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特定非営利活動法人日本小児循環器学会
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(1): 50-53 (2016)
doi:10.9794/jspccs.32.50

症例報告

鈍的外傷による心室中隔穿孔に対して手術を行った一例

1熊本市民病院小児心臓外科

2熊本市民病院心臓血管外科

3熊本市民病院小児循環器科

4熊本赤十字病院小児科

受付日:2015年10月22日
受理日:2015年12月10日
発行日:2016年1月1日
HTMLPDFEPUB3

胸部鈍的外傷後の心室中隔穿孔に対し受傷後3か月で手術を行い良好な結果を得たので報告する.症例は7歳,男児.学校で遊んでいる際に前胸部を突かれるようにアルミ製のブラインド下端の棒に衝突し鈍的外傷を負った.受傷直後はなかった心雑音を1か月後に聴取し心エコーで心尖部に左右短絡を認めた.その後,易疲労感と左室の拡大傾向を認めたため受傷後3か月で手術を施行した.左室切開アプローチを選択し穿孔部の同定は容易で心尖部中隔に10 mmの亀裂を認めパッチで閉鎖した.術後の経過は良好であった.

Key words: traumatic ventricular septal perforation; blunt chest trauma; cardiac surgery; left ventriculotomy

はじめに

交通事故などによる臓器損傷を伴う心室中隔穿孔の症例は散見されるが,軽微な胸部鈍的外傷によるもので,かつ単独での心室中隔穿孔(VSP)は非常に稀である.我々は今回,外傷性VSPの症例に対して受傷後3か月で手術を施行し良好な結果を得たので報告する.

症例

症例

7歳,男児

既往歴

なし.心雑音や心電図異常の指摘もなし.

家族歴

特記すべき事項なし.

現病歴

生来健康な男児.学校で遊んでいる際に前胸部を突かれるようにアルミ製のブラインド下端の棒に衝突し鈍的外傷を負った.受傷直後は動けなくなるほどの衝撃であったが症状は全くなかった.近医を受診した際の診察では発赤や腫脹,出血斑などの体表の外傷跡は全くなく心雑音も聴取しなかった.また胸部レントゲン写真では心胸郭比は45%で心拡大も認めなかった.その後も症状なく経過した.しかし受傷して1か月後に感冒症状で近医を受診した際に,心雑音を聴取し心エコーで心尖部に左右短絡を認め,左室拡張末期径は44 mm(121% of Nomal)であり胸部レントゲン写真で心胸郭比は52%と心拡大の進行を認めた.その後,徐々に運動時の疲労感が出現し左室拡大も増強してきたため,受傷から3か月後に手術目的で紹介入院となった.

入院時現症

身長113 cm,体重17.1 kg,血圧98/53 mmHg,脈拍80回/分,整.体表に明らかな外傷所見は認めなかった.第4肋間胸骨左縁にLevine III/VI度の汎収縮期雑音を聴取した.

血液検査所見

CK 80 IU/Lと心筋逸脱酵素の上昇なし.BNP 73.3 pg/mLで軽度上昇認めた.その他異常所見なし.

胸部レントゲン写真

心胸郭比55%,肺血管陰影の増強を認めた.

心電図

洞調律,心拍数87回/分,QRS軸89度.

経胸壁心エコー

左室拡張末期径49 mm(136% of Nomal)と拡大を認めた.また心尖部中隔に13 mmの欠損孔を認め左室から右室への左右短絡所見を認めた(Fig. 1

).心嚢液の貯留はなかった.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(1): 50-53 (2016)

Fig. 1 Preoperative echocardiogram

A: Echocardiogram showing ventricular septal perforation (white arrow). Diameter of the defect was approximately 13 mm. B: Color Doppler echocardiogram showing left-to-right shunt flow through a ventricular septal perforation.

心臓カテーテル検査

左室拡張末期容積係数は224% of Nomal,左室駆出率は54.4%であり心室中隔筋性部に左右短絡を認めた.

手術所見

心嚢液はごく少量で出血もなかった.上行大動脈送血,上下大静脈脱血で型通りに体外循環を確立し心停止とした.まず右房を切開し右室内を検索すると心尖部の内膜が白色化していた.中心部に穿孔部を認めアトムチューブ®を通しておいた.その後,左室心尖部の左冠動脈前下行枝と平行に約25 mmの縦切開を加えた.左室から見ると右室からの所見と同様に心尖部に20 mm大の白色化した部位を認め,その中央に右室からのアトムチューブ®が貫通しており穿孔部の径は約10 mmであった(Fig. 2

).穿孔部の周囲は菲薄化しており辺縁から5 mm離してプレジェッド付き4–0ネスポーレン®10針をかけexpanded polytetrafluoroethyleneパッチを縫着してVSPを閉鎖した.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 32(1): 50-53 (2016)

Fig. 2 Intraoperative view of the ventricular septal perforation surrounded by fibrotic tissue. A feeding tube was inserted through the defect (white arrow)

術後経過

術後の血行動態は安定していた.術直後に心室期外収縮の散発を認めたが,その後自然消失した.経胸壁心エコーでは心尖部にごくわずかの遺残短絡を認めたが,心機能は良好で心負荷も改善したため術後13日目に退院となった.退院後の外来で心雑音は聴取されず経胸壁心エコーでは遺残短絡は消失し,術後5か月が経過した現在も症状なく小学校に通学している.

