学校心臓検診における接合部調律
独立行政法人地域医療機能推進機構滋賀病院小児科
背景:2016年,学校心臓検診のガイドラインが改定され,接合部調律は全例要精査,心室拍数80回/分を超える場合には上室頻拍に準じた管理とされた.しかし,学校心臓検診における接合部調律の頻度,心拍数についての十分なデータはなく,ガイドラインの変更が学校心臓検診の現場に与える影響は不明である.
方法:大津市学校心臓検診対象者の7,108人において,接合部調律の頻度,心拍数について検討した.
結果:接合部調律の頻度は,小学校1年生で55人(2.4%),小学校4年生で73人(3.0%),中学校1年生で76人(3.3%)であった.平均心拍数は,それぞれ79.2±7.9回/分,76.7±8.6回/分,72.5±9.9回/分であった.
結論:学校心臓検診においては,接合部調律は従来想定されているよりも頻度は高い.心拍数もガイドラインで想定されている30~60回/分よりも速く,年齢が小さいほど顕著であった.
Key words: atrioventricular junctional rhythm; school cardiac screening; guidelines for heart disease screening in schools
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学校心臓検診において,接合部調律は「上部・中部・下部結節調律,冠静脈洞調律,左房調律,下部心房調律,移動性ペースメーカーを含める」と定義され,心電図読影医師の裁量に委ねられる部分が大きい.従来は,必ずしも精密検査にまわす必要のないB判定とされ,管理基準においても管理不要とされてきた1–4)
.そのため,学校心臓検診における接合部調律の報告はほとんどなく,詳細な検討はなされていないが,特に大きな問題とはなってこなかった.2016年,学校心臓検診のガイドラインが日本循環器学会・日本小児循環器学会合同で改定され,接合部調律の取扱いが変更された(以下,新ガイドライン).接合部調律は全例要精密検査とされ,安静時心室拍数が80回/分以上の症例は上室頻拍に準じた管理とすることが記載された5)
.しかしながら,学校心臓検診における接合部調律の頻度,安静時心拍数の分布などについてのデータはほとんどなく,このガイドラインの変更が学校心臓検診の現場に与える影響は不明である.今回,滋賀県大津市学校心臓検診1次心電図検診における,接合部調律の頻度,安静時接合部調律心拍数の分布について検討した.学校心臓検診1次心電図検診における接合部調律の実態を把握し,接合部調律取扱いの妥当性について考える一助となると思われるので報告する.
滋賀県の学校心臓検診は各自治体の裁量に委ねられており,市町村で大きく異なる.大津市では1次心電図検診を大津市学校心臓検診検討委員会の委員が分担して別個に行う.異常を認めた場合には,2次検診以降に抽出されるが,この場合の2次検診は,大津市学校心臓検診検討委員会委員が学校に赴き,聴診ないし問診を行うものを指し,新ガイドラインが想定している胸部X線写真,心電図,心エコー,運動負荷心電図等の検査が行える医療機関によるものとは異なる.2次検診でさらに精密検査が必要と判断された場合には,医療機関を受診する.
本研究は,2010~2013年度,2016~2019年度滋賀県大津市学校心臓検診1次心電図検診対象者中,当院で1次心電図検診を担当した7,108人を対象とし,小学校1年生2,328人,小学校4年生2,471人,中学校1年生2,309人の1次検診心電図における接合部調律の頻度を検討した後ろ向き観察研究である.接合部調律の診断は心電計の自動判読にはよらず,目視でII, III, aVF誘導に陰性P波を認めるものを接合部調律とした.PQ時間,P波がQRS波の前,中,後ろに認めるかなどは判断基準には加えず,陰性P波を認めると考えられるものをすべて抽出した.さらに,接合部調律と診断された症例の心拍数の分布について検討した.分布の正規性についてはKolmogorov–Smirnov検定により行った.なお,本研究については滋賀病院倫理委員会の承認を得ている.
接合部調律の頻度は,小学校1年生で55人(2.4%),小学校4年生で73人(3.0%),中学校1年生で76人(3.3%)であった(Table 1).接合部調律の心拍数は正規分布を示し(Kolmogorov–Smirnov検定,p>0.10),平均心拍数は小学校1年生で79.2±7.9回/分,小学校4年生で76.7±8.6回/分,中学校1年生で72.5±9.9回/分であった.各学年で安静時心拍数が80回/分を超える割合は,それぞれ30人(54.5%),26人(35.6%),20人(26.3%)であった(Fig. 1).
Number of surveyed students | AV junctional rhythm | Frequency | |
---|---|---|---|
1st graders | 2,328 | 55 | 2.4% |
4th graders | 2,471 | 73 | 3.0% |
7th graders | 2,309 | 76 | 3.3% |
total | 7,108 |
The peak heart rate in AV junctional rhythm was 79.2 beats/min in the first graders, 76.7 beats/min in the fourth graders, and 72.5 beats/min in the seventh graders; the proportions of students with AV junctional rhythm with heart rates of >80 beats/min were 54.5%, 35.6%, and 26.3%, respectively.
