正常肺組織を犠牲にすることを前提としてコイル塞栓術を施行した両側肺全区域びまん性肺動静脈瘻の1例
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部小児科学分野 ◇ 〒770-8503 徳島県徳島市蔵本町三丁目18番地の15
Endoglin遺伝子(ENG)変異(p. Ala160del, c.479_481 delCTG; ex4)を有した遺伝性出血性毛細血管拡張症に合併した両側肺全区域びまん性肺動静脈瘻の女児例を経験した.9歳で診断され,5年間に5回のカテーテル治療を施行した.コイル塞栓術直後はSpO2 90%以上に上昇するが徐々に80%程度まで繰り返し低下していた.びまん性肺動静脈瘻は,瘻内や流入動脈の塞栓では新たな瘻への流入血管が再度出現・増悪し,瘻への流入血流が増加する.瘻内のみへのコイル塞栓では血流阻害が不十分と考え,以降は正常肺動脈を犠牲にしてコイル塞栓術を施行した.正常肺血管の塞栓は肺血管床を減少させ,肺高血圧を惹起するため最小限にとどめることに留意した.治療後はSpO2 90%以上を維持し,肺高血圧症は認めていない.治療に難渋する肺動静脈瘻では正常肺を犠牲にすることを前提としたカテーテル治療も1つの選択肢と考えられた.今後は長期的な肺高血圧症の発症も含めて,慎重な経過観察が必要である.
Key words: pulmonary arteriovenous malformations; coil embolization; pulmonary arterial hypertension
© 2015 特定非営利活動法人日本小児循環器学会
肺動静脈瘻は肺動脈と肺静脈が正常肺毛細血管床を介さずに吻合し,直接短絡を形成する異常な血管構造である.遺伝性出血性毛細血管拡張症(hereditary hemorrhagic telangiectasia: HHT)は肺動静脈瘻が高率に合併することが知られており,低酸素血症,奇異性塞栓の危険性がある1).肺動静脈瘻の標準治療はカテーテルによる瘻のコイル塞栓であるが,治療に難渋する例も散見される1,2)
.今回,我々は瘻内および流入動脈のコイル塞栓のみでは低酸素血症の改善が十分に得られず,治療に難渋した両側肺の全区域びまん性肺動静脈瘻の症例において,正常肺を犠牲にしてコイル塞栓術を施行した.懸念された肺高血圧の増悪を認めることなく低酸素血症の改善を得た一症例を経験したので報告する.
14歳,女児
低酸素血症
母,母方祖父が肺動静脈瘻と診断され,各々,内視鏡治療,肺切除術を施行されている.
9歳時に低酸素血症の精査を契機に肺動静脈瘻と診断した.その後,遺伝子検査でEndoglin遺伝子変異(p. Ala160del, c.479_481 delCTG; ex4)を有する遺伝性出血性毛細血管拡張症であることが判明した.診断以後,カテーテルによるコイル塞栓術を5回施行した.治療直後はSpO2 90%以上を示すものの,しばらくすると徐々に80%程度まで低下することを繰り返していた.徐々に低酸素血症の増悪が進行してきたため,再度カテーテル治療目的に入院した.
身長154.0 cm(−0.5SD),体重42.2 kg(−1.1SD),体温36.0°C,脈拍80/分,血圧109/74 mmHg,呼吸数14/分,SpO2 76~81%(room air)と低酸素血症を認めた.労作時に頭痛と呼吸苦を認めていたが呼吸音は正常であった.心音は整で雑音は聴取せず,肝臓は触知しなかった.皮膚,末梢は温暖でばち指を認めた.以前から鼻出血を繰り返しており,顔面に毛細血管の拡張が数カ所あることに気づかれていた.
血液検査(Table 1)ではHb 16.8 g/dLと多血症を認め,BNPは6.4 pg/mLと正常であった.胸部レントゲン写真では心胸郭比42%と心拡大はなかった.12誘導心電図は洞調律,正常軸で右室負荷は認めなかった.心エコー検査では心収縮は良好であり,右室圧の上昇はなかった.呼吸機能検査ではFEV1 93.5%,%VC 97.3%と正常であった.肺血流シンチ(99 mTc-MAA; 133 MBq)では,コイル塞栓部位に一致して数カ所の集積低下部位を認めた.
