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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 36(4): 285-286 (2020)
doi:10.9794/jspccs.36.285

Editorial CommentEditorial Comment

石踊ら「心炎を伴ったリウマチ熱6例の臨床経過と予後」論文に対するEditorial CommentEditorial Comment for the Paper “Clinical Course and Prognosis of Six Cases of Acute Rheumatic Fever with Carditis”

国際医療福祉大学成田病院小児科Department of Pediatrics, International University of Health and Welfare, Narita Hospital ◇ Chiba, Japan

発行日:2020年12月1日Published: December 1, 2020
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私が学生時代には(1970年代前半)医師国家試験のためにJones criteriaを必死で覚えた.しかし私が日本で急性期リウマチ熱患者を診察したのは約30年前,東京での1例のみである.それでも,1970~1980年代にはリウマチ性心臓病で弁置換手術やカテーテル治療(僧帽弁形成術)を受けられる中高年の患者は少なくなかった.つまり我が国でも,その頃までは,リウマチ性心臓病患者が相当数いたことになる.現在では,リウマチ性弁膜症の手術やカテーテル治療はずいぶん減っている.

一方,約10年前,フィリピン,マニラ市のPhilippine Heart Centerを訪問した際,病棟,外来の回診をした時のことである.Philippine Heart Centerは,フィリピンの最も進んだ心臓病センターである.ICUには約20ベッドの小児患者の収容スペースがあった.最初に見たのは大血管転位症の新生児で大動脈スイッチ手術後,呼吸器につながって安定した状態である.その隣には,リウマチ熱の急性増悪で高度心不全に陥った患者がおり,その落差に唖然とした.リウマチ熱の急性増悪患者はICUの1/3位を占めていた.外来の夜間救急にいくと,そこでもリウマチ熱の急性増悪でぐったりとして診察を待つ患者が数人いた.現在のフィリピンの状態がどうなのか不明であるが,東アジアの発展途上国やインドでは依然としてリウマチ熱は有病率,死亡原因ともに重要な位置を占めている1)

これらの国では,狭い住環境に多数の子どもが密集して暮らしている家庭がある.手洗い,入浴等もままならない衛生環境では,溶連菌感染が蔓延しやすい.多少の咽頭痛などあっても,医療機関を受診できない家族もいる.医療機関も迅速診断キットや心エコー装置がない施設もある.このような状況下で,溶連菌感染による咽頭炎は治療されずに経過し,繰り返しの感染,それに引き続くリウマチ熱発症の頻度は高い.リウマチ熱の頻度は国の経済や医療状況,また家族の経済状態にも左右される.

世界では年間50万人がリウマチ熱を発症し,そのうち年間30万人がリウマチ性心臓病になるという1, 2).オーストラリアやニュージーランド先住民では小児10万人あたり100~500人リウマチ熱を発症する地域もある1, 2).世界では小児10万人あたり平均20人のリウマチ熱の発症率といわれる.一方我が国では小児10万人あたり0.5~1人の発症である.『忘れられつつある重大疾患』といわれるゆえんである.

石踊らは茨城県の施設における25年で6例のリウマチ熱症例をまとめた3).臨床的示唆に富む貴重な報告である.最近の我が国では,子どもに咽頭痛や関節痛があれば,すぐ親は医療機関を受診させる.迅速診断キットの使用が推奨され,溶連菌が同定されれば,抗菌薬が投与される.それでも我が国で年間5~10人はリウマチ熱を発症する.リウマチ熱が撲滅されないのは,溶連菌感染症自体は,街にありふれているからである.そのなかのごく一部が,免疫反応を惹起し発症する.免疫反応を惹起しやすい体質や遺伝背景などは不明で,先進国におけるリウマチ熱発症のリスク因子はいまだ明らかでない1, 2).溶連菌感染症に対する抗菌薬の使用方法や期間に関しても,AMPC10日間かセフェム系抗菌薬5日間か,AMPCなら30か50 mg/kg/日か,分1か分2~3か,などいまだ議論があるところである.

石踊論文を読んで,私のTake home messageをあげてみると,1)溶連菌感染診断の重要性,2)診断後の抗菌薬投与,3)リウマチ熱診断における聴診の重要性,4)関節痛を訴える患者の鑑別診断の重要性,5)リウマチ熱診断後の再発防止の重要性である.1)~4)は循環器専門医でなく,一般小児科医,内科医が診察することが多く,リウマチ熱が「忘れてはならない疾患」であることを伝えることが重要であろう.我が国の小児循環器医にとっては,リウマチ熱の心炎の診断には,川崎病弁膜炎の診断経験が役立つかもしれない.心エコーで軽度の弁逆流を認めた場合,その心エコー所見を診断にどう生かすか,心炎があると診断するか否か,なかなか微妙な問題である.また,コロナウイルス感染症が治まれば,アジア各国から来日する小児が増加するであろう.リウマチ熱が多い国からの小児の診察にはリウマチ熱既往に注意する必要がある.5)の再発防止は,循環器専門医のはたす役割が大きい.ちなみに,文献にあげたDrs. Kumar, Tandon, Wilsonらはそれぞれの国の著名な小児循環器医である.我が国では希少疾患となったリウマチ熱であるが,いまだ世界では猛威をふるっている疾患で,その発症メカニズムもまだまだ研究の必要があり,我が国の小児循環器医も貢献できることを強調しておきたい.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Comment である.石踊 巧,ほか:心炎を伴ったリウマチ熱6例の臨床経過と予後.日小児循環器会誌2020; 36: 277–284

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