特集「日本小児循環器学会第14回教育セミナー」
ここまで知っておきたい発生学:先天性心疾患の遺伝子解析
日本医科大学千葉北総病院小児科
先天性心疾患の遺伝子異常として,まず染色体の異数性が認識された.その後FISH法やアレイCGH法など,より微細な染色体構造異常を同定する方法が開発されて,微細欠失症候群(22q11.2欠失症候群,Williams症候群など)やゲノムコピー数異常の先天性心疾患への関与が報告されてきた.一方,1990年代後半以降,家系の連鎖解析や染色体転座など染色体上の位置情報をもとに,ある一定の領域の遺伝子変異をサンガー法で確認する方法が行われてきた.そして,TBX5やNKX2.5をはじめとした,転写因子を中心とした先天性心疾患の原因遺伝子の同定がなされてきた.しかし近年,次世代シークエンサーの登場により,全ゲノム(あるいは全エクソン領域)の遺伝子変異を解析する方法に切り替わってきた.この方法では,得られた大量の遺伝子変異から,いかにして疾患原因遺伝子変異にたどり着くかがポイントで,検体の選択を含めた解析の工夫が重要である.新しい遺伝子解析法によってさらなる先天性心疾患の原因遺伝子が発見されて,心臓発生の機序の解明につながることが期待される.
Key words: genetic analysis; congenital heart disease; gene mutation; copy number variants; next-generation sequencing
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心臓の発生において,時間的,空間的にどのような遺伝子が働いているか,そしてそれらの遺伝子個々の働き,遺伝子相互の関係も徐々に解明されてきている.先天性心疾患の分子遺伝学的背景を理解することは,その発症機序,さらに心臓の発生を解明する重要な手がかりになる.本稿は,「ここまで知っておきたい発生学:遺伝子解析の基礎」という講演の内容を中心にまとめたものである.心臓発生の分子遺伝学的背景の理解の一助となれば幸いである.
ゲノムと呼ばれるヒトの遺伝子全体は30億bpのDNAからなり,そのうちおよそ1.5%が蛋白翻訳領域と考えられている.30億bpの二重らせん構造のDNAはヒストンと呼ばれる蛋白に巻き付く形で存在し,クロマチンを形成する.このクロマチンが46本の染色体を形成する.すなわち,一本の染色体には多数の遺伝子が含まれ,ゲノム全体の遺伝子の数としては22,000といわれている.大きな遺伝子はその翻訳領域の塩基だけでも十万個を超える.遺伝子が関与した遺伝性疾患の原因には,染色体レベルの異常からDNAレベルの異常まである.染色体の数の異常,構造の異常による疾患から,DNAのたった1個の塩基の異常が原因のものもある1)
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心疾患を伴う染色体異常のうち,数的異常を示す代表例を挙げる.
上記は頻度は高いが,心疾患発症のメカニズムや原因遺伝子については十分には解明されていない.
染色体の構造異常として転座,挿入,逆位,欠失などが挙げられる.これらの構造異常によって染色体が部分的にモノソミーやトリソミーになり,疾患関連の症状を引き起こすと考えられる.
染色体異常症に含まれるが,心疾患を有する代表的なものとして,22q11.2欠失症候群とWilliams症候群が挙げられる.22q11.2欠失症候群は22番染色体の長腕の半接合体微細欠失によって発症し,頻度は5,000人に1人,ほとんど孤発例である.80%に心疾患(ファロー四徴症,心室中隔欠損症,大動脈弓離断,両大血管右室起始症,総動脈幹症,大動脈弓異常など)を合併し,円錐動脈幹顔貌や胸腺低形成,低カルシウム血症,易感染性などの症状を認める.およそ3 Mbの欠失領域に存する遺伝子のうちTBX1が心疾患の発症に大きく関与する.Williams症候群は7番染色体長腕の微細欠失によって生じる隣接遺伝子症候群である.頻度は10,000~20,000人に1人と考えられている.ほとんどは孤発例である.80%に心疾患(大動脈弁上狭窄,肺動脈狭窄,末梢性肺動脈狭窄,心室中隔欠損症など)を合併する.特異顔貌(妖精様),精神運動発達遅滞,視空間認知障害などを認める.7q11.23の1.7–3 Mbの欠失領域に存する遺伝子のうちELN(エラスチン)遺伝子,LIMK1遺伝子などが疾患と関係している.これら染色体微細欠失の同定や染色体構造異常における切断点の同定にはFISH法が有用である.
