先天性心疾患における左室拡張障害の意義とその基本評価Diastolic Dysfunction in Congenital Heart Disease: Clinical Impact and Basic Evaluation
埼玉医科大学総合医療センター小児循環器科Pediatric Cardiology, Saitama Medical Center Saitama Medical University, Saitama, Japan
心不全症状は,心拍出量低下,あるいはうっ血による.代償機転により心拍出量は概ね保たれるため,症状の多くはうっ血による.うっ血をもたらすのは負荷の異常,あるいは機能,特に拡張能の異常である.先天性心疾患の一部では,これらの異常を併せ持つため,機能と負荷を独立して,かつ統合して考える心室圧容積関係による分析的思考が病態把握,治療選択,治療効果予測に有用である.拡張能は,駆出率でおよそ語ることのできる収縮能と異なり,拡張期左室の弛緩と充満を一つの指標で概観することができない.さらに心エコーの拡張能指標は拡張能そのものではなく,さまざまな限界が明らかにされている.しかし,評価が難しくても,拡張能は重要である.通常の心臓カテーテル検査で,あるいはベッドサイドで非侵襲的に拡張能を把握するにはどうしたらよいだろうか? 圧容積関係と左室流入動態の理解,弛緩と充満を規定する左室stiffnessの概念理解,通常の評価法がにゴールドスタンダード評価にどこまで迫れているかの理解が必要である.その上で総合判断すれば,一見難解な拡張能はおおよそ評価可能である.本稿はこれらを概説し,先天性心疾患術後にみられる駆出率の保たれた心不全の病態と併せ,まとめたい.
Heart failure (HF) symptoms are induced by low cardiac output or congestion. Cardiac output is generally maintained by a compensation mechanism, with the exception of shock cases, meaning most HF symptoms are induced by congestion. Diastolic dysfunction or abnormal loading conditions are major causes of congestion in patients with congenital heart disease (CHD). Pressure-volume relationships clearly demonstrate preload, afterload, and cardiac systolic and diastolic function, as well as their relationships on a single plane. This information would be particularly useful in analysis of pathophysiology, therapy selection, and prediction of therapeutic effect for patients with CHD. Ejection fraction approximately represents systolic function, but no such single index represents diastolic function. Furthermore, diastolic function parameters obtained by echocardiography do not exactly reflect diastolic function. However, it is important to assess diastolic function despite these difficulties. A systematic approach enables diastolic function assessment based on the understanding of three important points: (1) pressure-volume relationship and filling dynamics; (2) relaxation and stiffness; and (3) the relationship between non-invasive and invasive indices. This review summarized these factors in CHD and in the pathophysiology of HF with preserved ejection fraction in children.
Key words: stiffness; relaxation; EDP; pressure-volume relation; echocardiography
© 2016 特定非営利活動法人日本小児循環器学会© 2016 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
心不全は,正常な充満圧では組織の代謝に必要な酸素供給をできない,心臓の構造または機能の異常(2012年欧州心臓病学会ガイドライン)1)である.急性循環不全を除けば,心拍出量はさまざまな調節機構により最低限は維持されるため,心不全症状の多くはうっ血による.左室拡張障害は,その主要な原因であり,左室拡張能の把握は心不全診療において重要である.
先天性心疾患は短絡による負荷の異常や,画一的でない心血管構造異常を伴うことが多い.心内修復術後の適応困難例の中には,“駆出率の保たれた心不全(Heart failure with preserved ejection fraction: HFpEF)”の病態が小児においても存在する2).病態を正しく捉えるために,拡張能およびその評価は成人同様に重要と考えられる.しかし,駆出率という単一の指標で(ある程度は)論じることができる収縮と異なり,拡張は複雑で捉えにくく,評価が難しい.さらに小児では,心拍数・血圧・体格をはじめとして,循環が成人と大きく異なるため,成人の方法論が小児にあてはまるかについても慎重な検討が必要である.
これまでの小児の拡張にまつわる知見は限られており,提案されているたくさんの拡張能指標がそれぞれに限界を有している.本稿では,“拡張能指標”に振り回されず,得られた“拡張能指標”から“拡張能”を俯瞰し,先天性心疾患診療に活かせることを目標とする.
心臓は,低圧の静脈から血液をくみ出し(心房・心室),高圧の動脈に駆出する(心室)ポンプである.静脈からのくみ出しが心室拡張期,動脈への駆出が心室収縮期に行われる.このポンプ機能が障害されると,うっ血や拍出低下を生じる.先天性心疾患では,肺血流増加から,左室拡張障害がなくても肺うっ血を生じ得る(前負荷の異常).一方で心内修復術後に前負荷が適正化されたにも関わらず心不全が発症する症例もある2).このように先天性心疾患では,うっ血という現象だけでは,機能の異常か,負荷の異常か,あるいは両方かが区別できない.そこで,機能と負荷を分けて,そして俯瞰する心機能評価の考え方がひときわ重要である.その基本をまとめたい.
心機能構成要素は,心拍数,負荷条件(前負荷,後負荷),狭義の心機能(収縮能,拡張能)の5つである3–5).実際の循環ではこれらは相互に影響を及ぼし合う.この5つの要素を心周期との関連で理解することがスタートである.心室圧容積関係6)(Fig. 1)と心室流入動態7, 8)(Fig. 2)が大切である.
