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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 33(3): 189-190 (2017)
doi:10.9794/jspccs.33.189

巻頭言Preface

医学における急速な進歩を同時代に体験できる幸せをかみしめてLet’s Feel Happy about the Benefit Brought by the Remarkable Progress of Medical Science in Our Day

埼玉県立小児医療センターSaitama Children’s Medical Center ◇ Saitama, Japan

発行日:2017年5月1日Published: May 1, 2017
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20世紀は科学の時代とされ,急速に進歩を続け止まるところを知りません.21世紀になっても科学の進歩は加速度的に速くなっているように感じられます.しかし,科学技術の進歩によってもたらされた大量消費文明は環境問題によって歯止めがかかろうとしていますし,家庭電化製品では新たな商品が見つからず成長の限界が見えてきているように思われます.循環器領域においても,超音波診断装置に新たな機能は開発されるものの基本的な断層像はあまり変わりがないように感じられます.さらに近年,医療においては高額な費用が大きな壁となってきています.一方,医学においては遺伝子の分野だけでなく様々な分野で止まることなく飛躍的に発展してきています.時間的余裕が少しできてきた今,私は医学の進歩を同時代につぶさに体感できる幸せを感じるようになりました.

2006年8月に山中伸弥教授がiPS細胞を開発したと発表し,2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞されたことを知らない人はいないでしょう.皮膚の細胞に4つの遺伝子を入れるとほとんどの種類の細胞に分化しうる「多能性」をもった細胞になるということは衝撃的なことでした.興味深かったのは24個の候補遺伝子からどのように絞り込むかでした.「遺伝子を1つずつ抜いた23個をそれぞれ細胞に入れていく」という発想が驚きでした.

私は小児循環器医として30年以上働いておりますが,日々の診療に追われ,当直に明け暮れた生活が長く続き,あまり勉強をしてきませんでした.狭い小児循環器の臨床現場にも多くの新しい治療薬や検査法が入ってきました.中でも衝撃的であったのが一酸化窒素(NO)吸入療法でした.1985年から87年にかけて血管内皮細胞から遊離する弛緩因子(EDRF)がNOであることが明らかにされ,1993年に先天性心疾患に合併した肺高血圧症に対するNO吸入療法の有効性が報告されました.狭心症になぜニトログリセリンが有効なのか長きにわたり解明されてきませんでしたが,弛緩因子が化学物質ではなくガスであったということは驚きでした.1992年12月に発行されたサイエンスはNO特集号となっていますが,表紙に「Just say NO」とあり,巻頭言に「NO News Is Good News」と書かれていて思わずにやりとさせられました.

新聞や雑誌で大きく報道される医学の進歩や臨床現場に導入されてくるものはごく限られたものです.目の前にいる患者さんの病気について詳しく調べたり,論文を書くために多くの文献を読むことで医学の進歩におけるスリリングともいえるドラマを垣間見ることができます.最近私が興味深く感じたのはHeterotaxyの発生に関する発見でした.日本小児循環器学会の第10回教育セミナーでHeterotaxyについて話すように依頼され,左右軸発生に関する論文を読むことになりました.全ゲノム解析などは理解できましたが,遺伝子ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスとなるとお手上げ状態で,心臓発生学については不勉強でした.当初は22q11.2欠失症候群と同じように考えていましたが,左右形成の最初の引き金になるのは繊毛の回転による液体の流れの向きによるということだと知りました.遺伝子を色々調べていましたがわからず,結局は物理的な現象が引き金になるという事実は驚きでした.しかも,この現象を見いだしたのが日本の研究室であったことも全く知りませんでした.左右軸決定のメカニズム研究は上質なミステリーを読むようにわくわくさせられました.

心臓に関しても22q11.2欠失の解明に始まる心臓発生学の進歩を身近にみてくることができました.我々の施設でも早い段階から遺伝科の福島義光先生(現 信州大学教授)の指導の下にFISH法で22q11.2欠失の解析を進めることができました.その後の東京女子医大や慶応大学の仕事ぶりは目を見張るばかりです.また,心臓の分泌器官としての役割解明も興味深いものでした.1983年に松尾,寒川らにより単離同定されたhANPは心臓自らが産生する利尿ホルモンで,各種心疾患での病状把握に有用な指標であることが明らかにされました.心臓がホルモンを分泌するなど思いもよりませんでした.1989年に測定用キットが発売され,我々も導入してみました.先天性心疾患においてもhANP値は臨床的な印象をかなり良く反映していることが明らかになりました.1992年に日本小児循環器学会からhANPに関する論文でYoung Investigator’s Awardsを頂戴したことは良い思い出です.さらにBNPも発見され,心疾患の重症度評価の指標として確立されたものとなりました.近年,心筋細胞がアセチルコリンを産生することが明らかにされました.日本医大の柿沼らはこれを非神経性心筋コリン作動系(Non-Neuronal Cardiac Cholinergic System: NNCCS)と名付けています.心臓においては交感神経終末のほうが副交感神経終末よりも圧倒的に数多く分布していることはよく知られています.しかし,ノルアドレナリンに対してアセチルコリンはどのように拮抗しているのかは不明でした.心臓にはノルアドレナリンに拮抗しうる量のアセチルコリンを独自に産生する機構が備わっているのではないかと考えたことがスタートでした.この柔軟な論理的発想が非常におもしろいと感じられました.NNCCSの発見が今後どのように臨床現場に反映されるのか興味深く見守りたいと考えています.

60歳まで当直に入り,目先のことしか考えることができませんでした.しかし,あらためて思い起こしてみると知的好奇心を刺激する多くのことがあったことに気づかされます.医学の進歩と共に習得しなければならない技術は多くなり,学ばなければならない知識も著しく増加していますので,小児循環器および小児循環器外科を目指す医師は大変でしょう.しかし,時には少し視野を広く持つ,あるいは掘り下げて調べてみることが必要と思われます.そこには多くの感動や楽しさがあると感じています.

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