症例
4歳女児
診断
内臓錯位症候群・左側相同,多脾症,鏡像型右胸心,完全型房室中隔欠損症,右側大動脈弓,半奇静脈接続を伴う下大静脈欠損,両側上大静脈,単心房,中等度肺動脈弁狭窄
現病歴
胎児診断症例で,在胎40週3日,体重3,380 gで仮死なく出生し,精査で上記診断となった.洞機能不全に伴う軽度徐脈を認めたが,心不全症状なく自然軽快した.心室中隔欠損孔は非常に小さく,新生児・乳児早期の介入は不要と判断され日齢9で自宅退院し,外来で経過観察となった.心室条件からは二心室修復が可能だったが,体静脈還流異常に対して複雑な心房内操作を要することから体重増加を待ち心内修復の方針となった.途中経過で心室中隔欠損は自然閉鎖し,著明なチアノーゼ増悪や心不全増悪のイベントなくBNPは40~100 pg/mLで経過し,4歳で根治手術目的に当院紹介となった.
入院時現症
身長99 cm,体重14.6 kg,心拍数72回/分,血圧83/51 mmHg, SpO2=82%,肺音 清明,心音 整,胸骨右縁第三肋間にLev3/6汎収縮期雑音聴取,腹部 平坦・軟,肝を左側上腹部に触知,四肢冷感はなくチアノーゼを認めた.
入院時血液検査
Hb 15.0 g/dL, Hct 45%, T-Bil 0.9 mg/dL, AST 30 U/L, ALT 18 U/L, BUN 13 mg/dL, Cr 0.39 mg/dL, BNP 103.1 pg/mL.
心電図
洞機能不全のため洞調律と接合部調律が混在,PQ 0.16, QRS 0.08, QRS軸−60°
心エコー
心血管区分法では{A(I), L, IN}の右側大動脈弓を伴う鏡像型右胸心,完全型房室中隔欠損であった.心房形態は単心房で,心房中隔壁は認めなかった.半奇静脈接続を伴う下大静脈欠損で,両側の上大静脈と肝静脈および4本の肺静脈が単心房へと還流していた.膜様組織により心室中隔欠損は閉鎖していた.共通房室弁逆流は右側(左室側)が軽度,左側(右室側)も軽度のみであった.中等度の肺動脈弁狭窄(流速3.7 m/s)があり,肺動脈弁は三尖で癒合による解放制限を認めた.
造影CT(Fig. 1)
鏡像型右胸心,単心房,右側大動脈弓を認めた.両側の上大静脈は単心房の左右頭側へそれぞれ接続し,下大静脈欠損で下肢の静脈血流は半奇静脈を介して左上大静脈へ接続,肝静脈は単心房の尾側中央に接続,肺静脈は上下左右四本が共通肺静脈腔を形成して単心房の背側中央に合流していた.右室流出路および肺動脈弁上や末梢肺動脈に狭窄は認めなかった.腹部臓器も逆位であり,右側に胃,左側に肝臓が位置していた.
総合所見
内臓錯位症候群・左側相同に合併した鏡像型右胸心,完全型房室中隔欠損症,単心房,両側上大静脈,半奇静脈接続を伴う下大静脈欠損,肺動脈弁狭窄の症例.房室中隔欠損に対しては心室中隔欠損が閉鎖していることからmodified one patch法による修復,体静脈還流異常を伴う単心房に対しては肺静脈が共通肺静脈腔を呈していることから心房内血流転換を含めた心房中隔壁作成,肺動脈弁狭窄に対しては交連切開の方針とした.洞機能不全に関してはこれまでの経過で明らかな徐脈は認めておらず,手術の時点ではペースメーカー植え込みの適応はないと判断し,周術期は必要に応じて一時ペーシングリードで管理する方針とした.
