小児心疾患患者の成人移行に必要な社会支援の最適化:2事例報告
1 埼玉医科大学総合医療センター看護部
2 埼玉医科大学総合医療センター小児循環器部門
小児期発症心疾患から成人移行した患者の医療費は症例により高額で,小児期の支援終結や患者・家族の高齢化は生活や医療継続可否に大きな影響を与える.適切な社会支援を得るための介入が必要であった1例と,高額であったが困窮しなかった1例を対比検討する.症例1は海外でFontan術後,19歳で帰国後,肺血管拡張薬追加により医療費が著増し,社会支援手続きの遅れにより困窮した.症例2は24歳の肺動脈性肺高血圧症で肺高血圧治療薬投与,在宅酸素等により医療費は高額で,指定難病手続きにより負担が大きく軽減した.小児心疾患患者の成人移行に際し,個々の社会支援の最適化は複雑・難解で,個々人・居住地により大きく異なり,制度も急速に変容する.小児期発症心疾患から成人移行した患者が最適な社会支援を享受でき,困窮しないよう,成人期社会支援に対する医療者の理解と,院内多職種連携が重要と考える.
Key words: social support; insurance; aging; adult congenital heart disease; medical expenses
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近年,先天性心疾患患者に対する,胎児診断の発達,外科手術成績や術前術後管理の向上により成人期に達する成人先天性心疾患患者が急増し1, 2)
,既に我が国の成人先天性心疾患患者数は小児期先天性心疾患患者数より上回っている3)と考えられる.先天性心疾患を含む小児心疾患患者の医療費は,内服薬の継続や追加,加齢に伴う内科疾患の併発,在宅酸素療法,再手術など,治療内容により高額になりうる2)
.通常の健康保険のみだと約3割の自己負担があるため,治療内容によっては,生活維持や医療継続可否に大きく影響する可能性がある.患者を支援してきた両親・家族の高齢化も相乗的に状況を困難にしうる.
小児期に受けてきた社会支援システムの多くは20歳で終結し,成人期には国民健康保険や国民年金の支払い義務が発生する.小児心疾患患者が成人に移行し,高額医療費を要する場合,安定した医療と生活を継続するためには,症例ごとに適切に成人の社会支援システム4)
に移行する必要がある.しかし小児期と対照的に,個々に適した社会支援は何か,どう手続きを進めればよいかは,個々の患者や地域・時期により大きく異なり,仕組みは複雑で,制度の変化も激しい.簡単明瞭なガイドはなく,当事者や医療者がともに対応に苦慮することが多い.成人期の社会支援につき示唆に富む2例を提示し,社会支援の成人移行に伴う対応につき論じたい.
当院小児循環器外来に通院している小児心疾患患者で,成人移行にあたり,適切な社会支援を受けるための支援と積極的な関わりを必要とした1例と,治療費が高額でありながら適切な社会支援が受けられた1例について,特徴を診療録から後方視的に検討した.
20歳男子 Fontan術後.
海外でFontan手術を施行し,安定した経過で,帰国まで内服薬は常用していなかった.運動制限もなく,19歳で帰国した.しかし,20歳で就職活動中に不整脈を発症したのを契機に,当院で肺血管拡張薬が追加され,医療費負担が一気に著増した(Table 1).生活に困難を来した当時(2013年),会社員一年目で一人暮らしで,両親は海外に在住していた.保険内合計金額は348,890円/3か月に上っていた.そのうちTadalafil一日2錠の薬価(表)は,318,600円/3か月(91%)と,そのほとんどを占めた.本人を被用者とする健康保険に加入し,自己負担3割では104,667円/3か月であった.入社後間もない一人暮らしの社会人にとっての経済的負担は大きく,医療費の支払いに困難を生じた.我々への紹介元である,患者両親の知り合いの内科医から連絡があり,我々は困窮を認識した.高額療養費認定手続きの結果,本患者の所得分類での支払いは,80,100円+(医療費348,890円−267,000円)×1%で計算され5)
,この支払いは80,919円/3か月となった.高額療養費現物給付により,その差額分の23,748円/3か月の負担を減じることができ,治療継続につながった.2015年7月からの指定難病6)
の対象疾患が拡大し,当患者も該当し,申請可能となった.指定難病の医療費助成における自己負担上限は,本症例の所得では月額1万円であるため,大きな経済的負担軽減につながった.
