心室拡張障害の病態と診断
徳島大学病院 小児科・地域小児科診療部
小児循環器の臨床現場において心不全の病態評価を要する場面は多いが,血行動態の重要な部分を占める拡張能を正確に測定評価することは簡単ではない.心室の拡張障害は拡張早期の弛緩能低下と拡張後期のStiffness上昇(コンプライアンス低下)に分類される.心室拡張早期の弛緩能は,収縮した心筋の弾性力・復元力によるElastic recoil, ミオシンとアクチンによる収縮の不活化であるActive relaxation, 心房圧に反映される前負荷Preloadに影響を受ける.拡張後期の心室Stiffness上昇は,タイチンのIsoformsや心筋間質組織のコラーゲン増生が関与するが,一方でこれらは拡張早期のElastic recoil・Restoring forceを形成する因子でもある.本総説では心エコー検査を中心とした拡張能の評価に加えて,Pressure phase plane (PPP),Pressure-Volume loop (P-V loop)を駆使した心室拡張能の病態把握の重要性を解説していく.
Key words: diastolic function; ventricular relaxation; echocardiography; elastic recoil; time constant
© 2023 特定非営利活動法人日本小児循環器学会
心機能は収縮能と拡張能に大別される.駆出率などの収縮能障害の指標は心機能評価の中心に位置付けられ,従来から心不全の重症度や治療・予後との関連性が示されている1–3)
.しかし,心不全症例の約半数では駆出率が保たれていることが明らかにされ,拡張能障害による慢性心不全(heart failure with preserved ejection fraction: HFpEF)として注目されている4–6)
.このような状況から,拡張能障害の病態解明,評価,診断の重要性が近年認識されつつあるが,現在のところ拡張障害を示す単一の独自指標はなく,いくつかの指標を組み合わせて複雑な評価を行っている7).
本総説では心室拡張の正常様式と機序を解説したのち,左室拡張障害の評価方法について説明する.拡張早期のElastic recoil・Restoring forceは,良好な収縮期の駆出および拡張末期におけるStiffness・拡張末期圧と密接に関連している.さらに,拡張早期の弛緩におけるサルコメアのActive relaxationと心筋のElastic recoilとを分別する評価方法などに関して解説していく.
拡張期は等容性拡張期,急速流入期,緩徐流入期,心房収縮期に時相として区別される.このなかで心室の拡張能は主として拡張早期における弛緩と拡張後期におけるStiffnessの2つの要素に分類される.弛緩能という用語はしばしば拡張能と混同されることがあるが,拡張早期における心筋・心室の弛緩に限定されるものであり,拡張能の一時相の機能である.
弛緩能とは等容性拡張期から始まる心室心筋が伸展して心室圧を降下させる能力とされる.弛緩能は収縮末期の心筋に蓄えられた弾性エネルギー・復元力であるRestoring forceによるElastic recoil,および収縮タンパク(ミオシンとアクチン)の不活化によるサルコメアの弛緩であるActive relaxation,心房圧に反映される前負荷Preloadの3要因に影響を受ける(Fig. 1)7).これら以外に両心室の相互作用と同期,心膜による拘束,心房収縮などが拡張期の心機能に影響を与える.サルコメアの弛緩はATPを消費して収縮タンパクの結合を解離させる能動的なプロセスであり,ミトコンドリアにおけるATP合成や筋小胞体(sarcoplasmic reticulum: SR)によるCa2+の再取り込みなどが関わっている8, 9).細胞質内に遊離したCa2+の再取り込みには筋小胞体の網状部分に存在する筋小胞体Ca2+ポンプ(sarcoplasmic reticulum Ca2+ ATPase 2a: SERCA2a)が大きく関与しており,さらに心筋細胞膜上に存在するCa2+ ATPaseおよびNa+/K+ポンプ(sodium-calcium exchanger)が細胞外へ排出する.これらの働きにより細胞内Ca2+濃度が低下してCa2+がトロポニンCから解離し,トロポミオシンによるアクチン・ミオシンの結合阻害から弛緩へと繋がっていく.ホスホランバン(phosphorlamban: PLB)はSERCA2aを調節する蛋白であり,PLBがリン酸化されるとSERCA2aによる筋小胞体へのCa2+取り込みが促進される.また,Ca2+はカルモジュリンと結合し,Ca2+/カルモジュリン依存性蛋白質キナーゼII(CaMKII)やカルシニューリンを活性化し,リアノジン受容体(ryanodine receptor: RyR),PLB,SERCA2aなどのリン酸化を介してCa2+ハンドリングの調節を行っている8–11)
