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特定非営利活動法人日本小児循環器学会
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(1-2): 64-67 (2015)
doi:10.9794/jspccs.31.64

症例報告

小児開心術症例の術後劇症悪性高熱症の1例

1聖マリアンナ医科大学心臓血管外科 ◇ 〒216-8511 神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1

2聖マリアンナ医科大学小児科 ◇ 〒216-8511 神奈川県川崎市宮前区菅生2-16-1

受付日:2014年11月11日
受理日:2015年2月11日
発行日:2015年3月1日
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悪性高熱症は,揮発性吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬が誘因と考えられ,周術期における致命的合併症の一つとされている.我々は,最近小児開心術症例で術後劇症悪性高熱症を経験したので,文献的考察をふまえて報告する.症例は11ヶ月男児,診断は心室中隔欠損症,Down症候群である.生後21日,肺動脈絞扼術と動脈管結紮術を施行した.今回根治術として,心室中隔欠損パッチ閉鎖と肺動脈絞扼解除を施行した.術後より40度の高熱が持続したが,循環動態は安定していた.第2病日に急激に右心不全を呈し,胸骨開放で小康をえた.第3病日に42度まで体温が上昇しCPKなどの上昇が認められ悪性高熱症と高度に疑い,ダントロレンの投与を開始し,マットを使用して体温調節を行った.第4病日より解熱傾向となり,特に後遺症を残さず救命できた.悪性高熱は,麻酔中の最高体温と麻酔中体温上昇速度を指標に劇症型と亜型に分けられ,さらに麻酔後に症状が起こる術後型に分類されている.本症例は,術後劇症悪性高熱症と考えられた.術後悪性高熱は,現在でも死亡率が12.2%と高く,心臓手術後の周術期管理で注意が必要である.

Key words: malignant hyperthermia; postoperative; pediatric cardiac surgery; complication

はじめに

悪性高熱症は,常染色体優性遺伝の潜在的疾患で揮発性吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬が誘因と考えられ,周術期における致命的合併症の一つとされている1,2)

.麻酔薬が改良された現在においても,全身麻酔の致死的合併症として留意する必要がある.最近,当科において小児開心術症例の術後劇症悪性高熱症が高度に疑われる症例を経験したので文献的考察をふまえて報告する.

症例

11ヶ月男児,診断は心室中隔欠損症(VSD),Down症候群である.在胎37週2954 gで出生した.出生後心雑音があり,心臓超音波検査でVSDと診断された.家族歴には,特に問題を認めなかった.多呼吸と体重増加不良があり,生後21日,肺動脈絞扼と動脈管結紮術を施行した.この手術時の麻酔薬はセボフルラン,ロクロニウム,フェンタニル,イソゾールを使用した.術後正中創のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染が起こったが,陰圧閉鎖療法とバンコマイシンの投与にて軽快した.根治術前の心臓カテーテル検査時の麻酔薬は,セボフルラン,ロクロニウムを使用した.心臓カテーテル検査では,肺体血流比は1.3で,肺血管抵抗は2.1 units·m2であった.根治術時,麻酔薬はセボフルラン,ロクロニウム,フェンタニル,イソゾールを使用した.尚,術前のCPK値は78 IU/Lと正常であり,筋疾患を示唆する兆候は認めなかった.肺動脈絞扼術時にMRSA創感染となったため,術直前にバンコマイシンを予防的に投与した.そのためか術前顔面の紅潮が認められたが,高熱は認められなかった.直腸温34度の軽度低体温でVSD閉鎖,肺動脈絞扼解除を施行した.術中経過で特に問題を認めなかった.術直後から40度の高熱が持続したが,循環動態は安定していた.集中治療室帰室直後の血液ガスはpH 7.37 Base excess-1.1 mEq/L PaO2 94 mmHg PaCO2 49 mmHg Lactate1.4 mmol/Lと換気条件(FiO2 0.6呼吸回数20/min peep 6 cmH2O pressure support 8 cmH2O)の割にCO2が貯留傾向で酸素化がやや悪かった.生化学データは,CPK 1965 IU/L,AST(GOT)200 IU/L,ALT(GPT)15 IU/L,LDH 553 IU/Lであった.第1病日は徐々に酸素が悪化し,尿量も減少傾向であった.血圧は収縮期血圧が80 mmHg前後であり,脈拍数は,140~160/minであった.第2病日,脈拍数190/minの頻脈,収縮期血圧50 mmHg前後と低下が認められた.換気条件もFiO2 1.0呼吸回数25/min peep 8 cmH2O pressure support 8 cmH2OでpH 7.31 Base excess-5.0 mEq/L PaO2 59 mmHg PaCO2 45 mmHg Lactate4.5 mmol/Lと酸素化も不良となり,アシドーシスが進行し右心不全状態と考えられた.腎不全も併発したため,腹膜透析(PD)を開始した.状態の改善のためにはExtracorporeal membrane oxygenation(ECMO)装着の必要があると考え,胸骨を再開胸したところ,循環状態は改善し,胸骨開放のみで経過観察した.低血圧の状態は2時間ほど認めたが,心停止や血圧40 mmHg以下となることはなかった.処置中循環動態改善後に肺動脈圧を計測したが,動脈圧が80/40 mmHgの時,肺動脈圧は35/20 mmHgで肺高血圧を認めなかった.この時の麻酔は,フェンタニル,ミダゾラム,ロクロニウムを使用した.この時点まで悪性高熱症の診断はついていなかった.第3病日42度の高熱が続き,CPK 7103 IU/L,血清ミオグロビン31296 ng/L,AST(GOT)676 IU/L,ALT(GPT)270 IU/L,LDH1399 IU/Lと酵素の上昇が認められ,この時点で術後劇症悪性高熱症と高度に疑い,ダントロレンの投与を2 mg/kg/dayで開始した.ダントロレン投与後の血行動態などの反応はあまり認められなかった.そのため,さらにマットを使用して強力なクーリングを行い,体温を調節した(Fig. 1

