遺伝性出血性毛細血管拡張症1型に合併した肺動脈性肺高血圧症への初期併用療法の効果
1 宮崎大学医学部発達泌尿生殖医学講座小児科学分野
2 国立循環器病研究センター病理部
Endoglin (ENG)はACVRL1と共に遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia: HHT)の原因遺伝子であり,それぞれHHT 1型,2型に分類される.HHTでは,稀であるが肺動脈性肺高血圧症(PAH)を合併すると報告されている.多くはHHT 2型に合併し,HHT 1型に合併するものはほとんど報告されていない.今回,HHTの家族歴をもとに施行した遺伝子解析および積極的な画像診断によりENG遺伝子変異およびPAHの確定診断に至った7歳女児を経験した.初診時はWHO機能分類2度であったが,心臓カテーテル検査では平均肺動脈圧50 mmHg, 肺血管抵抗11.8 WU/m2,肺動脈楔入圧9 mmHgでありPAHの所見であった.一般に遺伝性PAHは予後不良とされ,ボセンタン,タダラフィル,ベラプロストによる初期併用療法を行ったところ,WHO機能分類は1度に改善し,平均肺動脈圧も35 mmHgと改善した.本症例では経口薬による初期併用療法が短期から中期的には有効であったが,今後も長期的な観察が必要と考えられる.
Key words: hereditary hemorrhagic telangiectasia; pulmonary arterial hypertension; endoglin; upfront combination therapy; pulmonary arteriovenous malformation
© 2017 特定非営利活動法人日本小児循環器学会
遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia: HHT)はOsler-Rendu-Weber病としても知られ,鼻出血,末梢血管拡張,肺・肝・脳の血管奇形で特徴づけられる常染色体優性遺伝疾患である.5,000人に1例程度の発症頻度であり,血管奇形は小さな皮膚や粘膜の毛細血管拡張や脳,肝,肺の動静脈瘻(AVM)である1).HHTは1型,2型に分類されており,それぞれENG, ACVRL1(それぞれEndoglin蛋白,ALK1蛋白をコード)が責任遺伝子として同定されている.肺高血圧症(PH)はHHTの重要な合併症として報告されており,肝動静脈瘻による高拍出性心不全の結果引き起こされる後毛細血管性(postcapillary)PHが多く,HHTに合併した前毛細血管性(precapillary)PHである肺動脈性肺高血圧症(PAH)は少ないとする報告もある2).また,PAHは重症であることが多く,HHTに合併したPAHとして報告されているが3),HHT 2型での報告がほとんどで,HHT 1型では稀である4).本報告では,新規ENG変異を認めたHHT 1型に合併した稀なPAH小児例において,ボセンタン,タダラフィル,ベラプロストによる初期併用療法を行い,症状ならびに検査所見の改善を認めたので文献的考察を加え報告する.
7歳,女児
胸部CTでの肺動脈拡張と肺動静脈瘻(胸部CT検査異常)
鼻出血歴あり,失神歴なし
父親にHHT 1型(PHなし),父方祖父にHHT(遺伝子診断なし,死亡)の診断あり(Fig. 1).
生来健康であり,遊園地や遠足でも同世代と同様に走り回ることができていた.父親が肺動静脈瘻を合併したHHTと診断されたことから6歳時(小学校入学時)にスクリーニングのため,胸部造影CTが施行された(Fig. 2).肺動静脈瘻と肺動脈拡張が認められ,肺高血圧症が疑われたことから当科を紹介受診した.
The CT scan showed pulmonary artery dilation (arrows) and fistulas (arrows).
身長124.1 cm,体重21.0 kg,体温36.3°C,血圧93/60 mmHg,脈拍97 bpm,呼吸数24/min, SpO2 97%(立位,大気下)97%(臥位,大気下).
身体所見では,舌にわずかな毛細血管拡張あり,肺野に雑音は認めなかったが,心音でII音の亢進を認めた.腹部は平坦,軟で圧痛なく,四肢にばち状指は認めなかった.また,成長発達は問題なく,神経学的異常所見も認めなかった.
