診断に苦慮した冠攣縮性狭心症の9歳男児例
近畿大学医学部小児科学教室
心血管疾患に起因する小児の胸痛は稀である.また,臨床現場では狭心症や心筋炎を鑑別することが重要である.今回,胸痛・腹痛を主訴に発症し,冠攣縮性狭心症の診断に苦慮した9歳男児例を経験したので報告する.症例は9歳の男児で,2週間前に喘息発作の治療を受けていた.2日前から右胸痛を自覚し,夜中に右側腹部痛を訴え近医を受診した.血液検査にてCRP高値とトロポニンT陽性から急性心筋炎が疑われ当院紹介となった.胸痛時の心電図検査では下壁誘導,V4-6誘導のST上昇を認め,ニトログリセリン舌下スプレーで症状と心電図所見は軽快した.冠動脈造影で異常は認めず,心臓MRIでも遅延造影で造影効果を認めなかったことより,冠攣縮性狭心症と診断した.小児の冠攣縮性狭心症は検査に限界があり,臨床上心筋炎との鑑別が難しく,冠攣縮性狭心症の診断ガイドラインのように診断,治療を進めることが難しいこともある.
Key words: coronary spastic angina; myocarditis
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冠攣縮性狭心症(coronary spastic angina: CSA)は,冠動脈の過収縮により一過性に血流が低下して心筋虚血を引き起こす疾患である.疫学的に小児期に発症することは極めて珍しいとされている1)
.本邦ではこれまで小児で20例ほどの報告を認める2, 3)
.そのほとんどは10代であり,10歳以下での発症はさらに稀である.
一方,小児の胸痛の4~6%程度が心血管疾患に起因しており,臨床現場では狭心症や心筋炎を鑑別することが重要である4)
.今回,胸痛・腹痛を主訴に発症し,CSAの診断に苦慮した9歳男児例を経験したため報告する.
症例は9歳の男児.2週間前から気管支喘息発作のため他院に入院し,ステロイド治療で軽快し,1週間前に退院していた.2日前から30分程度持続する右胸痛を自覚したが,自然軽快していた.その後,右胸痛と全身倦怠感も出現したため近医を受診した.血液検査,胸部X線写真で異常を認めなかったため帰宅した.しかし,同日の夜,今度は右側腹部痛が出現したため近医を再受診した.血液検査にてCK 1103 IU/L, CK-MB 71 IU/Lが高値で,CRP高値とトロポニンT陽性から急性心筋炎が疑われ当院へ緊急入院となった.
身長は143.5 cm(+1.7 SD),体重は42.6 kg(+1.7 SD),Rohrer指数は144.16,肥満度は14.5%であった.
意識レベルは清明,体温36.8°C,経皮酸素飽和度96%,心拍数98回/分,血圧94/70 mmHg,呼吸数15回/分,呼吸音は清で喘鳴を認めず,心音は整で心雑音を聴取せず,腹部は軟で肝臓・脾臓を触知しなかった.その他,異常な所見は認めなかった.
既往歴に幼少期から気管支喘息があるが,入院時に喘息症状は認めなかった.また,これまで脂質異常,糖代謝異常の指摘はなかった.精神的,身体的ストレスとして,2週間前の初めての入院が考えられた.家族歴として,心血管系の異常,特に冠動脈の異常は認めなかった.父親が喫煙者であったが,毎日帰りが遅いため受動喫煙の機会は少なかった.
入院時の胸部X線写真ではCTR 53%で,両側肺野の透過性は良好であった.心電図は洞調律で,心拍数92 bpm, I, II, V5-6誘導で0.2 mVのST上昇を認めた(Fig. 1a).血液検査ではWBC 9350/µL, RBC 4.23×106/µL, Hb 12.6 g/dL, Hct 37.2%,Plt 20.4×104/µL, CRP 1.787 mg/dL, AST 98 U/L, ALT 51 U/L, LDH 453 U/L, CK 994 U/L, CK-MB 58 U/L, BNP 80.3 pg/mL,心筋トロポニンI 11.4 ng/mL(正常値0.028 ng/mL以下)であった.心臓超音波検査では左室拡張末期径38.5 mm(85.8% of Normal)左室駆出率71%,左室壁運動に異常は認めず,ごく軽度の僧帽弁逆流のみで,心嚢液は認めなかった.しかし,longitudinal strain bull’s eyeでは前壁から側壁にかけての壁運動低下を示唆する所見を認めた(Fig. 2).以上より,心筋炎の疑いで入院加療となった.
a: The ECG during hospitalization. The ECG on admission exhibited sinus rhythm at 92 bpm with a 0.2 mV ST elevation in leads I, II, and V5-6. b: The ECG during chest pain. During the chest pain, the ECG exhibited a heart rate of 100 bpm, no arrhythmias, and a 0.3 mV ST elevation in leads II and aVF and 0.6 mV in leads V4-6. c: The ECG after the sublingual administration of nitroglycerin. After the sublingual administration of nitroglycerin, the chest pain improved, and the ST elevation improved on the ECG.