本研究の接合部調律の頻度は,従来考えられている接合部調律の頻度に比べて高く,過剰診断ではないかとの意見がある.これは,接合部調律は,房室結節に起因し,II, III, aVFの誘導で明らかな陰性P波を認めかつPQ時間が短縮,もしくはQRS内部か後ろに陰性P波を認めるという考えによると思われる6)
.学校心臓検診における接合部調律の定義は,1988年に大国が記載している.それによると「上部,中部,下部結節調律,冠静脈洞調律,左房調律,下部心房調律の他にいわゆる移動性ペースメーカーを含める」とされている1)
.それ以降ガイドライン等で接合部調律について詳細に述べられているものはなく,新ガイドラインでもこの基準が有効であると考えられる.この基準に従えば,II, III, aVFの誘導で陰性P波を認める場合,冠静脈洞・房室結節を含む下部心房領域にペースメーカーが存在することから,P波とQRS波の位置関係によらずに接合部調律と診断される.学校検診で,従来考えられているよりも多くの症例が接合部調律として抽出されても過剰診断ではないと考えられる.また,接合部調律の頻度については,病的な洞結節での報告はあるが,健常人で疫学的検討した報告は少なく,学校心臓検診においては皆無に近い6, 7)
.和井内が大学新入生の検診における接合部調律の頻度を報告しているが,異所性心房調律,移動性ペースメーカー,房室接合部調律等を含めた頻度は1.2~3.8%であり,本研究の値が突出しているとは言えない8)
.
接合部調律の心拍数について,新ガイドラインは30~60回/分としているが,今回の検討では明らかにそれよりも速かった.その理由の一つとして,新ガイドラインの接合部調律が,内科領域の知見を根拠とし,特に補充調律を念頭に置いていることにあるのではないかと考えられる.従来,内科領域では,接合部調律は上位ペースメーカーの洞結節の機能低下時に,代償的に下位ペースメーカーの房室結節が調律をとるものと考えられ,そのレートは洞調律よりも遅く30~60回/分とされてきた.これは,種々の疾患による洞機能低下時による徐脈やアスリートなどの夜間睡眠中の徐脈時に,代償的に接合部調律を認めることから確立されてきた概念である.あくまでも代償的機序であり,運動や緊張等により洞結節の調律が上がると速やかに接合部調律から洞調律に復帰する5, 6, 9, 10)
.一方,小児においてはレートが速いにもかかわらず,接合部調律としか考えられない症例が存在することを,以前我々は報告した.明らかに自律神経の影響を受けて心拍数が変化し,自律神経の緊張状態を反映して深夜帯には心拍数は低下し昼間の活動時間帯には上昇,運動負荷により洞調律のレートが上昇すると速やかに洞調律化していた.基礎レートが速い以外は,従来より考えられている接合部調律と全く同等であった11)
.また,今回の検討では,小学校1年生,4年生,中学校1年生と年齢を経るにしたがって,接合部調律心拍数が徐々に遅くなっているが,これは洞調律の心拍数の加齢変化に類似している12).洞調律の加齢による心拍数の低下は,自律神経の影響が示唆されているが,接合部調律でも同様の変化が起こっている可能性があり,接合部調律を担うペースメーカー細胞も自律神経の影響下にあると考えられる.
従来,接合部調律はB判定で,検診担当医の裁量権が大きかったこともあり,必ずしも新ガイドラインが厳格に順守されるとは限らないが,新ガイドラインを厳格に運用した場合,要精密検査となる症例や上室頻拍に準じた扱いで管理下となる症例が増加することが懸念される.特に,小学校1年生児においては接合部調律の半数以上が心拍数80回/分を超えており,過剰診断・管理となる可能性が高い.では,学校心臓検診における妥当な接合部調律心拍数の基準はどの程度であろうか? 本研究はあくまで1次検診心電図における接合部調律の頻度・分布を検討したものであり,最終的な確定診断による検討は今後の報告を待たざるをえない.しかし,今回の検討で小学校1年生,小学校4年生,中学校1年生の接合部調律の平均心拍数+2標準偏差が95.1回/分,94.0回/分,92.3回/分であり,心拍数が100回/分を超える症例がほとんどないこと,新ガイドラインを詳細に調べても接合部調律と上室頻拍を鑑別する心拍数を80回/分に設定した根拠がはっきりしないこと,従来の「頻拍」の概念が100回/分を超えるものを想定している場合が多いこと,過去に行った滋賀県学校心臓検診従事医師へのアンケート調査で接合部調律と上室頻拍の鑑別基準として100回/分を想定している医師が大半であったこと13)
などから,著者は100回/分が一つの基準となるのではないかと考えている.むろん,前述したように学校心臓検診における接合部調律のデータは十分ではなく,今後さらなるデータ収集と検討が必要であることは言うまでもない.年齢が大きくなるにつれて接合部調律心拍数が低下しており,データがさらに蓄積された場合には,年齢別の基準値の設定も検討する必要があるかもしれない.
