遺伝性不整脈合併母体の妊娠出産
神戸市立医療センター中央市民病院小児科
挙児希望のある致死性の遺伝性不整脈Inherited Primary Arrhythmia Syndromes (IPAS)合併女性に対し安全な妊娠分娩管理を行うことは重要であるが,その分娩管理方針は未だ確立していない.IPAS合併母体妊娠分娩管理方針の根拠となる臨床情報を収集,蓄積しすることを目的とし,当院周産期センターにおいて2008~2016年に入院したCPVT合併母体3例(疑い1例)6出産,LQT2合併母体1例1出産について診療録を後方視的に検討した.全例小児循環器科医,産科医,麻酔科医,循環器内科医,新生児科医の連携による集学的妊娠分娩管理を計画・実施し,1例を除きβ-blocker内服下に在胎37週から38週台での予定帝王切開を選択し,母児共に重大な心イベントなく管理可能であった.IPAS合併母体の妊娠出産についてはまだ症例数が少なく,疫学的情報および症例の集積は重要であると考える.
Key words: Inherited Primary Arrhythmia Syndromes (IPAS); Catecholaminergic Polymorphic Ventricular Tachycardia (CPVT); Long QT Syndrome (LQTS); pregnancy
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カテコラミン誘発多形心室頻拍(CPVT)合併女性では一般的に妊娠は推奨されておらず,QT延長症候群(LQTS)の女性においても妊娠中から産褥期までの厳重な観察と介入が必須とされる.挙児希望のあるこれらの致死性の遺伝性不整脈Inherited Primary Arrhythmia Syndromes(IPAS)合併女性に対し,安全な妊娠分娩管理を行うための管理方針は未だ確立していない.当院周産期センターにおいて2008~2016年にCPVT合併母体3例(疑い1例)6出産,LQT2合併母体1例1出産を経験した.幼少期から外来経過観察していたCPVT合併女性2例には妊娠は非推奨であることが説明されていたが,どちらも自分の意思で妊娠が成立してから来院した.通院を自己中断されていたが,妊娠判明後に再紹介となるケースもあり,今後もこういった症例は増加していくことが予想される.全例,妊娠初期から小児循環器科医,産科医,循環器内科医が連携して診療にあたり,分娩方法や麻酔方法に関しては麻酔科医,新生児科医とカンファレンスを行い決定した.1例を除きβ-blocker内服下に在胎37週から38週台での予定帝王切開を選択し母児共に重大な心イベントなく管理可能であった.致死性不整脈合併母体の妊娠出産についてはまだ症例数が少なく,症例の集積は重要と考え報告する.
6歳時ブランコから転落し全身強直させ数秒間意識消失,また準備運動後に転倒し全身強直というエピソードがあり当院小児科を受診した.運動負荷心電図上心房粗動および二方向性心室頻拍を認め,CPVTの診断で塩酸プロプラノロール内服開始としたがアドヒアランスは不良であった.外来にて妊娠は非推奨であることを説明していた.27歳時に遺伝子解析によりRyR2変異が確定した.33歳時に第一子妊娠され,挙児希望あり塩酸プロプラノロール内服を再開した.その後塩酸プロプラノロール服用により子宮収縮が頻発したため,硫酸マグネシウムで抑制を図った.分娩は精神的ストレスによるカテコラミンサージを緩和する目的で全身麻酔を選択し,母体適応での予定帝王切開とした.手術室にてモニター装着後に観血的動脈圧ラインを確保し除細動パッドを装着,心室頻拍(VT)に備え塩酸プロプラノロール,酢酸フレカイニドを準備した.抜管時や術後疼痛でのストレスに対して塩酸デクスメデトミジンと硬膜外持続注入ポンプを使用した.挿管時および腹膜操作時にVT short runが出現したが,操作終了とともに薬剤使用なく自然頓挫した.出生児は生後単発のpolymorphic PVCsが散見されたため(Fig. 1),慎重経過観察としたが,日齢9に母親と同一の遺伝子変異なしと判明し,以後PVCは軽快,消失している.36歳時に第二子を妊娠.階段上行時に倦怠感を感じた直後に失神するというエピソードがあったが,服薬遵守強化し,以後問題なく経過した.全身麻酔下予定帝王切開にて出産され,出生児に不整脈は認めなかった.第二子にはRyR2アミノ酸非置換多型(RyR2 c.11835C>T)が同定されたが,母親と同一変異は認められなかった.
12歳時水泳中に心停止となり,教員によって心肺蘇生が行われた.また14歳時50メートル走中に意識消失を認めた.他院にてトレッドミル運動負荷で二方向性心室頻拍が同定され,運動制限のみで管理されていたが,16歳から通院を自己中断していた.28歳時に海外旅行に行く前に不安になり当院循環器内科を初診,運動負荷により心室期外収縮が頻発し,CPVTの診断で塩酸プロプラノロール内服が開始されたが,倦怠感のためその後自己中断していた.妊娠は非推奨であると伝えていたが,32歳時に妊娠され塩酸プロプラノロール内服を再開した.妊娠中母体不整脈は認めなかった.症例1同様,分娩は精神的ストレスによるカテコラミンサージを緩和する目的で母体適応での全身麻酔下予定帝王切開の方針とした.分娩時に問題となるイベントなく経過した.出生児に不整脈を認めず,母親と同一遺伝子変異なしと判明した.