Patient 1 | Patient 2 | |
---|---|---|
Sex | Male | Male |
Age (years) | 20 | 26 |
Disease / Physiology | p/o Fontan | PAH |
Mental retardation | — | — |
Marital status | Unmarried | Unmarried |
Living arrangement | Alone | Lives with parents |
Occupation | Office work | City government |
Number of outpatient clinic visits/year | 6 | 14 |
Home oxygen therapy | − | + |
Medications | ||
Pulmonary vasodilator | Tadalafil (20 mg, 1770 JPY/Tablet) 2 Tablets/day | Tadalafil (20 mg, 1770 JPY/Tablet) 1 Tablet/day |
Beraprost (60 mg, 242.6 JPY/T) 1 Tablet/day | ||
Other drugs | Enalapril (10 mg, 122.7 JPY/Tablet), 1 Tablet/day | Enalapril (5 mg, 60.7 JPY/Tablet), 1 Tablet/day |
Warfarin (1 mg, 9.6 JPY/Tablet), 4 Tablets/day | Warfarin (1 mg, 9.6 JPY/Tablet) 1 Tablet/day | |
Torasemide (4 mg, 23.4 JPY/Tablet) 1 Tablet/day | Furosemide (20 mg, 9.6 JPY/Tablet) 1 Tablet/day | |
Carvedilol (2.5 mg, 23.8 JPY/Tablet) 3 Tablets/day |
26歳男性 肺動脈性肺高血圧症.
12歳で肺動脈性肺高血圧と診断され,13歳からEpoprostenol持続静注療法を開始された.24歳時に頭痛のため,SildenafilからTadalafilに内服を変更した(2012年).在宅酸素療法のため,毎月の受診が必要であった.高額療養費,身体障害者(1級)が認定され,障害年金を受給していた.年間医療費は約145万円に上り,3割負担だと年間約43.5万円の負担であった.高額療養費の一般所得者における各支払いの自己負担額は,年間3回以上の多数該当を用いた場合でも月額44,400円に上るため,高額療養費制度の恩恵は本患者の外来通院においては大きくはなかった.しかし難病医療費助成制度の適用により,自己負担額が大きく減額された.本患者の一般所得の自己負担上限額は1万円であり,さらに本患者では“月ごとの医療費総額が5万円を超える月が年間6回以上”という条件を満たすために5千円に減額されていたため,負担軽減効果は非常に大きく,治療継続につながった.
今回提示した2例の小児期発症心疾患の成人移行患者の社会支援への対応は,小児期の社会支援の知識のみでは対応できない問題を内包していた.
小児期の社会支援の終結に伴う,成人期社会支援への移行は容易でない.小児期発症心疾患に対する社会支援,すなわち小児慢性特定疾病,手術時の育成医療(自立支援医療),特別児童扶養手当などは比較的画一で理解しやすく,医療者からの案内も容易である.しかしこれらは,小児を対象としているため,成人期には利用できない.成人期の社会支援は,小児期社会支援と比較し複雑であり,当事者の理解も,医療者からのガイドも容易でない.しかし,社会支援移行の基本4)
は,①小児慢性特定疾病から指定難病へ,②障害児福祉手当,特別児童扶養手当から障害年金への切り替えと,比較的簡潔にまとめられる.
小児期発症心疾患からの成人移行症例で多数を占める経過観察のみの場合は,通常の健康保険で十分カバーできることが多い.しかし,症例1のように高額な治療が開始されると,治療内容によっては健康保険の3割負担は,過大な負担となりうる.その際,小児期であれば,型どおりの手続きにより公費負担の枠組みが既に確保されていることが多く,我が国の小児循環器科医は支払いが可能かをあまり意識せずに,病態的によいと考えられる治療を積極的に選択する傾向があるかもしれない.この際,治療費の概算の説明がなければ,患者・家族は,治療費が後に生活を圧迫するかを予測できない.成人患者を診察し,高額な治療を開始する際には,医療費の多寡,支払い可能か否か,家族の協力,得られる社会支援はないか,について意識する必要がある.意識することは医務課スタッフや医療ソーシャルワーカーと遅滞なく連携するための第一歩として必要不可欠である.
症例1は,海外から移住した若年成人であり,両親が国内におらず,患者自身が社会支援システムを把握できていない可能性を当初から見込むべきケースであった.
新しい肺血管拡張薬は,症例1, 2のように非常に高額である(Table 1).症例2のように在宅酸素療法を使用する場合,酸素濃縮装置・デマンドバルブ付きで,医療費は毎月76,800円,自己負担3割で毎月23,040円を要する.月々の受診も必要であり,交通費や仕事の中で時間を作り通院する負担も大きい.高額医療費の負担軽減には,指定難病に該当する場合,指定難病の認定を取得することで大きな負担軽減が得られるため,その手続きが最重要である.家族でなく本人の医療費のみが問題で,他疾患併発はひとまず考えなくてよいならば,該当疾患の医療費サポートは指定難病だけでも十分かもしれない.
しかし,指定難病は,当該指定医療費に要した費用について特定医療費を支給する,その疾患関連の医療費が対象になる仕組みであり,他疾患合併による医療費はカバーされない.一方,高額療養費は,1)疾患ではなく医療費に対するもので,指定難病の疾患以外の疾患を併発した際の医療費もカバーできる,2)本人だけでなく,世帯全体の金額を勘案した減額が受けられる(世帯合算)という利点がある.限度額認定書を提示するだけで利用できる.したがって,指定難病の手続きを得た場合でも,高額療養費の基準に該当する場合は手続きをしておくことが推奨される.指定難病の自己負担上限額6)
,高額療養費の自己負担上限額5)
は,所得や状況により細かく定められており,一律の負担額の説明が難しい.さらに仕組みは時々刻々変化するため,最新の情報を確認する必要がある.