See text for details. Reprinted with permission from Masutani et al.6)
(a) Left ventricular pressure (LVP; black line) and pulmonary capillary wedge pressure (PCWP; purple line). PCWP was time-shifted to match the PCWP and LVP at the end of long-term diastasis. (b) Mitral inflow velocity by pulse-wave Doppler echocardiography. (c) Tissue Doppler images of septal mitral annulus. Reprinted with permission from Masutani et al.7) (modified).
心電図のQRSの開始から,次のQRSの開始までは,4つの時相に分けられる(Fig. 1).等容性収縮期(A点からB点)の後,左室圧が大動脈圧を超えると大動脈弁が解放して駆出が開始する(駆出期,B点からC点,容積が減少する).左室圧が大動脈圧を下回った後,大動脈弁が閉鎖し,駆出が終了して収縮期が終了する(C点).C点が収縮末期で,以降が拡張期である.左室容積が一定のまま左室圧が下降する等容性弛緩期(C点からD点)を経て,Fig. 2に示すように左室圧が左房圧を下回ると僧帽弁が解放して左房から左室への拡張早期の流入(E波),が開始され,充満期(D点からA点)に入る.充満開始(D点)後もしばらくは,左室は能動的に弛緩を続けるため,容積が増加し始めてもしばらくは圧が下降する(Fig. 1, D点からE点,右下へ).その後左室圧が最小(E点)となった後,血液流入に伴い左室容積がさらに増大し,左室拡張末期圧まで圧・容積が増加する(E点からA点,右上へ).この充満の過程の後半に,心電図のP波に引き続き,心房収縮による流入波A波が起こる(Fig. 2).充満が終了し,拡張末期(圧容積関係のA点)に戻り,これで一心周期である.
拡張期前半(C点からD点)が弛緩で,後半(Fig. 1, D点からA点)が充満である.(正確にはD点からA点の充満期の前半まで弛緩が継続する.)
拡張期の心の挙動は収縮や負荷条件と密接な関わりがあるため,拡張能以外の心機能構成要素についても簡単に触れる.前負荷は心臓をバネに例えるとバネをどこまで伸ばしたかであり,心室拡張末期容積,すなわち圧容積関係(Fig. 1)のA点のX座標で表される.前負荷が大きいほど一回拍出量は大きくなる(Frank-Starlingの法則).後負荷は心室からみた拍出しにくさである.後負荷は,ある一回拍出量を拍出するためにどれだけ収縮末期圧を要するか(動脈エラスタンス,Ea)(Fig. 1)で考えやすい.例えば前負荷と収縮性が一定で,後負荷が増大すると,一回拍出量が減少し,収縮末期血圧が上昇する.収縮能の指標としては,駆出率9)が最も広く臨床で用いられている.駆出率は拡張末期容積からどの位の割合で縮めたかの割合であり,一回拍出量を拡張末期容積で徐した比である.Fig. 1で圧容積関係を横軸方向から眺めると,駆出率がわかる.駆出率は後負荷が高くなると小さくなる(負荷依存性)ため,純粋に収縮能だけを表す指標ではない.しかし,駆出率は一回拍出量と拡張末期容積により簡便に算出でき,病勢や心エコーの見た目とも良好に適合するため,幅広く使用されている.負荷に依存しにくい収縮性の指標に,収縮末期エラスタンス(Ees)がある.負荷を変えて圧容積関係の左上の肩C点の軌跡からなる直線の傾きがEesである(Fig. 3).
(a) Normal. (b) Heart failure with preserved ejection fraction (HFpEF) (c) Heart failure with reduced ejection fraction (HFrEF). See text for details.
それでは拡張能はどう評価したらよいであろうか? 拡張期は収縮末期から圧を低下させ(弛緩)と左房から血液を受け止める(充満)プロセスであるから,弛緩と充満を規定する性能が拡張能といえる.弛緩はいかに速やかに左室圧が低下するか,充満は心室の硬さ(stiffness)で評価される.これらを次にまとめる.
心筋が速やかに弛緩し,左室圧が速やかに低下し,十分に左室最小圧が低下すると,次の充満に備えやすい(弛緩と充満の関係)(Fig. 4).弛緩は,等容性弛緩期の左室圧曲線下降脚を指数関数などで近似し,その時定数(τ)で表すのが目下のところ最良であり,大きく3つの方法がある10).左室圧下降脚を,ゼロに漸近する指数関数で近似するか(zero asymptote),ゼロでない圧に漸近する指数関数で近似するか(nonzero asymptote),よりフィットしやすい別の関数モデルで近似するか(hybrid logistic model)であり,それぞれで時定数τの値は異なる.いずれも時定数が小さいと弛緩が速やかで良好,大きいと弛緩が遅いと判断する10)(Fig. 4a).その他,左室圧下行脚の傾きのピーク値であるpeak negative dp/dtや左室最小圧などが弛緩評価の参考項目として挙げられる.弛緩は細胞内Ca濃度が低下し,アクチンとミオシンのクロスブリッジがほどけることにより生じるエネルギー消費過程である.収縮がよいほど,一般に弛緩は速やかである.弛緩とほぼ同時相に,収縮期に縮められた弾性組織の跳ね返り(elastic recoil)が起こり,拡張早期の心室からのsuctionにつながる(よく縮んだバネは,跳ね返りもよい).この働きにより,良好な左室では左室最小圧はときに負となり,左室流入に寄与する.収縮および拡張機能のよい心臓が,運動で心拍数上昇により流入時間が減少しても,平時より低い左房圧で増加した静脈還流を処理できる11)のは,この働きにもよる.