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(A)拡張期における左室圧,左房圧,左室流入血流を示した.(B)心室弛緩に影響を与える3要因であるActive relaxation (Cross-bridge deactivation),Restoring force (Elastic recoil),Lengthening (LA pressure, Preload)を示している.拡張早期の弛緩期には左室流入血流E波が形成され,心房収縮によってA波が形成される.拡張早期に左室圧が左房圧を下回ると僧帽弁が開放し,E波が出現する.その後,左室圧が左房圧を上回るタイミングでE波の最高速度に達する.左室圧が左房圧を上回っている間,E波は減速して下降脚を形成する.A波形成に関しても同様であり,左房圧が左室圧を凌駕している間はA波上行脚,左房圧が左室圧を下回るとA波下降脚となる.Panel B modified from Nagueh SF, et al. [ref. 7] with permission.
心室筋の弛緩後に心房–心室間の圧較差による血液流入が生じて心室はさらに受動的に拡張する.この受動的拡張は心筋細胞と細胞外マトリクスによって形成される心筋Stiffness(コンプライアンスの逆数)によって規定される.すなわち,拡張不全には心筋細胞のエネルギー代謝や心筋サルコメア,Ca2+ハンドリング,細胞外マトリクス制御など様々な機能異常が関与している.さらに,これらの状態に影響を与える要因として心臓を含む全身性の炎症,代謝異常,低酸素血症,冠微小循環障害などが背景にあることも示唆されている12, 13)
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左室拡張障害の最も簡便で非侵襲的な検査方法は経胸壁心エコー検査である.そのなかでも左室流入血流のドプラ所見を観察することが第一段階となる.左室流入血流は左室流入血流拡張早期波(E波),心房収縮期波(A波)から構成される.左室圧が左房圧を下回ると僧帽弁が開放してE波が出現し,その血流速度は加速してE波上行脚となる.その後,左室圧と左房圧が等しくなるタイミングでE波の速度は最高に達する.その後,左室圧が左房圧を上回っている間,E波は減速して下降脚を形成する(Fig. 1).つまり,左房–左室間の圧較差(力)は血流の方向や速度を直接決定するのではなく,血流の加速度を変化させているのである.この事象は,ニュートンの運動第2法則(F=ma;F:物体に加わる力,m:物体の質量,a:物体の加速度)の概念を考慮すると理解しやすい.A波形成に関しても同様であり,左房収縮により左房圧が左室圧を凌駕している間は血流速度に加速を与えるため,A波は上行脚を形成し,左房圧が左室圧を下回るとA波は減速傾向を示し下降脚となる.
心エコー検査による拡張能障害の診断と重症度評価は成人領域では一般化しつつある.Fig. 2に米国心エコー図学会,欧州心臓病学会から提示されている成人の左室拡張不全の診断方法を示す7).心エコー検査から得られた左室流入血流E波およびA波,僧帽弁輪部拡張早期運動速度(e’),三尖弁逆流速度,左房容積係数(left atrial volume index: LAVI)を組み合わせて総合的に診断する.左室駆出率が正常である症例におけるアルゴリズム(Fig. 2A)および左室充満圧推定のアルゴリズム(Fig. 2B)が示されているが,人種間の相違,性別,年齢や体格,心拍数による正常値の補正が必要である.また,小児の正常値は十分に用意されておらず,このアルゴリズムを基本として肺静脈血流速波形や左室流入血流伝搬速度も参考にして,さらに病態を考慮しながら診断をすすめていく必要がある7).