血算,生化学,凝固に異常は認めず,BNPは39.9 pg/mLと軽度高値であった.血液ガス分析正常,HIV,肝炎ウイルス抗体価の上昇なく,甲状腺機能亢進症や自己免疫性疾患を示唆する所見も認めなかった.呼吸機能検査では,軽度の拡散能低下を認めた(%DLCO 7.51 mL/min/mmHg,予測率の58.1%).心電図は正常洞調律で右軸偏位,右側胸部誘導での陽性T波を認め,PHとして矛盾しない所見であった.その後,学校心臓検診でも同様に心電図異常(右室肥大)の指摘あり.6分間歩行試験は435 m(予測値540 m)とやや短く,歩行時のSpO2低下も91%と軽度であった.
心エコー図では心形態・機能に肺血圧上昇の原因となる異常はなく,左室機能は保たれていた.右室,肺動脈の著明な拡張を認め,心室中隔は平坦化しており,PHに矛盾しない所見であった.肺血流シンチグラフィーでは換気血流ミスマッチは認めなかった.胸部造影CTでは既知の肺動静脈瘻を認め(Fig. 3),頭部造影CTでは脳動静脈瘻,腹部造影CTでは肝動静脈瘻を認めた(Fig. 4).右心カテーテル検査(Fig. 5)では,平均肺動脈圧(mPAP)50 mmHg(62/40 mmHg),肺動脈楔入圧(PCWP)9 mmHg,肺血管抵抗11.8 WU/m2,心係数(CI)3.45 L/min/m2であり,後毛細血管性PHではなく,前毛細血管性PHの所見であった.肺動脈造影にて既知の肺動静脈瘻が描出され,末梢肺動脈は枯れ枝状を呈していた.
Two pulmonary arteriovenous fistulae (arrows) were confirmed (4 mm in the right S9 and 8 mm in the left S10).
A hepatic arteriovenous small fistula (arrows: left hepatic vein to portal vein) and cerebral arteriovenous fistulae (arrows), 6 mm in diameter, in the anterior parietal artery to cortical vein (arrows) were observed.
Study 1: Upon hospital admission on room air. Study 2: 3 months after triple-combination therapy on room air. Study 3: 10 months after triple-combination therapy on room air.PAP, pulmonary arterial pressure; S, systolic; D, diastolic; M, mean; PCWP, pulmonary capillary wedge pressure; CI, cardiac index; PVR, pulmonary vascular resistance
鼻出血歴,家族歴,肺・肝・脳の動静脈奇形より,Curacaoの診断基準1)を満たし,HHTと診断した.また,6分間歩行試験の結果よりHHTに合併したWHO機能分類2度のPAHと判断し,遺伝性PAHであることから予後不良の可能性が示唆され,速やかに薬物療法を開始することとした.利尿剤,ボセンタン,タダラフィル,ベラプロストを順次導入した(Fig. 5).ボセンタンは1.5 mg/kg(分2 朝夕食後)より開始し,血圧低下・肝機能障害の出現がないことを確認しながら3 mg/kgまで増量した.タダラフィルは0.5 mg/kg(分1 朝食後)より開始し,数日後に軽い頭痛の出現を認めアセトアミノフェン内服を2回要したが,その後は鎮痛薬なしで症状の訴えはなく1 mg/kg(分1)まで増量した.プロスタサイクリン(PGI2)は動静脈瘻の出血や鼻出血のリスクが懸念されたため,静注薬ではなく内服のベラプロストを1 µg/kg(分3)で開始した.ベラプロストは増量せずにボセンタンとタダラフィルを優先して増量し,治療開始3か月後には6分歩行試験は501 mまで改善した.またこの頃に本人より「以前より動くのが楽になった」との発言あり,治療開始前には息切れや運動耐用能低下が存在したと推測され,WHO機能分類1度まで改善したと考えられた.同時期の右心カテーテル検査ではmPAPは50から47 mmHgと改善に乏しく,ハイリスク患者であることも踏まえ,エポプロステノール静注導入も念頭に置き,まずはボセンタンを小児心不全薬物治療ガイドライン(平成27年改訂版日本小児循環器学会)を参考に6 mg/kg(分2)まで増量した.治療開始10か月後の右心カテーテル検査ではmPAPは35 mmHgまで改善し,出血症状の頻度は不変であったため,ベラプロストは3 µg/kg(分3)まで増量した.3か月後,10か月後の右心カテーテル検査では経時的にmPAP, CI, PVRはいずれも改善を示していた(Fig. 5).6分間歩行試験時のSpO2低下は治療前後で不変であった.経過中に国立循環器病研究センターにて遺伝子解析が施行され,父親と同変異であるENGのintron7の新規変異(c.992-1G>A)が同定され(Fig. 6),HHT 1型と診断した.