中1心臓検診を契機に二方向性心室頻拍と診断された.血管迷走神経反射と思われるめまい以外に明らかな失神エピソードはなく,他院にて無投薬管理となっていた.20歳時に第一子妊娠され当院産科紹介受診され,小児科および循環器内科での協議にてβ遮断薬待機下に観察とし,周産期に心室期外収縮増加あればβ遮断薬点滴投与の方針としたが,母体不整脈は認めなかった.産科適応(回旋異常)での帝王切開分娩により出産,出生児に不整脈を認めなかった.その後23歳時に第二子を,28歳時に第三子を妊娠され,どちらも予定帝王切開により出産されたが出産時イベントなく,出生児に不整脈を認めなかった.現在児の遺伝子解析や運動負荷検査について協議中である.
小1心臓検診でQT延長を指摘され当院小児科を受診,遺伝子解析によりKCNH2変異が同定されナドロール開始としたが自己中断されていた.20歳時に第一子を妊娠,妊娠14週の妊婦健診時に意識消失発作を認め当院産科に紹介となった.ホルター心電図で持続性心室頻拍を認め,塩酸プロプラノロール内服を開始した.以後妊娠経過中,母体不整脈は認めなかった.LQTS合併母体の分娩様式として通常の経膣分娩は禁忌ではないが,当院周産期カンファレンスにて協議し,厳重なモニタリングおよび緊急対応態勢下に,母体心イベントリスク適応での脊椎麻酔下予定帝王切開を選択し母体不整脈出現は認めなかった.出生児は心電図上QT延長を認めたため(Fig. 2),慎重経過観察としていたが,日齢24サルモネラ腸炎で小児科入院時に心電図モニター上,非持続性心室頻拍の可能性が否定できない波形を認めたため塩酸プロプラノロール内服を開始した.日齢37に母体と同一のKCNH2変異が同定された.母体は出産後も塩酸プロプラノロール内服下に問題となる不整脈イベントなく経過し,産後3か月半で立ちくらみを数回認めたためホルター心電図を施行したが,単発の心房期外収縮をわずかに認めるのみであった.母体の妊娠初期,中期,後期,産褥期の安静時心電図変化を示す(Fig. 3).
IPASに関する臨床情報は飛躍的に増加し,その治療成績は向上してきている.それに伴い今後IPAS合併母体の妊娠出産は増えると予想されるが,安全な妊娠分娩管理を行うための管理方針は未だ確立していない.今回の症例は全例が幼少期から外来経過観察されていたが,3症例で薬剤内服を自己中断されており妊娠判明後に内服再開となっていた.思春期女児ではβ-blocker内服で倦怠感やふらつきを自覚し,内服アドヒアランスが不良となるケースをしばしば経験する.この時期に,本人およびご家族に妊娠出産の注意点について情報提供を行い,内服薬継続の重要性を説いて内科へつなげることは小児科医の重要な役割であり,IPAS合併母体の妊娠管理の向上に大きな役割を果たすと考える.
CPVT合併妊娠については,系統的な検討はなく症例報告のみで根拠は不十分であるが,非推奨とする見解が一般的である.Modified WHO Classificationのリスク分類においては多くの不整脈は一括してリスクカテゴリーIIに分類されており,心室頻拍各論でもβ-blockerを内服している場合は妊娠中・妊娠後まで継続するよう記載されているにとどまる1).CPVTは致死性不整脈の代表であり,特に10代での死亡が多い.小児心電学会の多施設アンケートではCPVT29症例(男13例,女16例,発症年齢10.3±6.1歳)のうち6.8±4.9年の経過観察で7例(24%)が突然死し,脳性麻痺を2例に認めたとされ2),心停止の既往やβ-blocker内服なしでの管理,CASQ2変異の劣性遺伝が不整脈イベントのリスク因子と報告されている3).診断後は全例で競技的スポーツの制限やストレスの多い環境への関わりの制限,β-blocker内服が必須とされ,それでも再発する失神や多形性もしくは二方向性心室頻拍を認める患者ではICD埋め込みや酢酸フレカイニド内服が推奨されている.一般に妊娠中は平均心拍数が10 bpmから20 bpm上昇し,第2期後期から第3期はじめにかけて最高となると言われており,CPVT患者の妊娠出産は運動強度の高い10代に次いでリスクが高い時期とも考えられる.症例報告ではβ-blocker内服管理下に帝王切開とし母児ともにイベントを回避できたとするものが多く,心拍数140 bpm以下を目標としたβ-blocker投与量調整など施設独自の管理方法が提示されていた.Ahmed & Phillipsはリスクが高いと考えられるICD埋め込み後の17歳妊婦に十分量のβ-blockerを投与し,妊娠第1期は頻回の抗頻拍心室ペーシングを必要としたが妊娠第2期以降はペーシングを必要とせず母児ともに問題なく予定帝王切開により出生したと報告している4).分娩様式に関しては経膣分娩と帝王切開どちらも安全であったとの報告があり,多職種の連携のもと十分な準備を行い症例のリスクに応じて施設ごとに選択することになると思われた.症例1では既知の母体遺伝子情報によりすみやかに児の遺伝子変異の有無を確認することができ,児の管理方針決定に有用であった.一般にCPVTの乳幼児発症例は少ないと言われているが,SIDS剖検例での検討でCPVTに関連した新生児死亡の報告もあり新生児のスクリーニングは非常に重要であると考えられた.
