Online ISSN: 2187-2988 Print ISSN: 0911-1794
特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 39(4): 169-170 (2023)
doi:10.9794/jspccs.39.169

巻頭言Preface

Heart-DrivenHeart-Driven

徳島大学病院 小児科・地域小児科診療部Department of Pediatrics, Tokushima University Hospital ◇ Tokushima, Japan

発行日:2023年12月31日Published: December 31, 2023
HTMLPDFEPUB3

医師生活が長くなり,年齢も重ねると新しい感動に出会うことが少なくなるらしい.日常生活においても臨床や研究にしても少しずつ新鮮味を感じる機会が少なくなり繰り返しの中ですすんでいく.新しい症例を目にしても独創的な論文を読んでも心躍る振れ幅が低くなるようだ.興味深い病態生理に気持ちが高揚する,画像を眺めて美しいと感動する,臨床経過で物語のように心打たれるということが難しくなるのだろうか.積み重ねてきた経験があれば,そんな気持ちの高揚は不要であり,専門の知識とガイドラインに忠実に沿ったLogical thinkingのもとでの正確な診断と治療の実践が最も重要なことなのかもしれない.しかし,楽しさや好奇心や達成感の無い心には次のステージへのモチベーションが湧いてこないことも紛れもない事実である.

私が最近このようなことに思い巡らすのは,私自身がかつての上司の年齢に近づいてきたためだろうかと考えている.今も尊敬しているその小児循環器医の上司は当然私よりも臨床経験が豊富で超音波検査や血行動態に関する知識は達人級であった.しかし,私が最も特徴的で傑出していると思っていた点は,眼の前の1症例に対する興味と関心が非常に高く,そのテンションですべての症例の診療にあたっていたことである.興味こそがエンジンであり,まさに一例入魂であった.同じ診断名の症例を既に何例も経験しているはずなのに,まるで初めてのような高揚感を持って興味深そうに心エコー検査機器の画像を食い入るように見ては病態生理を語る姿に,当時から私は非常に感銘を受けていた.この若いときの臨床経験が少なからず今も自分の思考と診療に影響していると思っている.

私は徳島大学医学部を卒業すると同時に現在の小児科学教室に入局した.当時は現在のような臨床研修制度ではなく,働き方改革も労働基準法も存在しないかのような状況であり,大学病院での若手医師の研修は過酷そのものであった.日曜休日・夏休みなどは当然なく,朝早くから明け方まで仕事をして睡眠時間もとれないような日も少なくなかった.しかし,当時はそれが嫌で嫌で耐えられないという感情は乏しく,目の前の症例や課題に対して兎にも角にもがむしゃらに取り組んでいた.何をしているのでもないのだが,重症症例の横で人間モニターのように夜通しつきっきりで観察していたようなこともあり,極めて効率の悪い働き方であったのかもしれない.当時はインターネットでの論文検索やダウンロードもできなかった時代であったため,忙しい診療の合間に図書館へ走って行き,欲しい論文を必死になって探して1枚10円のコピーで何枚も何枚も印刷して闇雲に勉強していた.それらの行動は学術的興味と呼べるような冷静なものではなく,興奮と不安と快楽の入り混じった感情であったのかもしれない.診療すること,学会発表すること,研究すること,論文をまとめることに心躍っていたように思う.その後,私はThe WellcomeTrustのResearch Grantを獲得して英国Leicester大学Department of Cell Physiology and Pharmacologyに留学し,血管平滑筋細胞のイオンチャネルに関する基礎研究をする機会を得た.来る日も来る日もラットの血管平滑筋細胞の単離とパッチクランプを必死に行い,1日の半分は顕微鏡を覗いているのではないかと思うような毎日であった.Leicester大学はイオンチャネルによる活動電位をHodgkin and Huxley modelで示した業績でノーベル賞を受賞したSir Alan Lloyd Hodgkinが総長を務めていたこともあり,その領域では知られた教室であった.そのため世界各国の研究者が教室に勉強に来ていたが,周りから「日本人は1日に25時間仕事するらしい」と言われるくらい集中していた.ここで結果を出さなければならないという苦しく追い込まれた気持ちで実験を行っていた記憶もあるが,新しい事象に対しての興味や次々に試みたい研究内容が頭に浮かび,それに刺激されて衝き動かされていた側面もあったように思い出す.

いま,私自身がこの年齢になって以前の私の歴史を振り返って,あのときのような心の底から衝き動かされる感情で動いているだろうかと顧みることがある.かつての上司のような高いテンションをすべての症例に対して向けられているのか,高揚感を持って向かえているのかという危機感を感じる.

診療も研究も単純な好奇心と興味に駆りたてられてすすめていくのではなく,論理的な思考Logical thinkingの流れのなかですすめていくことが合理的で効率的であることは解っている.興味ある症例,面白い病態などから発せられる感情的価値よりも論理的価値を大切にしていくことが正しいのだろう.しかし,仕事のなかにも感情に衝き動かされる心が原動力となるようなワクワク・ドキドキ・ハラハラを根源とする感動・物語・思想・哲学が仕事やチームマネジメントや医学教育や私生活に必要なのかもしれない.

「偉大な仕事をする唯一の方法は自分のしている仕事を愛することだ」(Steve Jobs).自分の仕事を愛して夢中になることが大切なのだろう.「努力は夢中に勝てない」と言われる.誰もが夢中になってゲームをするように夢中に仕事ができたらどんなによいことかと思っている.私たちが日々すすめている小児循環器の診療は非常に多岐にわたり,まだまだ解明されていない課題は山積みにされている.何年経っても初めて出会う疾患が次から次に現れるし,同一疾患であっても個々の病態は異なり,さらに年齢とともに大きく変化する.基礎研究においても実臨床においても高い専門性と患児の一生を見据えた洞察に富んだ思考が必要であり,やりがいのある魅力的な領域と言えるだろう.「医はサイエンスに支えられたアート」と言われるが,小児循環器領域の医学と診療こそ美しいアートのようである.このサイエンスとアートの世界にどっぷり浸かり堪能することは贅沢で魅力的である.

目標への原動力は自らのHeartにDrivenされるものだ.加えて,病態生理が極めて奥深い患児たちのHeartにもDrivenされて活性化されるはずである.そうであるなら,小児循環器領域におけるHeartのサイエンスとアートを堅実に地道に少しずつ理解・解明・研究していくことが大切であることになる.つまり,Heart drivenとはLogical thinkingと真逆であるのではなく,年齢を重ねて豊富な知識と経験から得たLogical thinkingを究めたその先にあるのかもしれない.そんなことを考えて毎日の診療を積み上げている.

This page was created on 2024-02-27T10:30:27.28+09:00
This page was last modified on 2024-03-26T16:42:07.000+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。