(A)左室駆出率が正常である症例における左室拡張障害の診断アルゴリズム.(B)左室充満圧推定のアルゴリズム.Figure modified from Nagueh SF, et al. [ref. 7] with permission.
左室拡張機能障害の初期は弛緩障害を反映したE波低下によって特徴づけられる.また,左室弛緩の遅延は左室流入に必要な時間も延長させ(deceleration time: DTの延長),代償的にA波が増高し,E/A比が低下する.拡張能障害が進行すると左室Stiffness上昇を反映し,左室拡張末期圧が上昇することによりA波は減高し,左房圧上昇により拡張早期の左房–左室圧較差が増大することからE波が増高し,E/A比の増加が認められる(偽正常化パターン).正常パターンと偽正常化パターンを見分ける方法として,Valsalva負荷で前負荷を急激に軽減させることによりE/A比の変化をみる方法がある.正常左房圧の場合はE波,A波ともに減高するためE/A比は変化しないが,左房圧が上昇している偽正常化パターンではE波が大きく減高するためE/A比は低下する.なお,左房圧が非常に上昇した拘束性パターンでは,Valsalva負荷をかけてもE/A比は変化しない14–16)
.組織ドプラから得られる拡張早期波e’波は心尖部四腔像の中隔側と側壁側の両方での計測が推奨されている7).e’波高は心臓カテーテル検査により得られる左室弛緩能のゴールドスタンダードとされる左室時定数(time constant: tau, τ)と相関し,左室充満圧上昇はE/e’と相関することが報告されている17).三尖弁逆流速度は肺動脈収縮期圧・左房圧を推定することができるために左室拡張障害の診断に使用されるが,肺動脈や肺実質の疾患がある場合には実際の左房圧よりも高値となることに注意が必要である.慢性的な左房圧上昇により左房拡大を来す.左房容積係数(LAVI)は心尖部四腔像と二腔像の二断面で収縮末期の時相でSimpson法またはarea-length法により計測する.心房細動や徐脈を認めるアスリートでは左室拡張能が正常であっても拡大を認めることがあるため注意を要する.Fig. 3に左室拡張不全による左室充満圧と左房圧上昇と左室流入血流,僧帽弁輪部運動速度,肺静脈血流と左室弛緩,左室Stiffness,左房容積の関係をまとめて提示した18, 19)
.
拡張早期の左室弛緩における心室特性には,収縮した心筋の復元力によるElastic recoil,ミオシン・アクチンの不活化に伴うサルコメアの弛緩によるActive relaxationがあり,主にこの2つの要素が弛緩能を規定する(Fig. 4).左室拡張早期における筋小胞体によるCa2+の再取り込みに伴う細胞内Ca2+濃度低下・心筋収縮の弛緩・左室圧降下は指数関数的(Exponential decay)であり,この変化を時定数で示すことは合理的であることが端的に理解される20–23)
.拡張早期のdP/dt_minにおける圧(圧降下が最も急峻なときの圧)をPo,時定数をtau, t=∞で最終的平衡に至った圧をP∞とすると左室圧P(t)は次のような式(1)で示される20). P(t)=(Po−P∞)e−t/tau+P∞
(A) Active relaxation, Cross-bridge relaxationを模式的に示した.サルコメアの弛緩であるActive relaxationは筋小胞体によるCa2+の再取り込みなどが関わっているためExponential decayを示し,圧降下は時定数を反映する.(B) Elastic recoil, Restoring forceを模式的に示した.収縮末期の心筋には伸びて自然長に戻ろうとする復元力Restoring forceによるElastic recoilが生じる.逆に拡張末期には自然長よりも伸展しているため,縮もうとする弾性力が生じる.これがStiffnessであり,拡張末期圧(EDP)を生じさせる.これらの弾性力はバネ・サルコメアの自然長にあたる平衡容積をVoとするとフックの法則からRestoring force (F)=−kx=−k(V(t)−Vo)が成り立つ.
