催奇形薬bis-diamineを妊娠ラットに大量投与するとその胎仔に胸腺低形成と心臓大血管疾患(conotruncal anomaly),即ちFallot四徴症,総動脈幹遺残,心室中隔欠損,共通房室弁口,大動脈弓離斷,血管輪を生じる1–4).Bis-diamineでラットに生じる疾患は染色体22q11.2欠失症候群5, 6)の病像に酷似している.私は最近2年間にbis-diamineによりラット胎仔に生じた先天性心疾患の頭側からの連続断面カラー写真を図譜7, 8)として本学会雑誌に提示した.今回は前図譜に紙面の都合で掲載できなかった肺動脈低形成と単冠動脈を合併するFallot四徴症,肺動脈弁欠損を伴うFallot四徴症の腹側からの横断面像を図示する.これらのカラー図譜を見ておけば,胎児エコー検査9)の画像の読影が容易になるはずである.
ラット満期胎仔の全身急速凍結法による実験10)を次のように行った.ラットの妊娠期間は21.5日なので,妊娠21日目に親ラットを頸椎脱臼法で安楽死させ,ただちに帝王切開で取り出した胎仔を胎盤つきのままドライアイス–アセトン(−76°C)に投入して瞬時に凍結した.凍結した胸部を凍結ミクロトームで切り,断面を0.25または0.5 mm毎に実体顕微鏡(Wild M400)で撮影する.1個体の胸部から約20乃至30断面を撮影した.先天性心疾患の断面研究用には,90%で横断面(transverse),残り10%を矢状面(sagittal)または前額面(frontal)で切り,断面を撮影した.
Bis-diamineによる先天性心疾患は次のように作製した.妊娠10日目のWistarラット40匹にbis-diamine 200 mgを胃内注入し,妊娠21日に胎仔を調べると,合計330匹の胎仔に次の心疾患が認められた.各病型とその発生率を括弧内に示すと,各種のFallot四徴症(合計68%,即ち,通常型16%,肺動脈弁欠損型14%,肺動脈弁閉鎖型38%),総動脈幹遺残18%,大動脈弓離断2%,心室中隔欠損3%,共通房室弁口2%などであり,これらに右側大動脈弓,鎖骨下動脈起始異常,血管輪などが合併していた.さらに胸腺の無-低形成12)(100%),横隔膜ヘルニア12)(10%)の合併があった.
ここでは全てBis-diamine投与後の胸郭腹側から頭側への横断面記録を示す.
Fig. 1は心臓正常で胸腺欠損を合併する例である.ヒトで左上大静脈(LSVC)は通常胎生初期にのみ生じるが,げっ歯類,ラットでは生後まで存続する13).またラットの左右肺静脈は左房に入る前に合流して太い共通肺静脈になって左房に連結する14).この共通肺静脈はヒトでは胎生初期に存在する14).左上大静脈と共通肺静脈以外にはヒトとラットで胸腔内の心臓と大血管の解剖上の大きな差はない13).ラット胎仔の食道はヒト胎児と異なり常に太く開いている.ラット胎仔の全身急速凍結後に房室弁と半月弁は大部分で半ば開いており,心室容積は収縮末期と拡張末期の中間なので,急速凍結時には心室細動を生じたと推定される.
Fig. 2A–Rに肺動脈弁閉鎖に近い高度の弁狭窄を伴うFallot四徴症例を示す.右室に大きく騎乗して大動脈弁と上行大動脈が起始する(2E, F).肺動脈弁は肥厚して小さい(2G).回転して前方に位置する右冠洞から太い冠動脈が起始している(2H).この冠動脈は大動脈から出てすぐ右冠動脈を分岐し(2H),左冠動脈として右室漏斗部前を横切って走行(2G, H)しているので,単一右冠動脈15, 16)と診断される.この冠動脈はValsalva洞の上,sinutubular junctionより末梢で高位起始している.細い主肺動脈が左右肺動脈に分かれ,動脈管は欠損している(2I–K).上行大動脈と大動脈弓は太く(2N–P),異常起始した右鎖骨下動脈(RSA)が食道後方を迂回する(2N, O).大動脈弓の前は空で胸腺が欠損している.
