Online ISSN: 2187-2988 Print ISSN: 0911-1794
特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(3): 211-214 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.211

Editorial CommentEditorial Comment

フォンタン術後患者と蛋白漏出性胃腸症Fontan Patients and Protein Losing Enteropathy

国立循環器病研究センター小児循環器・成人先天性心疾患Departments of Pediatric Cardiology and Adult Congenital Heart Disease, National Cerebral and Cardiovascular Center ◇ Osaka, Japan

発行日:2017年5月1日Published: May 1, 2017
HTMLPDFEPUB3

蛋白漏出性胃腸症(protein losing enteropathy: PLE)の発症の主な原因として潰瘍を伴うような粘膜疾患(消化管の炎症性疾患や潰瘍,癌,炎症性,等),粘膜毛細血管での透過性に変化が生じる疾患(Menetrier’s病,Zollinger-Ellison症候群,好酸球性胃腸炎,アミロイドーシス,免疫不全,等),そしてリンパ系の閉塞性疾患がある.心疾患に伴うPLEの発症はこれらの中で,主な病態として二次的なリンパ系の閉塞性疾患に属すと考えられ,フォンタン術後のPLE患者はこの分類に属すとされる.

術後遠隔期の4~13%に発症するとされ,経年的に増加し,術後10及び20年でPLE発症回避率は92及び86%とされる1).国立循環器病研究センターでは6か月以上生存した399例中術後遠隔期で29例(7.3%)に発症し,術後10及び20年でPLE発症回避率は96及び91%である.MertensらのPLEの病態に関する多施設研究から,その予後が5及び10年の死亡回避率は約50及び20%と極めて低く,フォンタン患者の術後遠隔期の様々な不都合の中で癌患者に匹敵する程度にその予後が悪いという衝撃的な成績が報告された1).しかし,最近では経験の蓄積や医学の進歩からPLE発症後の予後は明らかに改善し,最近のメイヨクリニックからの報告ではPLE診断後の5年及び10年生存率は各々88%と72%と報告され2),国立循環器病研究センターでのそれら生存率も現時点で各々85%と62%である(Fig. 1).しかしながら,依然としてその死亡率は高いと言える.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(3): 211-214 (2017)

Fig. 1 国立循環器病研究センターにおけるPLE診断後の生存率

未だに確立していないもののフォンタン患者のPLE病態で発症原因や治療法がある程度のコンセンサスの得られた事実がある.発症要因や契機として1)高いCVP,そして2)炎症の存在である.これらの事実は動物実験でも確認されている3).したがって,治療法として当然これらの2大要因(高CVP,炎症)の原因検索とその対処となる.勿論,病状によってはアルブミンやγグルブリン等の血液製剤の補充といった対処療法も考慮しなければならない.低心拍出量との関連も示唆されているが明らかでない.さらに,PLE特有の治療としてヘパリン投与,外科的なリンパ流や肝静脈鬱滞に対する改善術が報告されている4, 5).加えて,元来,PLE患者では不整脈や血栓症といった複数の合併症を併せ持つ重症な患者である場合が少なくなく1, 6),これらの併存合併症への対応の必要性がその管理をより複雑で困難なものにしている.

これまでの多くのPLE治療に関する報告があるものの,その多くは症例報告がほとんどであり7–9),一方の症例での有効性が必ずしも他方の症例に適用できるか否かは不明な場合が少なくない.この疾患の希少性からその発症原因解明には至らず,臨床試験が組みにくいことから治療法が未だに確立していない.したがって,その治療法や予防法の戦略はある程度“信念”に基づいた治療法にならざるをえない側面がある.現時点ではこの“信念”に基づいた治療法がある程度“正当化”される治療戦略か否かは,世界的な標準成績から逸脱していなことで担保する以外にないかもしれない.

さらに,最近のPLEの予後の改善から,治療遠隔期での新たな対応すべき諸問題が生じてきている.すなわち,長期心血行動態の安定に加え,心臓以外の多臓器機能異常の進行やそれら機能異常と心臓との関連を意識した治療戦略が不可欠となる10, 11).また,本邦で可能となった小児期を含めた心臓移植も考慮する必要があり,注目されているフォンタン関連肝疾患(Fontan-associated liver disease: FALD)はこの観点からも重要な問題である12).さらに,精神的13),社会的な問題を考慮し,患児は勿論それを支える家族へのQOL向上とその維持も極めて重要な課題である.

これらのことから,フォンタン患者のPLE治療では,多くの慢性的な疾患と同様に集学的な管理,治療が必須と言える.

これらの背景を意識しながら,栗田らの論文を見てみたい14).まず,著者らの豊富なフォンタン患者の治療とその管理の経験とそれらの本雑誌への報告に対し敬意を表し,同時に感謝したい.大変貴重な報告であり,日常のPLE患者に取り組む医療者へ多くの情報を発信している.

