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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(3): 239-240 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.239

Editorial CommentEditorial Comment

肺高血圧症と個別化医療Pulmonary Hypertension and Personalized Medicine

慶應義塾大学医学部小児科学教室Department of Pediatrics, School of Medicine, Keio University ◇ Tokyo, Japan

発行日:2017年5月1日Published: May 1, 2017
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山口論文は,精神発達遅滞を有する小児特発性肺動脈性肺高血圧症例に対する治療経過の詳細な記録である.ここでは,内服薬による治療の限界を示した症例に,次の一手としてTreprostinil持続皮下投与が選択された.精神発達遅滞のために,中心静脈カテーテルの長期留置によるEpoprostenol持続静脈内投与には大きな危険が伴い,かつIloprost吸入療法も不可能である児にも,Treprostinil持続皮下投与は理に適った,治療効果の増強が期待できる安全な治療法となりうることを示したという点で価値がある.

さらに,精神発達遅滞をもつ児にTreprostinil持続皮下投与を行う際の,具体的な工夫や注意点が記されていることも,読者が同様の治療を計画する上で有益である.

皮下投与の部位は,上腕伸側が選ばれた.成人では,腹部など,手が届きやすく衣服におおわれている部位が選択されるが,精神発達遅滞を有する児の場合には手が届きにくい場所を選択することにより,注射針の計画外抜去を防止できたことが示されている.

Treprostinil持続皮下投与の最大の問題点のひとつは投与部位の疼痛である.精神発達遅滞を有する児は疼痛を訴えることが苦手であると思われ,Treprostinil持続皮下投与を継続する際には,疼痛の程度を過小評価しないよう留意する必要がある.本論文では,注射部位の疼痛の程度を,投与側の上肢の動かし方,ご両親が注射部位に触れた際の嫌がり方で判断したと述べられている.十分な客観性があるとは言い難いが,本人の様子を注意深く観察することにより,言葉では表出されない痛みを推測しようとする姿勢には共感を覚える.

この症例においてTreprostinil持続皮下投与が有効であったか否かの判断は,治療後のカテーテル検査データを待たなければならないと感じる.児の活動性が増したことは事実であると思われ,症状を軽減したと推測されるが,心エコー検査におけるTreprostinil持続皮下投与前後のデータに有意な改善があると判断してよいか疑問が残り,BNP値はむしろ投与後のほうが高値であるからである.筆者には,Treprostinil持続皮下投与後のカテーテル検査データを改めて報告されることを願う.

近年,さまざまは疾患において個別化医療(パーソナライズド・メディシン)が行われるようになった.肺高血圧症の治療においても,病因の違いなどをもとに個別化医療が試みられつつある.個別化医療というと,がん診療におけるがん細胞の遺伝子学的特性や患者の薬物代謝酵素のプロフィルなどが思い浮かびやすいが,医療の個別化にあたっては,より多くの要素を考慮する必要があると感じている.

国際個別化医療学会のホームページに,以下の記載がある.「個別化医療とは,バイオテクノロジーに基づいた患者の個別診断と,治療に影響を及ぼす環境要因を考慮に入れた上で,多くの医療資源の中から個々人に対応した治療法を抽出し提供することです.個別化医療の基幹となる要素は,薬理ゲノム学やバイオマーカーのみならず,ライフスタイルや生活歴,人生観,現在の身体的問題など,患者固有の情報を浮き彫りにした個々人の医学的ポートレイトです.」

山口論文に記載された患者がもつ精神運動発達遅滞という特性は,まさに個別化医療の鍵を握る個々人の医学的ポートレイトであると気づかされた.

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 山口洋平,ほか:Treprostinil持続皮下投与の導入と継続に成功した精神発達遅滞を有する小児特発性肺動脈性肺高血圧症例.日小児循環器会誌2017; 33: 234–238

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