手術所見
胸骨正中切開で開胸し心形態を観察すると,左前に右室,右後ろに左室の逆位となっている鏡像型右胸心であり,大動脈は右側大動脈弓,心耳形態は両側左心耳であることが確認できた(Fig. 2A, B).動脈管結紮の後に上行大動脈送血,左右上大静脈と肝静脈の三本脱血で人工心肺確立し,大動脈遮断・心停止とした.心停止の直前に,術者の立ち位置を左に変更した.左側心房(右房)を切開し内部を観察したところ,房室弁は共通前尖と共通後尖の間には連続した弁組織を認めない共通房室弁形態だが,心室中隔欠損は膜様閉鎖しており交通孔は認めなかった(Fig. 2C).心房は中隔壁の痕跡を認めず単心房形態で,背側に肺静脈の集まった共通肺静脈腔があり,右頭側に右上大静脈の開口部と右側左心耳,尾側中央に肝静脈の開口部を認めた.また冠静脈洞を共通房室弁の中央尾側に認め,そのやや房室弁寄りに房室結節と思われる構造を認めた.右上大静脈に対する血流転換のため,心房天井部に自己心膜でトンネルを作成した(Fig. 2D).房室中隔欠損に対してはmodified one patch法での修復の方針とし,膜様閉鎖した心室中隔欠損部を補強しつつ共通房室弁を左右に分け,心房中隔壁作成のための自己心膜を縫着し,右側房室弁(左室側の房室弁)に対してはCleft閉鎖し弁形成を施行した.共通房室弁を左右に分離した自己心膜パッチを心房中隔壁として,房室結節は右側心房(左房)へ,冠静脈洞は左側心房(右房)へ還流するように縫合ラインを設定した.心房中隔パッチの頭側は右上大静脈の血流転換のための心膜パッチと合わせて,体静脈が左側心房(右房),肺静脈が右側心房(左房)へと還流するように心房中隔壁を作成(Fig. 2B, E)し,左側房室弁(右室側)の弁形成を追加した.その後,主肺動脈を切開し肺動脈弁を観察,三尖だが交連の癒合が強く,各々に交連切開を施行した.左心系の空気抜きを十分に行い大動脈遮断解除.接合部調律であったが,房室ブロックもなく速やかに自己心拍再開し,心房切開線を閉鎖した.ペーシングリードを左側心房(右房)に留置,ドレーン留置し型どおり閉胸閉創した.手術5時間11分,人工心肺3時間38分,大動脈遮断2時間24分で,手術は無輸血で完遂した.
術後経過
術後出血もなく初日は心房ペーシング補助で血行動態安定し,同日夜間に人工呼吸器離脱可能であった.中心静脈圧8~9 mmHgで安定していたため翌日には心房ペーシングやカテコラミンを中止した.自己脈は心拍数80~100回/分程度の接合部調律で経過し,以後も高度の徐脈は認めなかった.術後第2病日に一般病棟へ転棟し,その後も順調に経過した.術後心エコーでは両側房室弁逆流はいずれも軽度,血流転換した右上大静脈や肝静脈の血流は加速なくスムーズに左側心房である右房に還流しており,右房から右室または肺静脈から左室への流入血流障害も認めなかった.CT所見上も心房内血流転換や心房中隔形成に用いた心膜パッチの形態は問題なく(Fig. 3),体静脈還流路や肺静脈還流路に狭窄を認めず,術後第11病日に退院となった.現在,術後1年4か月経過しているが,房室弁逆流増悪や静脈還流障害など認めず,経過良好である.
内臓錯位症候群は,本来左右非対称に発達する胸腹部臓器の左右分化障害(左右軸決定の障害)により,各臓器に種々の先天異常が発生する症候群である.個々の症例において胸腹部の各臓器の位置や形態の診断が必要となる.心臓については,内臓錯位症候群では単心室症を合併することが多いが,右側相同と比較して左側相同では二心室修復可能な心形態である場合が多い1).また,多脾症が先天性心疾患に関連する肺高血圧の早期増悪因子であるとの報告2)もあり,可及的に二心室修復を目指すのが理想である.その一方で左側相同では下大静脈欠損(合併率60~95%)や上大静脈の接続異常(合併率約60%),単心房を合併することも多いため1),二心室修復の際には体静脈還流異常に対する外科的介入が重要となる.
