我が国の小児心臓移植の現状と課題
国立循環器病研究センター移植医療部
小児心移植は,欧米では末期的心不全患者の外科的治療として定着している.我が国でも改正臓器移植法が2010年7月に施行され,臓器提供者の年齢制限がなくなり,小児からの脳死臓器提供も可能にあった.結果,2016年9月末までに15名の小児の脳死臓器提供があり,そのうち11名(6歳以下4名,10~14歳5名,15~17歳2名)が心臓提供で,成人からの提供を含めて19名の小児が国内で心臓移植を受けることができた.しかし,待機期間が長い我が国では,身体の小さな小児や,拘束型心筋症の小児は,未だに海外渡航しているのが現状である.海外渡航移植については患児・家族の経済的・精神的支援が問題となっているが,日本での小児の脳死は否認し,欧米の小児の脳死を肯定するという,倫理的に重大な問題を抱えており,日本の子供が心臓移植を受けることで,その国の子供のチャンスを奪っていることを忘れてはならない.小児重症心不全の治療に関わる医療者がもっと積極的にこの問題を解決することが必要である.
Key words: heart transplantation; left ventricular assist device; organ donation; Organ Transplant Act; transplant network system
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心移植は,すでに欧米では末期的心不全患者の外科的治療として定着し,小児症例においても,重症心筋症ならびに根治不可能な先天性心疾患に対する心臓移植の臨床応用例も年々増加し,外科的治療として確立しつつある1)
.我が国でも1999年2月にようやく脳死体からの臓器移植が開始されたが,小児に関しては,6才未満の脳死判定基準がないこと,15歳未満の臓器提供の意思が認められないことから,心臓移植を受けるチャンスは極めて低く,国内で心臓移植を受けた小児例は2例に過ぎず1, 2)
,多くの小児例が海外で心臓移植を受けていた.
この現状を打開するために,「臓器の移植に関する法律」の改正法が2010年7月17日に施行され,「本人の意思が不明な場合には,家族の書面による承諾で脳死臓器提供が可能」となり,臓器提供者(ドナー)の年齢制限がなくなった.その結果,2016年9月末までに15名の児童の脳死臓器提供があり,11名の児童が国内で心臓移植を受けることができたが3),身体の小さな小児や,拘束型心筋症など医学的緊急度2の状態で心臓移植を受ける必要のある小児は,未だに海外に一縷の望みをかけて渡航しているのが現状である.
心臓移植の適応疾患については,Table 1に示す疾患があげられる.
1. 心筋症 |
1) 特発性心筋症 |
拡張型心筋症 |
肥大型心筋症 |
拘束型心筋症(心内膜弾性線維症を含む) |
2) その他の心筋症 |
代謝性疾患に基づく心筋症(糖原病など) |
ミトコンドリア脳心筋症 |
筋ジストロフィーに基づく心筋症 |
薬物性心筋症(抗がん剤などによる) |
川崎病に伴う虚血性心筋症 |
2. 先天性心疾患 |
左室低形成症候群(HLHS) |
単心室(Fontan術不適応例,Fontan術後心不全例,房室弁高度逆流例,左室流出路狭窄例など) |
高度房室弁逆流例 |
重症Ebstein奇形 |
巨大冠動脈瘤を伴う純型肺動脈閉鎖 |
3. 心臓腫瘍 |
横紋筋肉腫,線維腫 |
4. 適応除外条件 |
高度肺高血圧:肺血管抵抗がPVRI>9 W.U.·m2(酸素,NO,薬剤投与テストで抵抗の低下するものを除く) |
肺動脈または静脈低形成例 |
高度の肝腎機能障害,神経障害,感染症など |
13トリソミー,18トリソミー,21トリソミー |
なお,DiGeorge症候群,無脾症,多脾症は適応 |
適応基準は本質的には,成人と差はないが,各疾患に特徴があるので,日本小児循環器学会移植委員会では,小児の心移植の適応評価のためのガイドラインを参照にしていただきたい.国際心肺移植学会(ISHLT)の統計によると,成人では心筋症と虚血性心疾患がほぼ折半するのに対し,小児には年齢による違いがあり,1才未満では先天性心疾患が54%を,11歳以上の小児では心筋症が65%を占める1)
.
