専門医に必要な小児循環器系身体診察(Physical examination)および身体所見(Physical finding)のポイントPhysical Examination and Physical Findings for Pediatric Cardiologists
倉敷中央病院小児科Kurashiki Central hospital, Department of Pediatrics ◇ Okayama, Japan
小児循環器専門医に必要な小児循環器領域の身体診察(Physical examination)の位置づけおよび身体所見(Physical findings)のポイントについて解説する.身体診察の位置づけとして重要な点は,1)問診,2)身体診察,3)検体検査,4)画像検査の4つの診断手段から病態モデル(診療仮説)を作成することである.得られた病態モデル(診療仮説)から再度所見を説明する.身体診察に必要な基本的事項として,心周期,3つの主要な心拡大の要因(短絡,弁逆流,心筋障害),心臓の位置を理解しておくと身体診察が進めやすくなる.さらに,身体所見を心血管系の大きさや内圧を推測するつもりで診察する.4つの心腔,4つの大血管の圧曲線や心腔の容積をイメージするように所見をとり,それをもとに診断を行い(診断仮説を作る),診断をもとにさらに身体所見を説明することが重要である.
The aim of this article is to describe the physical examination and physical findings for pediatric cardiologists. The most important point is to build a diagnostic hypothesis from four diagnostic methods (medical examination by interview, physical examination, laboratory examination, and diagnostic imaging). Subsequently, the findings should be explained by the diagnostic hypothesis. We can more easily conduct a physical examination when we understand the basic concepts, i.e., the cardiac cycle, the three major mechanisms of cardiomegaly (shunt lesions, valvular regurgitation, and myocardial damage), and the anatomical position of the great vessels and cardiac chambers. We estimate the size and pressure of vessels and cardiac chambers while conducting a physical examination. The physical findings should also be explained by the diagnostic hypothesis that is built each time. If the findings cannot be explained by the hypothesis, we should build the hypothesis again.
Key words: physical examination; diagnostic hypothesis; hemodynamics
© 2016 特定非営利活動法人日本小児循環器学会© 2016 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
診断を進める方法として,1)問診,2)身体診察,3)検体検査,4)画像検査の4つがある.問診,身体診察,検体検査,画像検査の4つの方法から得られた所見・事実から,患者さんの病態を,解剖学的に,機能的に,そして生体リズムの概念も加えて推測する(病態モデル(診療仮説)の作成)(Fig. 1).得られた病態モデル(診療仮説)は,逆に4つの診断方法で得られた所見・事実を説明できるものでなければならない.
The individual patient status should be understood from the viewpoint of anatomy, physiology, and rhythm (time scale).
問診と身体診察は患者さんの全体像を把握するのに重要であり,患者さんの内部で起こっていることを把握するには,検体検査と画像検査が有用である.例えば,血液ガス所見(検体検査)でPCO2が40 mmHgであったとする.PCO2が40 mmHgだけを見ると正常域にあると判断できる.しかし,患者さんをみると陥没呼吸があり,60回/分の多呼吸を呈している(身体所見).かろうじてPCO2が40 mmHgに保たれているのであって,早急に対策を考えてあげる必要があると思われる.多呼吸(身体所見)の原因を知るのに,心臓が原因なのか,肺が原因なのをみるためは,胸部X線写真(画像診断)を撮るかもしれない.また,代謝性疾患を考えて,採血(検体検査)を追加するかもしれない.
身体診察から作り上げられた病態モデル(診療仮説)から,他の3つの診断方法の所見を推測することも大事である.4つの診断手段はいずれも重要であり,患者さんの全体像をつかむには欠くことができない.4つの診断手段から患者さんの病態をつかむ,すなわち診断する.診断で得られた病態モデルから逆に4つの診断方法で得られた所見や知見を説明してみる.足りないところは補う.説明できない所見や知見があれば病態モデル(診療仮説)が不適当かもしれないので,再度診断し直す.診断する,所見や知見を説明する,診断をし直す,治療(介入)が入る,また,所見や知見を取りに行く,診断する,とこれの繰り返しである.これら4つの診断方法から得られる所見は時間とともに変化する.継続的に,4つの診断手段からの情報を吟味し,患者さんの病態モデルを修正していくことが大事である.
