症例
日齢25,女児.
現病歴
胎児診断なし.在胎39週0日,3,536 gで仮死なく出生した.日齢23,感冒症状で近医を受診した際,RSウイルス肺炎,呼吸不全と診断され前医に紹介.前医で入院加療が行われたが,呼吸不全の改善を認めず人工呼吸管理を開始された.精査加療目的に日齢25に当院へ転院搬送となった.
入院時現症
身長53 cm,体重4.3 kg,血圧82/47 mmHg,脈拍115回/分,動脈血液ガス分析PaO2 62.4 mmHg, PaCO2 36.8 mmHg(人工呼吸器設定FiO2 1.0, PIP/PEEP 30/10 mmHg),呼吸数44回/分.陥没呼吸あり.胸骨左縁第2肋間にLevineIII/VIの収縮期雑音を聴取.四肢は軽度の冷感があり,浮腫状であった.
胸部X線写真
心胸郭比65%,右上肺野,左上中肺野の透過性が低下していた.肺血管陰影の増強は認めなかった.
心電図
洞調律,脈拍167回/分,右軸偏位,右室肥大の所見を認めた.
造影CT検査
右肺動脈が上行大動脈から直接起始していた(Fig. 1).
心臓超音波検査
著明な右心系の拡大と右室負荷の所見を認めた(Fig. 2A).三尖弁逆流(tricuspid regurgitation: TR)は中等度,圧較差は68 mmHgで心室中隔の左室側への偏位を認めた.上行大動脈から分岐する1本の血管を認めた.5.7 mmの心房中隔欠損を認め右左優位の両方向性のシャント血流であった.
入院後経過
以上の所見よりAORPAとそれに伴うPH,心不全と診断した.RSウイルス感染があり人工心肺の使用は危険性が高いと判断し,まずは日齢36に右肺動脈絞扼術を施行した.
手術(右肺動脈絞扼術)所見
胸骨正中切開アプローチで行った.上行大動脈,肺動脈を露出し右肺動脈は上行大動脈の右側より起始していることを確認した.絞扼には4 mm ePTFE graftを2 mm幅にしたもの使用し,絞扼周径は14.5 mmとした.術中の心表面超音波検査では絞扼部位の最大血流速度は4.2 m/sであった.FiO2 1.0,一酸化窒素(nitric oxide: NO)10 ppm投与下で体血圧は約20 mmHg上昇した.
右肺動脈絞扼術後経過
術後は残存するPHに対して,NO吸入の継続とシルディナフィルの内服を開始した.NO漸減中にPHの増悪を認め,シルディナフィルはタダラフィルへ変更し,マシテンタンの内服も開始した.術後24日目に人工呼吸器を離脱,術後32日目にNO中止とした.術後の心臓カテーテル検査では右肺動脈圧は正常,左肺動脈圧は62/25(43)mmHgであり,肺血管抵抗は10.7 units·m2と高値であった.しかしながら,酸素負荷には十分な反応がみられ根治術が可能な状態であった.心臓超音波検査においても右心系拡大は改善しており(Fig. 2B),TRはtrivial,圧較差42 mmHgまで改善を認めた.術後39日目に人工呼吸器を離脱したが,その後細菌性肺炎を契機としたPH,心不全の増悪を認めたため術後45日目に再度人工呼吸器管理となった.抗生剤投与によりPH,心不全は改善し,右肺動脈絞扼術より72日後(日齢107)にAORPA根治術を施行した.
手術(AORPA根治術)所見
右腕頭動脈送血(3.5 mm ePTFE graft使用),上下大静脈脱血で人工心肺を確立し,心停止下に大動脈を離断した.この際右肺動脈分岐レベルの大動脈の前壁を舌状に切り出しフラップ状にした.離断した大動脈は端々吻合した.右肺動脈はdebandingのみで十分な拡大を得られた.心房中隔は直接閉鎖した.大動脈遮断解除し,心拍動下に主肺動脈の前壁を舌状に切り出しフラップ状にした.大動脈前壁のフラップを右肺動脈の前壁に,主肺動脈前壁のフラップを右肺動脈の後壁とし上行大動脈の前面で右肺動脈を再建した(Fig. 3).自己組織のみの使用で手術を終えた.