WBC | 5300/µL |
RBC | 5.89×106/µL |
Hb | 16.8g/dL |
Hct | 51.6% |
Plt | 15.9×104/µL |
PT (INR) | 1.03 |
APTT | 27.2 sec |
Fib | 280 mg/dL |
pH | 7.428 |
pCO2 | 27.4 mmHg |
pO2 | 48 mmHg |
HCO3 | 18.1 mEq/L |
BE | −6mmol/L |
sO2 | 85% |
TP | 7.2 g/dL |
Alb | 4.3 g/dL |
AST | 25 U/L |
ALT | 12 U/L |
BUN | 8 mg/dL |
Cr | 0.62 mg/dL |
Na | 143 mEq/L |
K | 4.0 mEq/L |
Cl | 109 mEq/L |
Ca | 9.4 mg/dL |
CRP | <0.05 mg/dL |
BNP | 6.4 pg/mL |
1週間の間隔で2回に分けてコイル塞栓術を施行する予定とした.全身麻酔下に挿管管理で施行した.9歳の初診時の胸部レントゲン写真では両肺野に淡い腫瘤影が多数あり(Fig. 1A),MDCTでは両肺野に大小20個以上の肺動静脈瘻を認めていた(Fig. 1B).これまでのカテーテル治療では,瘻内や流入動脈にコイル塞栓を施行していた(Fig. 1C, 1D
).しかし,これらのコイル塞栓を繰り返しても経年的に瘻の数は増加しており,構造も複雑で,1つ1つの瘻を全て塞栓することは難しいと考えられた(Fig. 2).遺残短絡や新たな瘻形成も認められていたことから正常肺血管をある程度犠牲にすること以外に方法がないものと考えて,瘻の上流の流入血管を含めてコイル塞栓する方針とした.コイル塞栓前の左右肺動脈造影で肺動静脈瘻は左右ともに下方,背側に多いことを確認した.また,肺動脈圧18/12(15) mmHg,右室圧25/4 mmHgと上昇は認めなかった.両側下肺野には肺動静脈瘻が多数存在していたため,その上流の下肺動脈からの流入血管を広く,Azur,Trufill pushableなどを用いて塞栓した(Fig. 3).さらに,両側上・中肺野では計9カ所の瘻,下肺野では約10カ所のコイル塞栓を追加した.コイル塞栓術施行中は,肺動脈圧,SpO2の低下や心拍数,血圧の変化に注意しながら施行した.この手技によるSpO2の低下や心拍数,血圧心電図変化はなく,安全に施行することができた.コイル塞栓終了後の圧測定では平均肺動脈圧14 mmHgであり,上昇は認められなかった.今回のカテーテル治療を含めると,診断より5年半の経過で計7回のコイル塞栓術を施行し,計316本のコイルを使用した(CASHMERE 41本,Trufill DCS Orbit 5本,AZUR 39本,Micruspher 5本,Trufill pushable 226本).
Angiography was performed at the age of 9 (A and D), 11 (B and E), and 14 years (C and F).
コイル塞栓術後はSpO2 90~96%を維持できた.コイル塞栓術後は発熱の出現はなく,コイル塞栓術後3日目に退院した.その後も定期的に外来経過観察を継続している.これまではコイル塞栓後約3カ月ほどで徐々にSpO2は塞栓前の値に低下していたが,今回は1年後も90%以上を維持できており,右室圧上昇を示唆する所見も認められていない.今回のコイル塞栓術では,右前・外側・後肺底動脈(A8・A9・A10),左上・下舌動脈(A4・5),左外側肺底動脈(A9)をほぼ全て塞栓した.細かな正常肺血管も含めて区域動脈中枢から塞栓を行った部位も複数あり,今後の肺高血圧の発症に注意が必要であると考えられた.定期的に心エコー検査,CT,肺血流シンチ,カテーテル検査などを施行する予定としている.
肺動静脈瘻はその数により孤立性と多発性,形態によって1本の肺動脈が肺静脈に流入する単純型と2本以上の肺動脈が2本以上の肺静脈に流入する複雑型に分類される.また,稀に多区域にわたるびまん型がある.びまん性肺動静脈瘻は重度の低酸素血症をきたしやすく,治療が難しいとされている1).また,肺動静脈瘻の約83%が下肺葉に好発し,立位や座位で低酸素血症や呼吸不全が増悪するが,それは重力によって肺動静脈流が多い下肺野に血流再分布が生じ,換気血流比が増悪するためだと考えられる3).本症例では肺動静脈瘻は左右ともに下方,背側に多く分布しており,これらを塞栓することで瘻の少ない部位に肺血流を導き,低酸素血症を改善させることを目的として,コイル塞栓術を施行した.
HHTの診断は2000年に示されたCuraçao criteriaにおいて(1)繰り返す鼻出血,(2)血管拡張(口唇,口腔内,舌,手指,鼻),(3)臓器症状(出血の有無によらない消化管の血管拡張,肺・肝・脳・脊髄動静脈瘻),(4)一親等以内の家族にHHTの家族歴がある の4つの大項目のうち,3つ以上あれば確定診断,2つある場合は疑い,1項目のみでは診断しない,とされている.本症例では診断基準の(1),(2),(4)を認めており,確定診断を満たすと考えられた.初診時に施行した頭部単純MRIでは脳動静脈瘻は認めなかったが左前頭葉に陳旧性脳梗塞の所見が明らかになり,肺動静脈瘻に起因するものと予想された.以後に再検した頭部MRIでも新たな異常所見は認めていない.HHTの原因として遺伝子変異が発見されており,これまでendoglinをコードするENG遺伝子,Activin receptor-like kinase(ALK1)をコードするACVRL1遺伝子,SMAD4の変異に加えて,未だ遺伝子の特定には至ってはないものの,さらにもう2カ所の遺伝子変異が指摘されている1).ENG遺伝子変異ではendoglinが欠損することによって血管内皮リモデリングの遅延と内皮細胞の異常増殖反応が起こり,本疾患を引き起こすと考えられている1).
