デバイスラグDevice Lag
埼玉医科大学国際医療センター小児心臓科Department of Pediatric Cardiac Surgery, Saitama International Medical Center, Saitama Medical University ◇ Saitama, Japan
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私がカテーテル治療(以下,IVR)の治療機器治験や承認に関わったのは1993年Clamshell閉鎖栓と呼ばれた心房中隔欠損閉鎖栓の治験が初めてでした.この時には右も左もわからずただ経食道心エコー(TEE)担当医師として参加しました.しかし1999年のAngel Wings閉鎖栓では治験担当医師が故小池教授であり,米国と同じ年に治験を開始するために米国の治験者会議にも小池教授と一緒に出席させてもらい,初めて治験とそのシステムに触れました.当時の米国BARD社は米国と日本での同時承認を目標にしており,承認後は日本からアジア各国に新しい治療用具を広めていくという企業戦略を立てていました.またAmplatzer心房中隔欠損閉鎖栓の治験も米国とほぼ同じ時期に開始されました.しかし20年弱が経過し,現在の状況は新しいIVRの治療機器は東南アジアの諸国のほうが日本より数年以上早く使用可能であり,我々は東南アジアのエキスパートDrを日本に招いてその使用法をプロクタリングしてもらい,使用を開始するか治験を開始するのが現状となってしまいました.これは決して各国の医療レベルやDrレベルを論じるとかではなく,医療機器や薬剤の承認システムについて論じたいとの考えです.
医療機器・薬剤の承認には各国独自の審査で承認する国と,その国独自では審査せずに他国の審査承認が下りれば使用を許可する国が存在します.EUではEU所属国共通の審査基準がありCE markと呼ばれております.米国ではFDAが審査承認をします.自国での審査システムを持たない国ではCE markもしくはFDAの承認をもって,自国での使用を許可しております.CE markは多数の国家が参加するEUのために審査項目が少なくベンチャーの参入が容易な傾向があります.それに比してFDAは審査項目が多く,素材の体内留置時の安全性などをより厳しく証明しなければいけないなどの項目があります.本邦へ導入するにはFDAの承認もしくは申請している資料と同程度の情報がないと本邦への導入どころか治験開始すら困難となります.本邦での審査項目はFDAとさほど大きな差はないようですが,評価方法が微妙に異なっております.このために我々から見ると同じことの評価をしているように見えても,日本の方法での評価結果を追加する必要があったりします.企業が日本で治験を行い承認を得るには安くとも数億円かかると言われております.治療対象症例数が多く高価な償還価格をつけやすい新規の医療機器では企業は承認のために努力をしてくれます.しかし,現在進行中の医師主導治験である肺動脈へのステントの適応拡大では,ステントの償還価格が既に決まっており対象症例数も限られているために,治験にかかる数億円の投資を回収することが困難であることから企業は適応拡大を行ってきませんでした.また以前は審査にも時間がかかることが多く,米国とほぼ同時に治験を開始したAmplatzer心房中隔欠損閉鎖栓の承認は米国より5年ほど遅れてしまいました.10年経たない間に「日本を足場にして東南アジアに新しい医療を広げる」から「日本は承認を得るのが大変なので後回し」と言うDevice Lagの状態に陥ってしまいました.
しかし近年,厚生労働省や独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)がこのような状況を打開する努力を始めたことで状況は少しずつですが改善してきました.これは私見ですが,以前は慎重に審査をしないと,何かあったときにその認可責任を問われる可能性があり,長時間をかけて審査を行っていた印象があります.しかし近年では,先進他国でエビデンスのある医療として認められているものが,日本は未承認のために受けられない状況はまずく,そのような医療はできうる限り積極的に承認したいという意図を感じます.
Amplatzer動脈管閉鎖栓は従来であれば治験が必須でしたが,治験は行わず全例の市販後調査の条件付きで承認がおりました.閉鎖肺動脈弁の穿通や心房中隔穿刺に使うBaylis社製Nykanen RF Puncture Wireも2000年代前半には欧米で承認されていましたが,疾患の希少性より国内導入を図る企業がありませんでした.しかし同社製のRF NRG Transseptal Needleの国内導入により,承認審査が大変な通電装置が国内で使用可能となりました.その後のNykanen RF Puncture Wire申請時に,同機器がAHA Statementにエビデンス付の治療機器として載っていることなどを申請書に載せたところ,我々が予想していたより早期に国内導入が可能となりました.
しかし,医療機器の申請や承認はまず企業がその気になってもらわないと話が進みません.過去にも厚労省への各学会より早期承認を希望する医療機器として色々な医療機器の申請を行い,厚労省より該当企業への指導が行われたにもかかわらず全く動いてくれなかったものが幾多かあります.基本的には営利追求が目的の企業ですので,お金をつぎ込んで承認を得ても短期間で利益が上がる可能性が低い物には対応しないことがほとんどです.
薬剤の分野では日本に数人しかいない希少疾患の薬剤でも少しずつ導入が進んできております.これは,製薬会社が積立金を作り,利益の上がらない新薬の治験や申請に対して基金より資金を挙出したり,国が希少疾患の新薬を扱う製薬会社の他薬剤の薬価の引き下げを押さえるなどして製薬会社をサポートするシステムができ上がっているためと聞いております.しかし,医療機器の場合はこのようなサポートシステムは全くありません.現在進行している肺動脈ステントの医師主導治験のように,国立研究開発法人日本医療研究開発機構より研究費を取得する方法もありますが,決して容易な方法ではありません.
また厚労省やPMDAへの関わりですが,省庁に出向くことが多いために関東地域に居住している先生でないとどうしても無理が生じます.以前は富田先生と私の二人で省庁周りをしていたのですが,現在はJPIC学会内に保険診療委員会と呼ばれる委員会を作り,若手の先生にも加わっていただき役割を分担するとともに,円満な引き継ぎができるような努力をしております.委員の先生方には円滑な承認申請と審査を進めるために,企業や行政とのmeeting等にも必要があれば同伴していただくなど,行政と該当企業の両者にも対応するような体制もとっております.行政側も小児循環器のような成人に比すと症例数の少ない領域では専門知識を持った担当者はあまりいらっしゃらないので,我々からの情報を求めております.小児循環器学会の先生方も,行政から依頼があったときには積極的に対応していただくと,device lagやdrug lagの改善が進むと考えます.
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