(a) Left ventricular (LV) pressure decay and relaxation. Faster relaxation enables sufficient smaller LV minimum pressure, which is important for normal LV filling. (b) Representative recordings from experimental animals of LV and left atrial (LA) pressures, time derivative of LV volume (dV/dt), and long axis diameter (dDLA/dt) in normal control and severe heart failure (HF). Mean LA pressure (dotted line), minimum LV pressure, and LV end-diastolic pressure were elevated in HF. In HF, E was elevated, and e’ was decreased and delayed relative to control. Reprinted with permission from Masutani et al.12)
充満を規定するのが,拡張期の心室の硬さstiffnessである.stiffnessは単位容積を大きくするのにどれだけ圧が必要か,つまり硬いか,である.(complianceは,stiffnessの逆数で,ある圧を加えたときに,どれだけ膨らむか,つまり柔らかいかである.)拡張期の左室は膨らませるに従い,硬くなっていく.それでは,時々刻々と硬さを変える左室stiffnessを,どのように定量したらよいだろうか? 方法は大きく2つある.1つは充満期の平均的なstiffnessであるchamber stiffness12–14)(Fig. 5)であり,もう1つは負荷を変えて拡張末期点の軌跡から求めるstiffness constant β15, 16)(Fig. 6)である.
(a) The average K measured as the average slope of the diastolic pressure–volume trajectory. Compared with control, after volume loading, minimal LV and diastolic pressures were elevated and stroke volume was increased, resulting in a slight increase in K. After HF, K was increased. Reprinted with permission from Masutani et al.12) (b) Approximated left ventricular chamber stiffness (K) (the slope of dashed line) can be calculated by the slope of the real line, which is the ratio of the pressure increase during diastole to the stroke volume index.
前者のchamber stiffness(K)12–14)は,一心周期の中で,最小圧からEDPまでの圧上昇を,同じ時相の容積変化で徐したものであり,Fig. 5a, bの右上がりの直線(波線)の傾きである.しかし,最小圧をとる容積の算出には圧・容積の同時計測が必要なため,正確なchamber stiffness(K)の算出は実臨床では難しい.代用として最小圧からEDPまでの圧上昇を一回拍出量で徐せば(Fig. 5bの実線の傾き),chamber stiffness(K)を概算できる.一回拍出量はFick法による心拍出量と心拍数から通常のカテーテル検査で求められ,体表面積で除して一回拍出量係数として用いる2, 17).
我々はこの概算したchamber stiffness(K)を用い,小児HFpEFの病態2)や,心房中隔欠損症患者において左室stiffnessがが肺体血流比の独立規定因子である17)ことを明らかにしてきた.概算のchamber stiffness(K)は,真の値を の割合で過小評価するが,健常から拡張障害進展プロセスごとの圧容積同時計測波形18)からわかるように,この割合は大きくない.概算chamber stiffness(K)にも分子の拡張期圧変化(上昇)は正確に含まれており,これまで拡張期心室硬化を捉えることができていることから,実臨床におけるstiffness評価には十分なレベルと考える.ただし,後述するように,左室最小圧の計測には注意を要する.
stiffness constant β15, 16)は,負荷に依存しにくい,よりgold standardな拡張期stiffness指標とされる.圧容積関係を計測しながら一過性下大静脈閉鎖などで負荷条件を変え,拡張末期の点の軌跡として拡張末期圧容積関係(end-diastolic pressure–volume relationship: EDPVR)を描くことができ,その指数関数((拡張末期圧)=α×eβV+定数項,Vは拡張末期容積)近似から,EDPVRの急峻性を表すパラメータとして,βが求められる.βが大きいほど,曲線は急峻であり,心室が拡張期に硬いことを示す(Fig. 6).この式からわかるようにβは拡張末期容積,すなわち前負荷非依存性である.実際,容量負荷を行ってもEDPVRがほぼ同一であることが動物実験で報告されている19).EDPVRを求めるには,圧・容積の同時計測をしながら負荷を変化させることが必要であり,実臨床では最も計測・評価が困難な心機能指標といえる.したがって,EDPVRやβは,概念を理解しておけば臨床上は十分と考える.
(a) End-diastolic pressure–volume (area) relationship becomes steeper as the left ventricle becomes stiffer, indicating higher end-diastolic pressure is needed to dilate the left ventricle to a given end-diastolic volume. (b) Pressure–area relationship during abdominal compression in a patient with heart failure and preserved ejection fraction. This compression increased preload and greatly increased end-diastolic pressure, showing a steep end-diastolic pressure–area relationship and severe diastolic dysfunction. Reprinted with permission from Masutani et al.6)
前述のchamber stiffness(K)はEDPVRよりも実際の充満プロセスに直結しており20),概算であればその算出も比較的容易なため,心臓カテーテル検査症例では,より考慮に値する拡張期指標である.次に実際の心臓カテーテル検査における拡張能指標の測定をまとめたい.
心臓カテーテル検査における,拡張能指標をTable 1にまとめる.通常の生理的食塩水を満たした圧ラインを圧トランスデューサーに接続した測定(以下,生食ラインの圧と略す)でわかるもの,先端に圧センサーのついたカテーテルやワイヤーによる正確な圧測定が必要なもの,圧容積同時計測が必要なものの順に計測がより大変になっていく.生食ラインによる圧測定と,随所の酸素飽和度測定による血流情報,心血管造影による拡張期・収縮期の容積測定までが通常の心臓カテーテル検査である.
