ParadoxParadox
秋田大学大学院医学系研究科小児科学講座Department of Pediatrics, Akita University Graduate School of Medicine, Akita, Japan
© 2022 特定非営利活動法人日本小児循環器学会© 2022 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
組織は発展し続ける必要がある.充実した日本小児循環器学会を更に発展させるには,小児循環器診療を志す若手医師を増やし,各修練施設の専門研修プログラムを経て,地域や世界レベルで活躍できる医師に育成することが重要である.小児循環器医療を専攻する若手医師を増やすには,「先進的医療の実践力」,「教育力」,そして「研究力」が肝要と考える.日本小児循環器学会と各修練施設,修練連携施設が一体となって,若手医師を世界に通じる医師に育成するという共通認識のもと,持続的なレベルアップを継続する必要がある.本日は学術誌の巻頭言として,研究力とそれに関する社会変化について愚見を述べさせていただく.
私は基礎医学研究の経験が乏しく,臨床医学研究を行った立場からの視点となるが,医学研究とは「病気を抱えた患者を診療する際に見えにくい現象を単純化し,その本質を明らかにすること」と考える.
医学研究には多くの不確実性と試行錯誤が伴う.しかし,現在の傾向として,短期的な成果や経済的な利益をもたらす研究が重視される傾向にある.わが国では各都道府県に医育機関が存在し,そこでは基礎,臨床ともに,流行に左右されない個性的な研究を行っている研究室や研究者が存在する.若い医師が基礎医学研究室や他分野の研究室で研究を行う機会は貴重である.基礎研究部門で研究に従事する若手医師が少ない状況から,医育機関以外で勤務する若手医師が,いずれかの医育機関の研究員や大学院生となり研究を進めることは,双方にとって好都合であろう.
若手医師への働きかけと同時に,医学科学生や初期研修医へ,研究の重要性を浸透させることも必要である.長く続く医師キャリアを考えれば,4年前後の期間,臨床研究や医育機関での基礎研究を経験することが,その後の臨床医としての熟練に役立ち,何より医学の発展に欠かせないことを刻む必要がある.
小児循環器医療の研究力の充実という意味では,医学以外の他学部との交流や産学を含む共同研究も推進されるべきであろう.デジタル化推進とともに,人工知能やビッグデータを扱う医学研究が今後,大きな必要性を持つと思われる.この方面でも他分野との情報共有や交流は重要である.
働き方改革は,労働者の生活・労働の質の向上を目的としているが,私自身には,成長政策の一部としての意味合いが濃いように感じる.働き方改革は,恩恵を受ける私たちに,逆に難題としてのしかかっており,医療供給の質との整合性が課題とされる.ある世代以上の本学会会員は,長時間労働が常態化していた時期を経験しており,今度は,ゆがんだ構造に対する複雑な解決策を生み出さなければならず,就業後に難問を解く状況となっている.
2017年に厚生労働省が設置した「医師の働き方改革に関する検討会」は,労働時間管理の適正化,36協定等の自己点検,既存の産業保健の仕組みの活用,業務移管の推進,女性医師等に対する支援などの緊急的な取り組みを呼びかけた.2019年3月には,「我が国の医療は,医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられており,危機的な状況にあるという現状認識」が発せられ,2024年4月からの適用が迫りつつある.
このような状況のなか,「自己研鑽」という用語が,私たちの目に触れ,耳に入り,口から出るようになっている.自己研鑽は「医師が自らの知識の習得や技能の向上を図るための学習,研究等」とされ,労働時間に該当しない場合と労働時間に該当する場合がありえる.
労働時間外に行う自己研鑽は「診療等の本来業務と直接の関連性がなく,かつ上司の明示・黙示の指示によらずに行われる限り,一般的に労働時間に該当しない」とされる.他方,自己研鑽が「上司の明示・黙示の指示により行われる場合には,これが労働時間外に行われるものでも,または診療等の本来業務との直接の関連性なく行われるものでも,一般的に労働時間に該当する」こととなっている.つまり,研究および論文作成は,業務(多くの方にとっては診療であろう)上,必須ではない行為を自由な意思に基づき,労働時間外に上司の明示・黙示による指示なく行う場合,在院して行ったとしても一般的に労働時間に該当しないこととなる.
私たちは安全に医療を行ううえで過去の研究成果から多大な恩恵を受けてきた.恩恵を授かった以上,私たちも新たな研究成果を積み重ねることが,医療の持続性にとって不可欠である.また,チーム医療が重要でありながら,これらの研究が「労働時間」に相当するか,あるいは「自己研鑽」となるかを決定する権限は上司にあり,上司は,研究意欲溢れる愛すべき同僚(若手医師)と,時間外労働減少を理想とする上級管理者の狭間に立つのであろう.
医療と医学研究は双対であるが,働き方改革と医学研究は対極なのであろうか.指導者は答えを求め続ける必要がある.
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