Fig. 3は肺動脈弁欠損を伴うFallot四徴症例である.拡大した右室と左室がある(3A, B).心室中隔欠損(VSD)があり(3C),大動脈弁が心室中隔に騎乗している(3C).右室漏斗部狭窄は軽度で肺動脈弁は認めがたい(3F).主肺動脈が左気管支起始部を圧迫閉塞している(3F–H).肺門部で左右肺動脈が下行大動脈の2倍に拡大しているが伴走する気管支は開いている(3C–E).前図譜8)に掲載した同じ病型例では肺門部で下行大動脈の3倍に拡大した肺動脈が気管支を圧迫閉塞していたので,2倍までの拡大は肺門部での気管支閉塞を生じないと推定される.肺動脈弁輪にわずかな突出がある(3H).肺動脈と下行大動脈は接続せず,動脈管は欠損している(2I, J).大動脈弓の前方に小さい胸腺がある(3L).
Fig. 2の症例は高位起始の単一右冠動脈を合併していた.Bis-diamineによるラット胎仔に生じる心臓奇形に冠動脈奇形が合併する17)と滋賀医大小児科から学会発表されている.胎児冠動脈は細いので胎児エコーで診断できない.手術例を含めて22q11.2欠失症候群の冠動脈の奇形の合併はまだ報告がない18, 19).しかし22q11.2欠失症候群のFISH検査の始まる前にFallot四徴症の5~12%に冠動脈奇形が合併する15)と報告されている.Fallot四徴症の約20%は22q11.2欠失症候群を合併する20).したがってFallot四徴症と冠動脈奇形を合併する22q11.2欠失症候群の患者が存在する可能性も強く示唆される.冠動脈奇形の22q11.2欠失症候群合併は臨床上興味ある問題である17).
Fig. 3の症例は肺動脈弁欠損症候群で,肺動脈弁は痕跡的で,肺動脈弁–右室漏斗路狭窄はこれら断面像で左右径減少はごく軽度であった.しかしFallot四徴症の右室流出路狭窄は通常矢状面断面で明瞭になる.この症例が前後径の小さい楕円形の右室漏斗部を持ち,3図が示すより強い狭窄を持つ可能性は残る.
胎児心エコーにてFallot四徴症の胸郭横断面を評価する時に,このラットでの胸郭横断面画像を対比しながら理解すると有効と考えられる.特に,四腔断面から血管の流出路にかけて胸郭横断面で連続的にスイープするときに,VSDや右室漏斗部および漏斗部中隔がどのように描出されるのかを理解しやすい.
まず,VSDであるが,通常Fallot四徴症では大きなVSDを有する.しかし,Fig. 2では,2Dから2Eにかけて,わずか0.25 mm幅のスライスでもVSDの欠損孔がほとんど見えていない.2Eに欠損孔の上縁がわずかに見える程度である.Fig. 3でも,3Cに見えるのみである.これを見ると,Fallot四徴症のVSDは,心室中隔の上面で横断面像に平行に近い角度の部分にあるため,欠損孔自体は大きくても,わずかなスライスの移動の間にしか描出されない,という特徴が理解できる.
次に右室漏斗路や漏斗部中隔であるが,Fallot四徴症は,漏斗部中隔の前方への偏位が解剖学的な特徴である.この前方への偏位で漏斗部中隔は水平に近い向きをしている.このため,Fig. 3の胸郭横断面である3Eで,この漏斗部中隔がほぼ水平にスライスされ,上行大動脈(AAo)と右室漏斗部(RVI)の間に認められる幅広い組織として描出される.また,右室漏斗路は,右室に近い垂直に走行する部分では,Fig. 3の3Eに見られるように,水平断面のスイープでは円形に見られる.より水平に走行する肺動脈弁に近い部分は3Fと3Gで見られ,3Eでの漏斗部中隔の頭側に位置する.この水平断面を見たとき漏斗部右室の左右幅は広く,一見狭窄はないように見えている.しかし,0.25 mm幅のスライスで漏斗部右室は3Fと3Gの2スライスしか見えないことを考えると,上下の幅はかなり狭いことが推定される(逆に太い主肺動脈(MPA)は3F, 3G, 3H, 3Iと4断面にわたって見える).つまり水平断面でのスイープでは,上下方向の狭窄は評価できない.Fallot四徴症のときの漏斗部中隔の前方偏位による縦方向の狭窄は,縦断面でなければ評価できないことが理解できる.
本誌上のこれらの画像はスライドや光沢紙へのプリント,拡大コピーで鮮明なカラー画像になるので,多くの胎児診断関係者の目に触れて,胎生期Fallot四徴症の理解が進むことを期待したい.
謝辞Acknowledgments
英文チェックは湘南鎌倉総合病院内科Joel Branch医師によった.
利益相反
本稿について開示すべき利益相反(COI)はありません.
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