次世代小児心臓外科医育成プロジェクト:アンケート調査結果報告
特定非営利活動法人日本小児循環器学会
背景:日本小児循環器学会では外科系教育部会を設置し,次世代小児心臓外科医育成プロジェクトを立ち上げることとなった.
方法:今回,プロジェクトの一環として我が国の小児心臓外科医の労働環境,修練状況等に関する情報を得るために,日本小児循環器学会の外科系会員を対象にアンケート調査を行った.2018年6月26日(火)~8月6日(火)の期間に,日本小児循環器学会正会員の心臓血管外科医師420名に対し匿名式によるWEBアンケートを依頼し,176名から回答が得られた(回答率42%).
結果:小児心臓外科医の15%が月10回以上の当直を行っており,実に85%が法定労働時間の上限を超えていた.また,今回のアンケート結果から,小児心臓外科医の修練環境は「施設によって大きなばらつきがある」ということが確認された.外科医ひとりあたりの手術症例数にもばらつきが生じてしまい,十分な数の執刀経験が得られているとは言いがたく,過酷な労働環境も相まって,多くの外科医が不満と不安を抱えているのが現状であった.
結語:「執刀症例の数や難易度等ある程度プログラム化された修練環境」,「出身大学や所属する医局に左右されない修練施設の運用」,「過酷な労働環境の改善」が必要であり,「オールジャパンで次世代を育てる」というシステムを構築していく必要がある.
Key words: younger generation; novice pediatric cardiac surgeons; training system
© 2019 特定非営利活動法人日本小児循環器学会
未曾有の少子高齢化が進む我が国において,小児医療の充実と発展の重要性に関しては論を待たないところである.われわれ日本小児循環器学会は循環器診療に携わる小児科/内科医と心臓外科医が,心臓病を持つこどもや家族のために,多領域専門職の方々と一つのチームとして,お互いの知識と技術を駆使して切磋琢磨し,協働して小児循環器診療に従事してきた.過去数十年,我が国の小児循環器医療は目覚ましい発展を遂げ,世界のリーダーたるべき地位を確立してきた.しかるに近年の深刻な医師不足に加えて医師の地域偏在,診療科偏在(外科医,小児科医,産婦人科医の減少)により,地方を中心に小児循環器医療は崩壊の危機に瀕している.特に小児心臓外科医はいわゆる「絶滅危惧種」と称され,このままでは近い将来先天性心疾患の手術を行う医師が極端に不足し,我が国の小児循環器医療が立ち行かなくなる可能性が高い.小児心臓外科医の育成は急務である.そのため,日本小児循環器学会では外科系教育部会を設置し,次世代小児心臓外科医育成プロジェクトを立ち上げることになった.
今回,プロジェクトの一環として,我が国の小児心臓外科医の労働環境,修練状況等に関する情報を得るため,日本小児循環器学会の外科系会員を対象にアンケート調査を行った.本稿ではアンケート調査の結果を報告するとともに,我が国の次世代小児心臓外科医たちを如何にして育成していくのか,現状分析と方策について考察する.
調査期間:2018年6月26日(火)~8月6日(火)
調査方法:日本小児循環器学会正会員の心臓血管外科医師420名に対し匿名式によるWEBアンケートを依頼
回答数:176(男性161名,女性15名,平均年齢46.1歳,回答率42%)
質問項目:30問(Table 1)
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アンケート回答者176名のうち,外科専門医152名(86.4%),心臓血管外科専門医133名(75.6%),心臓血管外科修練指導医79名(44.9%).164名(93.2%)がいずれかの大学医局に所属しており,112名(63.6%)が医学博士号を取得,84名(47.7%)が海外留学の経験を有していた.小児心臓外科チームのチーフ76名(43.2%),スタッフ66名(37.5%),専攻医21名(12%)であった.
勤務地は関東・甲信57名,近畿36名,東海21名,九州19名の順に多く,北海道,北陸,中国,四国等地方勤務者は少数であった(Fig. 1).勤務施設は50%が大学病院,29%が小児病院や循環器病センター等の専門病院,15%が公立総合病院であった(Fig. 2).小児専門病院以外の大学病院や一般の総合病院では,小児心臓外科が診療科として独立しているケースは稀であり,通常は成人心臓血管外科も含めた心臓血管外科のなかの1チームとして存在していることから,施設内での小児心臓外科に従事する外科医の数は2~3名が大半であった.かかる状況においては小児心臓外科医の過重労働が危惧されるところである.59%の小児心臓外科医が月4~6回の当直を行っており,15%が月10回以上の当直を行っている.1週間の勤務時間数は60~80時間35%,80~100時間33%,100時間以上17%と,実に85%が法定労働時間の上限を超えていた(Fig. 3).