Variables | unit |
---|---|
(regular pressure measurement) | |
End-diastolic pressure | mmHg |
Pulmonary capillary wedge pressure | mmHg |
(accurate pressure measurement) | |
minimum pressure | mmHg |
Tau | ms |
-dp/dt min | mmHg/s |
Approximate chamber stiffness (K) | mmHg/mL or mmHg/mL×m2 |
(simultaneous pressure-volume measurement) | |
Chamber stiffness (K) | mmHg/mL or mmHg/mL×m2 |
β (with load manipulations) | 1/mL |
生食ラインによる圧測定では,空気が混入しないよう十分に留意する.拡張期の圧測定は,1~2 mmHgといった微細な誤差が大きな影響を与えるため,キャリブレーションを念入りに行う.
拡張末期圧は,通常の生食ラインの圧測定でも比較的正確に計測でき,広く用いられている.拡張期左室圧は少しずつ上昇し,心房収縮に伴い上昇した後,いったん下降して,収縮期に入り急上昇する.左室拡張末期圧は,心房収縮の後の一番低い圧13)を用いたり,心拍数が早くそこが不明のときは,収縮に伴う圧の急上昇直前の圧として計測する.電気的活動と圧変化には時間差があり得るため,心電図でタイミングを決めるより,圧波形自体で決めた方がよいと思われる.同じ拡張能でも前負荷を増せば,拡張末期圧は増加することからわかるように(Fig. 6),拡張末期圧は負荷依存性であるが,心室の拡張の実際の作動点を表し,うっ血とも関連が強い.左房は,僧帽弁が解放している充満期に,左室とつながる腔であり,左室拡張障害の進展とともに左房圧は上昇する(Fig. 8).したがって,左房圧は可能ならば測定したい圧である.しかし左房は心房中隔欠損や卵円孔がなければカテーテルを挿入できないため,左房圧は通常,肺動脈楔入圧で代用する.肺動脈楔入圧は,先端孔のバルーンカテーテルを肺動脈末梢に進め,バルーンで遠位の血流を遮断し,そこから先の圧降下がゼロになることを利用して左房圧を観測するものである.肺動脈楔入圧は,静脈シースのみを挿入した心臓カテーテル検査でも評価可能な左室拡張能指標である.通常の小児カテーテル検査では,左室拡張末期圧と肺動脈楔入圧の2つは,必ず正しく得ておきたい左室拡張の基本評価指標である.両者は同一ではなく,通常は左室拡張末期圧が肺動脈楔入圧よりもやや高い(Fig. 4b).肺動脈楔入圧の方が有意に高ければ,肺静脈狭窄や僧房弁狭窄の存在,あるいは楔入(血流遮断)が不十分であることを疑う.
左室最小圧は生食ラインの圧では,Fig. 7aのように非生理的な圧曲線の触れが大きい時相のために正確な測定は難しく,臨床では必ずしも重視されていない可能性がある.しかし心室最小圧は心室の弛緩が良好に行われたかを示す本来大事な計測値である.生食ラインの圧で心室最小圧を評価しようとする際は,生理的な圧曲線の形を念頭においた圧曲線の解釈が必要である.
(a) Analog recordings of the left ventricular pressure waveform using a pressure guidewire (orange) and a saline-filled catheter (black). The waveform by saline-filled catheter (black) had unphysiological fluctuations. (b) The pressure–area relationship during inferior vena cava occlusion by pressure measurements using a saline-filled catheter (left panel) and a pressure guidewire (right panel), demonstrating the usefulness of pressure measurements using a pressure guidewire. Reprinted with permission from Masutani et al.6)
正確な左室最小圧,圧波形の微分(peak negative dp/dt),弛緩時定数τ,圧容積(あるいは圧断面積)関係評価のための圧測定には,先端にマノメータがついたカテーテルや圧ワイヤー21)による計測が望ましい.こうした計測は,実臨床のなかで必ずしも容易でなく,また必須とは限らないが,詳細な心機能計測について,あるいは得られた拡張指標について理解を深めるため,以下に説明する.
圧ワイヤーは0.014 inchで,小児で通常使用するカテーテル内部に挿入して使用可能であり21),通常の小児心臓カテーテル検査の侵襲を増加させずに正確な圧波形を得ることができる.成人では圧容積の同時計測は,心室容積を電気的に算出可能なコンダクタンス・カテーテルを用いることにより施行できる22).しかしコンダクタンス・カテーテルは太く,小児のカテーテル検査に適したものは見当たらない.さらに,コンダクタンス・カテーテルの測定原理から,大きな心室中隔欠損がある場合などは左室容積評価が困難であるなど,必ずしも万能ではない.我々は心室容積の代用として超音波AQ法による心室断面積を利用し,圧計測以外を非侵襲的に心室圧断面積関係を構築し,評価してきた21, 23).今後,3D心エコーの心室容積がリアルタイムで容易に外部出力できるようになれば,あるいは4Frシースに挿入して使用可能な安価なコンダクタンスカテーテルが使用できるようになれば,小児での心室圧容積関係の構築が容易となり,小児の心機能評価に貢献すると思われる.