成人同様の特発性拡張型心筋症(拡張型(DCM),肥大型,拘束型(RCM))に加え,代謝性疾患に基づく心筋症(糖原病など),ミトコンドリア脳心筋症,筋ジストロフィーに基づく心筋症,薬物性心筋症(抗癌剤などによる),川崎病に伴う虚血性心筋症などがある.拘束型心筋症の頻度は成人に比較して高く,肺高血圧や肝硬変に進行するまでに,心臓移植の可否を判定することが重要である.
HLHSが最も代表的な適応疾患である.これに加えて,外科的に修復不可能な先天性心疾患が適応となる.代表的なものとして,新生児・乳児期には重症Ebstein奇形,巨大冠動脈瘻を伴う純型肺動脈閉鎖などがあげられるが,それより大きな小児期には,単心室(Fontan術不適応例,Fontan術後心不全例,房室弁高度逆流例,左室流出路狭窄例など),高度共通房室弁逆流例などが適応となる.
横紋筋腫,線維腫などがある.
高度の肝腎機能障害,神経障害,感染症などは,成人と同様禁忌となる.13や18トリソミーなど,心疾患以外で生命予後が規定されている場合には適応とならない.21トリソミーは,免疫抑制剤の副作用としてのリンパ系増殖性腫瘍に罹患する率が高いので適応とならない.これまでの経験から,DiGeorge症候群,無脾症,多脾症は,移植後の感染症・拒絶反応の頻度が,それ以外の症例と差がないので適応とされている.
我が国では,当初から,各移植実施施設内適応検討会および日本循環器学会心臓移植委員会適応検討小委員会の2段階審査を経て公式に心臓移植の適応を決定してきた.心臓移植件数の増加に伴い,2015年5月に,50症例以上の移植実績があり,心臓移植適応判定・心臓移植医療が適切に行われていると判断されている3施設では,自施設内で心臓移植適応が可能となった.しかし,現在も,18歳未満の症例については,従来通り,2段階審査を経て公式に心臓移植の適応を決定することになっている.具体的には,ホームページ(http://www.j-circ.or.jp/hearttp/ordersheet.html),10歳以下又は先天性心疾患の場合には小児及び先天性心疾患用レシピエントデータシートを,11~17歳の小児では成人用レシピエントデータシートを用いて,適応判定に必要なデータを入力し,適応判定に必要な画像や診断書などを,心臓移植適応検討申請WEBシステム(https://transplant.j-circ.or.jp/Heart/Entry/Index.aspx)画面から,申請する.
日本循環器学会心臓移植適応検討小委員会の中の,18歳未満の症例および,18歳以上の先天性心疾患の症例に関する適応検討を担当する適応検討グループEの委員13名のうち,8名が適応と判定すれば,心臓移植の適応と認定される仕組みになっている.申請後5~10日程度で判定結果がFAXで返送されてくるので,適応と判定されれば,本人および家族のインフォームドコンセントを経て,日本臓器移植ネットワーク移植患者待機リストに心臓移植適応患者として登録される.
なお,我が国には心臓移植認定施設が9施設あるが,10歳以下の小児の心臓移植を行えるのは,東京大学,大阪大学,東京女子医科大学,国立循環器病研究センターの4施設である (2016年9月末現在).