新規のENG遺伝子変異を伴うHHT 1型に合併したPAHの1女児例を報告した.TGF-β受容体構成遺伝子には,BMPR2, ACVRL1, ENG等が属しており,遺伝性PAHやHHTの発症に深く関与している.具体的にはBMPR2の変異は遺伝性PAHの主病因であり,特発性PAH患者の26%で同定される5).ACVRLやENGの変異を持つPHもHHTに合併したPAHとして遺伝性PAHに分類されている.ACVRLやENGはそれぞれALK1蛋白とEndoglin蛋白をコードしており,これらの蛋白は主に細胞膜において1型,2型レセプターを介して作用する.ALK1蛋白は核内Smad1/5/8をリン酸化させSmad4を介し血管新生,内皮細胞増殖や分化の調節,細胞外基質の沈着を促進させる.一方,Endoglin蛋白はSmad2/3をリン酸化させることでSmad4を調節するが主に血管新生抑制方向に働く.しかしながらこれらは単純に,ALK1蛋白が血管新生促進,Endoglin蛋白が血管新生抑制といったような働きをするわけではなく,ALK1蛋白,Endoglin蛋白共にTGF-β経路で様々なリガンドに促進・抑制といった調節役を担っている.つまりこれらは総じて血管新生,内皮細胞増殖や分化の調節の調節に対しバランスを取っていると推察されているが詳細は判明していない.仮説ではあるが,ACVRL1やENGの変異により機能蛋白合成が阻害され,血管形成系の調節に異常をきたし,HHTにおける血管奇形およびPAH発症に関与すると考えられる6–9)
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HHTに合併したPAHのほとんどはHHT 2型での発症であり,HHT 1型での報告はこれまでわずか7例のみである(Table 1)10).本症例とあわせた8症例においてENG遺伝子変異部位には一定の関連性を認めなかった.本症例ではPAHに加えて脳動静脈瘻,肺動静脈瘻および肝動静脈瘻を合併していた.一方,父親は肺動静脈瘻のみ合併しており,同じ遺伝子変異であっても表現型は異なっていた.HHTではENG, ACVRL1遺伝子変異に対する表現型の多様性が報告されている.Hotspotは存在せず,すべてのexonでの変異が報告されており,ハプロ不全による遺伝子変異がHHTの病因であることが知られている11).また8症例のいずれも診断時のmPAPは40 mmHg以上であり,うち4例が小児期にPAHを発症していた.ACVRL1変異をもつ(HHT 2型に合併した)PAH患者では,診断時期が若年であるほど予後不良であるとされ,ACVRL1変異のないPAH患者と比較して進行が早く,肺血管拡張薬に対する反応性も不良である4).しかしHHT 1型に合併したPAHについての報告はほとんどなく,彼らの予後については不明である.この8症例においては,平均5.7年の観察期間では死亡例は認めていない.しかしHHT 1型ではPH自体の発症リスクは低いもののいったん発症すると予後不良と報告されているものもあり,本症例でも今後も注意深い管理観察が必要と考える3, 6, 10)
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References | Age (year)/sex | mPAP (mmHg) | Treatment | Follow up Period/outcome | Location | Mutation category | Nucleotide change |
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4) | 57/male | 48 | Bosentan Sildenafil | 5 years/alive | Exon5 | Frameshift | c.682_686delTCGGC |
4) | 59/female | 41 | — | 5 years/alive | Exon10 | Frameshift | c.1334delT |
6) | 34/female | 46 | Epoprostenol | unknown/alive | Exon11 | Frameshift | c.1410delG |
17) | 1 month/male | 45 | — | 9 years/alive | Exon12 | Branch site | c.1742-22T>C |
7) | 3 month/male | 45 | Bosentan Calcium blocker | 10 years/alive | |||
18) | 18/female | 41 | Vardenafil | unknown/alive | Exon14 | Frameshift | c.1804delA |
18) | 8/male | 53 | Vardenafil Calcium blocker | unknown/alive | Exon8 | Missense | c.788T>A |
Our patient | 7/female | 50 | Bosentan Tadalafil Beraplost | 1 year/alive | Intron7 | Splice site | c.992-1G>A |
近親者にHHT患者をもつ小児に対するHHT診断のためのスクリーニングについては確立していない.HHTと診断された家系では病原性変異が遺伝した場合の浸透率は95%以上であり,ほぼ全例40歳までに何らかの症状出現が懸念される.診断については遺伝子診断よりも臨床診断,特に肺動静脈瘻をスクリーニングすることが推奨されているが12),HHTの多くの症状は年齢とともに明らかになってくるものが多く,小児では診断が難しい場合が多い上に画像診断時の鎮静や放射線被爆も課題である.HHTに合併するPAHについても,早期診断が理想である.HHTに合併するPAHの頻度は1%未満といわれ,正確な頻度は不明である13).HHT患者における心エコーによるPHスクリーニングについて検討した報告によると,44名中9名(20%)にエコー上の三尖弁逆流血流速度上昇を認め,うち3名(7%)がPAHであったと推測されるが14),111名のHHT患者の表現型を調査した報告ではPAHは存在しなかった9).本症例のように家族歴が判明次第,動静脈瘻のスクリーニングを行うことは重要であるが,非侵襲的に行えるため,心エコーによるPHのスクリーニングも今後検討が必要である.そのためにはHHTと診断された患者に対する十分な疾患説明,遺伝カウンセリングを行い,HHTで出現しうる症状や家族スクリーニングの必要性について発端者を含めた家族に繰り返し説明することが小児期での肺動静脈瘻およびPAHの早期診断,早期介入につながると思われる.