AORPA根治術後経過
術後8日目にNOは漸減中止とし,同日人工呼吸器を離脱した.その後呼吸状態は安定して経過し酸素投与は漸減,中止とした.術後の経胸壁心臓超音波検査ではTRはtrivialで右心負荷所見は改善を認めた.造影CTでは右肺動脈に有意狭窄所見は認めなかった.心臓カテーテル検査では肺動脈の形態には問題なく,有意な圧較差も認めなかった.肺動脈圧は35/15(21)mmHgと改善していたが,肺血管抵抗は3.43 units·m2,肺/体血圧比(Pp/Ps)は0.34と高値であったため肺血管拡張薬はタダラフィルとマシテンタンの2剤の内服を継続し,術後58日目に自宅退院となった.術後約1年経過した現在,元気に外来通院中である.
症例
1か月,女児.
現病歴
胎児診断なし.在胎39週6日,3,104 gで仮死なく出生した.3生日より心雑音を指摘されており,その後体重増加不良も認めたため近医受診.精査にてAORPAと診断され,加療目的に当院へ紹介となった.
入院時現症
身長51.4 cm,体重3.65 kg,血圧86/40 mmHg,脈拍160回/分,経皮的動脈血酸素飽和濃度90%(room air),呼吸数40回/分,軽度の陥没呼吸を認めた.胸骨左縁第2肋間にLevineII/VIの収縮期雑音を聴取した.四肢は軽度の冷感を認めた.
胸部X線写真
心胸郭比66%,右肺血管陰影の増強を認めた.
心電図
洞調律,脈拍133回/分,正常軸,両室肥大の所見を認めた.
心臓超音波検査
著明な右心系の拡大と右室負荷の所見を認めた.TRは高度,圧較差は97 mmHgで心室中隔は左室側へ偏位しておりPHの所見を認めた.上行大動脈の後方から起始する右肺動脈を認めた.右室流出路からは左肺動脈のみが起始していた.3.7 mmの心房中隔欠損孔を認め右左優位の両方向性のシャント血流であった.
心臓カテーテル検査
右肺動脈は上行大動脈より直接起始していた.肺動脈圧は76/27(52)mmHg,肺血管抵抗は10.8 units·m2,Pp/Psは0.90と著明なPHを認めた.
造影CT検査
右肺動脈が上行大動脈から直接起始していた.
入院後経過
以上よりAORPAとそれに伴うPH,心不全と診断した.術前の心臓カテーテル検査では,肺血管抵抗は酸素負荷を行っても反応は乏しかったため,一期的根治術は危険性が高いと考え,入院7日目にまず右肺動脈絞扼術を施行した.
手術(右肺動脈絞扼術)所見
胸骨正中切開アプローチで行い,上行大動脈,肺動脈を露出し右肺動脈は上行大動脈の右側より起始していることを確認した.絞扼には3.5 mm ePTFE graftを1.5 mm幅にしたものを使用した.絞扼周径は15 mmとした.術中の心表面超音波検査では絞扼部位の最大血流速度は3.6 m/sであった.FiO2 1.0, NO 10 ppm投与下で体血圧の上昇を認め,術中の経食道心臓超音波検査でTRの減少,右心系サイズの縮小を認めた.
右肺動脈絞扼術後経過
術後は残存するPHに対して,NO吸入の継続とシルディナフィルの内服を開始した.右肺動脈絞扼術後の心臓超音波検査では,右室の収縮は改善を認め,TRは軽度,ASDのシャント血流は左右優位となっておりPHの改善を認めた.術後2日目に人工呼吸器を離脱したが無気肺形成によりPHの増悪を認め,術後4日目に再挿管となった.再挿管後,シルディナフィルに加えマシテンタンの内服も開始し,無気肺の改善とともにPHは改善傾向となった.心臓超音波検査でTRはtrivial,圧較差は24 mmHgとPHの改善,血液検査で炎症所見の改善を確認し,右肺動脈絞扼術後13日目にAORPA根治術を施行した.
