1. 症例1
患児
日齢1,男児
入院時診断
TAPVC(Darling分類Ⅲ型),心房中隔欠損症(ASD),動脈管開存(PDA),肺静脈狭窄(PVO),肺高血圧(PH)
既往歴・家族歴
特記すべきことなし
現病歴
胎児不整脈を疑われ当院にて分娩待機.在胎40週2日,2,086 gにて出生.出生後よりチアノーゼ,陥没呼吸著明にて,人工呼吸管理.心エコーで上記と診断.
緊急手術
TAPVC修復術の方針となった.
入院時現症
1)理学所見身長:46 cm,体重:2,086 g,脈拍:130/min,呼吸数:52/min,血圧:50/30 mmHg,SpO2: 88%(FiO2 0.4),明らかな心雑音なし
2)胸部エックス線心胸郭比55%,肺血管陰影増強著明
3)心臓超音波検査(Fig. 1a)心室中隔は右室側に偏位
左室拡張末期径(LVDd)13.0 mm(Z value −1.6),左室収縮末期径(LVDs)10.6 mm,三尖弁輪径(TVD)11.0 mm(−0.6),僧帽弁輪径(MVD)8.6 mm(−2.6)
ASD:二次孔欠損型,径3.1 mm,右→左shunt
PDA: 1.6 mm,両方向性血流
右上肺静脈(RUPV): 3.3 mm,右下肺静脈(RLPV): 2.0 mm,左上肺静脈(LUPV): 2.5 mm,左下肺静脈(LLPV): 2.4 mm,共通肺静脈(CPV): 8.4 mm,垂直静脈(VV): 肝静脈合流部で下大静脈に流入しており最狭窄部1.8 mm(continuous flow 1.4 m/s)
入院後経過
日齢1に緊急でTAPVC修復術を施行.胸骨正中切開にてアプローチし,上行大動脈送血,上下大静脈脱血にて体外循環を確立.PDAを結紮後,大動脈遮断,心停止.VVは径5 mm程であり,左肺静脈に向けて縦切開し,横隔膜上で結紮.相対する左房後壁を房室間溝に平行に切開し,両者を直接吻合した.ASDを閉鎖し大動脈遮断解除後,右心房を閉鎖した.体外循環からの離脱後,腹膜透析(PD)用カテーテルを挿入し,循環動態に余裕がなかったため胸骨解放のままとし手術終了とした.
術後は開胸下にPD併用で管理し,カテコラミンはアドレナリン(Ad)+ドーパミン(DOA),一酸化窒素(NO)20 ppmを使用して管理した(Fig. 2).血液ガス分析での血中乳酸(Lac)値の経過は術後24時間近くまで経時的に上昇し,循環動態は不安定なまま経過した.術後1日目に胸部エックス線での著明な肺うっ血像,心エコーにて左→右シャントのVSDを同定した(Fig. 1b).このVSDが不安定な循環動態の原因と考え,NOは減量・中止.これによりLac値は著明に改善し,循環動態も安定化した.術後3日目に閉胸を行い,この際に肺動脈絞扼術(PAB)を追加施行した.肺高血圧残存のため肺動脈は周径18 mmまでの絞扼となったが,術後よりカテコラミンを減量でき,循環動態の改善を得た.その後,経時的に肺血流過多進行したため術後8日目に再度PAB(周径14 mm)を施行した.術後10日目にPD離脱,術後15日目に人工呼吸器より離脱した(Fig. 3).軽快退院後,5カ月時に心室中隔欠損パッチ閉鎖+主肺動脈形成術を施行し現在外来経過観察中である.手術所見ではVSDは径8×6 mmのperimembranous outlet typeであった.
2. 症例2
患児
日齢2,男児
入院時診断
TAPVC(Darling分類Ib型),VSD,卵円孔開存(PFO),PDA,PVO,PH
既往歴・家族歴
特記すべきことなし
現病歴
在胎40週2日,3,240 gにて他院で出生.チアノーゼありエコーでTAPVCを疑い当院に搬送,エコーで上記診断.準緊急的に手術の方針とした.