我が国では,児童からの臓器提供を行うには,小児救命医療,被虐待児の除外,正確な小児脳死判定の3つが確実に行える必要があるため,法的に児童からの臓器提供を実施できる施設を限定している.即ち,どこの病院でも児童からの臓器提供ができるわけではない.具体的には,児童(18歳未満)からの脳死臓器提供が行なえる施設は,救急医療等の関連分野において,高度の医療を行う施設である,大学附属病院,日本救急医学会の指導医指定施設,日本脳神経外科学会の基幹施設又は研修施設,救命救急センターと日本小児総合医療施設協議会の会員施設(5類型施設)に限定されている.しかも,施行規則で,虐待防止委員会等の虐待を受けた児童への対応のために必要な院内体制が整備されていることに定められたため,現在児童からの脳死臓器提供を行うと公表している施設は245施設しかない(平成27年6月30日現在:成人390施設).
改正法では,本人の意見が不明な場合,両親が代理で臓器提供を決定できるようになっている.そのため,日常的に虐待をしていたかもしれない親に代諾権がないと判断できるので,そのような疑いのある例においては,脳死の原因が何であるかにかかわらず,脳死判定から除外することになり,児童からの臓器提供を行う施設に必要な体制として,次のいずれも満たしていることと定めている.
選択基準の成り立ちと基準の詳細は省略するが,18歳以上のドナーの場合は,成人同様のレシピエントの選択基準が適応されるが,18歳未満のドナーの場合には,18歳未満で登録された心臓移植希望者が,医学的緊急度の範囲を超えて,成人よりも優先されるルールになっている(Table 2).
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日本小児循環器学会移植委員会の全国調査4)
によると,我が国で心臓移植を必要とする小児は毎年50例程度(10歳未満は30例程度)であり,DCM, RCMが多い.また西川ら関東心筋疾患研究会の調査結果では5)
,適応とされてからの1年生存率は32.5%,死亡までの平均生存期間は7.5ヶ月であった.このことから,成人の心臓移植適応例に比べ,心不全悪化の速度が速いため,その点を考慮した対応が必要である.さらに,心不全悪化の際ある程度の体重がないと(20 kg以上)成人のような循環補助装置が適用できないことも小児における心臓移植待機の困難性を増す要因と考えられる.
著者らが,小児循環器学会移植委員会,海外渡航移植研究班,トリオジャパン,各種インターネット情報等の協力により調べた限り,113名の小児が1984年から2016年9月末までに海外で心臓移植を受けた.イスタンブール宣言,改正法施行に伴っていったん減少傾向にあったが,小児の脳死臓器提供の件数が増えないため,2014年には海外渡航する小児が増え,2015年8月にEXCORが保険償還されたことにより,さらに海外渡航移植が増加する傾向にある(Fig. 1).
Tx: transplantation
心臓移植を受けた渡航先をみると,アメリカ8割を占め,ドイツ,英国,カナダ,フランスの順で,イスタンブール宣言後は,アメリカやカナダになっている(Fig. 2).移植時の年齢は0~18歳(平均8.3歳),男女ほぼ同数で,適応疾患の内訳は拡張型心筋症(DCM)(冠動脈形成異常1例含む)72例,拘束型心筋症(RCM)27例,先天性心疾患術後8例,虚血性心筋症2例,川崎病2例,心筋炎後心筋症2例であった(Fig. 3).
渡航時に左心補助人工心臓(LVAD)を装着していた症例が34例は,25例で成人用・体外型のニプロLVASが,8例で2015年8月に保険収載されたEXCORを装着されていた.渡航後に新たにLVADを装着した例が10歳以下で2例,11~17歳1例あり,さらに10歳未満では5例がECMO装着に至っている.したがって小児であっても,約4割が移植時に循環補助装置を必要としていたことになる(Fig. 4).
*: N=8 in Japan and N=1 in the USA.
