鎮静と呼吸管理による保存的治療で寛解した心臓術後両側声帯麻痺
慶應義塾大学医学部小児科
純型肺動脈閉鎖に対し両方向性Glenn手術を行った7か月男児.術後3時間(挿管後8時間)に抜管したところ,吸気性喘鳴と陥没呼吸を認めた.喉頭内視鏡検査で両側声帯の正中位固定を確認し,両側声帯麻痺と診断した.声門を動かす内喉頭筋のうち,声門を開大する唯一の筋である後輪状披裂筋は喉頭背側・食道腹側に位置する.本症例では,気管チューブ留置の刺激に加えて,術中の経食道エコープローブ挿入により,繰り返し後輪状披裂筋に外力が加わった結果,局所炎症から一過性麻痺を生じたと推測された.そこで,再挿管による声帯へのさらなる侵襲は逆効果と考え,呼吸抑制を生じない程度の軽度鎮静下で全身管理を続けた.抜管後4週間で両側声帯麻痺は改善し,喘鳴は消失した.症状,経過,内視鏡検査所見などから病態をより具体的に推定し,治療戦略の選択を行ったことが重要である.
Key words: vocal cord paralysis; cardiovascular surgery; complication; infant; Glenn operation
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両側声帯麻痺による気道閉塞は,原因にかかわらず緊急対応を要する事態であり,直ちに気管挿管や気管切開の必要性について検討する必要がある.本稿では,術後の鎮静管理を工夫することにより再挿管を回避することができた心臓術後両側声帯麻痺の乳児例を報告し,病態生理を踏まえた個別的治療戦略の重要性について強調したい.
術後声帯麻痺の頻度は,術式,患者年齢により大きく異なる.成人を含めた一般手術後で0.07~0.1%であるのに対し,成人心臓手術後では0.7~2.0%,小児心臓手術後では0.1~0.5%と心臓手術後に多い1)
.小児心臓手術後では,特に新生児期・乳児期早期に頻度が高い2).また,大動脈弓や動脈管付近の操作を伴う場合には,左反回神経麻痺により同側の声帯麻痺を生じるリスクが高い.いずれにしても,心臓手術の直接侵襲による声帯麻痺は片側性であることが多く,両側麻痺は0.9%3)と極めて稀である.
術後両側声帯麻痺の原因としては,気管チューブによる圧迫,体外循環時の局所冷却,経食道心エコープローブや胃管による圧迫・側方牽引などが想定されている.両側に限らず,術後声帯麻痺をきたした場合,約27%が外科治療を要したとする報告がある.一方,報告により差があるが,術後両側声帯麻痺の35%程度は半年程度で自然軽快すると言われている3).
7か月男児
抜管後の吸気性喘鳴,陥没呼吸
胎児心エコー検査で純型肺動脈閉鎖,心房中隔欠損と診断された.右室低形成のため二心室修復は困難と判断され,Fontan手術を目指す方針とされた.日齢10にバルーン心房中隔裂開術(BAS: Balloon Atrial Septostomy)が行われた.月齢2にBT(Blalock–Taussig)シャント手術,月齢5に両方向性Glenn手術前の心臓カテーテル検査およびBTシャント狭窄バルーン拡張術が実施された.BASおよびBTシャント手術後に一過性の嗄声が認められた.
37週4日,予定帝王切開で出生.Apgar score 8/8.出生体重2,550 g
特記事項なし
純型肺動脈閉鎖・右室低形成に対して両方向性Glenn手術を実施し,術後集中治療室(ICU)に入室,術後3時間(挿管8時間後)に抜管した.直後より,鎖骨上窩および季肋部陥没呼吸を伴う著明な吸気性喘鳴を認めた.喘鳴は,約3 m離れた場所からでも聴取することができるほどであった.安静時には鼻カニューレ装着下酸素2 L/min投与でSpO2 80%台を維持することができたが,啼泣・体動時に喘鳴が増悪し,SpO2は60%台後半に低下した.抜管後の喉頭浮腫を疑いデキサメタゾン静注とアドレナリン吸入を行ったが無効だった.
身長63.0 cm,体重5,794 g.SpO2 82%(鼻カニューレ装着下酸素2 L/min),呼吸数40/min.鎖骨上窩・季肋部に陥没呼吸あり,苦悶表情を認めた.心音:I音正常,II音単一,III音なし,IV音なし,有意な心雑音なし.肺野:聴診器を当てなくても聴取される吸気性喘鳴あり,腹部:軟,膨満なし,肝脾を触知せず.四肢:末梢冷感なし,浮腫なし.