ここまで,安静時の計測について述べてきたが,小児心臓カテーテル検査中の安静時の計測は,日常生活での循環を必ずしも反映しない.小児の通常のカテーテル検査では,安静時のみの計測であり,鎮静薬の影響も加わるため,日常生活より負荷を大きく減じた“非生理的”な状態での評価にほぼ限られるからである.拡張末期圧容積関係が下に凸の右上がりの曲線であり(Fig. 6),拡張末期圧は前負荷依存性なので,心臓カテーテル検査では日常より低い拡張末期圧を観察していると考えられる.さらに,stiffな心室ほど,容積変動に対する拡張末期圧の変動が大きいため(Fig. 6a),負荷を減じた状態での拡張末期圧の評価のみでは拡張期stiffnessの異常を過小評価してしまう可能性がある.小児HFpEFのstiffnessは正常より高く,小児の駆出率の低下した心不全(HF with reduced EF,HFrEF)とほぼ同等である2).しかし小児HFpEFの拡張末期圧は安静時には必ずしも拡張型心筋症のような異常高値を示さない2).そこで前負荷を増大させて拡張末期圧がどう上昇したかをみれば,拡張期stiffnessが高いか,正常であるかが推定できる(Fig. 6b).それでは通常のカテーテル検査で,前負荷を,安全・短時間・可逆的に増すにはどうしたらよいだろうか? 簡便・可逆的に前負荷を増大するには,左室拡張末期圧をモニタリングしながら腹部を優しく,かつ深く圧迫し,前負荷を増したときの拡張末期圧の変化をみるとよい(Fig. 6b).例えばFig. 6bにある小児HFpEF症例では,安静時のカテーテル検査では,拡張末期圧は10 mmHgと軽度の上昇にとどまっていたが,腹部圧迫により拡張末期圧は28 mmHgまで大きく上昇した.我々の検討では,腹部圧迫中の拡張末期圧やその上昇幅はchamber stiffness(K)と正相関していた.(未発表データ).腹部圧迫により拡張末期圧がどう上昇するかの検討には圧容積関係は必要なく,左室最小圧も用いないため,生食ラインの圧を用いた通常の小児心臓カテーテル検査の中でも容易に施行できる.小児で短いシースを鼡径に挿入しているカテーテル検査の状況では,他の前負荷上昇法である下肢挙上や下肢圧迫よりも安全で簡便である.このように,難解と思われるstiffness評価も,負荷を加える一手間により評価可能である.小児HFpEF2)では,左室流入パターンをはじめとする心エコー評価や,通常の安静時のカテーテル検査では軽度の異常にとどまる症例が多い.したがって,腹部圧迫は異常を検出する簡便な方法として期待できる.今後,小児心臓カテーテル症例における腹部圧迫中の挙動を症例数を増加して検討してvalidateし,stiffness上昇の判断基準を明らかにする必要がある.
心エコーはベッドサイドで反復でき,MRI・CT・シンチと比較して高い時間分解能を有する日常診療ツールである.本稿では心エコーによる拡張能評価の基本につき記述したい.非侵襲的検査では直接の圧情報がなく,機能と負荷の結果としての壁運動や流れという現象を観察している.心エコー指標も,壁運動や流れという現象をパターン化,あるいは数値化したものであり,心機能そのものではない.現象を表現した心エコー指標から心機能を論じるためには,負荷条件を意識した解釈が必須である.それにより,心エコー指標を正しく,最大限に活かすことができる.小児では知見が少ないため,知見が豊富な成人における心エコーによる拡張能評価をまず概観し,次に小児の知見をまとめたい.
弛緩とstiffnessという拡張能の変化に応じて,左室流入動態が変化する8, 13, 25)(Fig. 8)ことから,僧帽弁流入パターンによる拡張能の非侵襲的評価が行われてきた26).駆出率が保たれた心不全など僧帽弁流入パターンによる評価が難しい状況27)や例外があることを十分に認識する必要があるが,現在でも基本となる考え方である.拡張が悪化するに従い,4つの段階,正常,弛緩障害パターン,偽正常化,拘束型のパターンに分かれる(Fig. 8).正常では早期流入波E波は,心房収縮波A波より高い.拡張障害の最初の段階として弛緩が障害されると,左室最小圧がスムーズに低下せず,拡張後期の流入に依存する結果,E<Aとなる.さらに拡張障害が進むと,左房圧が上昇し,早期流入が再び優勢となり,E>Aとなる(偽正常化)13).
See text for details. LAV: left atrial volume; LAP: left atrial pressure; EDP: end-diastolic pressure.
心エコーの拡張早期僧帽弁流入速度E波の下降脚の時間,deceleration time(DT)は,chamber stiffness(K)と負の相関を示すことが知られている.硬い心室では早期流入によって拡張期圧が容易に上昇しやすいため,早期流入が急峻に終わるため,DTが短くなる.最も拡張障害が進むと,E/A比がさらに大きく,DTが小さくなり,restrictive filling patternをきたす13, 20).左房圧が高いのにA波が短く低いのは,拡張後期に左房が収縮しても左室拡張期圧が既に高いためにいくらも流入できず,肺静脈に逆流するためである.