病態や状態を,事実に基づいてしっかりと記載する.できるだけ物事を具体的に,定量的に表現する.あいまいな形容詞,副詞を避ける.例えば,“大多数の患者さんは”とは言わず,“253名の患者さんは”と誰もが同じ状況がイメージできるように記載する.事実と意見を区別することが大事である.例えば,“誰々先生に心室中隔欠損と診断された”と記載するのではなく,“生後3日目に,第4肋間胸骨左縁に3度のmedium pitchの収縮期雑音を,心尖部に2度のlow pitchの拡張期雑音を聴取した”と記載する.
診断方法を定型化しておくことは,患者の所見の見落としを防ぐ意味で重要である.見落としのないように順序だてて診察し,チェックすることが大切である.また,聞く人にとってもプレゼンテーションが聞きやすくなる.
われわれの施設で使用しているカテ•カンファレンスペーパを,Fig. 2, 3に示した.大きく4つの区画に分かれている.それぞれ,問診部分,身体診察部分,検体検査部分,画像検査部分から構成されている.カンファレンスペーパに記載された所見から心カテーテル検査や心血管造影検査の計画を作り,また,結果を予測する.このカンファレンスペーパが記載でき,内容が理解できれば,小児循環器は卒業と言われた.どのように病態モデルを作っていくかについて,カンファレンスペーパをもとに例を示す.
This part of the conference paper is for recording the medical interview. The information about child growth is included in the paper with the standard deviation (SD) of body height and percentiles of body weight.
The physical findings, specimen laboratory findings, and diagnostic images are included in these spaces. You may add the findings from other images to the catheterization conference paper, such as ultrasonic cardiogram findings and/or computed tomography findings.
症例は4カ月の男児である.身長は標準偏差(SD),体重は%表示されている.この子は標準的な発育と判断できる.次に,主訴が記載されている.生後3日目に心雑音を指摘されている.チアノーゼはない.この時点で,すぐに左–右短絡疾患が思い浮かぶ.なぜなら,肺呼吸の開始に伴って肺動脈圧の低下,右室圧の低下が進む.このため,生直後ではなく,生後しばらくして心雑音が聞こえる.多いのは心室中隔欠損である.とりあえず,“心室中隔欠損(VSD)がある”と暫定的に診断(病態モデル)する.心疾患の家族歴はない.既往歴として体重増加不良がある.VSDで左–右短絡が多く,しばらくは体重が増えなかったのだろう.しかしながら,最近はVSDが小さくなって標準体重になってきたと想像することができる.そうすると体重の増加が悪かった時期に多呼吸などの肺血流量増加時の症状がなかったか気になる.次の現病歴のプレゼンテーションの内容を注意して聞くことになる.経過をみてみると,“出生後には多呼吸があった”と記載されている.この内容はVSDの臨床経過からは説明できない.なぜなら,生直後はまだ右室圧が高く,左–右短絡による肺血流の増加が見られないからである.これは,一過性多呼吸と考えられる.しかし,多呼吸はその後もみられたとの病歴はVSDで説明可能である.“多呼吸が見られるだけの肺血流量の増加を伴ったVSD”とさらに診断を進めることができる.体重増加不良をきたすほどではなかったと評価する.利尿剤を服用しており,容量負荷があると主治医が判断していたことが想像される.問診から,“中等度の肺血流増加を伴ったVSD”と暫定診断した.そうすると,次に身体診察で期待することは,肺高血圧の身体所見は?,心拡大は?,拡張期雑音はどうだろう?,III音もあるかもしれない,などと考えながら身体所見を見ていく.
チアノーゼはなく,ばち状指もない.前胸部膨隆もない.心尖部での抬起もないと記載されている.あまり,容量負荷がない,すなわち“中等度の肺血流増加”とした内容を容量負荷が減ってきているためかもしれないと少し修正する.すると,元へ戻って,体重が標準であることもうなずける.肺野にラ音が聴取されないことも理解できる.心尖拍動の記載がないので,心拡大についてはなんとも言えない(心尖拍動を視るか触れることで心拡大の有無を知ることができる).II音は正常分裂である.II音の亢進はない.これらから,肺動脈圧は高くないと判断する.第4肋間胸骨左縁でLevine 3/6度の収縮期雑音を聴取する.膜様部中隔欠損と診断と推測できる.心尖部にLevine 1/6度の拡張期雑音との記載がある.相対的僧帽弁狭窄になっているので,やはり肺血流量は多そうだと考え直す.III音かもしれない.III音なら肺血流量はそう多くなくてもいいかもしれないという考えも捨てずにおく.