小児集中治療科の必要性に関するアンケートを行ったところ,92%が「必要」と回答した.小児集中治療科が充実している施設からは,「チーム医療を行っており,特に術後集中治療を循環器集中治療科が担当していることにより,手術以外のストレスが軽減されている」,「術後ICU管理はICUドクターと循環器医とが一緒になっておこなうシステムなので,外科医の負担が減った」,「集中治療科のサポートがあり,比較的手術に専念できている」等のコメントが寄せられている.
年間手術症例数201例以上の所謂「high volume center」に勤務している外科医が22%,101~200例の施設に勤務する外科医が35%いるのに対して,21%の外科医が年間手術症例数50例以下の施設に勤務している(Fig. 4).当然ながら,外科医一人あたりの手術症例数も限られてしまう.58名(33%)が年間執刀症例数10例未満,36名(20%)がこれまでに執刀した手術症例数50例未満と回答しており,充分な数の執刀経験が得られているとは言い難いのが現状である(Fig. 5).またやむを得ないことではあるが,高難度手術の執刀は上級医が行うことがほとんどであり,動脈スイッチ手術やNorwood手術などは,半数以上の外科医が「執刀経験なし」と回答していた(Fig. 6).
「施設の集約化」に関する意識調査も行った.「必要」64%,「どちらともいえない」35%という回答(Fig. 7)で,具体的な方策に関しては多種多様な意見が述べられており,「施設の集約化」には非常に困難な問題が多数あるということが伺われた.
次世代小児心臓外科医育成のために必要なシステムに関するアンケートでは,「次世代育成のための認定機関施設」(67%),「海外での執刀経験ができる学会主導システム」(11%)等の回答が寄せられた(Fig. 8).
現在の勤務・修練体制に関する満足度について調査を行った.「非常に満足」もしくは「満足」33%,「どちらともいえない」33%,「非常に不満」もしくは「不満」34%とほぼ均等に分かれた(Fig. 9).多数のコメントが寄せられた.一部を以下に記す.
執刀の機会に恵まれている外科医は少々仕事が忙しくとも,少々給料が安くとも満足度が高いようである.一方で,症例数の少ない施設に勤務する外科医は執刀の機会に恵まれず,マンパワー不足から術後管理や当直に明け暮れて不満が募っている.そのような施設には若手医師も入ってこなくなり,ますます悪循環に陥っている.
同様に将来に対する不安の有無に関する調査も行った.将来については,「非常に不安」19%,「不安」30%,「なるようにしかならない」22%,という回答であった(Fig. 10).多数のコメントが寄せられた.一部を以下に記す.
修練医のみではなく,指導医クラスの医師も不安を感じながら日々を過ごしているのが現状である.
今回のアンケートでは「小児心臓外科を志した理由」についてお答えいただいた.この領域に従事する先生方の高い理想と見識に深い感動を禁じ得ない.一部を以下に記す.
先天性心疾患は出生数の約1%にみられる比較的頻度の高い疾患であり,我が国では年間に約10,000人の先天性心疾患児が誕生している.先天性心疾患は先天的な心臓の構造異常であり,そのほとんどが外科治療の適応となる.我が国では年間約9,000件の先天性心疾患に対する手術が行われており,少子化にもかかわらず,その数は過去20年間ほとんど変化していない1).
今後も継続して年間9,000件の先天性心疾患手術を行っていくためには小児心臓外科医の育成は必須の課題である.しかしながら,小児心臓外科に従事する若手外科医は減少の一途を辿っているのが現実である.近年,産婦人科と小児科の医師不足が各種の報道等で取り上げられ,社会問題となっているが,様々な対策によりそれらの科の医師数は不十分ながらも微増している.一方,外科医の数は確実に減少している.しかも外科医の年齢分布を見ると,40~60歳代の占める割合が多く,20~30歳代の外科医の減少が著しいことが見てとれる2)
.今回のアンケート回答者の平均年齢も46.1歳であり,小児心臓外科医も例外ではないということが示された.
現在,外科医療の主力として活躍している40~50歳台の医師たちが大学医学部を卒業した昭和から平成初期の日本外科学会入会者数は年間2,000名前後であったが,近年は年間700名前後で推移している.平成30年度から開始される新専門医制度において,第1回の外科専門研修プログラムへの登録者数は全国で805名であった.2018年11月現在の専門医数(消化器外科:6,777名,呼吸器外科:1,492名,心臓血管外科:2,194名うち小児心臓外科に従事する医師約130名,小児外科:557名,乳腺:1,586名:各学会ホームページより調査)から算出すると,この805名のうち,将来,小児心臓外科に従事する可能性のある医師は8名弱と推測される.
