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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 35(3): 135 (2019)
doi:10.9794/jspccs.35.135

巻頭言Preface

Another WorldAnother World

北里大学医学部Kitasato University School of Medicine, Kanagawa, Japan

発行日:2019年9月1日Published: September 1, 2019
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私は,大事なことを決めるときはいつもお酒を飲む.つまらないことや小さい観念にとらわれず,大きな展望と視野が浮かんできて大局を見ることができるからである(飲みすぎて気が大きくなりやらかしてしまうのとは紙一重ではあるのだが!).そうやって決めてきた大事な事柄は,おおむねいま振り返ってもいい決断だったと自信をもって思える.でも昔はお酒がほとんど飲めなかった,好きではなかった.しかしある時から飲めば飲むほど,おいしいな,楽しいなと感じるようになり,そうやって私の世界が一つ広がった.Another Worldである.お酒のお陰で,色んな人との付き合いも広がった.そこで酌み交わす話にはいろんな学びがあった.それはもちろん学会の他施設の先生方といった身近なところから,まったく畑の違う分野の老若男女問わずの多くの人との出会いがあり,大きな世界に広がった.

私は子供のころから色々なスポーツ,武道をしてきた.剣道,野球,テニス,スキー,柔道,ゴルフ,少林寺拳法…しかしながら,どれも凡人の域を出ず,自分で何かを極めるほどの境地に至ったことはない.もちろんスポーツで得た友人関係はかけがえのないものであるが.そんななか,本当のTOP Athleteの戦いや生きざまを見るといろんなことが膨らんでくる.Another Worldである.私がまだ医者になって間もないころオグリキャップという名馬(TOP Athlete)がいた.地方競馬からのし上り,数々の偉業を成し遂げた.しかも,普段の彼は本当に優しい目をしている.そのギャップがまた人気に火をつけたが,ご多分に漏れず人気からの過剰ワークで故障が続き,後半は成績が振るわなくなった.彼は最後,名馬が一堂に会する中央競馬1年を締めくくる大レースである有馬記念というレースで引退を迎えることになった.すでに全盛期を超えていた彼が勝つとは誰も思っていなかったが,私は敬意を表し彼に1枚買った.鞍上は武豊である.なんと第4コーナーを回ったところで,オグリキャップが先頭を捉え始めた.最後の直線を本当に必死の形相で渾身の力を振り絞って駆け抜け,並みいる名馬を退け,誰も予想しなかった有終の美を奇跡的に飾ったのである.その形相は日ごろの優しい目とは実に対照的で,私は自然に涙が出てきた.苦境の時はいつもオグリのラストランが,私を励ましてくれる.Another Worldである.

私は3年半という長きにわたり,アメリカに留学させてもらった.私のメンターは自分が留学したことがないにもかかわらず,世界を見ることの大事さを強調し私を送り出してくれた.おかげで本当に色んなことが見えてきた.日本の素晴らしさもわかった.そして,物事に対する考え方,接し方,とらえ方,向き合い方,いろんなことが,大国アメリカで生活し異文化と接することができたおかげで,広がった.これもとても素晴らしいAnother Worldである.

我々医者は医学という科学をもって医療を行う.科学を極めるには幅広い視野や視点や考え方が必要であると思うが,医療はそのうえに立ってさらに幅広い視野,視点,考え方で人と接し向き合い寄り添っていかなければならない.その意味で,どんなAnother Worldをもち,どんな考え方ができるか,とても大事であると思う.我々は,Another Worldを広げて,幅広い視点の医学と医療を突き詰めていけたらなと思う次第である.

私が学生のころにヒットしたスティービーワンダーの心の愛という歌がある.What it is, is something true, made up of these three words that I must say to you. これもAnother Worldである.

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