彼らのPLE発症率は401例中23例(5.7%)で,PLE診断後の5年及び10年生存率は各々68%と54%であった,としている.最近の報告と同様に,PLE発症後予後は改善している.しかしながら,やはりその死亡率は高く,改めてこの病態の管理の難渋性を再確認させられる.他の報告と同様に,様々な治療,管理法が試行されている.従来の抗心不全療法(利尿剤,ACEI/ARB,β遮断薬,PDE阻害薬)のいずれかが全例に適用され,最近の開発されたBosentan, Sildenafil, AmbrisentanやTadalafil等の肺血管拡張薬も61%の患者に適用されている.また,非薬物療法として開窓術(61%),TCPC転換術や房室弁置換術といった外科治療(65%),さらに,BASやステント留置による開窓術やフォンタンルート狭窄の解除等を目指したカテーテル治療(43%)も積極的に施行されている.これらの多くの労力のほとんどがCVP低下を目指した治療である.また,96%の症例で血液製剤の静脈投与がなされており,これら患者の重症度の高さと管理治療の苦労が偲ばれる.これらの労力にかかわらず,その再発を除いた寛解率26%であったとしている.彼らのPLE発症後と予後との関連から高CVP,低い心拍出量,そして低い主心室収縮性が高い死亡率と関連することが示されている.これらはメイヨクリニックの同様の報告である高い死亡率と高CVP,低い主心室収縮性,高いNYHAクラス,そして心房性不整脈の存在との高い死亡率との関連に一部共通する2)

今回の栗田らの論文をはじめ,他の世界からの報告から幾つかのフォンタン術後患者のPLE合併症例に対する治療管理の指針が提案されている2, 14, 15).それらの柱は,PLEの原因となる他の病態を除外した上で,心血行動態の適正化,腸管に対する治療,心血管系に影響する関連臓器や生体環境の整備,そして栄養等で,また,移植医療の考慮となっている.これらの治療管理についての詳細は本解説では紹介できないが,フォンタン術後のPLEに関しての要点と課題について以下のようにまとめることができるかもしれない.

1. 治療法:PLE治療の原則は実験から支持されているように『炎症の排除』と『高CVPの軽減』にある.炎症は様々な概念を含み,一般的には急性の感染を契機とした炎症の対処となるが,腹水貯留,肥満,アレルギー,そして心不全等も慢性的な炎症の原因と捉えれば何らかの対応が必要となるかもしれない.高CVP軽減には様々な心血行動態的な原因が考えられる.最近では,CVP上昇の原因が必ずしも従来の典型的な低心拍出量病態ではなく,FALDとの関連が想定される体血管抵抗低下に伴う非適切に上昇した心拍出量が原因となっている新たなフォンタン循環破綻が報告されている16, 17).したがって,特に術後遠隔期ではこの新たな病態も意識した循環管理が必要で,従来の抗心不全療法や肺血管拡張薬では対処が困難であり,むしろ病態を悪化させる可能性があることを認識する必要がある.

2. 管理法:PLE発症からの期間経過とともに血清タンパクやアルブミンの正常値の維持は困難となる.したがって,PLEの治療目標を患者の病態を考慮し,患者自身に加え,これを支える家族の生活の質を考慮したQOLと治療目標のバランスを意識した医療が欠かせない.今回の栗田らの論文でもそうであるが,多くのフォンタン術後のPLE患者に関する多くの論文ではPLE発症後の生存率を最終的なエンドポイントとした解析がなされている.しかし,PLE患者の多くは,特にPLE歴が長い患者では,頻回の入院を要し,通常の社会から様々な意味で逸脱せざるをえないQOLの低下の現状がある.これらは患者と支援者のQOL維持が実際の臨床現場では極めて重要な問題で,多くの医療者関係者がこの問題の対応に苦渋している.今後の臨床研究では,治療法の模索は勿論ではあるが,これらQOLをターゲットとした学術的探索も必須と考えられ,QOL向上に向けた社会環境の整備に関わる活動が必要である.

3. 予防法:PLE発症は死亡率が高いと同時に,QOLが極端に低下する病態であることを深く認識する必要がある.したがって,術後成績もある程度集積した現状では,そのPLE発症予防は極めて重要な課題である.フォンタン手術は重症な複雑先天性心疾患患者に対し“何”の提供を目指す手術であるのかを見直す必要がある.フォンタン循環の姑息性を考えれば,自ずと水分制限等の術後“QOL”の低下が予測される場合にその適用には慎重であるべきである.我々のPLE発症前後の心血行動態の詳細な検討から,片肺や高い術前の肺動脈圧,また,術後の高CVPはPLE発症と密接に関連していた.しかし,注目すべき事実はPLE発症後の治療後のCVPは良好な経過の患者のCVPとの差は消失していたことである6).さらに,PLE発症者の周術期を含め病歴を詳細に検討すると,一時的な高CVPの時期を有したり,容易に高CVPを引き起こす要因(不整脈,長い感染歴等)を持っていることがほとんどである.すなわち,PLE治療後の検査でのCVPから判断し,“CVPが低くてもPLEは発症する”という概念には大いに疑問が残る.高CVPでも一見無症状であるが,上記を含めた様々な要因でCVPは容易に上昇する.したがって高CVPのフォンタン患者では,“無症状”であっても可能なら高CVPを下げる,あるいは運動時も考慮し高CVPの原因となるフォンタンルート狭窄等の危険要因の排除に努めることが重要と考える.