FISH法(fluorescence in situ hybridization)とは蛍光標識したプローブDNAを用いて染色体上において相補的なDNA(またはRNA)との間のhybridization(DNA-DNAあるいはDNA-RNA)を行う方法である.染色体上にプローブと相補的なDNAが存在するとその部分で蛍光が観察される.新しく単離された遺伝子やDNA断片の染色体上の位置の同定,さらに染色体の構造異常(転座,逆位,欠失など),微細欠失症候群における欠失領域の同定に有用である2)
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核型検査によってわかるヒトゲノムの異常として染色体の欠失,重複,逆位,転座が知られていた.2004年にCNVsという概念が提唱された.染色体上の1 kb以上にわたるゲノムDNAが本来2コピーのところ,1コピー以下(欠失),あるいは3コピー以上(重複)となっている現象である.染色体上の微細な構造異常(欠失など)であり,頻度は点変異の100倍~10,000倍も多いといわれている.実際,正常人のゲノムにも多彩なコピー数変化が認められる.1%以上の人口で認めるものはCNP(copy number polymorphism)とする.近年,ゲノムコピー数異常は遺伝病の原因として重要であることがわかってきている.単一遺伝子疾患の約15%程度は染色体の微細欠失あるいは重複が原因であるとの報告もある.発症機序の例として,重複や欠失によりCNVsが生じ,遺伝子数が変化,発現遺伝子量が増減し,それに応じた表現型を呈し,疾患発症につながる(Fig. 1)3)
.先天性心疾患とCNVsの関係については,121例のファロー四徴症単独,弧発例においてトリオ解析を行い,114例中10カ所の座位における11個の稀なde novo CNVsを認めたという報告がある4).なお,10カ所の領域に含まれる遺伝子のうち,数個は右室流出路に発現している遺伝子が含まれていた.
DNAマイクロアレイでは,G band法やFISH法ではわからない10–50 kb程度の微細な染色体構造異常を検出できる.アレイを用いて,2つのDNAサンプル(対象DNAと,健常者と考えるリファレンス)のコピー数変化を比較する方法である.ただし,健常者のゲノムにも多彩なコピー数変化が認められるので判定は難しいこともある.症例の表現型から既知の染色体構造異常が疑われる場合は,FISH法が簡便であり,精度が高い.一方,表現型が既知の染色体異常では説明できない症例ではゲノム全体をカバーするDNAマイクロアレイ解析の適応である.ただし,アレイ解析ではコピー数変化を伴わない均衡型染色体転座・染色体逆位などは検出できないこと,また疑陽性もあるので,異なる方法(MLPA法など)を用いて検証することに留意する.そして,疾患ゲノム解析では,解析した個々の症例で検出されたCNVが正常範囲の多型か,疾患要因となるものかの判断が必須である.
疾患の原因になるDNAレベルでの遺伝子異常の代表的なものを列挙する.
コードするアミノ酸の置換を起こす遺伝子変異.通常は一つの塩基の置換.一つの塩基の変異でも,その蛋白質にとって重要なアミノ酸の置換をもたらす変異なら,蛋白質の異常,ひいては疾患の原因につながる.
本来コードされていたアミノ酸が停止コドンに置き換わってしまう変異.生成された,本来より短いmRNAはNonsense-mediated mRNA decay(NMD)によって分解されることにより,異常なタンパク質の合成は防がれるか,激減される.一方,蛋白まで合成された場合のtruncated proteinはdominant-negative作用などを起こし,疾患の発症に関わることもある.いずれにせよ,非常に影響の大きい変異である.
欠失(塩基が1個以上欠失するもの),挿入(塩基が1個以上挿入されるもの).欠失,あるいは挿入する塩基の数が3の倍数でない場合,フレームシフト(読み枠のずれ)が生じる.結果,早期に停止コドンが生じて,短いmRNAがNMDによって分解され,異常な蛋白合成が防がれるか,そのまま異常な蛋白合成がなされる.この変異も大きな影響を与える可能性がある.
エクソン-イントロン境界領域における塩基の変異はスプライシングの異常を起こし,エクソンをスキップしたりする可能性がある.
疾患原因遺伝子の同定にはいくつかの方法があるが,まずその候補となる遺伝子を検索する代表的なものを紹介する.
遺伝子の位置情報をもとに候補遺伝子を検索する.
