,新たなドラッガブルターゲットの探索という意味で魅力的な戦略である.

おわりに

心血管病に対して種々の分子標的治療が考案され,循環器診療は着実に新たな時代へと突入しつつある.しかしRAS-CMPに対する疾患特異的治療の臨床開発は,現状では残念ながら,primary HCMに対するそれの後塵を拝している状況がある.国外では近年,NS心肥大症例に対するMEK阻害薬(トラメチニブ等)のコンパッショネート・ユース(人道的な未承認薬使用)の報告が散見されるようになった33)

.より規模の大きな臨床試験の結果を待ち,今後の使用拡大については慎重に吟味する必要があるが,こうしたアンメット・ニーズ克服への機運の醸成からは,RAS-CMPに有効な薬剤の創出に希望を見いだせずにはいられない.RAS/MAPK経路を標的した癌治療開発が加速するにつれ,NS心肥大治療にもポテンシャルを発揮しうる薬剤が上市される可能性が高く,これらの効果の有無の見極めもまた我々の重要な責務となってくる.RAS-CMPに対し,ケア全体を向上させるための次フェーズ型研究開発を先導し,病態解明から治療開発への飛躍を実現するためにも,基礎~臨床一体となったエビデンス収集体制の構築は我々が抱える大事な宿題である.

謝辞

本研究ではAMED課題番号JP23bm1423007(伊藤正道),JP23wm0325049(中釜悠),JP22fk0108576(中釜悠),公益財団法人宮田心臓病研究振興基金(中釜悠),公益財団法人大阪難病研究財団(中釜悠)の助成を受けた.

著者の役割

中釜瞬:文献およびデータ整理・レビュー,可視化,執筆(論文原稿作成)

山﨑允喬:文献およびデータ整理・レビュー,執筆(論文原稿作成)

伊藤正道:資金獲得,方法論構築,指導,データ解釈,執筆(論文原稿作成),研究結果発表決定

中釜悠:概念化(研究・論文全体の目標・目的の設定),資金獲得,方法論構築,指導,執筆(編集校正),研究結果発表決定

引用文献

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