LQTSは学校検診で発見されることも多く,適切な管理を行うことが重大な心事故予防に重要である.また適切な時期に妊娠出産に関する情報提供を行うことも小児科循環器医の重要な役割と考える.LQTS合併女性の妊娠出産に関しては1997年にRashbaらがLQTS合併女性422人(発端者111人)の検討を行っており,発端者は産後に有意に心事故(死亡,心停止,失神)が多く,β-blocker内服により産後の心事故を減少させることができたことを報告している5).また2007年にSethらもLQTS女性391名の検討を行い,妊娠中は心事故(死亡,心停止,失神)のリスクは減るが(HR 0.28, 95%CI 0.1 to 0.76, p=0.01),産後9か月はリスクが増加し(HR 2.7, 95%CI 1.8 to 4.3, p<0.001),特にLQT2において産後の心事故が目立ったこと,β-blocker内服により産後9か月の心事故を減少させた(HR 0.34, 95%CI 0.14 to 0.84, p=0.02)ことを報告している6).β-blocker内服による母体および児への影響については許容範囲と考えられており,β-blockerを産後まで内服継続することはすべてのガイドラインにおいて推奨されている.これまで出産当日や翌日に心事故を認めた報告例はないが,Meregalliらはβ-blocker内服下,産後4~8週にTdPのため失神しICD埋め込みを要した2症例を報告し,妊娠後にQT時間がやや延長する例やQT時間が500 msecを超える症例はハイリスクと考え産後1~2週間ごとに心電図を確認することを提唱している7).分娩様式について通常の経膣分娩は禁忌ではないとされており,積極的に帝王切開を推奨している文献も確認できなかった.前述の多数例の検討でも分娩様式については述べられておらず,今回も分娩様式の選択については『心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン』8)
を参考に自施設で協議し決定した.不整脈出現時にすみやかに対応できる体制が重要と考えられた.出生児に関して,早期新生児期は生理的にQT時間が長く判断に迷うことがあり,一般に長期的な経過観察は必須となる.LQTS合併妊娠においても新生児スクリーニングを行って確定診断を行うことは児の管理方針選択に有用と考えられた.
患者の疾患理解および薬剤アドヒアランス改善を基盤とした集学的妊娠管理によるCPVT・LQTS合併女性の挙児可能性が示唆された.迅速な児の遺伝子解析は保護者の不安軽減および児の管理の両面で有用性が示唆された.他方介入が不要であった例も存在し,遺伝子解析のデータに基づいたさらなる症例の集積が望まれる.
本論文について開示すべき利益相反はない.
1) Canobbio MM, Warnes CA, Aboulhosn J, et al: Management of pregnancy in patients with complex congenital heart disease: A scientific statement for healthcare professionals from the American Heart Association. Circulation 2017; 135: e50–e87
2) 住友直方:カテコラミン誘発性多形性心室頻拍の治療,管理.心電図2003; 23: 147–151
3) Yamazoe M, Furukawa T: Long-term prognosis of catrcholaminerguc polymorphic ventricular tachycardia patients with ryanodine receptor (RYR2) mutations. Circ J 2016; 80: 1892–1894
4) Ahmed A, Phillips JR: Teenage pregnancy with catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia and documented ICD discharges. Clin Case Rep 2016; 4: 361–365
5) Rashba EJ, Zareba W, Moss AJ, et al: Influence of pregnancy on the risk for cardiac events in patients with hereditary long QT syndrome. Circulation 1998; 97: 451–456
6) Seth R, Moss AJ, McNitt S, et al: Long QT syndrome and pregnancy. J Am Coll Cardiol 2007; 49: 1092–1098
7) Meregalli PG, Westendorp ICD, Tan HL, et al: Pregnancy and the risk of torsades de pointes in congenital long-QT syndrome. Neth Heart J 2008; 16: 422–425
8) 日本循環器学会:心疾患患者の妊娠・出産の適応管理に関するガイドライン(2010年改訂版).http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2010niwa.h.pdf
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