フォンタン手術(F術)が確立され,成人期に達する患者が増加している.F術の予後は良好とされているが,3大死因として血栓塞栓症(Thromboembolism: TE),心不全と突然死が報告されている1).
従来,動脈硬化を基盤とした動脈血栓予防には抗血小板療法が,静脈血栓予防には抗凝固療法が用いられているが,F術後患者の薬剤使用にあたっての基準が存在しない.静脈血栓の代表格である心房細動では血栓が形成される機序として,規則的な収縮,弛緩の喪失によって心房壁に炎症性の変化が認められる2)とされており,拍動流が減弱したF術後においても,フォンタン循環そのものが過凝固状態である可能性がある3).またTE予防としてアスピリン,ワーファリンの優劣が議論されているが決着はついておらず,両者ともに不十分との報告もある4,5).
当科では以前より微小血栓でも長期的には肺血管床に悪影響を及ぼす可能性を考慮して,グレン術後から原則,ワーファリンとアスピリンの併用を行っているが,成人例が増えるにしたがい合併症に遭遇する機会が増えてきている.そこで今回,抗凝固,抗血小板治療の現状を把握する事を目的に,外来フォロー中に梗塞,出血のイベントを起こした患者の特徴を後方視的に検討した.
対象は1998~2012年に当科外来にてフォローしたTCPC術後患者49名.全員県外の施設で手術及び心臓カテーテル検査を受けていた.
性別は男性34名,女性15名,平均年齢16.3±7.7歳(5~39歳),TCPC手術時平均年齢4.5±3.7歳(2~25歳),平均術後経過59.1±45ヶ月(31~310ヶ月),手術方法はEx-TCPC 36名(Björk→TCPC conversion 1名),Lt-TCPC 10名,intra-atrial conduit 2名,atriopulmonary connection 1名であった.疾患の内訳はAsplenia 10名,TA(severe TSを含む)10名,DORV 9名,MA 6名,HLHS 4名,Ebstein,DOLV,PA-IVS各2名,Polysplenia,Criss-cross heart,TGA III型,CAVSD各1名であった.また合併症として肺内動静脈瘻を1例,肺動脈スタンプ残存を11例認め,機械弁が5例であった.
術後抗凝固療法としてグレン手術終了後より,PT-INR 1.6~2.2目標にワーファリンを開始,人工弁患者はPT-INR 2.5目標とし,原則少量アスピリン(1~2 mg/kg/day,成人はアスピリン腸溶錠を使用)と心筋保護目的にアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE-I)またはアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)を併用していた.
退院後は,1~2ヶ月ごとの定期的外来通院でワーファリンコントロールチェックのための採血を行い,経胸壁エコー(TTE)を3~6ヶ月ごとに実施した.今回は梗塞,出血関連のイベントの有無を後方視的に検討した.
1. イベント前の内服薬
Warfarin 49名(100%),Aspirin 48名(98%),ACE-I 16名(33%),ARB 30名(61%),β blocker 15名(31%),aldosterone blocker 11名(22%),Bosentan 5名(10%).
2. 梗塞例(Table 1)
脳梗塞を49例中3例(6%)に認めた.発症年齢はそれぞれ35歳,26歳,15歳で,発症前の定期検診で血栓は発見できなかった.症例①はもともと肺内動静脈瘻があり,重度過多月経でアスピリンを中止,その後ワーファリンも休薬中に脳梗塞を発症していた.脳梗塞発症時のPT-INR 1.28,D-dimer 0.13であった.症例②ではワーファリンのみ内服中,PT-INR 2.13と効いていたにもかかわらず麻痺を発症,TTE,経食道エコー(TEE)にて盲端肺動脈スタンプ内に血栓とモヤモヤエコーを認めた(Fig. 1).入院後,ヘパリン,脳保護療法を開始,アスピリンも併用し脳梗塞は回復したが,経過中に腎梗塞を合併したため,ワーファリン増量のうえ後日肺動脈弁閉鎖手術を実施した.症例③は房室弁人工弁置換術後の患者で,ワーファリン,アスピリン内服中ながら,PT-INR 1.80と低いときに麻痺,構音障害で発症し,TEEにて心房内に壁在血栓,モヤモヤエコーを認めた.
