先天性心血管異常に伴う気管気管支軟化症Tracheobronchomalacia Caused by Congenital Cardiovascular Anomalies
静岡県立こども病院循環器科Department of Cardiology, Shizuoka Children’s Hospital ◇ Shizuoka, Japan
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先天的な大血管(肺動脈・大動脈)およびその分枝の形態・走行異常により,中枢気道の圧迫や呼吸障害を呈することは古くからよく知られている.症状の発現は,中枢性の喘鳴(stridor),犬吠様咳嗽,末梢性喘鳴(wheezing),反復する下気道感染,嚥下障害など多彩である.心内修復が必要な先天性心疾患に合併することが多く1),特に肺血流増加型の心疾患では,心不全,肺うっ血に伴う症状のほか,心拡大や肺動脈拡大による前方からの気管・気管支の圧排にも修飾される.その場合,内臓正位であれば右肺動脈により気管分岐部ないし左主気管支が圧迫されることが多い(Fig. 1).このような多彩かつ出生後に進展しうる症状は,Fig. 2に示すような病態が複雑に絡み合って生じる2)ため,まずは,先天性心血管異常に基づいて正確な診断を行うことが治療の第一歩となる.
Carina of the trachea and/or left bronchus are frequently compressed by dilated pulmonary artery in the setting of congenital heart disease with significant left to right shunt and normal visceral and atrial situs.
診断ツールとしては,単純X線,心エコー図,造影CT, MRI,心臓カテーテル検査(心血管造影),気管支鏡,食道造影・気管支造影,などが挙げられる.近年では,画像の質,迅速性,侵襲性の点から,造影CTのなかでもdual source CTやarea detector CT,また,気管支鏡の中でもflexible fiberoptic bronchoscopy,これら2つの組み合わせが最も有用と考えられる1).
良好な条件で撮影され,三次元構築された造影CTによりほぼすべての心血管異常と気道との関連性が診断でき,術前計画にも必須の検査といえる1).松扉論文では,Fig. 2Bにおいて,非常にまれな血管輪(後食道左腕頭動脈およびKommerell憩室を伴った右側大動脈弓4, 5))も造影CTにて描出されている3).筆者の施設でも同様の血管輪を経験しており,三次元構築画像で気道との関連性を描出している(Fig. 3).対象患者が,心拍数,呼吸数が速く,放射線感受性の高い乳児期早期であることが多いため,被曝の低減と画質の両方を兼ね備えた準備が重要である.特に,挿管下の場合には,自発呼吸停止として,往復ヘリカルスキャンにて,2つの呼吸相(陽圧あり,および,陽圧なし,いわゆる“ZEEP”)を評価すること,また気管支鏡施行時には,自発呼吸下で呼気と吸気によって内腔虚脱の変化を評価することが,軟化症の診断に有用である.血管からの気道圧迫の場合,狭窄部位に血管性の拍動を認めることがその診断の根拠となる(Video).気管支鏡では,術中に大動脈吊り上げ(aortopexy)の効果を評価したり,術後に気道開通の効果判定を行うこともある.
The vascular ring is formed by the ascending aorta and pulmonary artery anteriorly, the transverse aortic arch on the right, the diverticulum of Kommerell (proximal aberrant brachiocephalic artery) posteriorly, and the arterial ligament on the left. ① ascending arota, ② descending aorta, ③ left retroesophageal innominate (brachiocephalic) artery, the origin of which is referred to as Kommerell’s diverticulum. ④ left common carotid artery, ⑤ left subclavian artery, ⑥ right subclavian artery, ⑦ main pulmonary artery, ⑧ left pulmonary artery. The airway is visualized in the right panel with the green object.