困窮は医療費だけにとどまらない.患者自身の医療費は必ずしも高くなく,疾患として安定しているため年間の受診回数も多くない場合,家族全体の支援必要性を医療機関で覚知することは必ずしも容易ではない.当事者が,相談先がわからず,問題をそのままにして事態が深刻化する事例も散見されるため,困難事象の把握を意識した問診が重要と考える.特に患者自身が自立困難なケースでは,本人の就労制限があり,本人の所得が限定的であるケースが多い.ケアを行ってきた両親もいずれ高齢化することは必至で,健康状態の悪化も想定される.実際,知的障害を有する成人患者で,高齢の両親の健康状態悪化により生活が困窮して受診困難となり,地域との連携で生活保護を受けることで生活基盤の確立と受診が可能となったケースを我々は経験した.こうしたケースでは,早期より地域と連携し,必要なサポートを行っていく必要がある.2015年4月から開始された生活困窮者自立支援制度の情報提供も大切と考える.
成人先天性心疾患患者は,経年変化により心不全・不整脈の悪化や,再手術が必要になる可能性もあり,他疾患合併などにあわせ,医療費増加が見込まれる.なかでも再手術には高額の医療費が必要である.例えばFallot四徴症遠隔期で,肺動脈弁逆流が進行し,弁置換を必要とすることがある7).手術前後の入院医療費は約500万円(10割負担)が想定され,3割負担とすると約150万円の自己負担となる.こうした手術の際,小児期の育成医療(自立支援医療)とは異なり,成人期の厚生医療(自立支援医療)を受けるためには先んじて身体障害者手帳の取得が必要であることは,重要な認識事項である.身体障害者手帳は,成人になると取得しにくいケースがあり,障害が固定したら小児期に取得することが推奨されるかもしれない.身体障害者の1級があれば他の制度との併用により医療費負担は大きく抑えられ,3級以下の医療費助成は各自治体によって異なる.重度心身障害者医療費の助成を受けるためには,各自治体での申請が必要である.また,身体障害者手帳と障害年金は別であり,障害者手帳を取得していなくても障害年金が得られる可能性があることは理解しておきたい.心臓カテーテル検査の場合は高額な医療費がかかるが,治療を伴わない場合は「検査」に該当するため,厚生医療の対象にはならず,高額療養費制度により所得に応じた負担軽減を受けられる.今後,社会支援を適切に受けることにより,どのように費用が軽減されたか,生活の質向上にいかに結びついたかについて,より多数例での検討が必要である.
日本の健康保険制度は,国民全体をカバーし,所得によらず医療機関へのアクセスを容易にしている優れたシステムである.しかし,高額な医療費に対する社会支援を得るには,当事者自らが何を手続きすべきかを知り,申請をする必要がある.社会支援の仕組みは個々人により異なり,複雑であり,制度は地域や時期による変化も大きい.その把握は医療者にとっても難解なため,小児期発症心疾患の成人移行患者が困窮せぬよう,医療者は社会支援の枠組みの概要を理解し,適切に医療ソーシャルワーカーと連携する必要がある.成人先天性心疾患患者は,心臓病だけではなく,心臓病以外の身体的問題,日常生活,職場,結婚・妊娠・出産・家庭など,多くの問題を抱えていることが多い.したがって,成人先天性心疾患診療チームは,日頃より定期的な関連多職種医療者によるカンファレンスの開催,困難症例の共有,電子カルテを用いた情報伝達の工夫等を通して院内の多職種連携を充実させ,医療費も含めた幅広い視点で患者に接することが重要と考えられる.
社会支援制度の英語表記の情報を提供いただきました,埼玉医科大学総合医療センター小児科の奈倉道明先生に深謝いたします.
本論文について,開示すべき利益相反(COI)はない.
1) 丹羽公一郎:【成人先天性心疾患】日本における成人先天性心疾患患者の現状 遠隔期合併症と診療体制について.LiSA 2016; 23: 410–413
2) 落合亮太,檜垣高史,賀藤 均,ほか:成人先天性心疾患患者の医療費負担と社会保障制度利用に関する実態調査.日本成人先天性心疾患学会雑誌2015; 4: 55-68
3) Shiina Y, Toyoda T, Kawasoe Y, et al: Prevalence of adult patients with congenital heart disease in Japan. Int J Cardiol 2011; 146: 13–16
4) 一般社団法人全国心臓病の子どもを守る会:心臓病児者を支える社会保障制度.心臓病児者の幸せのために 病気と制度の解説 新版.東京,2016, pp 288–323
5) 高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省)http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000075123.pdf(2017年3月24日閲覧)
6) 難病情報センターのご案内 http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/pamphlet_h27_3.pdf(2017年3月24日閲覧)
7) Masutani S, Senzaki H: Preserved stroke volume late after tetralogy repair, despite severe right ventricular dilatation. Heart 2013; 99: 1875
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