).第4病日より解熱傾向となり,血行動態は安定してきた.CPK等の酵素も低下傾向となった.各酵素の最高値は,CPKは16254 IU/Lで,血清ミオグロビンは51280 ng/mLでAST(GOT)は2281 IU/L,ALT(GPT)は1082 IU/L,LDHは5468 IU/Lであった.第7病日,静脈麻酔のみで胸骨閉鎖を施行した(Fig. 1).第14病日に人工呼吸器より離脱し,抜管した.ダントロレンの投与は,2 mg/kg/dayで初回から同じ量で第8病日まで続け,マットによるクーリングは第10病日まで施行した.PDは第13病日まで併用した.その後,特に後遺症を残さず救命できた.経過を振り返ると,ダントロレンの投与より,強力なクーリングによる体温調節が最も有効であった.また,原因薬物は不明であった.

Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 31(1-2): 64-67 (2015)

Fig. 1 Clinical course of the case

The body temperature (BT) rose to 42°C on day 3 after surgery.

考察

悪性高熱は,全身麻酔の合併症として広く知られており,麻酔薬の改善とともに発症率は低下してきている.しかし,現在でも周術期の致死的疾患の一つであり,麻酔機会の多くなる小児先天性心疾患患者は注意を要する.悪性高熱の発症頻度は,全身麻酔5,000~100,000に1と報告され,性,年齢に差があり,30歳以下の男性に多いとされている1–4)

