TCPC術後の蛋白漏出性胃腸症に伴う低IgG血症に対し,pH 4処理酸性人免疫グロブリン(皮下注射)による在宅補充療法を導入した1例
1 大垣市民病院小児循環器新生児科
2 愛知県済生会リハビリテーション病院
TCPC(total cavo-pulmonary connection)手術後の蛋白漏出性胃腸症(protein-losing enteropathy: PLE)に伴う低IgG血症に対し,pH 4処理酸性人免疫グロブリン(皮下注射)(Subcutaneous Immunoglobulin: SCIG)による在宅補充療法を導入した1例を経験した.症例は左心低形成症候群の21歳男性.5歳時にTCPC手術を施行,術後5年でPLEを発症した.15歳より感染症等によるPLE症状増悪時に静注免疫グロブリン(intravenous immunoglobulin: IVIG)補充を行い,20歳でSCIG在宅補充を導入した.8 g/週で開始したが血清IgGの上昇を認めず,16 g/週に増量した.SCIG使用前と16 g/週補充後を比較し,血清IgG値は370→484 mg/dLと上昇,血清アルブミンは2.7→2.4 g/dLと低下,入院日数は4.7→1.2日/月と減少した.SCIGにより血清IgGが上昇し,感染症による入院回避に効果があった.PLE患者への維持投与量は,重症度に応じた個別の検討が必要と考えられる.
Key words: Fontan; protein-losing enteropathy; subcutaneous immunoglobulin
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PLEでは腸管からの過度の蛋白漏出により低蛋白血症に至る.それに伴う低IgG血症により易感染性を呈し,感染症の治癒が遅れ,更なるPLE症状の増悪を来すので免疫グロブリンの補充が必要となる.2014年,本邦においても定期的な免疫グロブリン補充療法を必要とする患者に対し,SCIGが健康保険適応となった.静注製剤と比較し,緩徐な吸収による血清IgG値の安定化,全身性副作用の低減,在宅補充による生活の質向上などの効果が期待される.SCIGは主に原発性免疫不全症(primary immunodeficiency disease: PID)患者に使用されており,PLE患者に対する使用報告は乏しい.今回我々は,TCPC術後のPLEに伴う低IgG血症に対し,SCIGによる在宅免疫グロブリン補充療法を導入した1例を経験したので報告する.
21歳の男性.現在,心臓機能障害により身体障害者1級である.
在胎40週5日,出生体重3,755 gで出生した.日齢1に心雑音を指摘され,日齢2に左心低形成症候群(僧帽弁狭窄,大動脈弁閉鎖)と診断を受け,当院に搬送入院となった.日齢23にNorwood手術,1歳時に両方向性Glenn手術及び肺動脈形成手術(術前肺血管抵抗=1.7 Wood U·m2,PA index=109 mm2/m2),5歳時にTCPC手術(16 mm)を施行された(術前肺血管抵抗=2.3 WoodU·m2,PA index=81 mm2/m2).TCPC手術5年後に,腹水と下痢を主訴に近医から紹介され,蛋白漏出シンチグラフィー検査でPLEと診断された.PLE発症後は薬物治療としてヘパリンの静脈注射とスピロノラクトン・ループ利尿薬・肺血管拡張薬の内服を行った.15歳時に左肺動脈(LPA)狭窄(LPA–導管間圧差5 mmHg)に対しステント留置,17歳時に導管狭窄(導管–下大静脈間圧差2.5 mmHg)に対しfenestrated re-TCPC(20 mm)が施行されたが,fenestrationは直後に自然閉鎖した.しかしPLE症状は増悪緩解を繰り返し,経年的に悪化傾向である.5歳時のTCPC手術以後の心臓カテーテル検査における下大静脈圧,肺血管抵抗の推移をFig. 1に,また直近の心臓カテーテル検査(20歳9カ月)の結果をTable 1に示す.下大静脈圧はTCPC術直後に14 mmHgであったがPLE発症後から上昇し,15歳時には最大25 mmHgに至った.その後LPAステント留置・fenestrated re-TCPC(20 mm)施行を経て,直近の20歳9カ月時点では15 mmHgに再度低下した.肺血管抵抗は,直近の20歳9カ月時点でも1.45 WoodU·m2と比較的低値であった.
Pressure (mmHg) | O2 saturation (%) | ||
---|---|---|---|
Systolic/Diastolic | Mean | ||
Superior Vena Cava | — | 16 | 71.5 |
Conduit | — | 15 | 76.2 |
Inferior Vena Cava | — | 15 | 77.1 |
Right Ventricle | 140/EDP6 | 92.0 | |
Pulmonary Artery bifurcation | — | 14 | — |
Right Pulmonary Artery (RPA) | — | 14 | 75.0 |
Left Pulmonary Artery (LPA) | — | 13 | 72.7 |
RPA wedge | — | 10 | — |
LPA wedge | — | 10 | — |
Femoral Artery | 134/76 | 100 | 92.0 |
Cardiac Index | 4.71 | (L/min/m2) | |
Qp/Qs | 1.02 | ||
RpI | 1.45 | (Wood U/m2) |
近年は易感染性を呈し,感染症を契機としたPLE症状の増悪でしばしば入退院を反復してきた(Fig. 2).低IgG血症が顕在化した15歳時より,感染症等による症状増悪時に静注免疫グロブリン(IVIG)補充を要するようになった.そこで20歳時,SCIG在宅補充療法が導入された.