入院時現症
1)理学所見身長:49.7 cm,体重:3,247 g,脈拍:122/min,呼吸数:50/min,血圧:69/40 mmHg,SpO2: 80%(room air),明らかな心雑音なし
2)胸部エックス線心胸郭比55%,肺血管陰影増強著明
3)心臓超音波検査(Fig. 1c)LVDd 10.9 mm(Z value −2.5),LVDs 10.6 mm,TVD 8.8 mm(−5.1),MVD 9.8 mm(−2.6)
VSD: perimembranous outlet type,径4.2 mm,右→左シャント
PFO:径2.7 mm
RUPV: 3.3 mm,RLPV: 3.7 mm,LUPV: 3.5 mm,LLPV: 3.7 mm,CPV: 6.0 mm,VV:上大静脈に流入部で狭窄あり(連続性血流・平均血流速1.6 m/s)
入院後経過
日齢2に準緊急的にTAPVC修復術を施行.胸骨正中切開にてアプローチし,上行大動脈送血,上下大静脈脱血にて体外循環を確立.PDAを結紮後,大動脈遮断,心停止.CPVを心膜と共に約10 mmの切開し,VVを結紮.下大静脈接合部から左心耳まで左房を切開し,CPVの切開部を囲むように心膜後壁に連続縫合にて吻合した(primary sutureless法).VSDは径7×8 mmのperimembranous outlet typeであり,計8針にてパッチ閉鎖を行った.体外循環からの離脱は問題なく,正常洞調律にて循環動態良好であった.PD用カテーテルを挿入し,一期的に閉胸した.
術後経過は良好で,術後1日目までにLac値は低下傾向となり,カテコラミンも問題なく減量でき,術後4日目に人工呼吸器から離脱した.退院前のエコーで右室圧は正常化していた.
当院開設以来の内臓心房錯位症候群を除外したTAPVC手術症例52例中の2例,3.8%にVSDの合併を経験した.孤立型TAPVCにVSDを合併することは比較的稀であると考えられる.文献的にはTAPVCにVSDを合併した症例は1970年代前半に報告例があり1,2),1970年代後半には修復術を行った報告が見られる3).以降,心房臓器錯位症候群に合併するTAPVCを除くと,手術例の報告はファロー四徴症との合併例の報告があるが4,5),その他に完全大血管転位症,大動脈弓離断症,両大血管下型のVSD,両大血管右室起始症などとの関連性が指摘されている6).一方,Yongらの報告7)でも孤立性TAPVCの新生児112例中8例(7.1%)にVSDを認めており,稀ではあるものの,ときに見られる合併であると考えられる.
孤立性TAPVCの胎児診断に関する報告は少なく8),その有用性は認められるが,現実的には出生後に診断されることがほとんどである.Yongらの報告7)によると新生児期の孤立性TAPVCの79.5%に術前PVOを合併しており,多くの症例が緊急または準緊急的な手術を要する.そのため,術前検査である心エコーは短時間での診断およびスクリーニングを求められる.PVOを伴った新生児TAPVC症例にVSDが合併している場合,①心雑音がない,②肺高血圧症のためVSDの通過血流が少なく,限られた時間内での心エコー評価である,などの理由により術前確定診断が比較的困難であると考えられる.今回,症例1はVSDを術前診断することができず放置したため術後管理に難渋し,さらに残存PHの原因を単なる高肺血管抵抗と誤認しPHに対する治療方法としてNO吸入を施行した.このことは血行動態をさらに悪化させたが,術後1日目に残存VSDの存在に気づいたことでNO吸入を中止しPABを追加するという適切な治療法を選択可能であった.この経験からsimple TAPVCであってもVSD合併の可能性があることを認識し,症例2においては術前診断することが可能であった.この結果,2症例は対照的な臨床経過を辿ることとなった.また無脾症候群に合併したTAPVC例に対するTAPVC修復+PAB手術に代表されるように,肺血管抵抗が大きく変化する新生児期開心術時のPAB併用は,通常一度のPABで至適絞扼を得られることは困難で,症例1においても閉胸後に再PABを行う段階的絞扼術が必要となり,複雑な術後経過を辿ることとなった.