.本邦では盛生らによる臨床基準が広く用いられている5).それによると麻酔中の最高体温と麻酔中体温上昇速度を指標に劇症型と亜型に分けられる.劇症型は,麻酔中40度以上の高熱となり悪性高熱の症状があるか,38度以上で体温上昇速度が15分間に0.5度以上で悪性高熱の症状がある場合である.亜型は体温基準を満たさないが,臨床症状が類似の場合である.また,麻酔中の体温上昇はないが術後に体温上昇が認められ,同様の臨床症状を示すものを術後悪性高熱症と分類している.悪性高熱症の臨床診断に関与する体温以外の所見としては,原因不明の頻脈,不整脈,血圧変動,呼吸および代謝性アシドーシス,筋硬直,ミオグロビン尿,動脈血酸素飽和度低下,血清カリウム上昇,GOT,GPT,LDH,CPKなどの血清逸脱酵素の異常な上昇,異常な発汗,今までに認められなかった異常な出血傾向である.本症例は,麻酔中は体温上昇を認めず,悪性高熱の症状も示さなかった.第2病日に頻脈,血圧低下,動脈血酸素飽和度の低下を認め,肺動脈絞扼術後であることと術前の心臓カテーテル検査のデータからは納得しにくいが,術後の肺高血発作または右心不全と考え,ECMO装着を検討した.しかし,胸骨開放で状態が改善し,処置中の肺動脈圧が高くないことから別の原因が疑われた.翌日42度の高熱が続き,CPKなどの酵素の上昇が認められ,この時点で術後劇症悪性高熱症が高度に疑われた.Larachら6)の提唱したClinical grading scale(CGS)では28点でランク4(somewhat greater than likely)で確定的とは判断されなかった.術後症状の発現が遅いことから非典型的な症例と考えられ,臨床所見から劇症型悪性高熱症と診断しそれに準じた治療を行った.今回診断が遅れ,治療の開始がやや遅れたことは否めない.悪性高熱症の診断として臨床診断以外には,生検された骨格筋による診断や遺伝子診断が行われている1–4).本症例では,家族の同意が得られず,筋生検は行われていない.発症機序は,誘因薬剤によりRYR1という骨格筋内の小胞体にあるCa2+放出チャンネルからCa2+が放出されることにより,骨間筋細胞内の代謝が亢進することによると考えられている1–5).このため呼吸性代謝性のアシドーシスが進行し,頻脈や不整脈が発生する.また,動脈血酸素飽和度の低下が起こり,体温上昇,筋硬直,横紋筋融解が出現する.悪性高熱は,現在でも死亡率が術中悪性高熱で15%,術後悪性高熱で12.2%と報告されており7),早期発見,早期の治療開始が重要である.まずトリガーとなる薬剤を中止し,静脈麻酔に切り替える.10 L/min以上の高流量の100%酸素で通常の分時換気量の2~3倍で過換気し,冷却の準備を開始する.対処療法として,体温上昇に対しては体外循環を含めた強力な冷却が有効と報告されている5,8).呼吸循環の障害に対しては,ECMO装着,持続血液透析濾過,腹膜透析の併用が推奨されている.筋硬直,代謝亢進に対しては,ダントロレンの投与が有効とされている.ダントロレンは,RYR1に作用して,小胞体からのCa2+放出を抑制する.また,細胞外からのCa2+流入の抑制効果も示唆されている9,10).腎障害に対しては,大量輸液と利尿剤での対応が有効との報告がある5,8).現在でも根本的な治療法が確立されていない疾患であり,早期発見,早期治療開始が救命の鍵となる.開心術の場合,体外循環の使用により体温が制御されるため,術中の体温上昇が評価しにくいこと,また術後,頻脈や不整脈が手術に起因して起こることから,早期診断が難しい状況にある.欧米の開心術時に悪性高熱を発症した症例報告をまとめて検討した報告では11),24の症例報告のうち14例が人工心肺中または直後に悪性高熱の発症が起こっており,それらはCO2生産の増加や代謝性アシドーシスなどの初期の兆候を示していた.小児開心術時の報告は3報告であり,成人例の報告がほとんどであった.また,CPKの上昇が悪性高熱を示す最も強い指標であり,再加温が悪性高熱の臨床症状の出現に関与していた.よって悪性高熱の潜在的な疑いのある患者では,トリガーとなる薬剤を避けるだけでなく,再加温をゆっくり行うことを提唱している.治療はほとんどの症例で,トリガー薬剤の中止とダントロレンの投与が施行されていた.本邦での小児開心術症例の術後悪性高熱の報告によると12,13),いずれも診断が困難であり,そのため治療介入が遅れ,死亡例の報告もあった.本症例も診断が遅延し,治療開始がやや遅れたが,ダントロレンの投与とマットを用いた強力なクーリングによる体温調節が功を奏し,救命することができた.

結語

悪性高熱は,現在でも重篤な周術期合併症であり,麻酔機会の多くなる小児先天性心疾患の治療に於いて常に念頭に置くべきである.今回,乳児の開心術後に術後劇症悪性高熱が高度に疑われ,救命しえた1例を経験したので報告した.

引用文献

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5) 盛生倫夫:悪性高熱症,熱中症および悪性症候群.日臨麻会誌1992; 12: 679–694

6) Larach MG, Localio AR, Allen GC, et al: A clinical grading scale to predict malignant hyperthermia susceptibility. Anesthesiology 1994; 80: 771779

7) 右田貴子,向田圭子,濱田 宏,ほか:術後悪性高熱症の検討.麻酔と蘇生2013; 49: 7–11

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