QT延長症候群の遺伝子検査:どの様に結果を解釈するか?Interpretation of Results of Genetic Tests in Long QT Syndrome
筑波大学医学医療系小児科Department of Child Health, Faculty of Medicine, University of Tsukuba ◇ Ibaraki, Japan
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QT延長症候群(Long QT Syndrome: LQTS)の遺伝子検査が普及してきているが,検査結果の解釈が必ずしも容易ではなく,管理,治療方針の決定に悩むことがある.古川らは,KCNQ1とSCN5Aの複合変異を持つ発端者を契機に,両親と同胞の単一変異も明らかになった一家系について報告している1).これまで報告のない新規の遺伝子変異を含む複合変異症例とその家族におけるリスク評価の過程を詳細に記載しており,示唆に富む内容である.
LQTSは家族集積性があることが以前より知られ,1990年代から責任遺伝子が次々と特定され,現在は先天性LQTSとして16タイプ(LQT1~16)が報告されている.遺伝子診断された先天性LQTSの中ではLQT1が40%,LQT2が40%,LQT3が10%を占め,それ以外は稀である.LQT1~3では遺伝型と表現型の関連が強いことがわかってきており,T波の形態,Torsade de Pointes出現のトリガー,予後,有効な薬物も異なることが明らかになってきた.LQTSに対しては遺伝型に合わせた管理,治療を行う,いわゆるテイラーメード医療が一部で可能であり,遺伝子検査は診療上で非常に重要な立ち位置にある.
本邦においてはLQTSの遺伝子検査は,一部の研究施設で国内の大多数の検査を担ってきた経緯がある.それらの施設では主に獲得した競争的資金による研究費で解析費用を担っていたが,平成20年度診療報酬改定で先天性LQTSを含む13種類の遺伝性疾患の遺伝子検査が保険収載された.しかし,2017年現在は国内にLQTSの遺伝子検査を実施している検査会社はなく,依然,研究施設において種々の手法を用いて検査が実施されている.従来から行われているダイレクトシークエンス法では,LQTSの原因遺伝子検索には多大な時間,労力が必要である.近年,多量の塩基配列を短時間で解析できる次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer: NGS)による遺伝子解析が可能となり,様々な疾患での研究,臨床利用が世界中で進められている.国内でもすでに多くの研究施設にNGSが導入されており,経験が少ない施設でも,遺伝性不整脈の責任遺伝子などを標的としたパネルシークエンスによりLQTSのみならず他の遺伝性不整脈の原因遺伝子も含めて網羅的な解析が可能となってきている.さらに広範囲な領域を標的とした全エクソンシークエンス,全ゲノムシークエンスも可能で,近年は全エクソンシークエンスを用いて新規のLQTSの責任遺伝子の候補が発見されている2).ただし,実際には病的意義のある変異のみならず,病的意義のない,または意義不明な遺伝子変異が多数同定される.それらの膨大な情報を処理する専門的な作業が必要となるという課題はあるが,特にスクリーニングではNGSを用いた遺伝子解析が中心になると予想される.
発症しているLQTS患者で既知の病的意義のある変異が検出される場合もあるが,そう単純にはいかないこともある.実臨床で遭遇する可能性のある問題点について考察する.
同定された遺伝子変異について既報があるかの判断はHGMD, ClinVar, Ensemblなどの各種データベースや文献で行う.既報がない場合,通常は,家系内の臨床像と遺伝情報を合わせ判断する家系解析を行う.リスク評価を行うためには,その変異が病的意義を持つのかの判断が非常に重要である.最近では,変異の病原性をコンピュータシミュレーションするSIFT, PolyPhen-2, Mutation Assessorなどのin silico評価が利用可能であるが,その予測精度などに限界があり,あくまでも参考として判断材料とする.現状では,培養細胞に変異遺伝子を発現させ,パッチクランプ法を用いての機能解析がLQTSでのスタンダードな評価法ではあるが,特殊な技術を要し,実施できる施設は限られ,発見された新規の変異全てについて実施することには限界がある.