法改正後,徐々に児童からの脳死臓器提供も増加傾向にあり,6歳未満6例,6~10歳1例,11~14歳5例,15~17歳3例の計15例からの脳死臓器提供が行われた(Fig. 5).内2例がVAD装着中の心臓移植待機患者である.1例が医学適応がないため,1例がレシピエント候補者がいなかったため,残りの11例の児童から心臓移植が行われ(Fig. 6),成人ドナーからの8例を加えて,国内では19例の小児心臓移植が行われている.移植時年齢は11.5±5.5歳で,男児11例であった.DCM 15例,RCM 1例,拡張相肥大型心筋症(dHCM)1例,心筋炎後心筋症1例,DCM/RCM 1例であった(Fig. 7).
14例で移植前にLVADが装着(ニプロVAD 8例,EVAHeart 1例,Jarvik2000 1例,HVADの両心VAD 1例,EXCOR 3例)され,4例がカテコラミン投与,1例が医学的緊急度2(入院待機)であった(Fig. 8).19例の待機期間は172~1764日(平均608日),LVAS装着期間は45~1165日(平均645日)であった.1例が移植後11年目に腎不全で死亡したが,他の18例は生存中である.
改正臓器移植法が施行されるに当たり,18歳未満のドナーからの心臓が18歳未満で登録されたレシピエントに優先されるルールができた.その結果,児童からの提供を受けたレシピエントの待機期間は当初1年以内に短縮されたが,5例目からは800日以上となり,児童からの提供でも待機期間が長くなっている.
国内の小児の心臓移植の移植後の1, 3, 5及び10年累積生存率は,全て100%(ただし,最長例が11年目に腎不全で死亡),一方,海外渡航移植の小児の心臓移植の移植後の1, 3, 5, 10及び20年累積生存率94.9%,92.6%,87.6%,81.3%及び81.3%であり,欧米の成績より良好である.これは世界有数の小児心臓移植施設で移植を受けたこと,帰国後紹介医がきめの細かい管理をしていること,ならびに家族が注意深く患児を見守っているからであろう.
なお,臓器移植法施行後19年間に海外渡航移植を希望し,医療施設で検討された症例は114例にのぼり,96例が移植に至ったが,27例が渡航準備中に,14例が渡航後待機中に死亡(全例が渡航希望後1年以内に死亡)している(Fig. 9).
全国調査から見ても,少なくとも年間50例近くの小児が心臓移植を必要としているのに対し,法制定後の20年弱で国内で19例,海外で113例の心臓移植が実施されたに過ぎず,移植例の予後とQOLが世界の成績と遜色ない結果と考えると,我が国でも早期に実施されることが期待される.
海外渡航移植についてはレシピエントならびに家族の経済的・精神的支援がよく問題となっているが,日本での小児の脳死は否認し,欧米の小児の脳死を肯定するという,倫理的に重大な問題を抱えていることを忘れてはならない.また,日本の子供が心臓移植を受けた分だけ,その国の子供が心臓移植を受けられないでなくなっている可能性があることも重要であり,国際摩擦の原因ともなりうる課題である.法改正により,小児ドナーからの提供が可能になったが,我が国における心臓の提供は極めて少なく,海外渡航心臓移植が減らないのが現状である.
本論文について開示すべき利益相反(COI)はない.
1) 松下 享,北 知子,三輪谷隆史,ほか:小児に対する国内脳死後心臓移植の症例.日小児循環器会誌2001; 17: 738–743
2) 福嶌教偉,宮本裕治,大竹重彰,ほか:小児末期的循環不全に対する機械的循環補助並びに心臓移植.日小児循環器会誌2003; 19: 47–52
3) Ueno T, Fukushima N, Kogaki S, et al: First pediatric heart transplantation from a pediatric donor heart in Japan. Circ J 2012; 76: 752–754
4) 小野安生,福嶌教偉:小児期拡張型心筋症の自然予後:心臓移植対象例における検討.山口 徹(編):Annual Review 循環器2008. 中外医学社,2008, pp 297–301
5) 西川俊郎,佐地 勉,井埜利博,ほか(関東心筋疾患研究会,日本小児循環器学会移植委員会):小児期心筋症の全国調査結果.日小児循環器会誌2001; 16: 223–229
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