肝を2 cm触れるとのこと.三尖弁逆流を考えることもできるが肝の拍動がないのでここでは三尖弁逆流はないことにする.
次いで股動脈の触知が良好と記載されている.とりあえず大動脈縮窄(CoA)の合併をはずすことができる.また,反跳脈(bounding pulse)もないので動脈管開存(PDA)の併存もとりあえずはずす.しかし,VSD,CoA,PDAは三位一体と考えよと言われているので形態的に診断されるまでは頭の片隅に置いておく.
検体検査では,肝腎臓器など他臓器の評価を行う.循環動態を評価する上で大切なのはヘモグロビン(Hb)である.貧血があれば血行動態に影響する.ヘモグロビンが半分になると計算上は倍の心拍出量が必要になる.また,チアノーゼ性心疾患の場合はHbが正常範囲内でも相対的貧血の場合がある.
これまでの所見から,心電図では左室肥大,胸部X線写真では肺血流量の増加と心拡大,心エコー図では心室レベルの短絡血流および欠損孔が想定される.実際の心電図ではV6のR波が高く,左室肥大である.胸部X線写真は,肺血管陰影の増強,心拡大(CTR 56.7%)がある.これもVSDで説明できる.また,左心耳が見える.心房中隔欠損では左心房が大きくなることはないので,心房中隔欠損をはずす.心エコー図では,左房,左室の拡大,四腔断面でVSDの短絡血流と欠損孔が描出され,膜様部型VSDと診断された.動脈管開存,大動脈縮窄は認めなかった.以上から,肺血流量が多い膜様部型心室中隔欠損で,肺動脈圧は正常か軽度上昇と診断する.この診断モデルをもとにもう一度,カンファレンスペーパのそれぞれの項目を見直し,症状や所見が説明できるかを再度確認する.同時に不足している情報がないかも確認する.最終的な診断をもとにカテーテル検査を立案する.左室造影は膜様部型心室中隔欠損を観察しやすい肝鎖骨位で撮影する.
小児循環器の基本事項として,心周期,心拡大の要因(短絡,弁逆流,心筋障害),心臓の位置に関する理解が身体診察を進めやすくなる.
心周期には,等容収縮期(心室が収縮し,半月弁が開くまでの間),収縮期(半月弁が開放している間),等容拡張期(半月弁が閉じて,房室弁が開くまでの間),拡張期(房室弁が開いて心室が収縮し始めるまでの間)がある.Fig. 4に大静脈系,大動脈系,左右心房,左右心室での収縮期と拡張期の圧の変化と房室弁,半月弁の開閉のタイミング,また,過剰心音の出現時相を示してある.
Pressure curves of the cardiac chambers and great arteries give us useful information about heart murmurs.1, 2) For example, in a case of aortic regurgitation, the diastolic pressure difference between the left ventricle and the left atrium is large. Therefore, we can listen to a high-pitch diastolic murmur in the third left intercostal space. In other words, we can also estimate the pressure difference in the cardiovascular system from the heart murmur. An intracardiac phonocardiogram shows a systolic ejection murmur even in a person with normal cardiac structure.
小児では,右心系の圧は収縮期で20 mmHg前後であるのに対し,左心系の圧は100 mmHg前後である.高血圧のある成人では左室の収縮期圧はより高くなる.心大血管の心周期ごとの内圧曲線を念頭に入れておくと,身体診察に役に立つ.特に心雑音があったときには,どの部位でどのような圧勾配で起こっているかを想定するのに役立つ.例えば,大動脈弁閉鎖不全があると圧勾配が大きいので高調な拡張期雑音となる.しかし,肺動脈弁閉鎖不全では圧勾配が小さいため,より低調な音になる.しかし,もし肺高血圧があれば,圧勾配によっては大動脈弁閉鎖不全と同じく高調になる.Fig. 4の右心系,左心系の拡張期の大血管圧と心室内圧の差(面積)を見れば理解しやすい.
先天性心疾患では,短絡があるためにいろいろな血液の流れ方が成立する.患者に心臓大血管の解剖学的異常があっても,短絡があることによって生存できている.
a: Normal circulation, b: tetralogy of Fallot, c: atrial septal defect, d: ventricular septal defect, e: patent ductus arteriosus.