両側上大静脈に対しては,一方が明らかに低形成であったり,無名静脈など十分な左右の交通がある場合は単純結紮も考慮される.単純結紮の場合,結紮した上大静脈圧が30~35 mmHg以下であれば脳合併症なく治療可能との報告もあるが3, 4),静脈圧上昇により脳還流障害を来す可能性もあり5),可能な限り何らかの形で再建すべきと考えている.上大静脈還流異常に対する再建方法としては心内再建法4, 6–8)と心外再建法4, 8, 9)が報告されているが,ほとんどの報告は通常心形態における左房直接還流型の左上大静脈遺残症例に対してであり,鏡像型右胸心に対する報告は少ない.重要なことは再建する上大静脈はもちろんのこと,他の体静脈・肺静脈の狭窄を来すことなく再建することである.特に心内再建法においては,肺静脈開口部と体静脈開口部の位置関係が静脈の還流障害を予防するうえで非常に重要である.本症例では肺静脈還流異常を伴わずに肺静脈は共通肺静脈腔を形成し,術前CTにて心房内・共通肺静脈腔の頭側に右上大静脈の径とほぼ同程度の大きさの空間を認めていたことから,体静脈や肺静脈の血流障害を来すことなく右上大静脈の心房内血流転換が可能であると考えられた.また,心内修復として,房室中隔欠損に対する共通房室弁の分割と単心房に対する心房の中隔形成が必要であったことから,自己心膜を用いて右上大静脈の心房内トンネル作成と共通房室房室弁の分割・心房中隔形成を同時に行うことで,体静脈還流異常と単心房を伴う房室中隔欠損症に対して心内修復が可能になると判断した.心房内血流転換の経路としては肺静脈と房室弁の間を通す経路もあるが,心房内の尾側を回る場合,冠静脈洞の環流障害や房室結節の障害を回避した縫合線を必要とするため,それらの損傷のリスクがなくかつ最短経路となる心房天井側の経路がより適していると判断した.解剖学的修復に関しても検討したが,大動脈周囲に十分なスペースがなく,両上大静脈の距離がやや遠いことから不適と考えた.また,大動脈基部前面を通して再建する右上大静脈–心耳吻合については,術前CTにて心臓前面のスペースが乏しく胸骨と心臓に挟まれて早期閉塞となる可能性が高いこと,開存が得られても今後再開胸が必要になった際に胸骨との癒着から血管損傷のリスクとなり,洞機能不全や房室弁閉鎖不全の増悪などで複数回の開胸・開心術の可能性が残る本症例においては避けるべきと判断した.心房内血流転換の問題として心房内の縫合ラインを起源とする術後の不整脈やパッチ使用に伴う心房内血栓があるが,単心房を合併している場合は心房中隔形成のためのパッチ縫着が必要となるため,体静脈還流異常に対して追加で心房内血流転換を行うことは不整脈や心内血栓のリスク増加にはそれほどならないであろう.また,本症例のように共通肺静脈腔が明らかな場合には,心房内の縫合ラインがそれほど複雑にならずに心房中隔形成に心房内血流転換を追加することが可能であると考えており,共通肺静脈腔の存在は術式選択の際の一助となると考えている.もし心臓型の肺静脈還流異常を伴う場合には,心房内のパッチ縫合ラインがより複雑となるため,解剖学的修復や心耳–上大静脈の吻合などの心外再建法も考慮すべきだろう.
今回,パッチ・バッフルの素材として新鮮自己心膜を使用したが,他にも処理自己心膜やゴアテックスパッチ/人工血管などが選択肢となりうる.ゴアテックスパッチやゴアテックス人工血管に関しては,パッチや心内トンネルの形状・形態維持に優れている反面,抗血栓性では心膜より劣ると考えており,静脈の閉塞のリスクに加え,左房側に血栓が生じた場合は全身の血栓塞栓症となる懸念があり,今後の成長と抗血栓性の有用性の点から今回は自己心膜を選択した.心膜の処理についてはグルタールアルデヒド処理があり,パッチの強度上昇が得られる一方で遠隔期の石灰化が懸念され,また低圧系への使用でもあり強度は未処理の心膜でも十分と判断した.ただし術後の検査では有意な静脈狭窄は認めないものの,左房圧の方が高いため,CTではパッチが右心系へ凸となっている.新鮮自己心膜を使用する際には,房室弁逆流の残存程度次第では心内の静脈路への圧迫も生じうるため,注意が必要である.