遺伝子検査で変異が検出された場合,塩基配列の変化としてミスセンス変異,ナンセンス変異,欠失(挿入)変異であるかを確認する.一般に,欠失(挿入)変異によりフレームシフトが起こる場合や,ナンセンス変異では病的意義が大きくなる.
また,同じ責任遺伝子の変異でも,部位によって重症度が異なることが報告されている.LQT1の責任遺伝子であるKCNQ1においては膜貫通領域,C-Loop,ポア領域での変異,優性阻害効果(dominant negative effect)を来す変異は,C末端領域での変異やハプロ不全(haploinsufficiency)を来す変異に比べて重症となりやすい.LQT2の責任遺伝子であるKCNH2ではポア領域の変異では重症となる.
古川らが変異のパターン,位置など,様々な要素を勘案し,未報告のKCNQ1のポア領域近くのC末端領域での欠失変異について“病原性が高い”と判断した1)ことについては,妥当性の評価は難しいが,その思考の過程の記述は臨床医にとって参考になる内容である.
複合変異は比較的頻度は高く,重症化のリスクが高いと報告されている3).同一の遺伝子について2か所の変異があるもの,異なる二つの遺伝子でそれぞれに変異があるものの2パターンがあり,古川らの報告では,発端者は父からSCN5A,母からKCNQ1の変異を引き継いだ,後者のパターンである.複合変異では2か所の変異により,相加的にチャネル機能の異常をきたし重症化すると考えられている.
一般にLQTSの様な単一遺伝子疾患はアレル頻度が低く効果サイズの大きい“病原性のある遺伝子変異”によって起こるとされているが,一部ではアレル頻度が1%以上で効果サイズの小さい一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism: SNP)が“セカンドヒット”として作用し,発症に関連していることがわかってきた4).KCNE1(D85N), KCNH2(K897T)などのLQTSの責任遺伝子のエクソンのSNPだけでなく,KCNE1の3’非翻訳領域のSNPやNOS1APなどLQTSと直接関係しないと考えられていた遺伝子のSNPも重症化に関連している.
特に,発端者の家族の遺伝子検索を行うと,病的意義のある遺伝子変異を持っていても,QT延長がなく無症状な潜在性LQTSに遭遇することがある.LQTSは浸透率は25~100%と報告により差が大きいが,一般にLQTSの浸透率は低いとされている.この不完全浸透には,環境要因も大きいが,遺伝的要因も関係し,数多くのSNPなどのgene modifierの影響があると報告されている4).
多くのSNPがLQTSの重症化および軽症化にmodifierとして関与していることが明らかになってきており,将来的にはLQTS患者のリスク評価においてもエクソン外のSNPも含めて網羅的に検討する必要が出てくるのかもしれない.
1) 古川卓朗,泉 岳,大野聖子,ほか:無症候の両親にそれぞれSCN5AおよびKCNQ1の変異を認め,異なる遺伝伝達および表現型を示したQT延長症候群の三姉妹例.日小児循環器会誌2017; 33: 431–437
2) Shigemizu D, Aiba T, Nakagawa H, et al: Exome Analyses of long QT syndrome reveal candidate pathogenic mutations in calmodulin-interacting genes. PLoS One 2015; 10: e0130329
3) Westenskow P, Splawski I, Timothy KW, et al: Compound mutations: A common cause of severe long-QT syndrome. Circulation 2004; 109: 1834–1841
4) Amin AS, Pinto YM, Wilde AA: Long QT syndrome: Beyond the causal mutation. J Physiol 2013; 591: 4125–4139
注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.古川卓朗,ほか:無症候の両親にそれぞれSCN5AおよびKCNQ1の変異を認め,異なる遺伝伝達および表現型を示したQT延長症候群の三姉妹例.日小児循環器会誌2017; 33: 431–437
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