2018年11月現在の我が国の心臓血管外科専門医は2,194名で,そのうち小児心臓外科に従事しているものは約130名である.多くの専門医は東京,神奈川,静岡,愛知,大阪,京都,兵庫,福岡で勤務しており,地方においては1~2名の県がほとんどであり,1名もいない県も存在する.実際に,小児心臓外科の診療体制が維持できなくなりつつある地域も出てきている.
小児心臓外科は激務である.重症心疾患児の手術はしばしば長時間に及び,また非常に繊細な手術手技が要求される.術後も綿密かつ慎重な術後管理を行う必要があるが,我が国では術後管理も外科医が行っているのが現状である.かかる状況にあって,深刻な人手不足はすなわち深刻な過重労働を生み出すことになる.今回のアンケート結果より,小児心臓外科医の主たる勤務先は大学病院であり,各施設では少人数の外科医達が小児循環器医療に従事していることが判明した.小児循環器医療は小児心臓外科医だけではなく,小児循環器科医,新生児科医,麻酔科医,産科医,臨床工学技士や看護師など多職種によるチーム医療を要するため,必然的にこの領域の医療を行いうる施設は,大学病院か専門病院,一部の総合病院に限定される.小児専門病院以外の大学病院や一般の総合病院では小児心臓外科が診療科として独立しているケースは稀であり,通常は成人心臓血管外科も含めた心臓血管外科のなかの1チームとして存在している.実際には2~3名の心臓外科医が小児心臓外科に従事しているケースが多い.小児心臓外科に従事する外科医が1名という施設も存在している.特に大学病院に勤務している場合,医学部教官としての業務,成人症例への対応など小児心臓外科診療以外の業務に従事しなければならないほか,安い給料を補うための外勤にも出なければならないことから,小児心臓外科の現場は「かなり手薄で危険な状況」におかれていると言える.
医師の過重労働が問題視され,働き方改革の必要性が議論されていることは周知のことである.小児心臓外科の手術後には特殊な管理を必要とするため,他科の医師では対応困難なことが多く,小児心臓外科チームだけで当直を回さざるを得ないこともある.アンケートへの回答によると,59%の小児心臓外科医が月4~6回の当直を行っており,15%が月10回以上の当直を行っていた.また,重症化した症例が出ると,主治医が何日も泊り込まざるを得ない状況も生じる.実際には,今回のアンケートに現れない自主当直が行われている可能性もあると思われる.アンケートによると,1週間の勤務時間数は60~80時間35%,80~100時間33%,100時間以上17%と実に85%が法定労働時間の上限を超えていた.部長,教授,病院長クラスも含めて,日本中の小児心臓外科医が過労死レベルの労働環境におかれているといっても過言ではない.このような労働環境では若者たちに敬遠されて当然である.「やりがい」だけで若者たちを惹きつけることは不可能である.
前述したように,我が国では術後管理も外科医が行っているのが現状である.今回,小児集中治療科の必要性に関するアンケートを行ったところ,92%が「必要」と回答した.満足度の調査においても,小児集中治療科が充実している施設からは,「チーム医療を行っており,特に術後集中治療を循環器集中治療科が担当していることにより,手術以外のストレスが軽減されている」,「術後ICU管理はICUドクターと循環器医とが一緒になっておこなうシステムなので外科医の負担が減った」,「集中治療科のサポートがあり,比較的手術に専念できている」等のコメントが寄せられている.小児集中治療科の充実が小児心臓外科医の労働環境改善に結びつくことは間違いなさそうであるが,全国的に見て小児集中治療医はまだまだ少数である.今後取り組むべき方策と考える.
小児心臓外科手術には高度な技術が要求されるため,どうしても修練期間は長くなりがちである.しかも必ずしも執刀医として独り立ちできるレベルまで到達できるとは限らない.非常に過酷な労働条件に耐えて,長期間の厳しい修練を行い,結果的に外科医として独り立ちすることができず,かつ特殊な分野の診療に従事しているため,いわゆる「つぶしがきかない」という事態に直面しかねない.これでは若者たちに敬遠されて当然である.