① 大家系があるときは連鎖解析法(linkage analysis)を用いて原因遺伝子の染色体上の位置を特定することを糸口とする.
② 孤発例でも,染色体の構造異常,特に転座や挿入,欠失などが見られたら,その切断点に存在する遺伝子などが疾患の原因遺伝子の可能性があり,発見の端緒となりうる.
① ノックアウトマウスの表現型に注目(ヒトの相同遺伝子でも同様の表現型の可能性あり).
② 疾患発症のメカニズムや機能異常から推測.
③ 類似の表現型ならシグナル伝達系内の遺伝子を候補に.
生化学的異常から疾患の原因になるタンパク質を同定し,そのアミノ酸配列を解析し,疾患原因遺伝子を単離,染色体上の位置を決める方法.
上記によって,遺伝子,あるいは領域が特定されたら,直接塩基配列決定法で疾患原因となりうる遺伝子変異を検索する.
先天性心疾患の原因遺伝子は1990年代後半以降に報告され始めた.TBX5(心奇形と上肢の奇形を合併するHolt-Oram症候群の原因遺伝子),NKX2.5[孤立性の先天性心疾患(主として心房中隔欠損症+房室ブロック)の原因遺伝子],GATA4(心房中隔欠損症を中心とした先天性心疾患の原因遺伝子)は心臓の発生に関わる重要な転写因子である.前二者は家系の連鎖解析法によるポジショナルクローニングをもとに,疾患原因遺伝子の候補を割り出し,後述のSanger法で疾患原因の遺伝子変異を同定した.ヒトの心臓の発生におけるこれらの遺伝子の関与を確認するために,胎児期のマウスでの相同遺伝子の発現を調べたところ,相同遺伝子が胎児期の心臓発生の過程で疾患と関わりのある部位に発現していた5).
既知の疾患原因遺伝子解析の例として,筆者らは,16例の家族性心房中隔欠損症家系を解析した6).GATA4, NKX2.5, TBX5, ANP, Cx40について検討した結果,2家系でGATA4, 3家系でNKX2.5の変異を確認した.Fig. 2に示した家系は罹患者が心房中隔欠損症and/or房室ブロックの表現型を示しており,罹患者は全員NKX2.5遺伝子の262番目の塩基Gが欠失していた.欠失のため読み枠がずれ(フレームシフト),終止コドンが登場,結果として片方のアレルから作られる蛋白は不十分なものになる.この事象によって疾患が発症していると考えられ,同時にこの遺伝子の働きが心房中隔や刺激伝導系の発生に重要であることを裏付けている.
前述の疾患原因遺伝子は,ポジショナルクローニングをはじめとした従来の疾患原因遺伝子検索法とSanger法を用いた遺伝子変異の確認によって同定された.しかし,連鎖解析を行うに足る先天性心疾患の大家系や,遺伝子の切断点が疾患の発症に関わる転座の染色体異常などはその数に限りがあり,多くは弧発例や小家族例である.遺伝子解析の分野では,2010年以降,次に述べる次世代シークエンサーの登場によって新たな解析法が可能となり,単一遺伝子異常の疾患原因遺伝子の報告が増えている.
従来,塩基配列決定に用いられてきたSanger法は,解析したいDNA領域に対してプライマーを設計し,PCR法にて増幅,シークエンスを行うものである.限られた領域を短期間で行うには適しているが,一度に解析できる量には限りがある.実際ヒトゲノム計画では大量の時間と労力を要した.これに対して次世代シークエンサーは全ゲノム,全エクソンを対象として塩基配列を決定することが可能であり,同時に大量のサンプルを処理したりすることに優れる(Fig. 3)7)
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全ゲノム解析とエクソームのみに絞って解析する方法がある.蛋白翻訳領域は約1.5%(遺伝子数は2.2万個)であり,遺伝性疾患の原因となる変異の85%がこの領域にあると考えられており,後者を選択することが多い.本稿ではシークエンスで得られたデータの解析の流れについて要点を述べる.現在汎用されているショートリードシークエンスでは一つのリードが50~400塩基と短いが,大量に得られたこれらのリードをリファレンスとしてのゲノムDNAと比較するため,その配列位置にマッピングしてバリアント(変異や多型)を検出する.エクソーム領域だけならバリアントは20,000~30,000個であり,それらをSNPデータベースと比較して同定されているか検討,SNPを除外したバリアントはエクソーム解析では200~500個/人に絞られる.得られたデータから,疾患原因遺伝子変異をどう絞り込んでいくかが重要である.どのような疾患・家系を解析するか,そして解析の手助けとなる情報を有用に使うことが,成功に導く鍵となる.