WBC 9,400/µL, Hb 15.5 g/dL, Plt 49万/µL, TP 6.1 g/dL, Alb 5.4 g/dL, BUN 8.3 mg/dL, Cr 0.25 mg/dL, Na 147.5 mEq/L, K 3.1 mEq/L, Cl 109 mEq/L, Ca 8.1 mg/dL, LDH 339 U/L, AST 49 U/L, ALT 12 U/L, CK 612 U/L, CRP 0.02 mg/dL, PT-INR 1.52, APTT 51.0 sec
pH 7.336, pCO2 51.0 mmHg, AG 9.2 mmol/L, Lac 1.1 mmol/L, BE −1.0, HCO3− 24.9 mmol/L
左第4弓の突出あり,CTR 50%,両側肺野血管陰影の減少あり
喉頭付近は全体に浮腫状であった.声帯は両側とも正中位に近い位置でほぼ固定し,吸気時には声門下腔側に引き込まれ,気道狭窄がさらに増悪していた(Fig. 1A).
Note the gradual improvement of the vocal cord motion.
抜管後喉頭浮腫を疑って実施した治療に反応しなかったことから声帯麻痺と考えた.声帯への侵襲を避けるため再挿管せず,啼泣・体動による喘鳴の増悪を予防する目的で鎮静を徹底する方針とした.鎮静の程度として,自発呼吸を抑制せずに覚醒しない状態を目標とした.ミダゾラム0.04 mg/kg/hとデクスメデトミジン0.8 µg/kg/hの持続静注で開始したが,ミダゾラム最大0.2 mg/kg/hに増量後も鎮静が困難であり,ブロバゼパム座薬1.4 mg/kg/dayを併用した.しかし,目標とする鎮静が得られなかったため,ミダゾラムを漸減し,フェノバルビタール持続静注5 mg/kg/dayを開始した.術後6日,ミダゾラム0.14 mg/kg/h,デクスメデトミジン0.4 µg/kg/h,フェノバルビタール持続静注5 mg/kg/day,ブロマゼパム座薬2.2 mg/kg/dayにより,目標とする鎮静管理を達成した.具体的には,鎮静が十分に得られているとSpO2は83%程度,啼泣時にSpO2は70%台に低下するが速やかに回復する状態を維持することができ,Glenn術後として許容される状態と考えた.血液ガス所見では,軽度の炭酸ガス貯留はあったが,アシデミアを認めなかった.
術後4日目に喉頭内視鏡で両側声帯麻痺・正中固定を確認し,両側声帯麻痺と診断した.この時点で,治療方針について保護者を含めて再度検討した.気管切開を避けたいという保護者からの強い希望があり,保存療法で改善しない呼吸不全や窒息を示唆する状況がある場合には,速やかに再挿管あるいは気管切開を実施する方針とした.呼吸状態の悪化に速やかに対応するため,集中治療室における厳重なモニタリングと一対一対応の看護師配置,気管挿管の適応を速やかに判断し,挿管できる医師が常駐する体制を整えた.加えて,狭窄部位の開存を期待して高流量鼻カニューレ療法(High Flow Nasal Canula,以下HFNC),flow 10 L/min, FIO2 0.6)を鎮静管理下に開始した.術後10日目,安静時の喘鳴は消失し,SpO2が低下する頻度も減少したためHFNCを中止し,鼻カニューレ装着下酸素2 L/minに変更した.術後14日目頃より啼泣時の喘鳴も改善し,ベッドサイドに近づかないと聴取できない程度となった.術後18日目(2回目)の内視鏡検査では,喉頭付近の浮腫は消失し,声帯の動きも多少の左右差を残しながら回復していた(Fig. 1B).呼吸状態の悪化がないことを確認しながら鎮静を漸減し,術後21日目に中止した.嚥下造影検査で明らかな誤嚥がないことを確認後,術後27日目より経口摂取を再開した.術後39日目(3回目)の内視鏡検査で,両側声帯の動きは正常化していた(Fig. 1C).その後も問題なく経口摂取量を増やすことができ,術後58日目に退院した.