最後に,これらのPLE病態に加え,肺動静脈瘻,体静脈腹側路発達,更には最近注目されているFALD進行等の様々なフォンタン術後合併症の頻度の増加から,我々の施設を含め,最近では“無症状”であってもフォンタン術後遠隔期に心臓カテーテル検査を含めた病態評価を施行する施設が増加しているのが本邦や世界の動向と言える18)

引用文献References

1) Mertens L, Hagler DJ, Sauer U, et al: Protein-losing enteropathy after the Fontan operation: An international multicenter study. PLE study group. J Thorac Cardiovasc Surg 1998; 115: 1063–1073

2) John AS, Johnson JA, Khan M, et al: Clinical outcomes and improved survival in patients with protein-losing enteropathy after the Fontan operation. J Am Coll Cardiol 2014; 64: 54–62

3) Bode L, Murch S, Freeze HH: Heparan sulfate plays a central role in a dynamic in vitro model of protein-losing enteropathy. J Biol Chem 2006; 281: 7809–7815

4) Brizard CP, Lane GK, Alex G, et al: Original surgical procedure for the treatment of protein-losing enteropathy in Fontan patients: Report of two midterm successes. Circulation 2016; 134: 625–627

5) António M, Gordo A, Pereira C, et al: Thoracic duct decompression for protein-losing enteropathy in failing Fontan circulation. Ann Thorac Surg 2016; 101: 2370–2373

6) Ohuchi H, Yasuda K, Miyazaki A, et al: Haemodynamic characteristics before and after the onset of protein losing enteropathy in patients after the Fontan operation. Eur J Cardiothorac Surg 2013; 43: e49–e57

7) Uzun O, Wong JK, Bhole V, et al: Resolution of protein-losing enteropathy and normalization of mesenteric Doppler flow with sildenafil after Fontan. Ann Thorac Surg 2006; 82: e39–e40

8) John AS, Driscoll DJ, Warnes CA, et al: The use of oral budesonide in adolescents and adults with protein-losing enteropathy after the Fontan operation. Ann Thorac Surg 2011; 92: 1451–1456

9) Okano S, Sugimoto M, Takase M, et al: Effectiveness of high-dose spironolactone therapy in a patient with recurrent protein-losing enteropathy after the Fontan procedure. Intern Med 2016; 55: 1611–1614

10) Goldberg DJ, Dodds K, Avitabile CM, et al: Children with protein-losing enteropathy after the Fontan operation are at risk for abnormal bone mineral density. Pediatr Cardiol 2012; 33: 1264–1268

11) Ohuchi H, Miyamoto Y, Yamamoto M, et al: High prevalence of abnormal glucose metabolism in young adult patients with complex congenital heart disease. Am Heart J 2009; 158: 30–39

12) Pundi K, Pundi KN, Kamath PS, et al: Liver disease in patients after the Fontan operation. Am J Cardiol 2016; 117: 456–460

13) Bellinger DC, Watson CG, Rivkin MJ, et al: Neuropsychological status and structural brain imaging in adolescents with single ventricle who underwent the Fontan procedure. J Am Heart Assoc 2015; 4: e002302

14) 栗田佳彦,馬場健児,近藤麻衣子,ほか:Fontan手術後に発症する蛋白漏出性胃腸症の予後に関する検討.日小児循環器会誌2017; 33: 202–210

15) Meadows J, Jenkins K: Protein-losing enteropathy: Integrating a new disease paradigm into recommendations for prevention and treatment. Cardiol Young 2011; 21: 363–377

16) Hebson CL, McCabe NM, Elder RW, et al: Hemodynamic phenotype of the failing Fontan in an adult population. Am J Cardiol 2013; 112: 1943–1947

17) Ohuchi H, Miyazaki A, Negishi J, et al: Hemodynamic determinants of mortality after Fontan operation. Am Heart J 2017; 189: 9–18

18) Rychik J, Veldtman G, Rand E, et al: The precarious state of the liver after a Fontan operation: Summary of a multidisciplinary symposium. Pediatr Cardiol 2012; 33: 1001–1012

注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである. 栗田佳彦,ほか:Fontan手術後に発症する蛋白漏出性胃腸症の予後に関する検討.日小児循環器会誌2017; 33: 202–210

This page was created on 2017-05-17T13:24:28.029+09:00
This page was last modified on 2017-06-05T14:23:50.930+09:00


このサイトは(株)国際文献社によって運用されています。