Table 1 Characteristics of patients with cerebral infarctionCase | Age of onset (years) | Years after Fontan procedure (years) | Surgical procedure | Diagnosis | Risk factors for thromboembolism | drugs | PT-INR |
---|
1 | 35 | 18 | Ex-TCPC (TCPC conversion) | TA1b | Pulmonary arterio-venous fistula | W+A interrupted | 1.28 |
2 | 26 | 18 | Lt-TCPC | DORV | Pulmonary blind pouch | W | 2.13 |
3 | 15 | 5 | Ex-TCPC | Asplenia | Artificial valve | W+A | 1.80 |
(A, aspirin; DORV, double outlet right ventricle; Ex, extra-cardiac conduit; Lt, lateral tunnel; TCPC, total cavo-pulmonary connection; TA, tricuspid atresia; W: warfarin). |
幸い,全例脳内科入院し血栓溶解療法を行い後遺症なく軽快していた.
3. 出血例
脳出血
なし.
消化管出血
3名(Table 2).
Table 2 Characteristics of patients with gastrointestinal hemorrhageCase | Age (years) | Chief complaint | PT-INR | Pre Hb | Post Hb | Aspirin | H. pylori | Blood transfusion | Emergency endoscopy |
---|
1–① | 6 | Common cold, fever | 1.77 | 10.7 | 5.4 | 1.8 mg/kg/day | Not examined | + | Not done |
1–② | 7 | Pale face | 1.66 | 10.5 | 6.1 | 1 mg/kg/day | Not examined | + | Not done |
1–③ | 8 | Fatigue | 1.82 | 13.7 | 8.9 | 1 mg/kg/day | Positive | − | Not done |
1–④ | 15 | Pallor | 3.50 | 15.0 | 9.4 | Enteric-coated aspirin 100 mg/alternate-day | Negative (after pylorus eradication) | + | Bleeding ulcer |
2 | 19 | Fatigue | 2.74 | 15.8 | 7.7 | Enteric-coated aspirin 100 mg/alternate-day | Negative | + | Bleeding ulcer |
3 | 9 | Abdominal pain | 2.23 | 12.7 | 4.7 | 1.25 mg/kg/day | Negative | + | Bleeding ulcer |
(1–①–④ denote four episodes in the same patient). |
消化管出血を3名の患者で計6回経験した.腹痛を訴えたのは1例のみで2人は腹痛を訴えなかった.5回は緊急輸血が必要となり,全例ワーファリン,アスピリン内服中であった.症例1–①~④は同一症例(無脾症)であり,1–①,②の時点での上下部消化管造影,メッケルシンチと数日後に行った内視鏡では出血部位の診断がつかなかった.1–③のときに尿中ピロリ菌抗原陽性が判明,除菌が不成功であったため潰瘍の懸念からアスピリンが中止された.13歳のときにメトロニダゾール併用でピロリ菌除菌が成功し,アスピリン腸溶錠を隔日内服で再開.しかし,15歳で房室弁人工弁置換手術を受け,弁置換術後2ヶ月後に潰瘍を再発した(症例1–④).この際,輸血後の緊急内視鏡で十二指腸球部後壁に凝血塊の付着を認め,その下に約3 mmの浅い潰瘍と動脈性に出血する露出血管を確認,高調食塩水局注でも完全に止血できなかったため,クリッピングにて止血を行った(Fig. 2).症例2は19歳男性(類同交通のあるPA-IVS,陳旧性心筋梗塞,左冠動脈前下降枝閉塞)で,数日前から黒色便に気づいていたが腹痛がないため様子を見ていたところ,顔色不良となりプレショック状態で入院した.症例3の9歳男児(TAIIc, CoA)のみが腹痛を訴え,近医小児科を受診したが腹部エコーで異常なく,便秘と診断され浣腸で様子を見ていたところ,5日後にプレショックとなった.再三,母親に黒色便がないかと注意を促していたにもかかわらず,母親は気づけなかった.症例1–③以外では緊急で輸血が必要であり,ワーファリン,アスピリン中止のうえ,メナテトレノンを使用し,全例プロトンポンプ阻害薬(PPI)併用が開始された.
その後,全ての症例で状態が安定した後にPPI併用継続しながらワーファリンのみ再開していたが,冠動脈後遺症のある症例2のみは,後日アスピリン腸溶錠も隔日内服で再開されていた.
肺出血
3名.
27歳男性(無脾症,atriopulmonary connection術後)がF手術14年後に危機的肺出血で死亡した.この例は以前から血痰が認められていたため心臓カテーテル検査が勧められていたが,前回心臓カテーテル造影後に肉眼的血尿があったこともあり10年間心カテを拒否されていた.ワーファリン,アスピリンを内服中で,入院時のPT-INRは1.48と比較的低値であったにもかかわらず,突然の大出血で救命できなかった.異常側副血管の有無はCTやエコーでの検索も行われておらず,病理解剖の承諾も得られなかったため不明であった.
