小児循環器疾患の診断や治療において,房室弁の解剖知識が重要であることは言を俟たない.成人の弁膜症の多くが生来正常構造であった弁が様々な要因によって機能を失ったものであるのに対し,小児では先天性の形成異常を伴うことが多く,共通房室弁のように正常解剖にはみられない弁も存在する.また,治療にあたっては,年齢を考慮した弁の大きさ,将来の成長なども考慮しなければならず,ほかの心病変の合併や時にはフォンタン循環のような特殊な循環動態も考慮しなければならない.こうした特殊性が小児の房室弁疾患の治療を困難なものにしている.本稿では,正常房室弁の解剖を中心に小児循環器疾患の診断と治療のために必要な基礎的な事項を概説する.なお,図などについては,文末に示した成書,原著文献に多数掲載されているので,ご参照いただきたい.
生物学において,魚類は1心房1心室,両生類と爬虫類(ワニを除く)は2心房1心室,鳥類と哺乳類は2心房2心室の循環系をもつとされる.しかし,鳥類の右側房室弁は筋性であり,左右2つの膜性の房室弁と腱索など弁下組織を有するのは哺乳類だけである.
心大血管の発生は,胎生20日頃から始まり,原始心筒のルーピング(looping)などを経て,50日頃までに完成する1).特に,房室弁の形成にかかわるのは,心内膜床の形成と,その後の浸食(undermining)である.その結果,筋性の連続が膜性の弁や線維性結合組織である腱索に変化する.このunderminingの障害が疑われる所見が,先天性の弁膜症では時にみられる.
僧帽弁(mitral valve)は左房と左室の間に位置し,機能は血液を一方向に流すことにある.僧帽弁の語源は,形状が類似するカトリック教会の司教などが典礼でかぶる冠,ミトラ(mitre)に由来するとされる.
左房のうち,内面平滑な後方の半分は肺静脈に,前方は原始心房に由来するが,境界に分界稜(crista terminalis)はない.これは,総肺静脈還流異常症の理解に役立つ事項である.左房側からみると,僧帽弁は二尖弁であり,大動脈弁に近い大きな台形の前尖(antero-medial, aortic, septalとも表される)と比較的小さな弁葉をもつ後尖(postero-lateral, muralとも表される)からなる.しかし,弁輪は前尖が約1/3,後尖が約2/3を占めている.この点は房室中隔欠損症では全く異なることに注意する2).部分型房室中隔欠損症においても同様であり,単に「僧帽弁前尖に裂隙(cleft)がある」と表現することは,正常な僧帽弁の前尖にcleftがあるかの如き誤解を生じうる.前尖と大動脈弁の間には線維性の連続がある(aorto-mitral curtain).腱索付着側(rough zone)の辺縁は長く,2つの弁尖の面積を合わせると弁口面積の約2倍あり3),僧帽弁は深い接合部(coaptation zone)をもつことになる.
僧帽弁の弁輪はサドル状であり,真の線維性弁輪は後方にのみ存在する.弁輪は弁尖のヒンジ部の少し外側にあり,いわば潜った状態にある3).そのため,左房側からは直視できない.これは外科医が弁輪縫縮術を行う際に重要な事項である.弁輪は心周期に伴って変形し,拡張期は丸く,収縮期には前後径が短縮して腎臓型を呈する4).これは,3D心エコーでの観察時に必要な知識である.小児の正常弁輪径に関しては様々な報告があるが,剖検,血管造影,超音波検査など,計測方法により若干異なる2, 5).一般に僧帽弁輪径は三尖弁輪径より少し小さい.
弁の支持組織である腱索は,2つの乳頭筋から4~12本ずつ立ち上がり,僧帽弁付着側では12~80本となる.弁葉の中央部の左右から乳頭筋へ向かう脚部腱索(strutまたはmain chordae)のほか,para-medial, para-commissural, commissuralなどと表される腱索群がある3).交連部は短い腱索により扇状を呈する6).腱索は弁尖側の付着部位によって分類されることもある.すなわち,乳頭筋から弁葉の接合縁に向かう一次腱索群(marginalまたはprimary),乳頭筋から弁葉の左室面に向かう二次腱索群(intermediaryまたはsecondary),乳頭筋や左室内面の肉柱から弁輪近くに向かう基部腱索群(basalまたはtertiary)である3).特に後尖の弁輪寄りにはbasal zoneがみられる.前尖,後尖ともに腱索を支持するのは,左右2つの乳頭筋(antero-lateralとpostero-medial)である.後方では複数あることもあり,乳頭筋群(bellies)とも表現される.前方乳頭筋の血行がdual supplyで比較的富むのに対し,後方はsingle supplyであるため虚血性僧帽弁閉鎖不全をきたしやすい.乳頭筋には様々な形態変異がある7).特に単一乳頭筋の場合は,パラシュート僧帽弁(parachute mitral valve)と呼ばれ3),僧帽弁形成術が困難な症例が多い.実臨床で左室側から僧帽弁や弁下組織を詳細に観察する機会は多くないが,バチスタ手術時に僧帽弁形成術(Alfieri法など)を併施する際には,左室側からの解剖知識も必要である(Fig. 1).