A bull's eye map suggested hypokinesia from the anterior to lateral walls. ANT, anterior; LAT, lateral; POST, posterior; INF, inferior; SEPT, septal
入院後2時間を経過した早朝に突然,苦悶様顔貌を伴う激しい胸痛を訴えた.直ちに行った心電図検査では,心拍数100bpm,不整脈はなく,II,III,aVF誘導で0.3 mV,V4-6誘導で0.6 mVのST上昇を認めた(Fig. 1b).心筋虚血と判断し,ニトログリセリン舌下スプレーを噴霧したところ,5分後には胸痛症状は残存していたものの,30分後には改善していた.また,心電図のST上昇も改善した(Fig. 1c).入院後7日目に心臓カテーテル検査と冠動脈造影を施行したが,右冠動脈,左冠動脈に有意な狭窄は認めなかった(Fig. 3a, b).以上より,CSAを強く疑った.その後の胸痛の訴えはなく経過し,入院後8日目に退院となった.
No significant stenosis was exhibited in the left or right coronary arteries. a: Right coronary angiography. b: Left coronary angiography.
発症後33日目に運動負荷心筋シンチグラフィーと心臓MRI検査を施行した(Fig. 4a, b).テトロフォスミンによる運動負荷心筋シンチグラフィーでは,心筋虚血を示唆する所見は認めなかった.MRIではT2で高信号領域は認めず,心筋の浮腫や遅延造影での高信号領域はなく,心筋炎を疑う所見は認めなかった.その後の検査でも心筋炎を疑うウイルス抗体値の上昇はなく,MRIで心筋炎を示唆する所見が乏しかったことから,CSAと診断した.薬物治療に関しては,発作予防薬の必要性を説明したが両親の承諾が得られなかったため行わず,硝酸薬を常時携帯して発作時に舌下投与を行うよう指示した.現在,胸痛発作から2年が経過したが再発はない.CSA再発時には冠攣縮薬物誘発試験を行い,発作予防薬の導入を検討することにしている.
CSAは,小児期に発症することが極めて少ない虚血性心疾患で,小児CSAの検査には限界がある.自験例のように臨床上心筋炎との鑑別が難しく,CSA診断ガイドラインに沿って診断,治療を進めることが難しいこともある.小田中らは問診,身体診察所見,心電図検査に加えて,トロポニンT迅速検査を組み合わせることが小児のCSAおよび急性心筋炎などの心筋疾患の診断に有用であると報告している2).自験例においても胸痛で最初に受診した時は血液検査,胸部レントゲン検査で異常を指摘できなかったが,2回目の受診時にトロポニンT迅速検査を追加し,陽性所見から心筋炎を疑ったことが入院のきっかけになったと言える.
自験例は,入院後2時間で激しい胸痛を訴えた際の心電図検査所見とニトログリセリン舌下スプレー後の症状の改善からCSAと診断した.このように,胸痛発作時にニトログリセリン舌下スプレーと心電図検査を用いることで,CSAの診断的治療になり得る.また,小児期におけるCSAの診断基準はないが,日本循環器学会の「冠攣縮性狭心症の診断と治療に関するガイドライン」1)
において,自験例が自然発作の際に心電図所見にて明らかな虚血性変化が認められたことから,臨床的にCSAと診断できると考える.しかし,すべての小児例で胸痛発作時に心電図が記録できるわけではなく,心電図に異常所見を認めなければ,胸痛の原因としてCSAと診断することはできない.
自験例において興味深いことは,入院時に行った心エコー検査では異常は指摘できなかったが,同時期に行ったlongitudinal strain bull’s eyeでanteriorからlateralにかけての左室局所壁運動低下が示唆され,発作時心電図検査所見と一致したことである.ST上昇はII,III,aVF,V4-6誘導で認められ,LCXの支配領域に一致するものであった.冠動脈造影検査でLCXに異常所見がないことから,CSAを示唆する所見と考えた.Longitudinal strainは長軸方向のひずみを評価する方法で,造影検査で判断できない心筋虚血を動的に検出できる可能性がある5)
.さらに,胸痛発作時であっても心筋シンチと異なり,ベッドサイドでの検査が可能である.このため,自験例のような一過性の心筋虚血の迅速な診断への可能性が期待できると考える.
心筋炎との鑑別は治療方法が異なるため重要である.自験例は,「急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン(2009年改訂版)」6)
における「心筋炎の診断手引き」に3項目が一致した.急性期は発作時の心電図所見から臨床的にCSAと診断したが,遠隔期の治療を含めた経過観察方法を選択するために心筋生検を考慮した.しかし,両親の同意が得られなかった.このため,発症後33日目に心臓MRI検査を施行した.近年,心臓MRIが心筋炎の診断に有用であると報告されている.炎症による心筋浮腫はT2W1高信号域を呈することが特徴的であり,この変化は2~4週間持続する7–9)
.T2強調画像,造影早期T1強調画像,遅延造影MRIの3つのうち2つ以上で有意な所見が得られれば,感度78%,特異度91%との報告がある10).また,MRIの検査時期はびまん性に心筋が炎症を呈する症例では,超急性期にMRIを実施すると異常所見が出にくいことがあるため,発症7日目以降に施行したほうが優位所見を得やすいと言われている10).自験例のように両親の同意が得られず心筋生検ができない場合,心筋炎との鑑別に心臓MRIは選択肢の1つであると考える.しかし,自験例は発症から1か月近く経過してからの撮影であったため,心筋炎があったとしても心筋の炎症は消失している所見であった.心筋炎との鑑別にMRI検査を用いた評価をする場合,発症後2週間前後での検査が適当であり,より早期に行うべきであったと考える.