収縮末期の心筋は,バネを縮めたときに生じるのと同様に粘弾性力(伸びて自然長に戻ろうとする復元力)が生じる.この力はRestoring forceと呼ばれ,Elastic recoilを生じさせる.拡張末期には逆にバネは自然長よりも伸展しているため,縮もうとする粘弾性力が生じる24, 25)
.これによって規定されるのがStiffnessであり,拡張末期圧(EDP)を生じさせることになる.バネ・サルコメア・心筋の自然長にあたる心室容積をVo(平衡容積),心周期で変化する心室容積をV(t)とするとフックの法則(Hooke’s Law)からRestoring force(F)は以下の式(2)のように示され,V(t)=ESVのときにRestoring forceが最大値となる(k;ばね定数,ESV;収縮末期容積)26). F=−k⋅x=−k⋅(V(t)−Vo) さらに,拡張早期の心室圧変化は減衰振動の運動方程式に従い,以下の式(3)のようにRestoring forceが圧変化の加速度に影響を与えていることが示されている24, 25, 27)
. d2Pdt²+1μ⋅dPdt+Ek(Po−P∞)=0 この式の第1項は慣性・加速度,第2項は粘性抵抗・摩擦力,第3項は復元力を担う成分である.μは減衰率の逆数であり,時定数tauに相当する.Ekは心室のばね定数と重量に基づく心室特性の係数であり,Restoring forceを示すパラメーターとなる.等容性拡張期の心室圧はこれら3つの相互作用によって制御されている.
X軸に心室圧P(t),Y軸に心室圧を時間微分したdP/dtを示した位相面グラフであるpressure phase plane(PPP)は,1心周期で時計方向に1回転する形状を示し,収縮能,拡張能を視覚的に捉えることに役立つ(Fig. 5A)25).式(1)の両辺を時間微分すると, dP/dt=(−1/tau)⋅P(t)+b が成り立つ.PPPのY軸はdP/dtであり,X軸はP(t)であることから,PPPで示される1心周期のなかの等容性拡張期の部分における接線の傾きが時定数の逆数となることが理解できる.つまり,この傾きが急峻である症例では時定数が小さく,傾きが緩やかな症例では時定数が大きいこととなる.このように,得られた心室圧波形からPPPを作成すると時定数が視覚的に認識しやすい.症例によっては,この接線よりも下に突出する部分を有するPPPを示すことがある(Fig. 5B)28).このように時定数を示す接線よりも下に突出する部分は,サルコメアの弛緩によるActive relaxationによる圧降下以上に急激に弛緩が生じている部分,つまりElastic recoilによる心室圧下降を示している29, 30)
.このようなPPPによる解析は,弛緩期におけるActive relaxationとElastic recoilとを明瞭に分別できる方法として有用である.
(A) PPPにおける等容性拡張期の接線の傾きは,−1/tauを示す.(B) PPPにおける等容性拡張期の接線よりも突出している部分(紫色で示されている)はRestoring force・Elastic recoilの強さを反映する.(C) AのPPPを示す症例における圧容積曲線(P-V loop)と心筋弾性のみに基づいた心室の圧容積関係を示す.Voは心室が収縮も拡張もしていない状態である平衡容積を示す.収縮末期容積(ESV)がVoに近い状況ではElastic recoilが強くは認められない.(D) Bの症例における圧容積曲線(P-V loop)と心筋弾性のみに基づいた心室の圧容積関係を示す.収縮末期容積(ESV)がVoよりも低値である場合,Elastic recoilが生じる.V(t)=ESVのときにRestoring forceが最大値 (MaxF)となる.