肺動静脈瘻の現在の治療の第一選択はカテーテル治療である.カテーテル治療が困難な場合は古典的肺切除や肺移植が治療選択肢として挙げられる.最近では離脱式コイルに加えて,Amplatzer vascular plugによる塞栓の施行も多く報告されている4,5)
.本症例においては,コイル塞栓中に肺高血圧症や低酸素血症が発症しないことを段階的に確認しながら手技を進めていくことが重要であった.塞栓によって犠牲にする正常肺を最小限にとどめたい狙いもあり,緩徐に塞栓を進められる点でもAmplatzer vascular plugよりもコイルの使用が適していると考えられた.さらに,コイル塞栓術は肺血管の近位部のみだけでなく,瘻が存在する部位を含めた細小動脈から主幹部まで広い範囲を塞栓できることも利点として考えられる.カテーテル治療は外科的切除より非侵襲的で繰り返し処置しやすいが,再灌流や側副血行路の発生の可能性といった不利な点もある.奇異性塞栓の防止のため,症状の有無に関わらず,動静脈瘻の流入血管径が3 mm以上の場合は治療が望ましいとされている.治療の主な目的として奇異性塞栓から引き起こされる脳卒中や脳膿瘍の防止,運動耐用能の改善,片頭痛の改善,肺出血の防止などが挙げられる.
本症例ではENG遺伝子に変異が認められた.ENG遺伝子は上記に示した通りHHTの原因遺伝子であると同時に遺伝性肺動脈性肺高血圧症の原因遺伝子の1つでもある.本症例で最も検討を有する点は,ENG遺伝子変異を有し,自然経過で肺動脈性高血圧症を発症する可能性がある中で,肺高血圧症を惹起する可能性を孕んだ肺動静脈瘻塞栓術を施行し,成功させた点である.本症例では計7回のカテーテル治療を行い,肺動静脈瘻の塞栓を施行した.下肺野を中心に多数の肺動静脈瘻がびまん性に存在しており,正常肺血管を犠牲にすることなく瘻を閉鎖することは困難と考えられた一方で,コイル塞栓で肺血管を閉塞させることは肺血管床を減少させ,肺高血圧症を惹起させる可能性が考えられた.しかし,びまん性に存在する肺動静脈瘻を放置していては低酸素血症の改善は得られないため,最小限にとどめることを考慮しつつ,正常肺を犠牲にしてコイル塞栓術を施行した.また,肺循環は豊富な予備血管床をもっており,有効肺血管床が1/3程度まで減少して初めて肺動脈圧は上昇するとされているため6)
,正常肺血管の犠牲をある程度にとどめれば,肺高血圧症の発症を免れることができると考えた.結果として肺動脈圧21/8(14) mmHgと肺高血圧症をきたさず,SpO2 90%以上と低酸素血症を改善することができた.これまでの治療では瘻そのものの塞栓を施行してきたが,それだけでは低酸素血症を改善できなかったため,今回は瘻近位部の太い血管を含めて塞栓を行った.びまん性の肺動静脈瘻においてはコイル塞栓に対して治療抵抗性であること,塞栓部位の再灌流や残存している瘻の拡大があることが,HHTに合併した肺動静脈瘻の重症度を反映しているとの報告もある7,8)
.今後も動静脈瘻の再灌流や新たな瘻の出現の可能性もあり,慎重な経過観察が必要である.
なお,HHTに合併した肺高血圧症に対してエビデンスの確立された治療はこれまでのところ明らかになっていない9).これはHHT全体に対しての肺高血圧症の合併率が1%未満と低い10)ことも一因として考えられる.ACVR1遺伝子変異をもつHHTは他の遺伝子変異よりも早期に肺高血圧症を発症し,予後が悪い11,12)
.一方で,ENG遺伝子変異はACVR1遺伝子変異と比較して頻度や肺高血圧症の発症のリスクは低いとされている12).しかし,ENG遺伝子変異も自然経過で肺高血圧症を惹起させるため,本症例のように正常肺血管をコイル塞栓することは肺高血圧症を引き起こす危険性があることに相違ないと考えられた.本症例では現時点においては肺高血圧症の発症はないが,危険性を認め,今後の長期的な肺高血圧症の発症に関しては慎重に経過をみていく必要があると考えられる.HHTに合併した肺高血圧症の治療については,今後,症例を重ねた検討が必要と思われる.
びまん性に全肺区域に散在する肺動静脈瘻は瘻もしくは流入動脈だけのコイル塞栓だけでは低酸素血症の改善が十分に得られない場合がある.正常肺血管を犠牲にしてカテーテル治療を施行することも有効な治療戦略の1つとして考えられた.しかし一方で,治療後の肺動静脈瘻の再増悪や肺高血圧症の進行については慎重な経過観察が必要である.
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