自験例は,心臓MRI検査で心筋の炎症が消失していることや,ニトログリセリン舌下投与による症状の改善を認めたことから,CSAの発作予防薬なしで外来経過観察をしており,これまで再発を認めていない.また,心筋炎の診断に至らなかったが,急性心筋炎による一過性のCSAの可能性はある.これまでも心筋炎を契機に発症した成人のCSA症例報告は散見され,その発症時期は急性期から回復期まで一定ではなく,その後の経過も様々である11)
.
一方で,小児期発症CSAが高率に心筋梗塞や心筋壁運動低下を合併する場合,冠攣縮性心不全へ進行していく可能性があり,CSAの早期診断,早期治療および慎重な経過観察は本症の予後を大きく左右するとの報告がある2).CSAを疑った場合,心筋シンチグラフィー,胸部造影CTもしくは心臓カテーテル検査による冠動脈造影を施行して,冠動脈の器質的狭窄病変を検討していくが,最終的には冠攣縮薬物誘発試験が必要になる.しかし,誘発試験に伴って症例によっては血圧低下,心原性ショック,重症不整脈,心停止など危険な状態が起こり得ることも指摘されている.冠攣縮薬物誘発試験は小児において確立された検査ではなく,各施設での倫理委員会での承認を得て,患者本人はもちろん患者家族に十分な説明とインフォームド・コンセントを得る必要があるとの意見もある12).このように,小児では冠攣縮誘発試験を検査のルーチンとして組み込むことは現実的に困難であり,小児期発症CSAが迅速に診断されない一因となっている.さらには,小児期にCSAと診断された児が発作予防薬を長期に内服するか否か,また内服を開始したらいつ中断するか明確な基準はなく,施設ごとの判断に委ねられているのが現実である.小児CSAの診断,治療においてはCSA診断ガイドラインにはない小児の特殊性を考慮する必要があると考える.
胸痛時心電図所見で明らかな虚血性変化が認められCSAの診断に至った小児例を経験した.しかし,小児のCSAは検査に限界があり,臨床上心筋炎との鑑別が難しく,CSA診断ガイドラインのように診断,治療を進めることが難しいことがある.
開示すべき利益相反はない.
上嶋は筆頭著者として論文を執筆した.丸谷は共著者として論文の批判的修正を含め,論文校正に貢献した.西,高田,杉本も同様に論文の修正,データ収集,分析に貢献した.稲村は最終責任者として論文を指導した.
1) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2012年度合同研究班報告):冠攣縮性狭心症の診断と治療に関するガイドライン(2013年改訂版)
2) 小田中豊,奥村謙一,尾崎智康,ほか:小児期発症冠攣縮狭心症の2例.日小児循環器会誌2012; 28: 56–64
3) 下吹越正紀,高橋邦彦,廣瀬将樹,ほか:起立性調節障害との関連が疑われた冠攣縮性狭心症の12歳男児例.大阪母子医療センター雑誌2017; 33(1): 33–39
4) 小川俊一:急性の胸痛.小児科診療2007; 70: 427–431
5) 浅沼俊彦,増田佳純,中谷 敏:心エコー図法による虚血メモリーイメージング.J Cardiol Jpn Ed 2012;7: 65–70
6) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2008年度合同研究班報告):急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン(2009年改訂版)
7) Friedrich MG, Sechtem U, Schulz-Menger J, et al: International Consensus Group on Cardiovascular Magnetic Resonance in Myocarditis: Cardiovascular magnetic resonance in myocarditis. J Am Coll Cardiol 2009; 53: 1475–1487
8) Tsujioka H, Imanishi T, Ikejima H, et al: Impact of heterogeneity of human peripheral blood monocyte subsets on myocardial salvage in patients with primary acute myocardial infarction. J Am Coll Cardiol 2009; 54: 130–138
9) 寒川浩道,谷本貴志,猪野 靖,ほか:冠攣縮によると思われる急性心筋梗塞を発症し心臓MRIが診断に有効であった1例.心臓2013; 45: 585–590
10) 栗田泰郎,大西勝也,佐久間肇,ほか:急性心筋炎診断におけるCMRの役割—診断strategyのどこに組み込むか?—.心臓2009; 41: 1188–1194
11) 佐藤雄介,森下哲司,宇隨弘泰:劇症型心筋炎に重篤な冠攣縮を合併した1例.心臓2014; 46: 121–125
12) 小川俊一:小児における冠攣縮性狭心症に対する侵襲的診断法の重要性と問題点.日小児循環器会誌2012; 28: 65–66
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