大きな家系がある場合は,まず従来の連鎖解析法を用いて,疾患原因遺伝子が染色体上のどの位置にあるのか同定する(位置情報を得る).そして,次世代シークエンサーによるエクソーム解析で得られるバリアントのうちで,連鎖解析で得られた領域に存するものが疾患原因遺伝子として可能性の高いバリアントである.
アミノ酸の変化がタンパク質にどのような影響を及ぼすかを予測するため,SIFT algorithmやPolyPhen2といったプログラムを用いて,変異の影響を調べる.
上述のように,次世代シークエンサーは得られた大量のデータ,バリアントから疾患原因遺伝子を絞り込んでいくのに,検体選択を含めた工夫とデータ解析が重要である.
Zaidiらは,362例の重症先天性心疾患(154例のconotruncal defect, 132例のleft ventricular obstruction, 70例のheterotaxy)について,次世代シークエンサーによるエクソーム解析を用いて,トリオ解析(発端者とその両親のDNAを解析)を行った8).第一に,重篤な先天性心疾患においては,発生段階の心臓に高発現している遺伝子のde novo mutationの頻度が有意に高く,蛋白変化に大きな影響を与える変異(早期の停止コドン,フレームシフトやスプライス異常を起こす変異)において,その差はより顕著であると報告している.
発端者に認められたde novoの変異について解析したところ,H3K4(histone3 lysine4)methylationのproduction, removal, readingに関与する8つの遺伝子を確認.論文によると,同定した249個のタンパク変化を起こすde novo変異のうち,H3K4methylation pathwayに関係した遺伝子変異が量的にも有意な,唯一の遺伝子の一群とのことであった(Fig. 4)8).
Reprinted with permission from reference 8.
さて,真核生物のゲノムDNAはヒストン蛋白に巻き付いた基本構造をとり,クロマチンを作っている.遺伝子の発現,あるいは抑制にはクロマチン構造の変化が関与する.その際,ヒストンの修飾が重要な役割を果たす.H3K4methylation pathwayでは,ヒストンH3の4番目のリジンのメチル化がユークロマチンの状態をつくり,転写活性に寄与する.論文のde novo変異は,遺伝子の発現を制御する機構に影響を与え,結果として,正常な心臓の発生が妨げられる.すなわち,DNAの塩基配列の変化なしに,その遺伝子の発現を制御する仕組み(エピジェネティクス機構)に関与する遺伝子のde novo変異が先天性心疾患の発生に関与していることを示したことになる.
小児循環器領域の遺伝子疾患の原因として,染色体の異数性,ゲノムコピー数異常から(DNAの)一塩基の変異に至るまで概説した.近年,次世代シークエンサーの登場とその発展によって遺伝子解析のストラテジーも変化したが,さらなる先天性心疾患原因遺伝子の発見がなされ,心臓発生の機序解明につながることが期待される.
本論文について,開示すべき利益相反(COI)はない.
1) 新川詔夫,阿部京子:遺伝医学への招待,改訂第3版.南江堂,東京,2005
2) 上砂光裕:小児循環器領域における分子遺伝学.日小児循環器会誌2005; 21: 619–627
3) 深井綾子,三宅紀子,松本直通:コピー数変化 脳科学辞典,2012. DOI: 10.14931/bsd.1187
4) Greenway SC, Pereira AC, Lin JC, et al: De novo copy number variants identify new genes and loci in isolated sporadic tetralogy of Fallot. Nat Genet 2009; 41: 931–935
5) Bruneau BG: Transcriptional regulation of vertebrate cardiac morphogenesis. Circ Res 2002; 90: 509–519
6) Hirayama-Yamada K, Kamisago M, Akimoto K, et al: Phenotypes with GATA4 or NKX2.5 mutations in familial atrial septal defect. Am J Med Genet A 2005; 135: 47–52
7) 中野絵里子,正宗 淳,新堀鉄也,ほか:次世代シークエンサーを用いた膵炎関連遺伝子の網羅的解析.膵臓2016; 31: 54–62
8) Zaidi S, Choi M, Wakimoto H, et al: De novo mutations in histone-modifying genes in congenital heart disease. Nature 2013; 498: 220–223
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