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特定非営利活動法人日本小児循環器学会 Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery 39(1): 1-2 (2023)
doi:10.9794/jspccs.39.1

巻頭言Preface

日本の少子化問題The Problem of Declining Birth-Rate in Japan

1福寿会病院小児科Department of Pediatrics, Fukujukai Hospital ◇ Tokyo, Japan

2日本医科大学小児科Department of Pediatrics, Nippon Medical School ◇ Tokyo, Japan

発行日:2023年2月1日Published: February 1, 2023
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昨年秋から36年間務めた大学から離れ,新規に開院した一般病院に勤務することとなった.子どもの多い地域のはずであるが,それ以上にお年寄りの数が圧倒的に多い.それでも子どもの元気な声が響くとみんな笑顔になる.子どもの声がなかなか聞こえない病院で,日本の少子化を今更ながら実感している.

1990年代以来合計特殊出生率は1.6を割り込み,日本の人口減少が話題となっており,政府が2003年に少子化社会対策基本法を設定したことぐらいはうっすら記憶にあるが,肌感覚としての実感は乏しかった.「保育園落ちた.日本死ね!」というブログが有名になり,保育園の待機児童問題がクローズアップされ,少なくとも待機児童問題はそれなりに改善の方向に向かっていると思っていたのだが.しかし,保育園を含めた子育て問題がクローズアップされ,徐々に行政の手が差し伸べられていっても少子化問題はなかなか解決の方向には向かっていない.政府はヨーロッパの少子化問題を解決したフランスをはじめとする国の政策を勉強して日本に導入しようとしてきたが,同じ少子化といっても日本と西欧とでは土台となる文化が異なり,そもそものところで西欧の少子化対策を単に模倣しただけでは解決しない問題があるようだ.

改めてどこに問題があるのか,『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?―結婚・出産が回避される本当の原因―』(山田昌弘著,光文社新書)を読んでみた.するとわかったのは,そもそも結婚やカップルになろうとする意欲のある若者が90年代以来減少してきているので,いくら政府が保育環境を整えても彼らに響かず,出生の増加にはつながらない.問題は結婚以前の問題にあるらしい.

一番の背景には日本の貧困化があるようだ.日本のGDPは総額こそ世界第3位とされているが,一人当たりの名目GDPは世界30位と韓国に抜かれたと新聞が騒いでいたっけ.これを読んでくれている医療専門家の諸氏には実感はないかもしれないが,国際的にみて国民の平均給与は日本人が自覚しているほど国際的には高くはない.特に非正規雇用が多くなっている若者世代は平均給与が低くなっている.欧米とは異なり子どもの独立志向が日本ではそれほど強くはなく,親の庇護のもとに生活することも日本では恥ずかしいことではない.むしろ親は成人した子どもに対しても援助を行うことが当たり前と考える風土がある.親は「子どもが苦労をしないように」と援助することが当たり前であり,子どもは低収入であってもいわゆる「パラサイトシングル」としてライフラインは保証され,これまで育ってきた消費生活の質は保持できたまま生活できている.しかし,自らの将来を考えると自分の子どもに自身と同じレベルの消費生活の提供はできない.自分の将来を先の先まで考えると,結婚や出産は自らの生活の質を低下させるリスクである.リスクをとることを許容できない日本人の性もあり,結婚には二の足を踏む.現状から抜け出すような高学歴・高収入なパートナーとの出会いをロマンスの神様にお願いはするが,具体的に何か行動する人は少ない.リスクを極力排除し,頭の中だけで自分の将来を考えると,結婚・出産・育児はどうしても割が合わないこととなり,まず最初の入り口であるパートナー形成には至らないというのである.別に将来子どもがほしくないわけではないが,自分の頭の中で考える(厳しい?)条件に合う人とのめぐり逢いはなく,なかなか次の行動に移すことはできないということらしい.

若者の給与が高くないのは西欧諸国でも同様ではあるが,独立志向が強い彼らは一人暮らしではなく,シェアハウスなどでとりあえず親からは独立して生活を行う.一緒に暮らすなら,できれば好きな人と,ということにもなる.低収入ながらも二人で収入があればやっていけると考えて同棲や結婚をして出産に至るので,政府は子育ての援助をすればよい.しかし,日本ではその同棲や結婚の前の段階に焦点を当てなければならず,まずは若い二人がカップルになることをやらねばならないのだ.

そのほか日本特有の問題として独立志向が弱いことのみならず,(特に女性では)仕事は自己実現であるという意識の希薄さ(結婚や育児と両立してまで続けるほどの仕事とは思えない),世間体への意識(収入が良い人でないと,自分の家とつりあう人でないと…),子どもへの強い愛着(子どもはいくつになっても苦労はさせたくない,無理に独立して生活しなくとも…),リスク回避傾向(西欧では恋愛はロマンスであるが,日本では自分の豊かな消費生活を低下させるリスクの一つなのだそうだ)などの諸問題が複雑に組み合わさった結果が今の日本の出生率の低下であり,解決への処方箋は西欧に比べてかなり複雑であるようだ.興味のある方はぜひ山田先生の本をご一読されたし.

さて,では小児医療にかかわる私たちにできることは何か? 安心な子育てをするために,小児医療の充実が叫ばれ,小児医療の無償化も進んできた(また道半ばではあるが).さすがに若者の恋愛を助けることはできないが,「子育ても楽しいよ」「子どもがいると面白いよ」ということをもっと若い人たちに伝えることはできないだろうか.なかなか難しく答えは見つからない.地域医療にかかわり始めた私としては,とりあえずできることから始めよう.月並みではあるが,新しいパパ,ママが心に余裕をもった子育てができるよう,子どもが病気にならないよう,また病気になっても慌てないように身近に接することから始めてみよう.本稿を読んでくださった皆さんはどう思いますか.

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