19歳男性(MA,房室弁人工弁置換術後)はF手術16年後に,び慢性の肺胞出血(Fig. 3-A)を発症,側副血管のコイル塞栓後も喀血を繰り返し,アスピリン中止でも軽快しないため,人工弁にもかかわらずワーファリンの一時減量を余儀なくされた.呼吸器内科を受診し,気管の炎症を抑える目的でクラリスロマイシン少量持続内服を開始したところ,喀血発作が軽減していた.前述の脳梗塞既往のある38歳女性(TAIb)はワーファリンのみ内服中であったが,脳梗塞の3年後の定期検診で左肺の浸潤影を指摘され,当初肺炎を疑われたが徐々に拡大しCTにて肺出血と診断された(Fig. 3-B).診断時のPT-INR 2.29であったためワーファリンの一時的な減量を行い,脳梗塞再発することなく軽快した.
その他(重複あり)
重度な皮下出血:4名.
頻回の鼻出血,重度の過多月経,繰り返す心窩部痛:各2名.
肉眼的血尿,卵巣出血,アスピリン薬疹,肝障害:各1名.
全例アスピリン中止とワーファリンの一時的な減量,止血剤投与にて対応可能であった.また止血にやや時間を要した切創,挫創の患者もいたが,内服薬はそのまま,アルギン酸塩被覆材を用いて被覆,密封することで止血可能であった.
全出血イベント時の平均PT-INRは1.9±0.5(1.47~2.31)とワーファリンが効き過ぎではないが,しっかり効いているときに出血イベントが起きていた.ただしPT-INRが高いと必ず出血するわけでもなく,嘔吐下痢症に罹患1週間後の定期採血で一過性にPT-INR 10.5まで上昇したが,幸い出血を起こさずに済んだ例もあった.
4. イベント後の内服薬の変更(Fig. 4)
盲端肺動脈が残存し脳梗塞発症した例では,ワーファリンに加えてアスピリンが開始されていた.肺出血,消化管出血を含む18例でアスピリンが中止されワーファリン単剤とされており,肺出血の2例で一時的にワーファリンも減量が必要で,前述の冠動脈病変を伴うPA-IVS症例のみPPI併用のうえアスピリンが再開された.また両者併用29例中のうち24例で潰瘍の有無に関係なく,経過中予防的にPPIまたはH2-ブロッカーが開始されていた.抗潰瘍薬開始後に消化管出血を起こした症例はいなかった.
成人F術後患者では17%(6人に1人)silent pulmonary emboliがあり,ワーファリン内服患者では認められなかったとの報告がある3).同時にsilent emboliが肺血管抵抗を徐々に上げるとしたら,抗凝固療法はF循環の長期機能を改善し生存率を上げることができるかもしれないと考察されている.血流速度が遅くなると赤血球が連銭形成しshear stressの増強によりvon Willebrand factor(vWF)が変化,血栓傾向が高まるとされる2).ただし正常な層流のもとでは抗血栓に機能している血管内皮細胞がF循環でどのように変わっているのか,また多血症や,うっ血肝による肝臓由来凝固因子への影響など,まだまだ判っていない.従来,成人領域の心房細動においては,ワーファリン単独群がクロピドグレルとアスピリン併用群に比べ高いイベント予防効果が報告され6),フィブリン血栓では抗血小板薬より抗凝固薬の優位性が言われているにもかかわらず,フォンタンの静脈血栓ではワーファリンとアスピリンの優劣がついていない.
2011年にMonagleら4)Fontan Anticoagulation Study Groupから報告された,F術後2年のTE一次予防を目的としたワーファリンとアスピリンの多施設前向き比較試験では両群間に差はなく,両群の予防効果自体が不十分とされている.そのうえで遠隔期TE予防のためには,期間を限定しない新規抗凝固薬(novel oral anticoagulants: NOAC)のXa阻害薬,ワーファリンとアスピリンの併用,または抗血小板薬の強化が将来の研究対象であると結論づけている.また今後の臨床試験では微小血管の血栓塞栓が肺循環,体循環に悪影響を及ぼしているかどうかを判定するため,定期的なTEEが必要と提唱している.同試験の2次解析では,McCrindleら5)が術後2年半で31%にthrombosisを認め,ワーファリンとアスピリンでは差がなく,ワーファリンコントロール不良群(PT-INR 2.0未満)ではかえって血栓が多かったと報告している.ただし一方では血栓は全て静脈性であったとしており,やはり今後NOACの検討が必要と結論付けている.