Fig. 5-aに正常な血液の流れの模式図を示した.“正常な”場合の一回拍出量を①と仮定する.拡張期,収縮期という1回の心周期を通じて心房,心室を含めた心血管系で①の量の血液が次々に動いていく.体循環から①という血液が右房に還り,右室に入る.右室から①の血液が肺動脈を経て,肺へ流れていく(肺循環).肺から左房に還ってきた①という血液が左室に入り,さらに大動脈を通して体循環系に流れていく.1回拍出量に心拍数をかけたのが心拍出量であるので,心拍数を一定とすれば①を心拍出量と考えることができる.心拍出量が①より少なくなると低心拍出量(出血や心筋梗塞,心筋症など)となり,多くなると高心拍出量(貧血,脚気心,動静脈瘻など)の状態となる.
Fig. 5-bにチアノーゼ性先天性心疾患の代表的な一つであるFallot四徴症における流れを示した.Fallot四徴症では,1)肺動脈狭窄,2)心室中隔欠損,3)大動脈の騎乗,4)右室肥大の4つを特徴とする.Fallot四徴症では,①の量の血液が体循環から右房に還ってきてそのまま右室に流れ込む.しかし,強い肺動脈狭窄があるため,肺への流れが障害される.肺動脈へは0.5の量の血液しか流れ込めないと仮定しよう.残りの0.5は心室中隔欠損を通して大動脈に流入する.このときに肺循環を見てみると,0.5の血液が肺を通り,左房,左室を経て大動脈に流れ込む.大動脈では右室と左室からの0.5ずつの血液が一緒になり,①という量が再び体循環に流れていく.体循環で①という血流量を維持しているので,Fallot四徴症の子ども達は普通に大きくなる.このように低酸素にはなるが体循環の血流量が①を維持できれば生存ができると考える.
Fig. 5-c~Fig. 5-eに,左–右短絡疾患の代表である心房中隔欠損,心室中隔欠損,動脈管開存を示した.
心房中隔欠損では,左房から右房に向かって血液が流れる(短絡する).この短絡する血液の量を①と仮定しよう.全身から右房に還ってくる血液①とこの短絡してきた血液①が合わさり,右房で②となる.右房から右室に②の量の血液が流入する.次いで右室から肺動脈に②という血液が流出される.肺には通常の2倍の量の血液が流れることになる.肺からは②の量の血液が左房に還ってくる.左房に還ってきた血液のうち,①の血液は心房中隔欠損を通して再び右房へと短絡する.残りの①は僧帽弁を通り左室に入り,左室から大動脈を経て全身へと送り出される.体循環への血液量①(心拍出量)は確保されている.一方,肺へは②の血液量が流れ込むことになる.
心室中隔欠損では,左室から右室に向かって血液が短絡するので,この短絡する血液の量を①と仮定する.全身から右房に還ってくる血液①が右室に入る.収縮期に,右室から肺動脈に①の量の血液が送り込まれる.同時に,心室中隔欠損を通して左室からも肺動脈に①の量の血液が送り込まれる.肺には2倍の量の血液が流れることになる.肺から②の血液が左房に還り,次いでそのまま②の血液が左室に入る.左室に入った②の血液のうち,①は心室中隔欠損と通して再び肺に駆出され,残った①の血液が大動脈を経て全身へと送り出される.心室中隔欠損でも全身への血液量①は確保されることになる.心房中隔欠損と異なり,心室中隔欠損では,②の血液が流れているのは肺動脈,肺静脈,左房,左室であり,左房,左室の左心系が拡大する.
動脈管開存では,大動脈から肺動脈に短絡する血液の量を①と仮定すると,全身から右房に還ってくる血液①が右室に入る.右室から肺動脈に①の量の血液が送り込まれる.肺動脈のレベルで大動脈から短絡してきた血液量①が加わる.このため,肺には2倍の量の血液が流れる.肺から②の血液が左房に還り,左室を経て,そのまま大動脈に送り出される.大動脈で①は動脈管を通して再び肺動脈に短絡し,残った①の血液が全身を回る.動脈管開存でも全身への血液量①は確保されることになる.
