症例
19歳男性
主訴
易疲労感
既往歴
口唇口蓋裂(形成術施行),先天性両側外耳道閉鎖による聴覚障害(外耳道・鼓膜および耳小骨形成術施行),左側関節滑膜包炎
生活歴
中学校までは公立中学校へ進学していた.中学校で,勉強がやや難しく感じ,さらに難聴があったためコミュニケーションをとるのが難しいことがあった.最近では,IQは80程度から60程度へ低下していた.
現病歴
在胎41週4日.出生時体重3,170 g.出生時より,筋力の軽度低下,難聴,口唇口蓋裂,軽度発達遅延等を認めていたが,染色体検査は行われていなかった.16歳時の学校検診で心雑音を指摘され,精査の結果,大動脈弁閉鎖不全症の診断となった.その際に行われた染色体検査(G-band解析)にて,18番染色体長腕q21.2が欠失し,その断端に由来不明な断端の付加を認めたため,18番染色体部分トリソミーおよび部分モノソミーの診断[46, XY, add(18)(q21.2)]となった(Fig. 1).これらは,両親のいずれかの均衡型相互転座から由来している可能性が考えられたが,両親の染色体検査を行えなかったため,詳細は不明であった.その後経過観察となったが,18歳時のカテーテル検査で大動脈閉鎖不全症の増悪(Sellers III度)を認め,手術適応と判断された.染色体異常も含めた包括的医療を求め,当院紹介となった.
理学・検査所見
身長161 cm,体重47 kg.聴診上,Erbの領域を最強点とする拡張期雑音(Levine IV/VI)を聴取した.また,本症例では上記既往歴に加え,精神発達遅滞,漏斗胸,内反足,軽度側弯症,軽度手指屈曲異常を認め,さらに父親からの病歴聴取では,幼少期に停留精巣(現在は改善)を認めていた.顔貌は,口蓋裂に伴う軽度変形のみで,三日月様顔貌や顔面中部低形成などは認めなかった.
血液検査
白血球8700/µL,赤血球5.1×106/µL,ヘモグロビン15.0 g/dL,血小板14.8×104/µL,総ビリルビン0.5 mg/dL, ALP 229U/L, γGTP 17U/L, AST 13U/L, ALT 10U/L, LDH 162U/L, ChE 264U/L, BUN 12 mg/dL, Cr 0.82 mg/dL, TP 6.4 g/dL,電解質異常なし,凝固系の異常なし,BNP 12.5 pg/mL
胸部レントゲン
心胸郭比40.3%.肺うっ血は認めない.
心電図
洞調律で脈拍63回/分.軸偏位なし.
呼吸機能
軽度拘束性障害[肺活量3.11L(75.7%),一秒量2.89L(93.0%)]
心エコー
左室拡張末期径/収縮末期径= 57/38 mm,左室駆出率60%,大動脈弁中央から中程度~重度の大動脈弁逆流を認めた.大動脈弁は3尖であり,各弁尖の肥厚が著明であった.大動脈弁輪径は21 mm,バルサルバ洞28 mm, sinotubular junction(STJ)20 mm.また,軽度の左室緻密化障害が疑われた(Fig. 2).
心臓カテーテル検査
大動脈圧118/61(平均88)mmHg,肺動脈楔入圧7 mmHg,右室圧15/2 mmHg,右房圧2 mmHg,心拍出量(心係数)4.7 L/min(3.1 L/min/m2),左室駆出率56.8%,大動脈造影にてSellers III度の大動脈弁逆流を認めた.
術中所見および経過
人工心肺を用いた体外循環下に心停止とし,大動脈弁を観察すると,各弁尖は全体的に浮腫状の肥厚を呈し,一部には硬化性変化も認めた.また,各弁尖はArantius bodyを中心とした結節状の肥厚および弁尖のrollingが著明であり,coaptationが著しく不足し,中心からの逆流の原因と思われた.弁尖・弁輪の大きさは均等ではなく,左・右冠尖と比較し無冠尖は小さかった.機械弁On-X® 19 mm(CryoLife, Inc. Kennesaw, GA, USA)での大動脈弁置換術を施行した.大動脈壁の厚さは極端に薄くはなかったが,大動脈壁切開時に抵抗が小さく,牽引時にも容易に損傷され,組織の脆弱性が示唆された.大動脈壁へのストレス軽減の目的に,大動脈切開部は人工血管のパッチを補填して閉鎖した.人工心肺からの離脱は容易であり,術後経過も良好で,術後20日目に退院となった.当初は18番染色体部分トリソミー・部分モノソミーと思われていたが,外来経過中に行ったアレイCGH+SNP解析では,18番染色体長腕にコピー数の変化[arr[hg19]18q22.1qter(61618860_78012829)×1]を認め,最終的には18番染色体部分モノソミーの診断となった(Fig. 3).術後1年目頃より軽度の弁周囲逆流を認めているが,増悪を認めず良好に経過している.
病理診断
大動脈弁
3尖とも線維性に肥厚しており,弁尖が結節状に変化していた.また,Alcian-blue陽性の粘液状基質の沈着が目立ち,中等度の変性を伴う大動脈弁の組織像であった(Fig. 4).
大動脈壁
中膜において弾性線維の伸延化や途絶・消失が部分的に見られた.Alcian-blue陽性の基質が目立ち,中等度以上の変性を伴う大動脈壁の組織像であった(Fig. 5).