このようにE/A比やDTは拡張障害の悪化につれて二層性変化を示す(Fig. 8).正常から拡張障害が伸展するに従い,DTはいったん延長し(impaired relaxation),その後は短くなる.E/A比はいったん低下して,その後大きくなる.そのため,慎重な解釈を要する.高いE/A比,短いDT,肺静脈波形と僧帽弁流入波形のA波の時間差が増大すれば1),真のrestrictive filling patternであり,拡張期stiffnessが高い確率は高い28).健康な若年者の僧帽弁流入パターンは,しばしばE/A比が高く,DTが短く,あたかもrestrictive fillingのような波形を示す26, 29).したがって僧帽弁流入パターンだけによる拡張能の判断は危険である.症状の有無や病歴などの基本情報に加え,組織ドプラの拡張早期僧帽弁輪速度e′などの他の指標を併せ評価するか8),負荷を変えて流入パターンの変化をみることによって,正常と偽正常化を鑑別できる.
前負荷の変化で僧帽弁流入パターンが変化する場合,その鑑別の参考になる.例えばバルサルバ法により前負荷を減少させると,流入パターン分類が軽症分類に変化することがある.E>Aの波形から,バルサルバ法により弛緩障害パターン(E<A)になれば,もとは偽正常化と判断できる30)(Fig. 8).こうした変化からもわかる通り,僧帽弁流入パターンは負荷条件に依存し,心筋固有の性質としての純粋な拡張能のみをみているわけではない.一方で僧帽弁流入パターンは,充満圧だけをみているわけでもない.そのことは,犬の動物実験で,restrictive patternを示す心不全と同様の高い充満圧を容量負荷により作成しても,心不全とは流入パターンが異なる12)ことからも示唆される(心不全ではDTが短く,e′が小さく遅れる12, 18)).
心周期を通じて心尖部はほぼ動かないため,僧帽弁輪組織の移動速度は,左室の長軸方向の径の変化速度を表す.拡張早期に長軸方向にどの位速く拡がるかを示すe′は,弛緩の遅延に伴い,単調に減少していく(Fig. 8)ため,弛緩の指標とされる.中隔で<8 cm/s,側壁で<10 cm/sが低値で,拡張障害を示唆する1).組織ドプラは,局所心筋の影響を受けること,側壁では実際の運動方向とエコービームの角度を併せにくいこと,中隔側では右室の影響があり得ること,といった課題があるが,簡単・短時間に計測可能であり,現在では標準測定項目といえる.
弛緩速度が低下すると(弛緩が悪くなると),弛緩時定数τは延長し(Fig. 4a),e′は低下する(Fig. 8).左室流入波形Eの変化と組み合わせると,左室充満圧の上昇によりE/e′が上昇することから,E/e′が充満圧指標として広く測定されるようになった(Fig. 8).8未満は正常,15を超えると充満圧上昇を示唆し,その中間は境界域とされる1).しかしその後,E/e′が充満圧を反映しにくい状況がさまざまに報告され31),最近ではE/e′も参考所見にとどめるべきと考えられるに至った.一方で左房容積32)は比較的正直な指標で(>34 mL/m2で拡大1)),予後とも良好に相関する33)ため,近年重要視されるようになってきた.拡張の良い左室は十分なsuctionが働くため左房圧が低い。一方で,拡張の悪い左室はsuctionが働かず,左房が血液を押し込むように流入させる34)ために左房圧が高い。それらを反映するのが左房容積である.ただし,左房は拡大するまでに時間を要し,左房圧が下がっても急には小さくならないという特徴があるため,左房容積単独の拡張指標として使うべきではない28).肺静脈還流パターンは成人では経胸壁心エコーによる評価が必ずしも容易でないが,拡張障害が進むと心房収縮期の肺静脈への逆流波が深く,広くなることの理解は必要である.測定可能なら,肺静脈波形と僧帽弁流入波形のA波の時間差を計測し,成人で30 ms以上を異常と判断する1).スペックル・トラッキング法による拡張能評価では,Global longitudinal strain rate28)が左室全体の長軸方向の平均的なひずみ(strain)の変化率を表す.その拡張早期のピーク値が,組織ドプラのe′に相応する指標である.これはe′と比し,左室全体をより包括し,角度依存性の問題がなく,局所心筋の過大な影響を避けることができる点で,弛緩と相関する拡張能指標として期待される.スペックル・トラッキング法は広まりつつあり,期待される方法論であるが,臨床的に確立された拡張能指標として一般に推奨されるには至っていない.さらなるメーカー間の相違35)の減少と今後の知見が待たれる.左房圧上昇は,二次的な肺高血圧の原因となるため,三尖弁逆流評価や三尖弁輪移動距離の測定も一般的な左室拡張能評価項目として挙げられている1).
このように,駆出率低下の有無によらず,心エコーによる拡張能評価は,単一の指標では困難である.病歴・身体所見・他の検査所見に加え,負荷条件を評価した上で,僧帽弁流入波形,組織ドプラ,左房容積,肺静脈血流波形などを組み合わせ,総合的に判断すれば正しい解釈につなげることができる.