Elastic recoilを生じさせるRestoring forceは心室筋の自然長を示す心室容積である平衡容積(Vo)と収縮末期容積(ESV)との差が大きいほど増大することが考えられるため,症例毎に心臓カテーテル検査から得られるPressure-Volume(P-V)loop上に心筋弾性のみに基づいた心室の圧容積関係を示すとElastic recoilの強さが示される(Fig. 5C, D).拡張末期容積の部位における傾きはStiffnessを反映することとなる26, 27)
.収縮末期容積(ESV)が平衡容積(Vo)よりも小さくなる要因としては,収縮後期における左室から大動脈へ駆出された血液が有する慣性力(inertia)の影響が挙げられる28–30)
.大動脈に駆出される血液を加速させることができる駆出期前半が終了すると,左室はもはや血液に加速度を与えることはできないが,左室壁の張力を保持し,血液の流れを大動脈弁閉鎖まで維持する.すなわち,収縮後期にある速度をもって大動脈に駆出された血液は慣性力を持っている(ニュートンの運動第1法則).その慣性力によって収縮後期に血液は左室から大動脈側へ送り出され,結果として左室は過収縮の状態となり,収縮末期容積はさらに小さくなる(end-systolic unloading).すなわち,収縮後期の大動脈血流の慣性力が左室のend-systolic unloadingを介してElastic recoilの発生に寄与すると考えられている26, 27)
.このようなメカニズムが成立するには左室の良好な収縮能に加えて大動脈のコンプライアンスが十分に低いことが必要である.これらの環境下に生じる慣性力によって収縮後期に左室から大動脈側へ血液が十分駆出される循環動態が成立し,Elastic recoilが生じる.つまり,左室駆出率が正常であってもElastic recoilの認められない症例では潜在的な収縮能低下や心室大血管カップリング低下が存在している可能性があり,強心剤や血管拡張剤の使用によってElastic recoilが増加すると考えられる.
弛緩障害は等容性拡張期における圧降下が緩徐となり,時定数が増加するが,弛緩障害初期のGrade 1(Fig. 3)では左室拡張末期圧は上昇せず,肺うっ血は生じない18, 31).この段階では1回拍出量,心拍出量,左室拡張末期圧は変化せず,臨床症状には大きな影響を及ぼさないと考えられる.しかし,そのような弛緩障害において頻脈が存在すると拡張末期圧の上昇が認められることがある(Fig. 6).弛緩の遅延と頻脈による左室充満時間の短縮によってP-V loop上では,end-diastolic pressure-volume relationship(EDPVR)が上昇する.この場合のEDPVRの変化は心筋Stiffnessの真の変化ではなく,見かけ上の上昇である.このような病態を不完全弛緩(incomplete relaxation)と呼ぶ32, 33)
.拡張期充満時間の短縮は左室流入血流E波とA波が癒合する傾向を示すが,このE波とA波のオーバーラップ時間の延長が運動能や予後,心不全の有害事象を予測するマーカーとなることが報告されている34–36)
.また,イバブラジンによって心拍数を低下させてE波とA波のオーバーラップ時間を軽減させることによって不完全弛緩を改善させ,心拍出量の増加が得られた報告もある(Fig. 7)37).元来,小児期は成人に比して心拍数が高く,心不全症状を有する場合などには頻脈を認めやすいため,このような病態が潜んでいないか検索する必要がある.しかし,不完全弛緩を明瞭に診断する方法は確立されておらず,ベッドサイドで経時的に評価できるモダリティの開発や指標の確立は今後の課題であると考えられる.
正常(A)と比較して,弛緩障害が生じ(B),弛緩が遅くなると充満時間が短くなるが,拡張末期圧は変化しない.つまり,臨床症状としての1回拍出量低下,心拍出量低下,うっ血は生じていない.弛緩障害に加えて頻脈が認められる場合には完全弛緩する前に収縮が始まり(C),見かけ上のEDPVRの上昇が認められる.この状況を不完全弛緩と呼ぶ.
心不全患者における入院時(A)イバブラジン投与前(B)およびイバブラジン投与後(C)の左室流入血流を示す.入院時とイバブラジン投与前は心エコー指標に大きな変化は認められないが,イバブラジン投与後には心拍数の低下とE波とA波のオーバーラップ時間短縮が認められた.赤線はオーバーラップ時間を示している.DcTは経過中に大きな変化を認めなかった.DcT, deceleration time; LVDd, left ventricular end-diastolic diameter; LVEF, left ventricular ejection fraction; HR, heart rate; SV, stroke volume. Figure modified from Hori M, et al. [ref. 37] with permission.
