出生数の減少から思うことThoughts on the Decrease in the Number of Births
国立研究開発法人国立成育医療研究センター循環器科Division of Cardiology, National Center for Child Health and Development ◇ Tokyo, Japan
© 2022 特定非営利活動法人日本小児循環器学会© 2022 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
日本の出生数が,2022年前半で40万人に足りないそうです.2021年の出生数が約84万人と過去最少で,コロナ禍前の2018年の約92万人からさらに出生数の減少が加速しています.東京都の2020年の出生数は,99,661人と10万人を下回りました.ちなみに私が出生した1970年の出生数は全国で約193万人,東京都で約23万人,私が出生した神奈川県は約12万人だそうです.中学校は1クラス45人で1学年16クラスありました.もちろん知らない同期も結構いました.
さて,出生数が減少すれば,自ずと先天性心疾患の患者さんも減少します.そのうえ少子化が加速すれば,それだけ社会保障制度の将来性が危うくなることはいうまでもありません.今後医療にかかる支出だけが飛躍的に伸びることは考えにくい状況です.私が所属する国立成育医療研究センターも2010年に独立行政法人化し,2015年に国立研究開発法人となり,その独立採算性が問われています.ウクライナ戦争や円安によるエネルギー価格の高騰から,今年度は前年度と比べ,電力料金だけで数億円の支出増となるそうです.コロナ補助金も今後減額もしくは終了する可能性が高く,さらに経営が苦しくなります.その際に不採算部門の統合や廃止も検討せざるを得ない可能性もあります.札幌での学術集会でも議論された小児心臓外科手術施設の集約は,主に手術成績のデータから集約化の必要性を論じていました.しかし,今後は,患者数の減少による医療機関の採算性重視という経営的な理由から,集約化が議論される可能性も否定できません.この議論は赤字が当たり前の小児病院で大きなテーマになる可能性があります.そういう意味で,今年の9月に評議員対象に実施された「小児重症患者の広域搬送に関する全国調査」後の動向が注目されます.直線距離で比較すると,東京—鹿児島間と北京—上海間がほぼ同じで,東京—大阪間はその約1/2です.重症患者の広域搬送が進歩して,搬送後の患者家族のQOLが改善されれば,都道府県単位の医療分配からの脱却が可能になります.その上,第5世代移動通信システムいわゆる5Gが普及しAIを加味したロボット手術,カテーテル検査などを含む遠隔医療が一般化すれば,小児重症患者の医療集約が進むはずです.
小児心臓外科だけでなく,小児循環器医の必要性が今後論じられる可能性があります.東京都には小児循環器学会地方会として,東京循環器小児科治療Agoraという研究会があります.次回開催の研究会で33回目を数え,主に内科的治療に関して毎回活発な議論が繰り広げられます.その研究会の幹事施設は都内に限ると大学病院を含め17施設になります.東京都にこれだけの基幹施設があることにさまざまなご意見があると思います.手術実施施設はこの施設数より少なくなりますが,今後は少子化に伴う患者数減少や採算性により,これら施設内での小児循環器医が淘汰され,私どもの意向とは無関係に集約化されてしまう可能性があります.EUと英国を合わせた人口は約5億1千万人で,欧州小児心臓病学会の会員数はホームページで確認すると約1,060人です.他方,日本の人口は約1億2千万人で,日本小児循環器学会の会員数が約2,100人です.数字を単純に比較することはできませんが,私達はこの数字の違いはどこからくるのか考える必要があります.
それでは小児循環器科医が生き残るためには何が必要でしょうか.その答えの1つは守備範囲を広げることだと思います.今までのように病気を診断,治療することだけでなく,予防,教育,発達,こころの問題,家族の問題など,私たち小児循環器科医にはまだ多くのやり残している課題があります.学校心臓検診は,1954年に大阪の藤井寺地区の4校で心臓病の疫学的調査研究と学校心臓検診を行ったのが始まりといわれています.そして2018年12月に,いわゆる脳卒中・循環器病対策基本法が成立しました.同法は,脳卒中や心筋梗塞などの循環器病の予防推進と,迅速かつ適切な治療体制の整備を進めることで,人々の健康寿命を延ばし,医療・介護費の負担軽減を図ることを目的としています.成人になってからの教育では,皆さんご自身の健康診断の血圧や血液検査のデータを御覧になればおわかりの通り,その効果はかなり限定されます.小児期からの循環器病などの予防とその教育が重要であることには異論はないでしょう.それもわれわれ小児循環器医の役割ではないでしょうか.
ユニセフ・イノチェンティ研究所の2020年報告によれば,日本の子どもの身体的幸福度がOECD加盟国38カ国中1位にもかかわらず精神的幸福度が37位のブービー賞にランキングされています.日本の医療は身体的病気のみに集中し,小児の心のケアを置き去りしにしているということです.いわゆる成育基本法の目的に「成育過程にある者及びその保護者並びに妊産婦に対し必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策を総合的に推進する」と記載されています.心臓病を患った子ども達が病気を克服したあとの発達のフォローとその対策,社会生活を送る上でのこころの問題,患者さんの家族のケアなどに対する取り組みも含まれます.しかしそれらに対する私どもの認識,理解そして対応は不十分であると言わざるを得ません.病気に対する診断と治療を中心とした医療のみでなく,その前後に存在する問題を解決することに目を向けなければいけません.そうすることで,小児循環器科医が社会全体から必要とされる存在に近づくことができるのではないかと思います.今回の小児循環器学会に「学会と教育の連携委員会」が組織されました.これを第1歩としてさらに学会としての取り組みが活発化し,全国に普及させることが必要だと実感しています.
最後にこども家庭庁が2023年4月1日に設置されます.その目的は,国と地方,省庁間などの政策や行政の縦割りの弊害を乗り越え,子ども政策を一元的に所管することです.こども家庭庁は,内閣府の外局とされ,文部科学省,厚生労働省,内閣府,警察庁などが所管していた子どもを取り巻く行政事務が集約されます.具体的な組織区分は,「成育部門」,「支援部門」「企画立案・総合調整部門」の三部門から構成されるそうです.各種法律もこども家庭庁の所管となります.私たちが関連するものは,児童扶養手当法,医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律などです.児童福祉法も移管されますが,小児慢性特定疾病対策に係る部分は厚生労働省の所管に残りますので,方針の策定や変更が今後どのようになるか注視する必要があります.この「こども家庭庁」が,絵に描いた餅にならず,この少子化社会に変化をもたらしてくれることを期待したいと思います.
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