考察

胸部鈍的外傷による心外傷の多くは交通事故1, 2)

など強い外力によって発症した多発外傷の一部として報告されることが多い.その数は少なく,心筋の挫滅,腱索や弁の損傷などを合併しない単独のVSPはさらに希少である3).Parmleyらの報告では胸部鈍的外傷による心外傷の剖検例546例中,VSPは30例に認め,その内単独でのVSPは5例(0.9%)に過ぎなかったとされている4).単独でのVSPとしては電車での胸部打撲例3)や路面での転倒例5),バスタブからの転倒例6)などの報告はあるものの,本症例のように軽微な外力で発症した症例は極めて稀である.

胸部鈍的外傷によるVSPの診断において血液検査や心電図で心筋逸脱酵素の上昇や虚血性変化のない症例もあり特徴的な所見は乏しいと言える.一方で経胸壁心エコーの進歩はめざましく,侵襲なく精度の高い診断が可能である.また心雑音の発現や心不全の発症までは受傷から期間を要することが多いとされる.本症例でも受傷当日は聴取されなかった心雑音が1か月後に聴取されており,挫滅した心筋の血行障害によって受傷後から徐々に組織の壊死が進行し穿孔に至ったものと考えられた7)

.したがって胸部外傷例においては聴診や経胸壁心エコーで注意深く経過観察を続ける必要があると思われる.

治療の時期に関しては循環動態が安定しており急性期の手術が必要なければ,受傷後2~3か月を経て手術を行うほうがVSP周囲の心筋の線維化が進んで修復が容易とされる7, 8)

.本症例では,受傷後3か月を経て左室の拡大は進行したものの血行動態,心機能は保たれており慢性期に待機的手術が行えた.実際,VSP周囲の線維化が進んでおり修復は容易であった.

VSPへの到達方法としては経右房,左室切開,右室切開などがあるが,Clarkらは左室切開のほうが良好な視野を得ることができ,またパッチを左室側におくことでパッチの剥離防止の効果を期待できるとしている9)

.その他にも後藤ら10)や浜田ら11)は右室切開で欠損孔を確実に同定し閉鎖することに難渋したと報告しており,さらに後藤ら10)は右室切開によって手術を行った症例で遺残短絡を認め,左室切開によって再手術を施行し良好な視野で欠損孔を確認し閉鎖できたとしている.右室切開で穿孔部を同定することが難しいのは,肉柱が繊細である左室に対して右室心尖部の肉柱は非常に複雑な荒い構造をしているためと考えられる.さらに左室切開によって術後に臨床上問題となるような左心不全をきたした報告はなく,また本症例は受傷から3か月経過した慢性期であり心機能も良好であることから我々は左室切開を選択した.術中の視野は良好で術後の経過も問題なかったことから,適切なアプローチであったと思われる.

本症例は比較的軽微な外力によって発症した極めて稀な症例であり,慢性期に手術を行うことができ左室切開が有効であった.外傷性VSPは先天性心室中隔欠損症や心筋梗塞後のVSPとは異なり,生来健康な人に偶発的に発症する場合,心筋やその他の臓器の状態は良好であるため,適切な時期に適切な診断,治療が行われれば良好な結果が得られるものと考えられる.また胸部外傷後は体表に外傷の跡がない程度の軽微な外傷であっても,本疾患が遅発性に発症しうることを念頭に置き注意深く検査や経過観察を行っていくべきである.

引用文献

1) Maura S, Vitor G, Michael RR, et al: Traumatic ventricular septal avulsion. Ann Thorac Surg 2012; 94: 1714–1716

2) Ikuta T, Suehiro S, Shibata T, et al: A case of early repair of ventricular septal perforation due to blunt chest trauma. Jpn J Cardiovasc Surg 2002; 31: 221–223

3) Takemura T, Yoshizu H, Hatori N, et al: Ventricular septal perforation due to weak blunt chest trauma. J Jpn Assn Thorac Surg 1996; 44: 982–985

4) Parmley LF, Manion WC, Mattingly TW, et al: Nonpenetrating traumatic injury of the heart. Circulation 1958; 18: 371–396

5) 北條 浩,尾崎公彦,萩原正規,ほか:外傷性心室中隔穿孔の1例.胸部外科2007; 60(2): 149–152

6) Evora PRB, Ribeiro PJF, Brasil JCF, et al: Late surgical repair of ventricular septal defect due to nonpenetrating chest trauma. Review and report of two contrasting cases. J Trauma 1985; 25: 1007–1009

7) Jebara VA, Acar C, Dervanian P, et al: Traumatic ventricular septal defects. Report of 3 cases with tricuspid valve rupture in 2 cases. J Cardiovasc Surg (Torino) 1992; 33: 253–255

8) Pellegrini RV, Layton TR, Dimarco RF, et al: Multiple cardiac lesions from blunt trauma. J Trauma 1980; 20: 169–173

9) Clark TA, Corcoran FH, Baker WP, et al: Early repair of traumatic ventricular septal defect. J Thorac Cardiovasc Surg 1974; 67: 121–124

10) 後藤一雄,田中 考,石原義紀,ほか:外傷性心室中隔穿孔の手術成功例.Shinzou 1973; 5: 1588

11) Hamada Y, Niitu K, Yasui Y, et al: Repair in the subacute stage of ventricular septal defect due to nonpenetrating chest trauma. J Jpn Assn Thorac Surg 1982; 30: 1996–2001

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