18番染色体部分モノソミー(18q-症候群)は,1964年にdu Grouchyらが報告して以来,多数の報告がある1).その発生頻度は1/40,000とされ,染色体異常の中では比較的多く見られる疾患であり,男女比は2: 3とやや女性に多い2).大多数はde novo発症(80%)であるが,10%は両親のいずれかの染色体異常(転座や逆位など)に由来するとされ,遺伝カウンセリングの対象となる3).症例の多くは18q21.1とqterの間にbreakpointを持つが,約10~20%は近位部にbreakpointを持つという報告もある3).18q-症候群のphenotypeは多彩であり,欠失領域が大きいほど症状が強い.なかでも低身長,小頭症,特異的顔貌,外耳道閉鎖,足変形,筋緊張低下などは比較的よく見られ,これらの表現型と欠失部位遺伝子との関連が次々と報告されている4)(Table 1).
Table 1 Summary of gene mutations in 18q-syndromeGene | Location | Phenotypes |
---|
GATA6 | 19,749,404–19,782,491 | Complex congenital heart disease |
ZNF521 | 22,641,888–22,932,214 | Minor bone morphology changes |
SS18 | 23,596,217–23,670,611 | Growth failure |
ZNF24 | 32,912,178–32,924,426 | CNS dysmyelination |
SETBP1 | 42,260,863–42,648,475 | Expressive speech delay |
SLC14A2 | 42,792,947–43,263,060 | Vesicouretreral reflux/hydro- nephrosis |
SMAD4 | 48,556,583–48,611,411 | Polyposis |
TCF4 | 52,889,562–53,303,188 | Pitt- Hopkins syndrome |
TXNL | 54,270,053–54,306,774 | Intellectual disability |
NETO1 | 70,409,549–70,534,810 | Executive function impairment |
CYB5A | 71,983,110–72,026,422 | Male infertility/hypospadias |
TSHZ1 | 72,997,498–73,000,596 | Aural atresia |
MBP | 74,690,789–74,844,774 | High frequency sensorineural hearing loss |
18q-症候群の予後については,おおむね良好であるとされるが,10%前後が生後数か月以内に死亡するという報告もある5).またSoileauらは,306例の18q-症候群における生命予後を検討しており,18q-症候群の中でも近位部18q-やTCF4+/+の症例と比較して,complex rearrangementを持つ症例やTCF4+/−は比較的死亡率が高いと報告している6).
18q-症候群における先天性心疾患の合併は,およそ24~35%とされる7).その内訳は,肺動脈弁形態異常が47%と最も多く,次いで心房中隔欠損症26%,心室中隔欠損症16%,大動脈弁狭窄症16%で,その他肥大型心筋症,総肺静脈還流異常症,Ebstein奇形,WPW syndromeなども報告されており,多岐にわたる8).また,本症例では左室心尖部にnon compaction様の変化を認めた.諸家の報告によると,MYH7 mutationとleft ventricular non compactionの関連を示唆するものがあるが9, 10),本症例ではMYH7のmutationは検討しておらず,詳細は不明である.
手術適応に関して,本症例は心疾患以外に生命的予後を規定する表現型が存在しない点や,心不全が進行性に増悪している点,両親の積極的なケアが期待できる点を考慮して,手術適応と判断した.大動脈弁への介入方法に関しては,術前の心エコー検査で大動脈弁の肥厚・短縮が著明であり,術中所見でもそれらが確かめられたので,弁形成術は困難と判断した.また,患児は既に成人期に達しており,今後の身体的成長を考慮する必要性は低かったため,代用弁による弁置換術を選択した.人工弁選択においては,本症例のように精神発達遅滞を有する染色体異常症例には,様々な点を考慮すべきである.特にワルファリンによる抗凝固療法の可否や家族の介入度,および疾患そのものの予後を総合的に判断して人工弁選択を行う必要がある.本症例では,現時点で心疾患以外には生命的予後を規定する因子はなく,異種生体弁の耐用年数よりも長期間生存する確率が高いと予想され,その点をご家族にお話しし,ご家族が機械弁を希望され機械弁の選択となった.
術中に採取された大動脈弁尖の病理組織所見では,比較的高度なムコ多糖類の沈着が認められた.成人の大動脈弁閉鎖不全症の弁尖にムコ多糖類の沈着を認めることは稀ではないが,19歳の本症例に高度に認められたことは,先天的な器質的異常からもたらされたものと考えられる.同様に,大動脈壁においても,ムコ多糖類の沈着とともに中膜の弾性線維の伸延化や途絶・消失が認められた.これらはMarfan症候群の大動脈壁の病理組織学的所見と類似するものである.Versacciらは肺動脈欠損を伴う18q-症候群の症例報告の中で,Marfan症候群に類似した心臓大血管異常や心外奇形を呈する事があると報告している7).18q-症候群における大動脈弁および大動脈壁の詳細な病理学的検討の報告はないため,本症例の大動脈壁の変性が先天的な脆弱性によるものなのかは不明であるが,Marfan症候群患者が心臓大血管の臨床的特徴を表し始める年齢と同等である点が興味深い11).本症例では術直後には認められなかった人工弁周囲逆流が術後1年頃より出現しており,この点もMarfan症候群に認められる組織脆弱性を共有するものである.長期にわたる慎重な経過観察が必要であると考える.