声帯麻痺の原因は,成人と小児で異なる.両側声帯麻痺の場合,成人では甲状腺癌や甲状腺全摘出術後が多く,小児では,Arnold-Chiari奇形のような神経学的異常によるものや外傷,医原性,特発性が多い4).症状は,弱々しい声,吸気性喘鳴,嗄声,誤嚥などであり5),特に両側性では,呼吸障害が急激に増悪する危険があるため,積極的な気道確保を検討すべきと言われている.一般に呼吸窮迫症状を伴う声帯麻痺に対しては,気管切開術や声帯切除術,披裂軟骨切除術などの外科的治療が行われる.電気刺激療法やボツリヌス毒素注入などの保存的治療に関しては明確なエビデンスがない6).
心臓手術後の声帯麻痺の原因として頻度が高い反回神経麻痺では,麻痺は左側片側性のことが圧倒的である.Alfaresらは,3,036人の術後先天性心疾患患者を対象とした6年間の単施設後ろ向き研究で,術後声帯麻痺のうち71%が左側であったと述べている7).成人の報告ではあるが,Itagakiらは,987人の全身麻酔下心臓および大動脈術後患者を対象とした4年間の単施設Cohort研究において,大動脈周囲の操作を行った群において優位に声帯麻痺が多かったと報告している8).今回施行したGlenn手術では,上大静脈周囲のみの操作であり,手術操作による反回神経麻痺の可能性は低いと推察された.また,声帯麻痺が両側性であることからもこともこの推察を支持していると考えられた.声帯麻痺の原因として,手術の直接侵襲による反回神経麻痺ではなく,声帯付近の浮腫による局所の筋・末梢神経の麻痺が強く疑われた.再挿管を行えば声帯付近の浮腫が増悪,結果として抜管困難となる可能性があると考慮し,できるだけ非侵襲的な気道管理により声帯周囲浮腫の改善を促すことが必要であると判断した.気管切開を一時的に留置し,喉頭機能改善後に離脱する方針についても検討した.気道が安定して確保できることが長所である一方で,乳幼児では離脱までに長期間かかる可能性があること,長期管理となった場合には下気道感染や気管切開チューブ留置に関わる肉芽形成や出血などの合併症がありうることが短所と考えられた.このようなリスクベネフィットについて家族を含めて検討し,気管切開を選択されなかったことから,鎮静と非侵襲的呼吸管理を優先する方針とした.この方針を実施するためには,呼吸および鎮静状態を常時判断するためのスタッフ配置とモニタリング,また増悪時に対応できる医師配置が不可欠である.当院では,集中治療室に準じた病床があり理想的な体制をとることが可能であった.本症例では保存的治療が奏功したが,両側声帯麻痺により呼吸状態の急性増悪をきたすリスクが高い場合には,例え集中管理が可能な状況であっても,気管切開術または再挿管による気道確保を積極的に検討すべきである.気道閉塞は生命の危険を伴う病態であり,治療法の選択は常に安全な気道確保を念頭に行うべきであるという考えは,本症例の経験をもってしても変わるものではない,と考えている.
両側声帯麻痺の原因について,本症例に特徴的な点について整理する(Table 1).本症例では,両方向性Glenn手術前に1回の全身麻酔下手術(BTシャント手術)および2回の治療を兼ねた心臓カテーテル検査が実施されており,そのうち2回で術後に嗄声・吸気性喘鳴を認めていた.気管挿管後に繰り返し喉頭付近の機能障害が出現した理由として,患者自身の解剖学的問題と手技による圧迫を考えた.前者は,患者自身の喉頭付近の組織が脆弱であった可能性である.現在1歳を過ぎ,組織の脆弱性を示唆するような所見は得られていないが,喉頭付近に何らかの脆弱性を持っている可能性は否定できない.後者は,気管チューブや経食道心エコープローブにより喉頭に繰り返し外力が加わったことが一過性麻痺の原因であった可能性である.境らは,成人女性は成人男性に比して喉頭が狭いことから,経食道心エコー検査単独でも声帯麻痺の危険因子となり得ると述べている9)
.また,Friedman & Toriumiは,経食道心エコープローブよりも細い経鼻胃管チューブでも,後輪状軟骨後面付近が圧迫され,声帯麻痺をきたすと報告している10).以上から,喉頭を構成する内喉頭筋のうち唯一の声門開大筋である後輪状披裂筋が気管チューブと経食道心エコープローブにより特異的に圧迫され麻痺し,圧迫を免れた声門閉鎖筋群が優位となった結果,両側声帯がほぼ正中位で固定したのではないかと考えた.