今回のアンケート結果から,小児心臓外科医の修練環境は「施設によって大きなばらつきがある」ということが確認された.約半数の小児心臓外科医が年間手術症例数100例以上の施設に勤務している反面,約20%の外科医が年間手術症例数50例以下の施設に勤務している.当然ながら,外科医一人あたりの手術症例数にもばらつきが生じてしまい,充分な数の執刀経験が得られているとは言い難いのが現状である.「年間の執刀症例数が10例未満」,「これまでに執刀した手術症例数が50例未満」という小児心臓外科医も一定数存在している.またやむを得ないことではあるが,高難度手術の執刀は上級医が行うことがほとんどである.ただし,各年代の症例数や手術の難易度には大きなばらつきがあり,施設間の格差が大きいことが伺われる.言い換えれば「恵まれた環境で」トレーニングを受けている修練医と,そうでない修練医がいるということになる.
当然ながら,「満足度」や「将来に対する不安」にも大きなばらつきが認められた.「満足度」に関しては「満足」,「どちらともいえない」,「不満」が均等に分かれた.「満足」の理由は「執刀の機会に恵まれていること」に尽きると言える.小児心臓外科医は大学病院勤務者が多いが,専門領域の診療活動以外の業務が多く,給料が安いという環境におかれているにもかかわらず,執刀症例数に恵まれている外科医の満足度は高いようである.今回,ほぼ同じ時期に行われた満40歳以下の日本心臓血管外科学会員(U-40)のアンケート調査(私信)によると,現状の小児心臓外科トレーニングの満足度は5段階評価で3.25であり,年間の小児心臓外科手術症例数100例以上の施設に勤務する外科医の満足度が高かったとのことである.逆に症例数の少ない施設に勤務する医師達は,「執刀経験が少なすぎる」,「金銭面での待遇が悪い」,「若手の医師の術後管理のための当直が多すぎる」,「雑務に追われる」等の不満を募らせている.そのような施設には若手医師も入ってこなくなり,ますます悪循環に陥っている.
多少の不満は仕方がないにせよ,「将来が不安」な世界に飛び込むのは勇気が要る.程度の差はあれ,実に70%以上の小児心臓外科医が「将来に不安」を感じており,「不安はない」との回答はわずか6%であった.U-40のアンケートでも同様の結果が得られており,しかも,「満足度の高い」修練を行っている若手外科医であっても,「将来に不安」を抱えていることが判明している.理由としては,「技術的な難易度が高く,術者としてやっていけるのか?」,「身に着けた技術を発揮できるポストに就くことができるのか?」,「精神的にも肉体的にも過酷な仕事であり,責任感と自己犠牲の精神だけでやっていけるのか?」,「次世代を育てていける体制を構築できるのか?」等々多くの回答が寄せられた.小児心臓外科に従事する若者たちの主たる業務は,手術の助手と術後管理,病棟業務という図式が推測される.結局,長い下積みを経て,本当になれるかどうかわからない小児心臓外科の世界に入るのは,大変勇気のいることであるということになる.ある程度,将来の見通しを立てる,不安を持たせないですむ体制作りを目指す必要がある.確かに,「高度な技術」を身につけることは並大抵のことではなく,またすべての人がそのレベルに到達できるものでもない.しかしながら,現行のように「修練環境にばらつきがある」状況は決して望ましいことではなく,「執刀症例の数や難易度等ある程度プログラム化された修練環境」,「出身大学や所属する医局に左右されない修練施設の運用」,「過酷な労働環境の改善」が必要である.アンケート調査でも多くの意見が寄せられていたが,「大学医局とその関連病院」という現行の体制から,「オールジャパンで次世代を育てる」というシステムを構築していかねばならない.
「小児心臓外科を志した理由」に対して寄せられた数多くの回答からも,小児心臓外科医は,「自らの手で,こども達の命を救う」ことのできる非常にやりがいのある仕事である.この「夢と希望に満ち溢れた小児心臓外科医という職業」を志す,熱い心を持った若者達が公平な修練の機会を得て,次世代の小児心臓外科医として我が国の小児循環器医療を担っていけるような体制作りが必要である.
貴重なアンケート結果をご提供いただいた平野暁教先生,岡村賢一先生,椛沢政司先生はじめ心臓血管外科学会U-40の先生方に深謝いたします.
本稿について開示すべき利益相反(COI)はない.
1) Masuda M, Endo S, Natsugoe S, et al: Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery: Thoracic and cardiovascular surgery in Japan during 2015: Annual report by The Japanese Association for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg 2018; 66: 581–615
2) 厚生労働省:平成28年(2016)医師・歯科医師・薬剤師調査の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/16/dl/gaikyo.pdf
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