Manlhiotら7)は,単心室患者の初回姑息術後,グレン手術後,F術後のいずれの時期においてもTE予防が必要であるとしており,初回姑息術後,グレン手術後において低分子ヘパリンであるEnoxaparinの予防効果を示し,F術後ではワーファリン治療群の予防効果がアスピリン群や無治療群に勝り,出血性合併症は差がなかったと報告している.
対して宇野ら8)はF術後小児16例においてthrombin antithrombin-3 complexおよびα2-plasmin inhibitor-plasmin complexを測定し,術後12ヶ月で両者は正常化することから,術後1年はワーファリン,以降は抗血小板薬へ移行する治療を提唱している.Ohuchiら9)のF術後の検討でも,ワーファリンとアスピリン併用例では早期に出血性合併症をきたしており,TEは術後6ヶ月以内と15年以降に好発時期があるので,リスクの少ない患者では出血性合併症を軽減するためにF術後1年でワーファリン中止していると報告されている.ただし7%の患者ではワーファリンが再開されており,PT-INRの検討は行われていないなど抗凝固療法標準化の難しさを指摘している.
Hallasら10)によると心房細動の成人でも近年ますます,抗血小板薬と抗凝固薬の複数併用が増加しており,消化管出血の検討では,アスピリン単独,ワーファリン単独のオッズ比はそれぞれ1.8倍のところ,両者併用でオッズ比は5.3倍になったと報告している.これは併用療法において潰瘍予防の必要性が,ますます重要になっていると思われる.また2013年のHokusai-VTE試験11)では成人静脈血栓塞栓症の治療および再発抑制において,NOACであるEdoxabanがワーファリンに対して有効性で非劣性,出血などの安全性において優越性を示している.
もともと血栓の少ない若年者では判定困難であるが,長期間にわたる微小血管の血栓塞栓はフォンタン循環不全を起こすのであろうか? 以前よりF術後にはCVP上昇,low output,肝障害などのため様々な抗凝固因子が低下すると言われているが,Odegardら12)はHLHS小児例において血栓症のriskとして第Ⅷ因子の著明な増加,protein Cの減少を報告している.対してTomkiewicz-Pajakら13)は成人F術後患者において凝固因子はⅧ因子を含めてすべて正常下限ながら低値であることを報告.凝固因子の低下が特徴的なのに出血が多くないこと,トロンビンの産生マーカーであるプロトロンビンフラグメントF1.2の増加,凝固阻止因子であるアンチトロンビン,組織因子経路インヒビター(tissue factor pathway inhibitor)の上昇から,凝固因子の低下は大量のトロンビン産生への代償反応ではないかと仮説を立てている.同時にトロンビン活性化線溶阻害因子(thrombin activatable fibrinolysis inhibitor)活性の増加から線溶系の障害もあり,さらにvWFも高いと報告し,これはF術後の脈波でない肺血流,ゆっくりと流れる体静脈,低酸素が内皮障害を起こしている証拠と推測している.加えて過去に塞栓症既往のあるF術後成人において,血小板活性化により膜表面に露出するP-セレクチン,可溶性CD40リガンドが上昇していることも発見し,血小板活性も亢進しているとしている.このことは抗血小板療法を支持する理由になるが,障害血管の活性化された内皮において少量アスピリン療法はCD40リガンドなど血小板から発現されるタンパクを十分抑制しないことが報告14)されており検討の余地を残している.つまりF術後成人では血小板活性化の亢進,内皮障害,トロンビン産生亢進,線溶系障害と多岐にわたる異常を持っている可能性があり,出血の副作用が克服できれば抗凝固,抗血小板薬の併用が理想的になりうるのかもしれない.トロンビン産生亢進が問題だとすれば,今後,抗トロンビン薬やXa阻害薬などNOACは有望の可能性があり,またアスピリンを超える新規血小板凝集抑制薬も望まれる.
今回の検討で遠隔期後遺症として脳梗塞を起こした症例は,肺動脈スタンプ残存,肺内動静脈瘻合併,房室弁人工弁置換術後と最初からハイリスクと思われる症例のみであった.また残念ながら脳梗塞発症時に凝固線溶系の詳しい検索はなされておらず,血栓形成原因の検討はできなかった.従来から肺動脈スタンプ残存は極めて危険であることが報告15)されており,今回の結果はハイリスク例ではワーファリンとアスピリン併用でも不十分な可能性が示唆された.積極的にTEEを行い,ワーファリンを強めに使用するか,外科治療が考慮されるべきであろう.