Age | Purpose | Endotracheal tube | Duration of intubation | TEE | Symptom after extubation |
---|---|---|---|---|---|
Day 10 | BAS | 3mID | 1 hour | + | Hoarsness (+) |
Cuff (−) | several days | ||||
Month 2 | BT shunt | 3mID | 3 days | Hoarsness (++) | |
Cuff (+) | 2 months | ||||
Month 5 | Cardiac catheterization and Balloon angioplasty of BT shunt | 3mID | 3 hours and a half | ||
Cuff (+) | |||||
Month 7 | Glenn procedure | 3mID | 8 hours | + | Inspiratory stridor (+++) |
Cuff (+) | 14 days | ||||
BAS: Balloon atrial septostomy, BT shunt: Blalock Taussig shunt, TEE: Transesophageal echocardiography |
麻酔科の気管挿管手技による損傷と術後の喘鳴の関連性についても,検討した.成人の症例ではあるが,Itagakiらは,全身麻酔下心臓および大動脈術後患者を対象とした単施設Cohort研究における多変量解析で,挿管時間が声帯麻痺の危険因子となり,有意差を認めたと報告している8).一方,Matisoffらは,同様の多変量解析で,挿管時間は声帯麻痺の危険因子とはならなかったと主張している11).よって,挿管時間単独に関して,心臓術後の声帯麻痺の危険因子として一定の見解は得られなかった.今回の症例では,3日間挿管した際に嗄声のみと軽症であったことから,挿管時間と症状との相関については不明であった.
本症例では,そもそも気道が狭い乳児であること,術後上気道閉塞の既往が複数あったこと,手術や検査の際に喉頭付近にチューブやプローブが挿入されていたことなど,手術侵襲を含めて複数の危険因子が存在していたことになる.外力による局所の筋肉および末梢神経の一時的な損傷により起こった声帯麻痺に対し,その原因を具体的に推定することで,より特異的な治療方針を選択したことが,その後の良好な回復を促したと考えられた.
心臓術後に両側声帯麻痺を認めた症例を経験した.両側声帯麻痺が疑われる場合に,原因を問わず速やかな気道管理を検討すべきでことは言うまでもない.しかし,診断・治療機器による物理的刺激が原因の後輪状披裂筋麻痺が想定される場合,挿管がかえって病態を悪化させる可能性がある.声帯麻痺が手術手技による直接的な侵襲によるものでない場合,鎮静や呼吸管理により声帯麻痺の改善が期待できる.
本論文について開示すべき利益相反(COI)はない.
本論文の一部は第637回日本小児科学会東京都地方会(2017年6月10日)において発表した.
1) 木倉睦人,鈴木祐二,板垣大雅,ほか:気管挿管に伴う声帯麻痺について.麻酔2015; 64: 57–59
2) 小林弘信,東 浩二,村上智明,ほか:新生児期・乳児期早期における先天性心疾患術後声帯麻痺の検討.日小児循環器会誌2018; 34: 1–9
3) Truong MT, Messner AH, Kerschner JE, et al: Pediatric fold cord paralysis after cardiac surgery: Rate of recovery and sequelae. Otolaryngol Head Neck Surg 2007; 137: 780–784
4) Chen EY, Inglis AF Jr.: Bilateral vocal cord paralysis in children. Otolaryngol Clin North Am 2008; 41: 889–901, viii
5) Hamdan AL, Moukarbel RV, Farhat F, et al: Vocal cord paralysis after open-heart surgery. Eur J Cardiothorac Surg 2002; 21: 671–674
6) Li Y, Garrett G, Zealear D: Current treatment options for bilateral vocal fold paralysis: A state-of-the-art review. Clin Exp Otorhinolaryngol 2017; 10: 203–212
7) Alfares FA, Hynes CF, Ansari G, et al: Outcome of recurrent laryngeal nerve injury following congenital heart surgery: A contemporary experience. J Saudi Heart Assoc 2016; 28: 1–6
8) Itagaki T, Kikura M, Sato S: Incidence and risk factors of postoperative vocal cord paralysis in 987 patients after cardiovascular surgery. Ann Thorac Surg 2007; 83: 2147–2152
9) 境 徹也,寺尾嘉彰,宮田史朗,ほか:経食道エコーモニターと術後反回神経麻痺の検討.麻酔1999; 48: 656–657
10) Friedman M, Toriumi DM: Esophageal stethoscope: Another possible cause of vocal cord paralysis. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 1989; 115: 95–98
11) Matisoff AJ, Ari P, Zurakowski D, et al: Risk factors associated with the development of acquired airway disease after congenital heart surgery: A retrospective cohort study. Semin Cardiothorac Vasc Anesth 2018; 22: 294–299
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