それでは小児ではどうか.小児は血圧や心拍数が成人と異なるため,成人の知見をそのまま用いることはできない.エコー指標の侵襲的検査による検証は限られている.e′と弛緩時定数の関係は,zero-asymptoteの時定数を用いた検討で相関が報告があり36),我々はより忠実で妥当にフィットするnonzero asymptote,logistic modelの弛緩時定数を用いて検討した7)(Fig. 9a).E/e′と拡張末期圧の関係は,移植後37),あるいはさまざまな心疾患集団36)で相関がみられなかったという報告と,VSD患者で相関がみられた38)との報告があり,我々はさまざまな小児心疾患患者を対象(N=61)に,心臓カテーテル検査による侵襲的方法と心エコーの同時計測により検討した7)(Fig. 9c).我々の結果では,e′と弛緩時定数,DTとchamber stiffness(K),E/e′と拡張末期圧の間には,いずれも弱い相関がみられたものの,ばらつきが大きかった(Fig. 9).弛緩時定数,拡張末期圧の90パーセンタイルをe′,E/e′から検出する特異度はそれぞれ0.83,0.93とまずまず良好であった7).したがって,心エコーの拡張能指標が明らかな異常値であれば異常の存在を疑うが,異常値でないからといって異常は否定できない,という使い方が現実的であろうと思われる.成人同様,個々の指標の単独での拡張障害の評価は困難で,心エコー以外の情報も加味した総合判断が必要である.さらに小児の中でも,年齢が増加するに従い,e′は増加し,E/e′は減少する5)ことも,判断に当たり重要である.
Significant but weak correlations were observed (a) between e’ and τ in the logistic model, (b) between left ventricular chamber stiffness (K) and deceleration time (DT), and between LV EDP and E/e’. Reprinted with permission from Masutani et al.7) (modified).
左房容積は成人では急性変化というより,慢性に左房圧が上昇した結果をみているとされ,拡張障害のHbA1cに例えられる39).しかし早産児では,未熟でstiffな左室40)とおそらくはcompliantである左房の組み合わせにより,左房容積は動脈管開存による容量負荷を瞬時に反映する32)ため,前負荷変化の急性期指標としても使用可能と考えられる点で成人と異なる.左房大動脈径比が左房拡大の定量に使用されてきたが,前後方向のみの測定であり,Mモード測定法により大きく検査結果が異なってしまう懸念がある41).左房大動脈径比よりも左房容積測定の方が病勢をより反映することが示唆され32),現在多施設研究により再評価中である(PLASE研究).
修復前の先天性心疾患では,さまざまな負荷・機能の異常がある.心室中隔欠損のような先天性心疾患では,肺血流増加により充満圧が上昇し,心室拡張障害がなくても肺うっ血をきたすことがある(高肺血流性心不全).左室が元来硬い心筋でなくても,前負荷過剰により右上がりの拡張末期圧容積関係の右方に行くためである(Fig. 6).一方,先天性心疾患で修復術を終えても,約20%が後に心不全症状をきたす42, 43).先天性心疾患で心内修復術後に,前負荷が適正化されたにも関わらずうっ血が生じる要因の1つが左室拡張障害である2).先天性心疾患の拡張能評価についても,機能と負荷を分け,そして俯瞰する心室圧容積関係の考え方(Figs. 1, 3)が,現状把握,治療選択,効果予測に重要である.以下,本論文で述べてきた事柄を踏まえ,ベッドサイドでの具体的な思考プロセスの例を挙げてみる.
こうした思考過程により,およその圧容積ループを構築でき,至適治療選択・反応予測が可能である.
心臓カテーテル検査で拡張末期圧を計測できれば,腹部圧迫による拡張末期圧の上昇(腹部圧迫により拡張末期圧が20 mmHgを超えるようなら明らかな異常)から,stiffnessの高低を推定でき,拡張末期圧容積関係についての示唆も得られる.左室の大きさが正常か小さく,駆出率が保たれている心不全で,血圧変動が大きく(Ees高値を示唆),うっ血があるならば(拡張末期圧高値を示唆),拡張末期圧容積関係も急峻であることがおよそ推定される.
先天性心疾患では,心内修復術により短絡が消失し,左室流入血流が変化する.左室が小さい・肥大しているなどの元来の構造異常があると,左室流入血流増加に対し,術後に新たな循環への適応に難渋する症例がある.例えば修復術前の左室が小さい傾向にある,Fallot四徴症2)や総肺静脈還流異常症,心房中隔欠損症17, 44-46)である.大動脈縮窄・離断では術後高血圧が問題点の1つであり,術前より心筋は肥厚傾向である.これらの疾患の一部では,術後急性期を過ぎても,小児HFpEFと呼ぶべき予備の乏しい循環をきたし得る2).小児HFpEFは,一歳前後の若年層が中心で,拡張末期容積は大きくなく,うっ血と血圧変動をきたしやすい2).少しの心室容積変化で,あるいは啼泣などの情動変化に対して血圧変動が大きいという特徴は,収縮末期エラスタンスEesと実行動脈エラスタンスEaが大きく,収縮期心室と血管がともに硬い(Fig. 3b)ことを示唆する.臨床所見から,1~5のプロセスで思考し,(Fig. 3b)のようなおよその圧容積関係を描出できる.このような心血管特性(心室収縮期–血管硬化)では,負荷変化に対して血圧変動が大きいことが,心室血管統合関係から理解できる.さらに小児HFpEFでは,左室拡張末期圧は平時,駆出率の低下した心不全ほど著高を示さないものの,chamber stiffness(K)は同様に高く2),前負荷が少し過多になると容易に充満圧が上昇してうっ血をきたす(Fig. 6b).この心室収縮期–血管–心室拡張期硬化を圧容積関係平面上で理解することにより,治療反応性が予測できる.例えば利尿薬により減負荷がなされると,拡張末期圧が低下してうっ血が改善すると同時に,血圧も大きく下がると予想される(Fig. 3b).ただし小児HFpEF症例はレニン・アンジオテンシン系が亢進している2)ため,少量の利尿薬への反応は悪く,自験例では比較的多目の利尿薬を必要としていた.反対に,胃腸炎などで脱水傾向に傾いた際,同量の利尿薬の使用で,利尿が過多となることがあり,注意を要する.胃腸炎・脱水により高い中心静脈圧が低下し,高い中心静脈圧により悪化していた腎循環47)が一次的に改善するためかもしれない.アンジオテンシン変換酵素阻害薬は,亢進しているレニン・アンジオテンシン系2)に拮抗し,心室収縮期–血管硬化の状態から後負荷の急な低下により過度な低血圧をきたしやすいと予想される.使用するとしても少量からの慎重投与が安全である.収縮性(Ees)を増加させる強心薬は,年齢に比して高い傾向の血圧2)をさらに上昇させるデメリットと,一回拍出量は増加しにくい,拡張期圧は低下しにくく,うっ血の改善も得られにくいという乏しい効果が予測される.心室収縮期–血管–心室拡張期硬化を呈する小児HFpEFでは,このようにうっ血がなく,低血圧もきたさない至適な調節幅が狭いため,慎重な管理が必要である.