SCIG導入時の現症を次に示す.専門学校通学中.易疲労性の自覚はあるものの,日常生活は完全に自立していた.身長174 cm,体重52.2 kg,BMI 17.2,血圧124/62 mmHg,心拍114/分,経皮酸素飽和度93%(室内気),眼瞼浮腫なし,呼吸音清.胸骨左縁第3肋間にLevine2/6の収縮期雑音を聴取した.腹部は軽度膨満し,波動を触知した.下肢に軽度浮腫を認めた.SCIG導入時の血液検査では血清総蛋白4.2 g/dL,アルブミン2.6 g/dL,IgG344 mg/dLと低蛋白血症を認めた.一般生化学検査や血算に特記する異常を認めなかった(Table 2).
WBC | 12350/µL | AST | 40 IU/L |
Neu | 93.0% | ALT | 35 IU/L |
Lym | 2.0% | γ-GTP | 59 IU/L |
Mono | 3.0% | UN | 8.7 mg/dL |
Eo | 1.0% | CRE | 0.65 mg/dL |
RBC | 539×104/µL | TP | 4.1 mg/dL |
Hb | 15.7 g/dL | ALB | 2.4 g/dL |
Plt | 33.3×104/µL | IgG | 366 mg/dL |
NA | 138 mEq/L | ||
K | 4.5 mEq/L | ||
CL | 109 mEqL |
8 g/週(154 mg/kg/週)で開始したが血清IgGの上昇を認めず,16 g/週(307 mg/kg/週)に増量された(Fig. 3).SCIG使用前と16 g/週補充後を比較し,血清IgG値は370→484 mg/dLと上昇,血清アルブミン値は2.7→2.4 g/dLと減少,入院日数は4.7→1.2日/月と減少,医療費は98→108万円/月と微増した(Table 3).
Pre-SCIG | 8 g/week | 16 g/week | |
---|---|---|---|
Period (months) | 31 | 4 | 5 |
Alb (g/dL) | 2.7 | 2.5 | 2.4 |
IgG (mg/dL) | 370 | 347 | 484 |
IVIG replacement (times/month) | 1.4 | 1.2 | 0 |
Duration of hospital stay (d/month) | 4.7 | 10.0 | 1.2 |
Medical bills (1000 yen/month) | 98 | 78 | 108 |
After SCIG administration, serum albumin levels were reduced from 2.7 to 2.4 g/dL, IgG levels increased from 370 to 484 mg/dL, and the total duration of the hospital stay was shortened from 4.7 to 1.2 d/month. |
SCIGの副作用として頻度の高い皮下注射部の局所反応が,本症例においても生じた.導入当初は皮下注部の発赤が目立ち,疼痛を訴える頻度も高かった.発赤に関しては数カ月の経過で徐々に改善し,疼痛に関しては本人の慣れもあり,その訴えの頻度は減少している.その他の副作用は今のところ本症例では生じていない.
本症例では,SCIGにより血清IgG値が上昇し,感染症による入院の回避に効果があった.PID患者に対しては,気管支拡張症などの肺合併症の進行を防ぐために,適正な抗菌薬治療に加え,血清IgGトラフ値を500 mg/dL以上に維持することが望ましいとされている1)
.また,健常者の血清IgG値の下限である700 mg/dL以上にすべきであると提唱した報告もある2).しかし,現在PLEに伴う低IgG血症に対するグロブリン補充の目標血清IgG値を示した報告はない.また,本症例のように易感染性を呈する場合にはグロブリン補充が有効である可能性があるが,易感染性がない場合にグロブリン補充を行うべきかどうかに関しても報告がない.
本症例では,SCIG導入以前にIVIGによる免疫グロブリン補充を行っていた際の平均血清IgG値は370 mg/dLであり,感染症に伴うPLE症状の悪化で頻回の入退院を反復していた.この期間の平均免疫グロブリン補充量は4 g/週(77 mg/kg/週)であり,SCIGによる16 g/週(307 mg/kg/週)より少なかった.しかしIVIGで血清IgG値を維持するためには,頻回に医療機関を受診する必要がある.また,SCIGは緩やかに吸収されるため,血清IgG値がより安定する.結果として血清IgG値が484 mg/dLまで上昇し,感染症による入院回避に効果があったと考えられる.
一方,PLE患者におけるSCIGの投与量は症例ごとに異なると考えられる.本症例においては8 g/週(154 mg/kg/週)では血清IgG値の上昇を認めずIVIGの併用を必要とし,16 g/週(307 mg/kg/週)に増量している.現在,PLE患者に対するSCIGによる免疫グロブリン補充療法の報告は乏しい.SCIGによる免疫グロブリン補充療法の有用性が確立されているPID患者での維持投与量は87.8~213.2 mg/kg/週と報告されており3–5)
,本症例では307 mg/kg/週とより多くの投与量を要した(Table 4).PID患者における低IgG血症は産生不全によるものであり,補充した免疫グロブリンも腸管に漏出してしまうPLEでは,より多量の補充が必要ではないかと考えられる.
