臨床医少考A Little Thinking about a Clinician
千葉県こども病院循環器内科Department of Cardiology, Chiba Children’s Hospital ◇ Chiba, Japan
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一人の医師は,たくさんの人,たくさんの本との出会いで成長していくという意見に反対する方は多くないでしょう.医学生時代,医師になってから,医師は(あるいは“人は”なのかもしれませんが)さまざまな影響を受けて一人前になっていくものだと思います.
先日部屋の片付けをしていたら出てきた一冊の本.みなさん読まれたことがあるでしょうか,1986年に医学書院から出版された“小児診断のすすめ方”.ArizonaのVincent A. Fulgiiti先生が書かれた本を久留米大学の山下文雄先生が学生さんとともに訳された本で,もう絶版になってしまいました.嬉しくて見つけたことをFacebookに載せたところ,山下先生のお弟子さんである北里大学の石井先生や岡山大学の赤木先生からコメントをいただきました.この本は本来はお弟子さんたちのものであるかもしれませんが,私が大きく影響を受けたということで少しこの本の内容について書かせていただこうと思います.
私の学生時代は,教養の生物学ではJD Watson先生の名著,“Molecular Biology of the Gene”に基づいた講義が行われ,医学部に進学すると“Molecular Biology of the Cell”が出版され(お金のない学生時代だったのでペーパーバック版を購入して皆で読んだのも懐かしい思い出です),さらに利根川進先生が免疫グロブリンの遺伝子再構成でノーベル生理学・医学賞を受賞した時代です.私は将来免疫学者になろうと考えていました.それをあっさりと臨床に転換させたのはこの“小児診断のすすめ方”とNew England Journal of the Medicineでした.
“小児診断のすすめ方”は二部構成になっています.第二部実例(各論)は例えば“発熱”といった,いわゆる一般的な診断学のテキストの配置になっていますが,私が特に強い影響を受けたのは第一部の総論です(もちろん第二部も第一部に基づいて書かれており,通常の診断学のテキストとは随分趣が異なっています).この第一部総論は6章立てになっており,順に1.臨床的問題解決とは,2. 臨床的問題解決とは(具体的なステップが述べられています),3. 情報を集める,4. 臨床的作業仮説を立てること,5. 仮説の検証,6. 何を行い,何を行わないか,となっています.私の口癖の一つは,“お医者さんの能力とは問題解決能力である”なのですが,その元になったのはこんなところにあったらしいです.そしてこの6つの章のタイトルはまさに臨床研究を進めるステップと同じだと思います.私のもう一つの口癖が,“臨床研究をして論文を書くのと患者さんをマネージメントするのは同じことである”なのですが,その基盤もどうやらこの本にあったと改めて気づかされました.
第1章にこんな言葉があります.“この本で強調したいことは「実験室での動物実験や暗室での作業よりは,実地診療の場で科学的な考え方が身につくようにしなさい」ということである”.その一方でこのようにも言っています.“仮説を立てるというのは科学であるとともに一つの芸術的技術である”,“この固有の能力は本人次第で伸ばすことも,磨きをかけることもできる.その唯一の方法は経験を積み重ねることである.何回も繰り返して行い,絶えず第三者から批判してもらうとよい”.学生時代に読んでよかったと思えるこんな言葉もありました.“解剖学,生理学,生化学的基礎知識をすぐさま応用できなければプアーな医師である”.学生で基礎医学を学んでいた頃,臨床医になるのにこんなことが必要なのかという声をよく聞きましたが,決してそうではないようです.臨床医になってから“もっと薬理を勉強しておくんだった…”etc.と後悔された方は少なくないのではないでしょうか?
学習の仕方についてもたくさんの記載があり,学生時代はもちろん今でいう社会人教育にまで言及があります.“医師は種々の理由,なかでも診療のため,雑誌を読む時間があまりない.ジャーナルの価値とか用い方をあまり勉強せずに卒業する医師が多く,卒後もジャーナルを定期的にかつ批判しながら読むという習慣をつけた人が少ない.実地医としてのビジネスが増加し,時間的制約は増えるため,習慣がついてない限り規則正しく本を読むものが少ない.学生に対する私の忠告は,一般的な医学雑誌,すなわちNew England J. Medicine, J. American Medical AssociationやLancetなどを臨床教育の早期から読み始めることである”とあります.この文章に感化された私は学生時代にNew England Journal of the Medicineの定期購読を始めたのですが(学生は安く購読できました),そのCPCにおける診断へのアプローチが概ねこの本と同じシステムで行われていることに驚きました.そしてさまざまな症例に対する診断へのアプローチの具体的な内容にたびたび感銘を受けたことで,さらに進路は臨床医へと向かっていきました.
私にとって臨床医学の面白さを教えてくれた,あるいは臨床医学を面白く学んでいくことを教えてくれた恩人のような書籍です.こういった書籍にまだ巡り合っていない若い先生方が,早く自分の“小児診断のすすめ方”に出会えることを祈りつつペンを置きたいと思います.
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