本研究においては,大国らの「上部,中部,下部結節調律,冠静脈洞調律,左房調律,下部心房調律の他にいわゆる移動性ペースメーカーを含める」という広義の接合部調律の基準を採用した1)
.一方で,接合部調律は房室結節に由来するものに限定し,いわゆる狭義の接合部調律のみを問題とするべきという意見もある.しかしながら,大国らの広義の接合部調律が定義された背景には,それ以前の体表面心電図における各誘導のP波の波形・QRSとの位置関係から調律部位を細かく同定し解剖学的名称を冠する試みが妥当ではないとされたことにある4)
.現状の学校心臓検診心電図検診では,狭義の接合部調律を確実に鑑別することは困難と言わざるをえない.「陰性P波がQRSに先行する場合はPQ時間の短縮,もしくはQRS内かQRS後に陰性P波を認める場合」などの細かな定義を追加することにより狭義の接合部調律をある程度抽出できる可能性もあるが,その妥当性については今後の検証を待つ必要がある.また,2次検診以降の検査においては,ホルター心電図等の長時間心電図,運動負荷心電図を施行すべきである.新ガイドラインでは安静時心拍数が80回/分を超える場合には,全例上室頻拍に準じて管理するとされているが,長時間心電図で夜間睡眠時に接合部調律心拍数が低下し,運動負荷心電図で洞調律化する場合には,学校心臓検診心電図の接合部調律心拍数が80回/分を超えるような症例でも上室頻拍ではなく接合部調律とするのが妥当と考える.
本研究の限界として,本研究は学校心臓検診1次心電図検診症例に対する後ろ向き研究であり,接合部調律と診断された症例の確定診断がなされていないことが挙げられる.2017年度以前は,旧ガイドラインに従い精密検査がそもそも行われていない.2018年度以降は,新ガイドラインに基づいて改定された滋賀県学校心臓検診心電図判定基準に従い,安静時心拍数が80回/分を超える症例のみ要精密検査としている(小学校1年生11人,小学校4年生11人,中学校1年生12人).要精密検査症例は当院以外の医療機関を受診することが多く,個々の症例の精密検査結果を把握することは不可能であった.
学校心臓検診においては,接合部調律は従来想定されているよりも頻度は高かった.心拍数も新ガイドラインで想定されている30~60回/分よりも速く,年齢が小さいほど顕著であった.上室頻拍の判断基準を心拍数80回/分とすると,過剰に,接合部調律を上室頻拍に準じて管理する可能性があり,さらなるデータ蓄積の上で見直しも考慮するべきと考えられた.
本稿について,開示すべき利益相反(COI)はない.
本症例の要旨は第55回日本小児循環器学会学術集会(2019年,札幌)で発表した.
1) 大国真彦:小児不整脈の管理基準の改定.日小児循環器会誌1988; 4: 307–309
2) 馬場國藏,浅井利夫,北田実男,ほか:学校心臓検診二次検診対象者抽出のガイドライン(2006年改定).日小児循環器会誌2006; 22: 503–513
3) 馬場國藏,浅井利夫,北田実男,ほか:基礎疾患を認めない不整脈の管理基準(2002年改定).日小児循環器会誌2002; 18: 610–611
4) 森 博愛,日浅芳一,中屋 豊:心電図P波の臨床,東京,医学出版社,1980, pp 215–229
5) 日本循環器学会,日本小児循環器学会合同研究班(班長:住友直方):学校心臓検診のガイドライン(日本循環器学会/日本小児循環器学会合同ガイドライン),東京,日本循環器学会,2016
6) Yamama H, Shamai AG: Junctional Rhythm. StatPearls Publishing, 2019, https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK507715/
7) Rodriguez RD, Schocken DD: Update on sick sinus syndrome, a cardiac disorder of aging. Geriatrics 1990; 45(1): 26–36
8) 和井内由充子:大学新入生の健康診断における心電図検査の評価.慶應保健研1988; 16: 23–29
9) 日浦教和,坂東信重:徹底解説!心電図—基礎から臨床まで—.森 博愛,丸山 徹(編):東京,医学出版社,2015, pp 141–165
10) 吉永正夫,泉田直己,岩本真理,ほか:器質的心疾患を認めない不整脈の学校生活指導管理ガイドライン.日小児循環器会誌2013; 29: 277–290
11) 岡川浩人,山岡 修:学校心臓健診で上室頻拍に準じるとされる接合部調律2症例についての検討.滋賀医学2017; 39: 54–59
12) Mason JW, Ramseth DJ, Chanter DO, et al: Electrocardiographic reference ranges derived from 79,743 ambulatory subjects. J Electrocardiol 2007; 40: 228–234
13) 岡川浩人:新しい学校心臓検診ガイドラインにおける接合部調律取扱いの問題点.小児科臨床2017; 70: 1393–1398
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