②の数字が出ているところは通常の2倍の量の血液が流れることになる.心房中隔欠損では,右房,右室,肺動脈,肺,肺静脈,心室中隔欠損では肺動脈,肺,肺静脈,左房,左室,動脈管開存では肺動脈,肺,肺静脈,左房,左室,大動脈で2倍の血液が流れることになる.このため,それぞれの心腔や血管が拡大する.一般に,房室弁よりも前のレベルで左–右短絡があると右心系が拡大し,房室弁レベルよりも後のほうで左–右短絡があると左心系が拡大する.また,通常の2倍の血流量を示す②の数字が通る弁では,相対的な弁狭窄となる.例えば,心房中隔欠損では相対的な肺動脈狭窄があり,短絡量が多いと三尖弁を通る血流量も増えるので相対的な三尖弁狭窄となり,これらに相当する収縮期雑音,拡張期雑音を聴取する.超音波ドプラ検査では,早い肺動脈血流速,三尖弁血流速を捉えることができる.心室中隔欠損では,相対的肺動脈狭窄,相対的僧帽弁狭窄が認められる.また,動脈管開存では,相対的僧帽弁狭窄と相対的大動脈弁狭窄を認めることになる.
ついでに心臓が小さくなる場合も見ておこう.ファロー四徴症の模式図(Fig. 5-b)をみると右室,右房は①であるが,左房,左室は0.5である.合計では3となる.正常は4なので正常よりは小さくなる.つまり,ファロー四徴で心拡大(心腔容積の拡大)は起こらないことになる.これからわかるように,原則的に肺血流量が多いと心臓は大きくなり,肺血流量が少ないと心臓は小さくなる(体循環は①の拍出量が必ず必要).肺血流量の減少する疾患で心臓が大きい場合は弁の逆流や心筋障害を考えないといけないことになる.
房室弁の逆流がある場合,逆流量を①と仮定する.静脈から心房に還ってくる血流量①と逆流量①で計②の血流量が心房にはあることになる.これが拡張期に心室に入る.収縮期に①が大動脈に駆出され,残りの①は再び心房に逆流する.①という血液は房室弁を行ったり来たりする.心房,心室は,②の血液量を扱うため大きくなる.また,房室弁を通る血流量が②と増加しており,相対的な房室弁狭窄となる.同じ考え方が半月弁でも成り立つ.これらの場合には,逆流する心雑音(房室弁逆流は収縮期雑音,半月弁は拡張期雑音)を聴取する.逆流量が多ければ相対的な弁狭窄の心雑音(相対的房室弁狭窄は拡張期雑音,相対的半月弁狭窄は収縮期雑音)を聴取する.これらの血行動態は,Fig. 5の循環モデルを使って確認できる.
心筋障害があり,心筋の収縮能が低下すると,心臓は拡大して適応する(Frank–Starlingの法則).大きくなれない心臓は,適応できていないと考えることができる.
半月弁の狭窄のみで短絡がない場合には,心室心筋の肥厚が起こる(求心性肥大).心臓を通過する血流量は①なので,心拡大は起こらない.すなわち,大動脈弁狭窄や大動脈縮窄では左室心筋の肥大が起こり,心拡大は起こらない.ただし,圧(後負荷)に負けて心拡大が起こることがある.
また,房室弁狭窄や拘束型心筋症などでは,心房が拡大する.稀ではあるが,過剰な後負荷に適応できなくなったafter load mismatchという心臓を大きくする要因がある.高度の大動脈狭窄や大動脈縮窄,高度の体高血圧や肺高血圧などの場合に見られる心拡大である.他にも,貧血や脚気心,あるいは動静脈瘻のような高心拍出状態になっている場合に心拡大が見られる.
新生児期,乳児期に診断される先天性心疾患のうち,総肺静脈還流異常,完全大血管転位および動脈管の開存が必要な先天性心疾患(左心低形成症候群,大動脈縮窄あるいは大動脈離断複合,肺動脈閉鎖あるいは高度の狭窄など)では,基本的に心エコーによる早急な診断が望まれる.
心臓は大動脈系(大動脈,肺動脈)と大静脈系(体静脈,肺静脈)で胸郭背側に固定されている.それ以外は心嚢内で自由に動ける.このため,右心系が拡大すると,尾側からみて時計方向に回転し,あたかも右前斜位のような胸部X線写真が得られ,心胸郭比は大きめになる.これとは逆に,左心系が拡大すると尾側からみて反時計方向に回転し,左前斜位のような胸部X線写真が得られ,心胸郭比は小さめになる.
身体診察の方法には,視診,触診(打診を含む),聴診がある.小児循環器に基本的に必要な身体診察目標と身体所見には以下のものが挙げられる(Fig. 3も参照).