臨床ではsegmental classificationがしばしば用いられる.後尖の形態はscallopedと表現されるが,これをP1~P3に分け,対応する前尖をA1~A3と表する3).
乳児期に発症する重症な先天性僧帽弁狭窄症では,弁尖の異型性が強く,弁輪も小さめであることが多い.単なる弁尖の癒合による狭窄ではないことに留意する.弁葉が直接乳頭筋に付着するなど弁下組織のunderminingの異常が示唆される場合もある(Fig. 2).
一方,先天性僧帽弁閉鎖不全症においても,早期発症例では,弁尖の強い異型性,肥厚がしばしばみられる(Fig. 3).肥厚した腱索の弁葉左室面への付着,一側乳頭筋の過形成や低形成を伴うこともある.僧帽弁閉鎖不全の場合には二次的な弁輪拡大を伴うことが多いが,縫縮術を行う場合には成長を考慮する必要があり,成人のようなrigid ringを用いた術式は選択肢とはならない.
僧帽弁の解剖に関連して,左室流出路には筋性のトンネル部がなく,前尖が左室のinflowとoutflowの間に存在することも重要である.したがって,僧帽弁置換術が左室流出路狭窄解除の選択肢となることもある(Fig. 4).
大動脈弁,僧帽弁,三尖弁には中心線維体を介する連続性が存在する.一方,肺動脈弁とは連続性はない.右線維三角(rt. fibrous trigone)は中心線維体を形成し,僧帽弁輪,無冠尖下の左室大動脈接合部,膜性中隔に接する.この部位を刺激伝導系が通る.左線維三角(lt. fibrous trigone)は前方にあり,左室大動脈接合部と僧帽弁輪に囲まれた領域である6).
僧帽弁輪を外科的に拡大することはできない.僧帽弁手術時に損傷しないよう特に注意すべきなのは,左冠動脈回旋枝,冠状静脈洞,ヒス束および右線維三角である.一方,大動脈弁輪には切開して安全に拡大できる方向があり,弁輪拡大の術式として,Konno-Rastan法,Nicks法,Manouguian法,Yamaguchi法などがある5).
左上大静脈遺残(両側上大静脈)の症例では,著しく拡張した冠状静脈洞が僧帽弁側に張り出すことがある.そのため,左上大静脈遺残を伴う心房中隔欠損症は,左右シャントが増大して早期に発症しやすく,左室も小さいことが知られている8).
三尖弁の弁尖は相対的な位置によって,前尖(anterior),中隔尖(septal),後尖(posterior)と呼ばれる.弁尖,腱索ともに僧帽弁より薄い傾向がある.前尖が最大である.中隔尖から前尖にかけては変異が多く,しばしば切痕がみられるが,腱索の付き方から交連とはみなされない.膜性部の心室中隔欠損症(VSD: ventricular septal defect)では,ジェットがあたる影響で二次的な変化を伴うことが多い.正常な三尖弁は同一平面にはなく,波状を呈する3).
三尖弁の乳頭筋のうち,前乳頭筋(anterior)は最大で,右室前壁のやや心尖寄りから起始する.後乳頭筋(posterior)は1~3個あり,中隔乳頭筋(septal)は小さく,多数あるのが一般的である.このうち,Y字型の中隔縁柱(trabecular septomarginalis)の後脚から起始し,前尖と中隔尖の交連部を支持する内側乳頭筋(medial papillary muscle)は,膜性部型VSD閉鎖時の指標として重要である2, 9).