治療に関してはエンドセリン受容体拮抗薬(ERA),ホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5I),ベラプロストを併用して行った.近年PH治療薬はPAH患者のQOLと生存率を著明に改善している.HHTに合併したPAH患者に対する効果は,症例数が限られていることもあり報告は少ない.ERA, PDE5I, PGI2による単剤療法や二剤の併用療法がHHTに合併したPAHに効果を示したとする症例報告は散見されるが,この三剤を併用した報告はこれまでにはない15, 16)
.出血の合併症により,経口抗凝固薬のルーチンの使用は推奨されていない3).また,HHTに合併したPAHでは血管反応性に乏しいことからカルシウム阻害薬も無効であると推測されている2).PGI2は出血の合併症が懸念されるが,HHT 1型,2型においてPGI2静注や吸入を行った症例報告のうちHHT 1型で出血をきたしたとする報告は見られない.遺伝性PAHはハイリスクであることから,常に静注エポプロステノール導入を念頭に置く必要がある一方,出血に注意しながら慎重に投与することが望まれる.我々は本症例においても予後不良の可能性を考慮し,ERAとPDE5Iに加え,ベラプロストを出血の合併症に注意しながら併用しERAとPDE5Iの増量を優先して治療した.幸い臨床症状の改善およびmPAPは50から35 mmHgへ,PCWPは9から4 mmHgへ,PVRは11.8から5.6 WU/m2へ,CIは3.45から4.83 L/min/m2へとデータの改善も得られた.WHO機能分類1度の現時点においては本人家族の病識と出血リスクを総合的に判断し,定期的な心臓カテーテル検査を計画し,検査結果が悪化する際にはその他のPGI2製剤(静注薬,皮下注薬,吸入薬,経口IP受容体選択的作動薬等)への変更も今後検討する必要があると考える.
本症例の肺動静脈瘻のうち1つ(S10)は,直径8 mm,流入動脈は4 mmであった.異常血管の直径が20~30 mm以上あるいは流入動脈径が3 mm以上の肺動静脈瘻は30~40%に奇異性脳梗塞や脳膿瘍,低酸素血症を生じると報告されており塞栓術治療が望まれる.一方で,肺高血圧を合併した肺動静脈瘻においては塞栓術によって肺血管床が減少するため肺動脈圧上昇が危惧されるが,肺動静脈瘻へのコイル塞栓術前後で肺動脈圧の上昇は見られないことが報告されている3, 19)
.これは塞栓術後に心拍出量が低下することと,SpO2が上昇することで肺血管収縮が減少することによると考えられる.ただし,重症PH患者で塞栓術後に肺動脈の致死的破裂や肺動脈上昇の報告も見られる3).よって,我々はできる限りPHを改善させた上で肺動静脈瘻への介入時期を検討することとしている.
ENG変異をもつHHT 1型に合併したPAHに対し,経口肺血管拡張薬による初期併用療法を行った初めての報告である.HHTのスクリーニングにより早期にPHの診断に至り,初期併用療法で短期から中期的な効果を認めたが,今後も長期的な観察および症例の蓄積による検討が必要である.
本論文について開示すべき利益相反(COI)はない.
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