Study (year), country | Patients (n) | Mean age (years) | Mean weekly SCIG dose (mg/kg) | Pre-study IgG level (mg/dL) | IgG level, with SCIG (mg/dL) |
---|---|---|---|---|---|
Hagan et al (2010) USA | 38 | 36.3 | 213.2 | 1010 | 1253 |
Jolles et al (2011) EU | 46 | 21.5 | 118.7 | 749 | 810 |
Kanegane et al (2014) Japan | 24 | 20.5 | 87.8 | 653 | 715 |
Present case | — | — | 307 | 368 | 456 |
This case required higher dose of SCIG to maintain the IgG level than patients with PID. |
本症例では,CLS Behring社の20%SCIG製剤であるHizentra®を使用した.これは本邦では低IgG血症に対して唯一使用可能なSCIG製剤である.本邦においては,無または低ガンマグロブリン血症に対して健康保険適応となっており,本症例などPLEに伴う低IgG血症患者への使用も可能である.また,ネフローゼ症候群に伴う低IgG血症に対して使用したという報告もある6)
.ただし,欧米においてはSCIGの使用はPID,多発性骨髄腫など適応疾患が限られており,PLE患者にSCIGを使用した報告はない.PID患者に対する一般的な投与法は週1回の皮下注射であり,所要時間は1回あたり約30分から1時間である.製剤は冷蔵保管を要し,室温に戻して投与する.皮下注製剤は皮下から血管外組織を通じて緩やかに成分が血中に吸収されるため,血清IgG値が安定し,頭痛などの全身性副作用の低減が期待できる7).また,在宅補充の施行により,定期補充のために職場を欠勤・学校を欠席するなどの制約が軽減され,生活の質向上につながると考えられる8).
SCIGの主な副作用としては注射部位の疼痛,紅斑などの局所反応が非常に多く,原発性免疫不全症候群の患者に対する国内第III相試験では,25例中20例(80%)の患者に局所反応が生じたと報告されている5).より頻度の低い副作用(0.1~5%)として腹部硬直,倦怠感,発熱,圧痛,発疹,皮膚不快感,潮紅などが報告されている.注射部位の局所反応に対する忍容性は良好であり5),また時間経過で改善するとされている7).
TCPC後のPLEに伴う低IgG血症に対し,SCIGによる在宅免疫グロブリン補充療法を導入した1例を経験した.本症例では,SCIG: 16 g/週の投与により血清IgG値が上昇し,感染症による入院の回避に効果があった.ただし,PLE患者への維持投与量は重症度に応じた個別の検討が必要と思われる.PLEに伴う低IgG血症に対する免疫補充療法として,SCIGが今後普及していくと考えられる.使用経験の蓄積により,最適な使用量や使用上の問題点について,更に明らかにされることが望まれる.
本論文について,開示すべき利益相反(COI)はない.
1) 難病情報センター原発性免疫不全症候群の診断基準・重症度分類および診療ガイドラインの確立に関する研究班:診断・治療指針(医療従事者向け)原発性免疫不全症候群.2015-05-04. http://www.nanbyou.or.jp/entry/254
2) Shehata N, Palda V, Bowen T, et al: The use of immunoglobulin therapy for patients with primary immune deficiency: An evidence-based practice guideline. Transfus Med Rev 2010; 24 (Suppl 1): S28–S50
3) Jolles S, Bernatowska E, de Gracia J, et al: Efficacy and safety of Hizentra in patients with primary immunodeficiency after a dose-equivalent switch from intravenous or subcutaneous replacement therapy. Clin Immunol 2011; 141: 90–120
4) Hagan JB, Fasano MB, Spector S, et al: Efficacy and safety of a new 20% immunoglobulin preparation for subcutaneous administration, IgPro20, in patients with primary immunodeficiency. J Clin Immunol 2010; 30: 734–745
5) Kanegane H, Imai K, Yamada M, et al: Efficacy and safety of IgPro20, a subcutaneous immunoglobulin, in Japanese patients with primary immunodeficiency diseases. J Clin Immunol 2014; 32: 204–211
6) 田中絵里子,河原智樹,松本和明,ほか:ネフローゼ症候群の易感染性に対する皮下注型γグロブリン製剤の有効性の検討.日本小児腎臓病学会学術集会第50回記念大会抄録集,2015; 150
7) Jolles S, Sleasman JW: Subcutaneous immunoglobulin replacement therapy with hizentra®, the First 20% SCIG preparation: A practical approach. Adv Ther 2011; 28: 521–533
8) Gardulf A, Nicolay U, Math D, et al: Children and adults with primary antibody deficiencies gain quality of life by subcutaneous IgG self-infusions at home. J Allergy Clin Immunol 2004; 114: 936–942
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