手術(AORPA根治術)所見
右腕頭動脈送血(3.5 mm ePTFE graft使用),上下大静脈脱血で人工心肺を確立した.大動脈遮断後,大動脈は離断せずに右肺動脈分岐レベルの上方を切開し,大動脈の前壁を舌状に切開しフラップ状にした.大動脈切離面は直接閉鎖した.右肺動脈はdebandingのみで十分な拡大を得られた.心房中隔は直接閉鎖した.大動脈遮断解除し,心拍動下に主肺動脈の前壁を舌状に切り出しフラップ状にした.大動脈前壁のフラップを右肺動脈の前壁に,主肺動脈前壁のフラップを右肺動脈の後壁とし右肺動脈を上行大動脈の全面で再建した(Fig. 4).右肺動脈再建後,右室/大動脈圧比は0.8と高値であり,右肺動脈と右室で圧較差20 mmHg認めたため自己心膜パッチを用いて右肺動脈を拡大した.右肺動脈パッチ拡大後は右室/大動脈圧比は0.55となった.
AORPA根治術後経過
術後は腹膜透析を併用し管理を行った.腹膜透析は術後2日目に中止し,術後3日目に人工呼吸器を離脱した.シルディナフィル,マシテンタンを再開し,NOは漸減していき術後10日目にNOは中止した.その後は安定して経過し酸素投与は漸減中止とした.術後の心エコーではTRはtrivial,心臓カテーテル検査では肺動脈の形態には問題なく(Fig. 5),有意な圧較差も認めなかった.肺動脈圧は20/7(10)mmHgと正常化し,肺血管抵抗は2.8 units·m2, Pp/Psは0.17とPHは改善を認めた(Table 1).肺血管拡張薬はシルディナフィルとマシテンタンの2剤を継続し,術後25日目に自宅退院となった.術後5か月経過した現在,元気に外来に通院中である.
Table 1 Postoperative cardiac catheter data in case 2 | Pressure (mmHg) | RpI (units·m2) | Pp/Ps |
---|
LPA (s/d/m) | 20/7 (10) | 2.80 | 0.17 |
RPA (s/d/m) | 19/4 (10) |
AORPAは,1868年Fraentzelの報告に始まる稀な疾患である3).病型として右肺動脈分岐部の位置により,proximal type及びdistal typeに分類され,発生学的に違いがあり,約85%で右肺動脈が上行大動脈近位部より起始するproximal typeである4).一方,右肺動脈が大動脈弓部あるいは右腕頭動脈分岐部下方より起始するdistal typeでは,動脈管組織が右肺動脈分岐部に認められ,生後動脈管がとる転帰と同様に右肺動脈起始部に狭窄を生じることが多い5).他心奇形の合併があることが多く,動脈管開存が最も多い.他に大動脈肺動脈窓や大動脈縮窄,大動脈弓離断,Fallot四徴,房室中隔欠損,心室中隔欠損,心房中隔欠損などの合併が報告されており,約15%の症例で他心奇形のない孤立性である6).自然経過としては生後すぐより心不全,呼吸不全を呈し,急速に肺血管閉塞性病変が進行する予後不良な疾患である7).一方,早期に根治術を施行した場合の生存率は高く,20年生存率で94%との報告3)もあり,診断後早期に根治術を行うことが一般的である.