循環器疾患を合併する全身性症候群を理解しておくことは,診断および予後を考える上で重要である.
チアノ-ゼは還元ヘモグロビンが5.0 g/dL以上で出現すると言われる.チアノ-ゼは大きく①末梢性チアノ-ゼと②中枢性チアノ-ゼに区分される.四肢末端や口唇のみのチアノ-ゼの場合を末梢性チアノ-ゼと言う.末梢性と中枢性は,舌を含めた口腔内粘膜の色で区別する.口腔内粘膜にもチアノ-ゼがあると中枢性チアノ-ゼとして,右左短絡心疾患あるいは肺疾患を考える.
肺疾患と心疾患のチアノ-ゼは,呼吸様式で区別する.チアノ-ゼがあって多呼吸,努力呼吸がある場合は肺疾患,チアノ-ゼがあって多呼吸がない場合は,右左短絡心疾患を考える.ただ,例外が2つ,ひとつは大血管転位の血行動態を呈する病態(大血管転位と両大血管右室起始の一部)と総肺静脈還流異常の2疾患である.これらは新生児期に,肺病変がなくても多呼吸がありながらチアノ-ゼを呈する.
右左短絡のある心疾患によるチアノ-ゼの代表は,Fallot四徵症やEisenmenger症候群である(Fig. 4).Fallot四徵症では肺動脈狭窄や閉鎖を,Eisenmenger症候群では,肺高血圧を伴う.肺動脈狭窄の場合は収縮期雑音,肺動脈閉鎖の場合は動脈管や体肺動脈短絡路から来る連続性雑音を聴取する.また,Eisenmenger症候群ではII音の肺動脈成分(IIp)の亢進があり,2音の間隔が短くなる.時に単一2音となる.
(2) 蒼白蒼白とは血圧低下などに伴い皮膚への血流が低下した状態である.蒼白とチアノーゼを必ず区別し,間違えないようにする.蒼白の場合は心室頻拍などの不整脈など,血圧が低下するような状態を考慮しなければならない.低血糖でも蒼白となるので注意が必要である.慢性の場合は貧血の場合が多い.
(3) 浮腫浮腫は多くの小児疾患で見ることがある.循環器系の疾患では中心静脈圧が上昇した状態(静脈系のうっ血)で見られる.三尖弁閉鎖不全,三尖弁狭窄,Fontan手術後など中心静脈圧が上昇する病態を考える.また,左心不全による急性腎不全で浮腫を見ることがある.
(4) 手術創手術の既往,手術方法の推測に役立つ.
怒張,拍動;中心静脈圧の上昇,頻拍発作時にも拍動が目立つ.
振戦(thrill):大動脈弁狭窄,肺動脈弁狭窄,動脈管開存,頚部の動脈の狭窄など
心拡大に伴い前胸部が膨隆する(子どもはまだ骨が柔らかいため).多くは抬起を伴う.心拡大を疑う所見のひとつ.他の胸郭変形の疾患との鑑別が必要.
前胸部に手のひらを当てたときに突き上げるような心拍動.心尖部に強いときは左室の負荷,胸骨部に強いときは右心系の負荷を表す.右心系の場合は圧容量負荷がある場合に認めることが多い.
普通は左側乳頭ラインの内側で心尖拍動が見え,また,触れる.左側乳頭ラインより外側だと心拡大が考えられる.先天性心疾患でも心臓の大きさの目印となる.
肺血流増加群で湿性ラ音を聴取することがある.呼吸様式,呼吸数にも注意.多呼吸,努力呼吸は酸素運搬系の異常を考え,どの年齢層であっても要注意である.
代償性休止期の有無で心房起源か心室起源かを判断する.
2) I音:房室弁の閉鎖音I音の亢進;心房中隔欠損などで三尖弁の閉鎖音が亢進することがある.弁の位置が胸壁に近くなるか,心室圧が上昇すると亢進することがある.例えば,原発性肺高血圧で右室が拡大すると胸骨部に抬起を触れ,また,三尖弁性I音が亢進する.
3) II音の分裂(非固定性,固定性)II音は,大動脈弁,肺動脈弁の閉鎖する音であり,
The wider is the second heart sound splitting, the higher is the right ventricular pressure. We can estimate the pressure gradient between the pulmonary pressure and the right ventricular pressure from the width of the second heart sounds. The width and intensity of the second heart sound is useful for understanding the hemodynamics of congenital heart disease.