三尖弁周囲において外科的に重要なのは刺激伝導系である.冠状静脈洞,tendon of Todaro,中隔尖付着部で構成されるKoch三角(Triangle of Koch)内に房室結節があることを理解する2, 9).膜様部(中隔)は左室流出路と右房・右室の間にある線維性中隔であり,三尖弁は僧帽弁より少し低位にあるため10),左室右房交通症という疾患が起こりうる.膜性部型VSDの後下縁や心臓型総肺静脈還流異常症(IIA型)の下縁では,刺激伝導系の損傷を避けたパッチ縫合ラインを選択しなければならない.
右房内の構造は胎児循環に密接に関連している.胎生期には酸素の多い血液が卵円孔(後の卵円窩)に導かれ,胎生期後半に脳は急速に発達する.左心低形成症候群では脳血流が逆行性となるが,こうした重症心疾患では在胎週数に比して脳の発達が遅れるとの報告もあり11),治療戦略上の論点の一つとなっている.
房室弁異常を伴う疾患(房室中隔欠損症とエプスタイン奇形)
房室中隔欠損症(AVSD: atrio-ventricular septal defect)は,心内膜床の形成癒合不全による疾患である.本症では房室弁の高さは同一面にあり,単一房室口となっている.心房中隔の一次孔欠損とVSDがあるため,4つの心腔間で血液が流れうる.21-trisomyに多くみられ,ファロー四徴症の合併や,心室の低形成を伴う症例(unbalanced AVSD)もある.
大動脈は前上方に位置し(unwedged position),その結果,左室のinletとoutletの長さが変わって,左室流出路は細長くなる(gooseneck).心室中隔上部はスプーンですくい取ったような形態となる(scooping).房室結節はKoch三角ではなく,nodal triangle内にあり,伝導路が長いためI度AVブロックを呈する.unroofed coronary sinusを伴うこともあり,外科医は刺激伝導系の位置に注意を払わなければならない.
房室中隔欠損症では,もともと5枚の弁からなる共通房室弁に多くの変異(variation)がみられる12).VSDのない部分型房室中隔欠損症では2つの房室弁が存在するが,ほかの基本形態は同じであることに注意する.本症は共通房室弁の形態にvariationが多い疾患であるが,臨床ではRastelli分類が広く用いられている.A型は約60%を占め,bridging leafletsは左室上にあり腱索は心室中隔crestに付く.B型は少数で,bridging leafletsは少し右室側に入り,腱索は心室中隔下部または心尖にある円錐部乳頭筋に付く.C型は約35%を占め,特に21-trisomyに多い.bridging leafletsは右室上に跨り,腱索は心室中隔ではなく,前乳頭筋へ付く(free floating).
エプスタイン(Ebstein)奇形は,三尖弁(特に中隔尖,後尖)の変形と付着部の右室側への偏位を特徴とする疾患で,胎生期のunderminingの異常と考えられている.偏位した弁尖は心室壁に癒着しており(plastering),右室の一部は右房化(atrialized)している1).偏位していない前尖は大きく帆状となる.本症ではしばしば弁逆流が問題となる.また,機能的右室が小さい場合や肺動脈弁狭窄を伴う場合もあり,さらに房室副伝導路の残存(Wolf-Parkinson-White症候群)を伴うこともある.
このように多様な形態異常をとることから2),重症度も様々である.多くの形成術が行われてきたが,現在の代表的な修復法としてCone手術がある13).また,単心室型疾患に準じてフォンタン型手術を目指す症例も含まれる.
単心室症の房室結合には4つのタイプ(double inlet, tricuspid atresia, mitral atresia, common atrioventricular valve)がある12).特に,共通房室弁にみられる逆流,体循環を担う三尖弁の耐用性は予後に影響する.実際にはunbalanced AVSDもフォンタン型手術の対象となることから,その場合にも房室弁逆流の問題が生じる.近年ではedge to edge法14)やbivalvation法15, 16)などの形成術が行われており,単心室症における房室弁の解剖については,これらの外科論文が参考となる.
僧帽弁と三尖弁の解剖では,弁尖,弁輪,支持組織(腱索,乳頭筋)の構造と機能,また腱索や乳頭筋の形態変異を理解することが重要である.房室弁周囲の解剖や刺激伝導系に関する知識も整理しておく必要がある.また,房室弁異常が関与する代表的疾患として,房室中隔欠損症とエプスタイン奇形がある.こうした房室弁の解剖を詳細に理解することが,小児循環器疾患の診断や治療の質を高めることにつながる.
利益相反
本稿に関連し開示すべき利益相反(COI)はない.
引用文献References
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