最初の根治術の報告は1961年Armerら8)のDacron graftを用いて右肺動脈と主肺動脈をinterposeしたもので,1967年にはKirkpatrickら9)により初めて,自己組織のみによる根治術が報告された.Kirkpatrickらによるdirect implantaionでは右肺動脈と主肺動脈の吻合部に張力がかかりやすく,狭窄や捻れの原因になると考え,1996年にVan SonとHanley7)は右肺動脈分岐部レベルの上行大動脈前壁と主肺動脈前壁をフラップ状にして直接吻合する術式を報告した.さらに2002年に,Priftiら10)はdouble flap techniqueを報告しており,以後様々な術式が報告されている11).今回右肺動脈の再建に関しては,2症例とも上行大動脈前壁と主肺動脈前壁をフラップ状にして直接吻合する術式を行っている.自己組織のみで再建する方法としてはflap techniqueは有用な方法であると考えられた.上行大動脈の再建に関しては,症例1では大動脈を離断し端々吻合,症例2では大動脈は右肺動脈をflap状に切除し,直接閉鎖により再建している.いずれの方法においても,大動脈再建後は,大動脈の後方は狭くなるため大動脈後方で右肺動脈を再建すると圧迫され術後右肺動脈狭窄を来す可能性が高いと考え大動脈前方を通す方法を選択した.しかしながらJatene手術におけるLecompt法と異なり,大血管関係が前後方向ではなく,左右方向にあるため,右肺動脈再建時には大動脈を乗り越える形となり,その後末梢側で上大静脈後方を通過するため,大動脈に後方から圧迫される可能性がある.そのため,症例2では右肺動脈前面を自己心膜パッチで拡大を行った.
片側肺動脈バンディングの報告は少なく,適正なバンディングに関しては明確な指針はないのが現状である.しかしながら,我々は現在までの経験から新生児期,乳児期早期の右肺動脈バンディングに関してはバンディング周径14~15 mmを目安に,術中心表面エコーにてバンディング部の流速3.5~4m/sを目標に調整を行っている.
本症例のようなAORPAの二期的根治術の報告は非常に少ない.症例1では,RSウイルス感染症のため二期的根治術を施行した.RSウイルス感染期に人工心肺を使用した開心術を行うことは,周術期の肺高血圧を増悪させる2)ため,右肺動脈絞扼術を経てAORPA根治術を施行した.症例2では術前の心臓カテーテル検査で肺血管抵抗10 units·m2以上と高度のPHであり,また酸素負荷への反応が乏しいため,二期的根治術を目指す方針とした.本症例と同様に二期的根治術を施行した報告12)では,PHによる著明な右心機能低下のために二期的根治術を施行しているが,どの程度のPH,心不全で二期的根治術を行うべきかについて,その適応条件は確立されていないのが現状である.AORPAは新生児期に根治手術を施行することが一般的だが,本症例のように新生児期を過ぎてからの紹介症例では,術前に心臓カテーテル検査で酸素負荷を行い,肺血管抵抗の改善の程度を評価することが重要と思われる.
AORPAでは,右肺動脈は大動脈より起始するため高肺血流,PHとなっている.一方,左肺動脈も供給部位は異なるが,右室からの血流を全て受けるため高肺血流,PHとなる.姑息術として右肺動脈絞扼術を行うことの利点は,1)人工心肺を使用しないこと,2)術後は酸素投与やNO,肺血管拡張薬を使用し左肺のPHの治療が可能となることが挙げられる.今回2症例とも右肺動脈絞扼術術後,酸素投与,肺血管拡張薬を使用し,TRは著明に改善し心室機能も改善している.しかし右肺動脈絞扼術後も左肺は高肺血流で不安定な状態であり,肺炎や無気肺などの合併により,容易にPHの増悪が起こりうる.実際に症例1では人工呼吸器離脱後,細菌性肺炎の合併を契機にPHの増悪を認め,再挿管となった.症例2では人工呼吸器離脱後に左無気肺を合併し,PHの増悪を認め再挿管となっている.このように,右肺動脈絞扼術後は長期の管理は困難であり,全身状態が安定次第,速やかに根治術を行う治療戦略が望ましいと考える.