房室弁流入血流の急速流入期に一致して出現する.亢進する場合は房室弁血流量の増加による急速流入血流速度の増大,あるいは房室弁狭窄などの場合の急速流入血流側の増大があると聞こえる.また,急性心不全の場合に奔馬調律(ギャロップリズム)として聞こえる.III音は正常でも聴取されるのでIII音が聞こえることが異常ではない.亢進したIII音を聴取した場合には,多呼吸,頻拍などの心不全の他の所見がないか確認する.普通は,多呼吸,頻拍を先に知ることが多く,III音ギャロップがあれば心疾患に拠るものと考える.
5) IV音心房収縮の時期に一致して聴取される.聞こえることは稀である.III音,IV音が同時に聞こえる場合は,四部調律と言い,Ebstein病に特徴的とされる.頻拍になり,III音とIV音が重なると,重合奔馬調律と呼ばれる.
6) 開放音僧帽弁の開放時に聞こえる音とされる.小児では聴取することは少ない.リウマチ性僧帽弁狭窄で聴取すると言われていた.
7) 駆出音(大動脈弁,肺動脈弁)大動脈弁や肺動脈弁に器質的な変化がある場合に聴取することが多い.収縮期雑音があり,駆出音を聴取すればそれぞれの半月弁の異常と診断する.
8) 過剰心音過剰心音とは上記のIII音以降の心音(I音,II音以外のIII音,IV音,開放音,駆出音など)を指していることが多い.その他に心膜擦過音など,心周期に一致して心腔内以外から出る音を聴取することがある.
1) 部位,性質,高低,時期(持続)はFig. 3の心雑音の表示法を参照されたい.
2) 心雑音は,房室弁など弁下組織も含めた心血管組織が血流により振動することで発生する.血流の持つエネルギー量に大きく依存する.血圧差が大きくなる部位では,血流速度が速くなり,心雑音を生じやすくなる4)(Fig. 7).また,血流量が多くなる場合も心雑音が発生しやすい(短絡の項参照).逆に血流の持つエネルギー量が少なくなると音が小さくなり,聞こえにくくなる.
Top left: Ultrasonic Doppler waveform of shunt flow of the ductus arteriosus. Top right: Simultaneous recording of the pressure difference curv and the Doppler flow waveform of the ductus arteriosusIt can be seen that the pressure difference curve and the blood flow waveform are similar. Lower right: Pressure curve, which is measured by the catheter manometer. PA: pulmonary artery pressure; Ao: aortic pressure; Ao–PA: aorta–pulmonary artery pressure difference curve. Intracardiac phonocardiograms have also been recorded at the same time. In addition, fine waves on the pressure curve are recorded simultaneously; especially, fine waves are seen on the pulmonary artery (PA) pressure curve through the cardiac cycle. It believed to show the pressure changes due to the shunt flow.
3) 心雑音を聴取したときは,音の部位や音の音色などから,どの部分で出る音かを考え,圧格差による音であればどのぐらいの圧格差になるかを推測する.カテ前に心内圧を推測し,カテで確認する.
4) 収縮期雑音
心周期の収縮期に聴取する心雑音.半月弁で生じる駆出性収縮期雑音と房室弁で生じる逆流性収縮期雑音がある.開始と終わりのタイミングが異なるため持続時間は厳密には異なる(Fig. 4).
(1) 駆出性心雑音
駆出性心雑音は半月弁の開放から閉鎖までの間に見られる心雑音であり,大動脈系の圧と心室圧との関係で決まる.
Fallot四徴症のとき,心筋の収縮により血流が途絶えることがある.この場合には収縮期全体にわたる心雑音の持続はなく,収縮途中から心雑音を聴取しないことがある.Fallot四徴症ではチアノ-ゼ発作の際にみられ,流出路狭窄(漏斗部狭窄)といる心筋部分による狭窄が起こり,流れが制限されてしまうためである.
筋性部心室中隔欠損でも,収縮中の心筋により欠損孔が閉鎖するため,途中で心雑音が途絶することがある.収縮期の途中で途絶するため,容易に筋性部中隔欠損と診断できる.この場合は軽症である.
駆出性の雑音は収縮期の中ほどに音のピークを持つ.逆流性の収縮期雑音では,収縮期を通じて強さが変化しない.心室圧と大血管圧,心室圧と心房圧のそれぞれの圧格差の経時的な変化を比較すると理解しやすい.