肺出血による死亡は造影を拒否されていた患者で,残念なことに側副血管検索のためのCTやエコーでの下行大動脈back flowの確認が行われていなかった.異常側副動脈が原因であった可能性が高く,心臓カテーテル検査を積極的に勧めるべきであったと考える.残り2名はアスピリンの中止とワーファリン減量で対応可能であったが,び慢性肺胞出血の例では異常血管塞栓後も出血を繰り返し,機序は不明ながらマクロライド少量内服を開始したところ喀血の減少をみた.最近,マクロライドは肺内好中球を減らしIL-8を減らして,気道の好中球炎症を抑制するという報告16)があり,肺障害を改善した可能性があると考えている.
消化管出血の合併においては,今回,アスピリン1~2 mg/kg/dayの少量でもワーファリン併用例では大量出血をきたす潰瘍例が存在した.特筆すべきはアスピリン潰瘍患者が腹痛を訴えないかもしれないということである.今回の患者も1名以外は腹痛を訴えなかった.腹痛のない軽度な潰瘍でも,特にワーファリンを併用している場合は大出血になりうることを肝に銘じるべきであろう.アスピリン腸溶錠も万能ではなく,最近のカプセル内視鏡を用いた検討では小腸潰瘍の報告がある.今後は腹痛や血便がない,急激にショックバイタルで発症する消化管出血例があることを念頭に,抗凝固,抗血小板治療中の患者では,潰瘍への配慮が必要であると思われる.アスピリン潰瘍予防に成人ではPPI併用内服が汎用され,一次予防にPPI,H2ブロッカーが有効との報告17,18)もあるが,小児においてはあまり議論されていない.2009年10月に発刊された日本消化器学会「消化性潰瘍診療ガイドライン」によると,PPIが第一選択薬となっており,胃潰瘍治療においてH2ブロッカーや粘膜保護剤を最初には使いにくい.症例ごとの柔軟な対応が必要であるが,成人では問題ないとされる長期にわたる胃酸抑制が大丈夫かどうかの問題も含め,先天性心疾患患者や若年者の検討が望まれる.
また予想されたことであるが,F術後の成人において下肢の慢性静脈機能不全が有意に多いとの報告がある19).今後F術後患者において加齢に伴い血栓性素因が顕在化し血栓症が増えることが懸念される.今まで以上に内科医の協力が必要となるため,手術方法,循環動態,予想される合併症の知識共有が必要である.
現在,F患者,家族にはTEが起こりうることを説明し,麻痺など脳梗塞を思わせる症状があれば血栓溶解療法を行うためにすぐ救急車で受診するように指導している.同時にTE予防薬は出血性合併症があることも伝え,黒色便の有無を毎日チェックしていただいており,抗潰瘍薬はアスピリン,ワーファリン併用患者には積極的に併用を考慮することにしている.また喀血がなくても異常血管の有無を調べるために,定期的な心臓カテーテル検査,血管造影が必要であることも随時伝えている.日常生活においては,下痢をしているときはビタミンK吸収阻害のためワーファリンが効きすぎることがあること,抗菌剤も腸内細菌抑制や代謝に影響してPT-INRが高くなることをその都度説明している.またPT-INRが治療域でも,小さな怪我で止血に時間がかかる可能性があるため,止血促進作用があるアルギン酸塩被覆材を購入しておくことも勧めている.
今回の検討では小児~若年期に消化器出血が多く,梗塞は成人期のハイリスク例でしかみられない傾向があった,これは術後数年でワーファリン中止,成人で再開することを支持するように思われるが,現在,当科ではアスピリン単独で経過観察している患者がいないため,抗凝固群と抗血小板群の比較が不可能である.また当院ではF手術を行っておらず,同患者の心臓カテーテル検査も実施していないため,肺血管抵抗などの詳細な検討は行えていない.すぐに決着する問題ではなさそうであるが,将来,F手術例の登録制度による無作為抽出テストや多施設の前向き共同研究など詳細な肺血管抵抗の推移や定期的なTEEによる血栓の有無などフォンタン循環不全の比較検討により,ワーファリンは術後数年で中止して成人になってから再開がいいのか,silent emboliを予防して良好なフォンタン循環を保つためにはPPI,H2ブロッカーを併用しながらアスピリン,ワーファリン両者の生涯内服がいいのか,それともNOACがいいのか,自信を持って患者に説明できる日がくることを期待したい.