このように診断と評価において比較的高度な理解と方法論が要求され,かつ,その治療と管理には,小児科,心臓血管外科,小児外科(気道外科),耳鼻咽喉科,麻酔科,集中治療科の総力を結集する必要があることから,先天性心血管異常に伴う気管気管支軟化症は極めて治療困難なひとつの疾患群と考えられる.まとまった報告は少なく,いくつかの単一施設からの経験にもとづく治療成績が参考になる1, 6, 7).松扉論文も,気道狭窄を合併した先天性心疾患に対して,I群:肺動脈弁欠損群,II群:左右シャント群,III群:血管輪群と層別化し,その治療経過と至適時期について示唆した貴重な報告と考えられる.気道狭窄の成因は,(1)先天的な気道の形成異常による器質的狭窄(完全軟骨輪など),(2)先天的な気道壁の脆弱性による軟化症,(3)心血管系の圧迫などによる2次的な軟化症に伴うもの,の3種類に大別され,それらが混在する状態も少なくない.例えば,肺動脈スリングは(1)と(3)の合併頻度が高く,21トリソミーに代表される遺伝染色体疾患では,(1)から(3)のいくつかの合併に加え,頭頸部の形態異常や筋緊張低下により呼吸障害が修飾されうる.また,心血管姑息術後では,形態変化ばかりでなく,循環動態の変化により,(3)が顕在化することも考慮に入れる.肺血流増加型の心疾患で初回の姑息術として頻繁に行われる主肺動脈のバンディング術では,左右肺動脈の拡張が抑制されず,気管気管支軟化症が改善しないことがよく経験される.体肺動脈シャントを伴うNorwood手術やDamus–Kaye–Stansel吻合術の後,新大動脈と肺動脈のスペースが狭小化し,気管ないし左気管支が狭窄することもまれではない.このような状況においては,新大動脈の縫縮などの物理的な圧迫解除以外に,Glenn手術以降の次段階手術に進み,大動脈を通過する心拍出量を軽減する方策も検討される.病態の詳細分析と情報共有が治療と救命の鍵となる.
最後に,血管輪という用語について,少し整理しておく8).血管輪は,血管構造または内腔が閉鎖した索状物が気管と食道を完全に取り囲むことにより圧迫しうる大動脈弓形態異常であり,以下の4病型が挙げられる.
また,気管と食道の全周を取り囲まずに圧迫しうる血管形態異常も,不完全な血管輪(incomplete vascular ring)と呼んで「広義の」血管輪に含めるとする文献もあり1),以下の3病型が挙げられる.
筆者は,小児循環器を志した当初,上司に促されMoss and Adamsの教科書のAortic arch and vascular anomaliesの章を繰り返し読み,先天的な大血管およびその分枝の形態・走行異常について習得してきた.とくに,最新の第9版5)では,特徴的なダイアグラムが綺麗に更新され,web上で三次元モデルも入手可能とのこと.是非一度熟読されることをお勧めする.
稿を終えるにあたり,貴重なflexible fiberoptic bronchoscopy動画をご提供頂いた静岡県立こども病院小児外科矢本真也先生に深謝致します.
本稿の電子版にて動画を配信している.
1) Backer CL, Mongé MC, Popescu AR, et al: Vascular rings. Semin Pediatr Surg 2016; 25: 165–175
2) 金 成海:小児疾患診療のための病態生理 循環器疾患—心血管奇形による気道圧迫—.小児内科 2002; 34: 207–306
3) 松扉真由祐子,鎌田政博,中川直美,ほか:気管気管支軟化症を合併した先天性心疾患に対する早期修復の重要性.日小児循環器会誌 2017; 33: 169–176
4) Raimondi F, Bonnet D, Geva T, et al: Anomalous origin of the left innominate (brachiocephalic) artery in the right aortic arch: How can it be anomalous when the left innominate artery is absent? Ann Pediatr Cardiol 2016; 9: 170–172
5) Ezon DS, Penny DJ: Aortic arch and vascular anomalies. Moss and Adams’ Heart Disease in Infants, Children, and Adolescents. 9th edition. Philadelphia, Wolters Kluwer, 2016, pp833–870
6) 圓尾文子,大嶋義博,吉田昌弘,ほか:気道閉塞病変を合併する先天性心疾患の外科治療.日小児循環器会誌 2010; 26: 375–383
7) 阿部正一,厚美直孝,榊原 謙,ほか:先天性心疾患に合併した気道閉塞病変に対する外科治療.日心臓血管外会誌 1996; 25: 13–19
8) 金 成海:小児疾患の診断基準第4版 循環器疾患—血管輪/肺動脈スリング—.小児内科 2012; 44: 466–499
注記:本稿は,次の論文のEditorial Commentである.松扉真祐子,ほか:気管気管支軟化症を合併した先天性心疾患に対する早期心内修復術の重要性.日小児循環器会誌2017; 33: 169–176
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