EDPVRは拡張後期のStiffness評価の代表的な指標として,負荷を変えた際の拡張末期の点からなる圧容積曲線である.EDPを拡張末期容積,Vを左室拡張末期容積,αを係数,βは負荷非依存性のStiffness指標としたときに,EDPVRをEDP=α(eβV−1)+Poに近似して求める1, 38, 39)
.βはゴールドスタンダードなStiffness指標であり,その値が大きいほど心室が硬いことを示すが,侵襲的にもその算出は難しい.今後,臨床的にも汎用される心室Stiffnessの指標の確立が望まれる.
タイチンは34,350個のアミノ酸からなる分子量3816 kDaの巨大タンパクである.サルコメアのZ帯から中央部まで伸びてミオシンフィラメントを両側から固定している(Fig. 8A)40, 41).タイチンはバネのように働くことで張力を発生し,サルコメアの過伸展を防いで長さを規定するとともに,収縮後期にはElastic recoilを発生させて素早い弛緩を可能にするように働いている.また,タイチンのアイソフォームには短く硬いN2Bと長く柔軟なN2BAがあり,その比率の変化やリン酸化により弾性特性が変化し,心筋収縮やStiffnessが調節される40–42)
.胎児期,新生児期にはFCTアイソフォーム(fetal cardiac titin isoform)が中心であるが,発達とともにN2B・N2BAに変化していく(Fig. 8B).正常ヒト左室ではN2BA/N2B比は約0.6であり,高頻拍ペーシングや拡張不全心ではN2BA/N2B比が低下し,Stiffnessが上昇していると報告されている.一般的に拡張障害があるHFpEF症例ではN2BA/N2B比は低下しており,拡張型心筋症,甲状腺機能低下症ではN2BA/N2B比が上昇しているとの報告がある(Fig. 8C)40–42)
.また,HFpEF患者では健常者と比べて心筋でのコラーゲン量の増加があり,心筋Stiffnessが上昇すると考えられている43–45)
.生理的な範囲においてはタイチンが心室のStiffnessを規定しているが,急激な容量負荷,心不全においてはコラーゲンが心室のStiffness,拡張末期圧を規定する(Fig. 8D)40, 41).
(A)サルコメアにおけるタイチンを模式図で示す.(B)タイチンアイソフォームであるN2B, N2BA, FCTを示す.(C)タイチンと受動的な心筋の硬さの関係.スプライシングにより様々な特性を持つアイソフォームが生じる.胎児心筋タイチン(FCT)から成人のN2BおよびN2BAアイソフォームへの切り替えにより出生後の心筋の受動的な硬さは増加する.拡張型心筋症や甲状腺機能低下症ではスプライシングが逆方向に変化する.PKAとPKGのリン酸化は受動的な硬さを減少させ,PKCのリン酸化は増加させる.(D)心臓の受動的な硬さの主要な決定因子を示す模式図.心筋全体のStiffnessにおけるタイチンとコラーゲンの相対的な寄与を示す.急性心不全では容積の増大,過伸展が生じ,サルコメアの長さが長くなるためコラーゲンの相対的な寄与が大きくなる.DCM, dilated cardiomyopathy; PEVK: Proline(P)-Glutamate(E)-Valine(V)-Lysin(K)-rich domain. Figure modified from LeWinter & Granzier [ref. 40] and Linke WA & Hamdani [ref. 41] with permission.
本稿では,心室拡張能の病態生理と拡張障害の診断評価方法について解説した.心室弛緩は,Elastic recoil・Active relaxation・Preloadから形成される.
心室拡張障害の病態生理と血行動態・力学を理解することで,収縮と拡張,弛緩とStiffnessに関する理解が深まる.将来には小児・先天性心疾患症例における拡張能評価の一般化が必要である.新たなモダリティの開発や簡便な測定方法,有用性の高い指標の確立が望まれる.
本稿について利益相反に関する事項はありません.
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