こうしたHFpEFの心室圧容積関係を用いた治療反応性予測(Fig. 3b)は,拡張型心筋症のような駆出率の低下した心不全(HFrEF)とは大きく異なる.HFrEFでは後負荷は高いが,収縮性Eesは低いため,前負荷を減じても,血圧の変動は緩やかである(Fig. 3c).一方で,拡張末期のポイントは圧容積関係の右上にあって,拡張末期容積関係の急峻な部分のため,利尿薬により前負荷を減じることにより拡張末期圧の有意な減少とうっ血の改善が期待できる(Fig. 3c).血管拡張薬により後負荷を減じると,血圧があまり低下せずに,一回拍出量が大きく増加するため,血管拡張薬がより安全で有効と見込める.さらに血管拡張薬により静脈系が拡大すれば,右室拡張期圧の低下から,左室拡張期圧の低下がもたらされ(左室右室連関),左室充満が改善の方向に働く.このように減負荷療法がもたらす効果とリスクが,HFpEFとHFrEFでは大きく異なることが圧容積関係理解によって理解しやすい.圧容積関係の実測は必ずしも必要なく,1~5のプロセスで非侵襲的に得られた臨床情報を併せ考えれば,圧容積関係上で現状の循環把握と治療反応性予測が十分に可能である.
成人のHFpEFにおいても,合併する高血圧の是正等の推奨される治療はあるが,拡張能自体を改善させる確立した治療法はない.その予後はHFrEFと同等とされる.小児HFpEFは,限られた症例数の検討であるが,HFrEFと比較すると長期の生命予後は悪くなく2),成人とはその点でも異なる.小児HFpEFは,身長・体重が年齢相当の体格からみて,著明に小さいという特徴があった2).しかしその後は,経年的に症状が落ち着いてくる症例が多い.術後の影響が十分にとれ,栄養状態の改善,体格の向上とともに,新しい循環へ適応していくためではないかと推測される.高齢者を主体とした成人HFpEFでは,経時的にaging processをたどるが,小児HFpEFでは成長という成人にはないプロセスが予後の相違につながっている一つの要因と考えられる.成人と小児では心室血管硬化の病態は似るが,相違が大きく,小児HFpEFの全貌が明らかになったとはいえない.今後,多施設で症例数を増した前方視的検討を行い,小児HFpEFの臨床像をさらに明らかにしていく必要がある.
これまでに述べてきた拡張能指標は,左室の負荷条件の他,左室外の影響を多分に受ける.例えば多量の心嚢水貯留があれば,心腔内圧(あるいは拡張期圧容積関係)は押し上げられる.心膜が硬くなる収縮性心膜炎のような病態でも,高い拡張期圧となる.先天性心疾患修復術では心膜を切開するため,術後の病態として心膜硬化がありうる48).拡張障害の鑑別には,左室心筋だけでなく,こうした心外の要因も考慮する必要がある.さらに左室は右室と心室中隔・心外膜・外走筋を共有しており,右室の影響を多分に受ける(左室右室連関)3).安静時の拡張期圧が6 mmHgを超えると,拡張期圧の約38%は左室外からの影響とされる49).左室拡張末期圧は右室拡張末期圧の影響を多分に受け,Fallot四徴症遠隔期の右室拡大が左室機能に及ぼす影響が大きいことが報告されている50–52).術後の刺激伝導系変化による非同期の発生も,拡張障害に寄与し得る53).このように左室拡張期の挙動を,左室の機械的挙動だけ見ていても不十分であり,左室外もあわせ俯瞰して問題点を明らかにする必要がある.病態の個別・総合評価の上で的確な治療選択と効果予測を行い,再評価を行う繰り返しが循環管理・心不全管理の大切なポイントと思われる.
小児の拡張障害が病態に及ぼす影響が少しずつ明らかにされてきた.日常診療で捉えられる拡張障害が,どのような組織レベルの変化,細胞・分子レベルの問題とリンクしているのか,ミクロからマクロまでの異常をいかに捉えた上で拡張障害を層別化できるか,それぞれの最適な介入は何か,治療効果をどのように判定していくか,など今後に残された重要な課題は多い.本稿が敬遠されがちな拡張能評価の基本知識の整理になれば幸いである.
本論文について,開示すべき利益相反(COI)はない.
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