(2) 逆流性収縮期雑音
逆流性の収縮期雑音は心室圧と心房圧に規定される.しかし,心室圧と心房圧の圧格差は収縮早期から収縮終了まで大きいので,ピークのはっきりしない収縮期雑音となる.また,持続も長いので,汎収縮期雑音とも呼ばれる.汎収縮期雑音と言われたら房室弁逆流に絞られてくる.圧格差の大きい心室中隔欠損で汎収縮期に聴かれることがある.ただ,最強点が異なる.
僧帽弁逸脱があると収縮末期にlate systolic murmurとして聴取される.
5) 拡張期雑音
(1) 拡張期に聴取される雑音の総称.拡張早期雑音,拡張中期雑音,拡張末期雑音などがある.拡張期雑音のタイミングや持続は房室弁の流入波形が参考になる.
(2) 大動脈弁閉鎖不全:高調な心雑音が拡張期全体にわたって聞こえる.
(3) 肺動脈弁閉鎖不全:肺高血圧があれば,肺動脈圧の程度により音の調子も変化する.正常の肺動脈圧の場合は逆流量が多くならない限り聞こえない.右室流出路形成を行ったFallot四徴症の術後の場合には“to-and-fro murmur(ブランコ様雑音,往復雑音)”が聞こえることが多い.
6) 連続性雑音3)(Fig. 7)
動脈管開存が有名であるが,冠動静脈瘻や総肺静脈還流異常症でも聴取する.頚静脈こま音も連続性に聞こえる.
7) Trans-systolic murmur(Fig. 8)
動脈の狭窄がある場合に聴取される.大動脈縮窄の血流速波形で示されるように収縮期から拡張にわたる雑音となる.
This is a typical trans-systolic flow, and we can also hear a trans-systolic murmur at the back of the body in this patient. The ultrasonic Doppler flow wave pattern seems to be similar to a heart murmur pattern. Therefore, the ultrasonic Doppler flow wave pattern provides useful information about the heart murmur. When you conduct an echocardiography exam, please listen to the Doppler signal sound. It helps you to understand the heart murmur.
肝,脾
血圧測定,体重測定,身長測定など.
小児の身体診察で心音,心雑音は大きな比重を占める.流れが多いとき,圧格差が大きいとき,心音,心雑音は聴取しやすくなる.
Fig. 9の三尖弁閉鎖の疾患モデルをもとに,問診,身体所見,検体検査所見,画像検査所見のストーリーを考える.いつ頃,心疾患に気づかれるか? 発育はどうか? 心雑音は聞こえるか? 収縮期雑音があるとすればどの部位からでるか? 拡張期雑音はどうか? また,II音は? チアノ-ゼはあるか? 程度は? 心拡大はあるか? 心電図ではどのような所見があるか?
How do you think about the medical history and physical findings of the patient while imaging the bloodstream and intracardiac pressure curve?
肺動脈に狭窄を作るとどのように血液の流れが変わり,身体所見がどのように変化するか?心房中隔欠損を小さくしたときはどうか?
以上述べてきたように,問診,身体所見,検体検査所見,画像所見から病態モデルを考え,それからさらにそれぞれを,特に身体所見を説明していくことを繰り返していく.これが身体診察技術を向上させる.4つの診断方法から得られた所見をいつも病態モデルから説明できるようにすることが重要である.
なお,今回は身体所見から小児循環器疾患をどのように診察していくかを中心に述べたため,循環器疾患に関連することが中心となっているので留意が必要である.
1) 公益社団法人臨床心臓病学教育研究会ジェックス,http://www.jeccs.org/contents/eLearning/choshin/bedside01.html
2) Ganboa R, Hugenholtz PG, Nadas AS: Accuracy of the phonocardiogram in assessing severity of aortic and pulmonic stenosis. Circulation 1964; 30: 35–46
3) Shaver JA, Nadolny RA, O’Toole JD, et al: Sound pressure correlates of the second heart sound. An intracardiac sound study. Circulation 1974; 49: 316–325
4) Nakajima T, Arakaki Y, Shimizu T, et al: Non-invasive assessment of the peak pressure gradient between the aorta and pulmonary artery in patent ductus arteriosus. J Cardiol 1987; 17: 353–360
日本循環器学会の用語集では,physical examinationを「身体検査,身体診察」,physical findingを「身体所見」としている.本稿では身体診察,身体所見を用いる.
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